5話 パーティ壊滅

ー/ー



「マルジェル! セルシカ! ルーベリオン! ダッチ! ユグルド! 誰でもいいから返事してぇっ!」

 細いダンジョンの通路を、エルフの少女――シャネル=ココハンドルが全速力で駆け抜けていく。その表情は恐怖に歪み、今にも涙があふれ出してしまいそうだった。

「どうして誰も返事してくれないのよ! ねえっ! お願いだから返事してよっ!」

 走りながら後方を振り返る。

 そこには――。

 全長一メートルほどの芋虫が、壁も床も埋め尽くすようにうねりながら迫ってきていた。ぬらぬらとした体表。開いた口の奥には、針のように細い牙がびっしりと並んでいる。獲物を見つけたように、シャネル目掛けて這い寄ってくる。

「ひっ……!?」

 さらに――

 ぼとり。ぼとり。

 天井から、同じ芋虫が次々と落ちてくる。

「いやぁあああああ!?」

 雨のように降り注ぐポイズンワーム。床は蠢き、壁は這い、天井からは降ってくる。
 逃げ場など、どこにもない。

 なぜ、こんなことになってしまったのか。

 もしも時間を巻き戻せるのなら――冒険者パーティ"朝焼けの翼"は、決してこの依頼を受けなかっただろう。


 ――三日前。すべては、あの依頼から始まった。



「マルジェル、これ見ろよ」

 冒険者パーティ"朝焼けの翼"のメンバー、マルジェルとルーベリオンの二人は、朝からクエストボードを睨みつけていた。この二人は筋金入りのギャンブル好きで、ここ数日、違法なカードゲームに手を出した挙句、二人そろって多額の負債を抱え込んでいた。そのため今日は朝からボードに張りつき、高額依頼を虎視眈々と狙っていた。

 そこへ、ギルド職員によって新たな依頼書が貼りつけられる。

【依頼内容 木漏れ日の大森林――湖近辺のダンジョンコア破壊 難易度C 報酬1000万ギル 依頼人『オールセルテス領主』】

「一人160万以上か」

 ルーベリオンが口笛を吹く。

「決まりだな!」

 マルジェルは勢いよく依頼書を剥ぎ取り、二人はがしっと手を握り合った。

 それからしばらくして、パーティメンバーのセルシカ、ダッチ、ユグルド、シャネルの四人も合流した。彼らは共にこの街――商業都市オールセルテスで出会った冒険者だ。年齢も出身もバラバラ。だが、奇妙なほど気が合った。

 初めて心から笑い合える仲間に出会えた――そう思っていた。

 それはシャネル=ココハンドルも同じだった。エルフの里を追放され、渡り鳥のように各地を転々としてきた彼女にとって、"朝焼けの翼"は故郷のような存在になっていた。帰る場所を失った自分にも、また帰る場所ができたのだと、そう思っていた。

「だが、ダンジョンコアの破壊となると、大変なのではないか?」

 大柄な戦士ダッチが腕を組む。

「なんじゃダッチ。お前さん図体がデカい割にビビっておるのか?」
「ちょっとやめなさい、ユグルド。そうやってすぐにダル絡みするのは魔法使いの悪い癖よ」
「ホーッホッホッホッ。こりゃすまなんだ」
「でも、本当に大丈夫なの?」

 シャネルが不安そうに言った。高額な報酬に乗り気になっている五人とは違い、彼女はいまいち気が乗らなかった。
 なぜなら――彼女はダンジョンが大の苦手なのだ。

「出たわよ、シャネルの虫嫌い。いい加減冒険者なんだから虫くらい克服しなさい」
「セルシカ、その言い方やめて。それに、あそこのダンジョンは虫が多い。しかも芋虫」
「大丈夫大丈夫。芋虫ならこの未来の勇者、マルジェルさんが斬り刻んでやるさ!」
「そうそう。シャネルは後方から矢を撃ち込んでくれりゃいいのさ。あとはこのルーベリオン様が片してやる」
「まあ、それなら……いいけど」

 こうして"朝焼けの翼"は、新種の寄生芋虫が住まうダンジョンへ向かうことになった。
 それが彼らにとって、運命を分かつ選択になるとも知らずに――。


 ◆


「ユグルド、灯りを頼む」
「うむ。聖なる光よ我らの行く末を照らし出せ――ライト!」

 七十は越えているであろう老魔法使いユグルドが杖を掲げると、薄暗いダンジョンに柔らかな光が灯る。

「ただの灯りなのに、相変わらず仰々しい詠唱ね」
「相変わらずセルシカ嬢は手厳しいのぉ」
「二人とも、お喋りも程々にしてくれよ」
「マルジェルの言う通りだぜ。いくら雑魚ダンジョンとはいえ、ここから先はモンスターの巣窟だからな。なにより、1000万がかかってんだ!」
「あんたはそっちが本音でしょ」
「バレたか」

 朝焼けの翼からどっと笑いがこぼれる。これからモンスターの巣窟に踏み込もうとする者たちとは思えないほど、場は和んでいた。

 ――たった一人を除いて。

「……っ」

 シャネルはダンジョン入口から少し離れた場所に立ち、恐る恐る中を覗き込んでいた。

「シャネル、あんたいつまでそんなところにいるつもり? さすがのあんたでも、そこからじゃ射抜けないわよ」
「わ、わかってる!」
「なら、ほら。諦めてこっちに来るんだ」
「……う、うぅ」

 マルジェルに手を引かれ、シャネルは渋々ダンジョンへ足を踏み入れた。

 生ぬるい風が肌を撫でる。その瞬間、シャネルの背筋がぞくりと粟立った。

「はぁ……鬱だ。虫なんてこの世から消え去ればいい。フォローしてくれなかったら千年恨むから。エルフ、長生きだから、ね」
「わーったぁ、わーったぁって」


 朝焼けの翼は、ユグルドの灯りを頼りにダンジョンの奥へ進んでいた。最初に違和感に気づいたのは、意外にも重戦士のダッチだった。

「なにか……妙ではないか? 嫌な感じだ。昔、仲間を失った時と同じだ」
「なんじゃ、またお前さんの心配症が発症しおったか?」
「ユグルド、今は茶化すのはよしてくれ」

 不快感をあらわにしたダッチに、ユグルドは素直に頭を下げた。

「すまなんだ」
「で、ダッチが言う妙というのは?」

 ダッチは足を止め、来た道を振り返る。

「すでにダンジョンの入口から結構離れた。にも関わらず、襲ってきたモンスターはキラーバット数匹のみ。これはギルドの情報と違うのではないか?」
「確かにそうね。ギルドの調査報告書では、このダンジョンのメインモンスターはワーム系って話だったわよね?」
「うむ。報告書では、入口付近から緑色のワームが襲ってきたと書かれていた」
「確かに妙じゃな。儂らはまだ一匹も芋虫を見ておらん」
「何言ってんだよ。芋虫が来なかったんならラッキーだろ」
「……ラッキーって」

 ルーベリオンの発言に、セルシカは呆れたようにため息をついた。

「んっだよ!」
「なにか良くないことが起こっているのかもしれない。一度引き返した方がいいのではないか?」

 五人の視線が一斉にリーダーのマルジェルへと集まる。

 もしもこの時、慎重派のダッチの意見を受け入れていたなら――この後に起こる惨劇は、避けられていたのかもしれない。

「おいおい、ここまで来て引き返すとか冗談じゃねぇぞ! 当然行くよな、マルジェル!」
「……」

 マルジェルは一瞬だけ目を伏せ、思考を巡らせた。
 ダッチの言う通り、違和感はある。だが――

「1000万だぞ。借りた100万だって、それだけありゃ一発で返せんだぜ?」

 その言葉に、ゆっくりと顔を上げる。

「クエスト失敗はギルドの評価に関わる。それに、現段階で引き返すには判断材料が少なすぎると思うんだ」
「それもそうね。何もないのが怖いから引き返しました、なんて言ったら笑われるわよね」
「ダッチには悪いが、任務は続行だ」
「謝ることはない。リーダーの言い分のほうが正しい」
「そう言ってもらえると助かるよ」

 朝焼けの翼は、さらにダンジョンの奥へと進んでいく。


 しばらく歩くと、また分かれ道に差し掛かった。

「また分かれ道か」

 これで三度目だった。分かれ道に差し掛かるたび、マルジェルたちはコインを投げて進行方向を決めていた。

 ――しかし。

「え? ……人?」

 分かれ道の片側、そのずっと奥に――シャネルは少女の姿を捉えていた。

「ねぇ」
「っんだよ? また虫でも出たか?」
「違う。この奥に人がいる」
「は?」

 シャネルが指差す方角に目を凝らすが、ユグルドのライトが届かない奥の様子を、彼らが見ることはできない。

「シャネル、本当に人がいたのか?」
「ええ、間違いない。十代くらいの女の子。何度か冒険者ギルドで見たことある子だった。エルフ、記憶力はいい」

 腕利きの弓士であるシャネルの能力のひとつに、千里眼がある。魔力を瞳に込めることで、視力を何倍にも高めることができるのだ。

「……でも、ちょっと変」
「変?」
「あの子、さっきから……全然動いていない。まるで、たったまま気を失っているみたい」

 薄暗い通路の奥。少女はそこに立ったまま、まるで人形のように動かなかった。

「他のパーティがコアを奪取する気じゃねぇだろうな!」
「落ち着きなさい。ギルドから正式に依頼を受けたのは私たちよ」
「いや、我々が受けた依頼内容は、あくまでコアの破壊だ。彼らはコアを盗りに来たのかもしれない」
「は? そんなの盗ってどうすんのよ」
「闇オークションでは、ダンジョンコアが高値で取引されているとも聞いたことがある」
「くそっ……ここまで来て横取りだと? ふざけんなよ!」
「おい、待つんだルーベリオン!」

 マルジェルの制止を振り切り、ルーベリオンは暗闇の中へ駆け出してしまった。

「追うぞ!」

 朝焼けの翼は、自分たちが誘い込まれているとも知らず――ルーベリオンを追って、さらに深い細道へと踏み込んでいった。

 そして、遥か前方のルーベリオンが角を曲がり、しばらくした後――

「来るなぁあああああああああああああああああああ!」

「「「「「!?」」」」」

 喉が張り裂けるほどの叫び声が、ダンジョン内に響き渡った。五人の足が一瞬止まる。しかし次の瞬間には、全員が走り出していた。仲間の――ルーベリオンの元へ。

「ルーベリオン! ――――っ!?」
「な、なによ……これ!?」
「……き、気持ち悪い」

 角を曲がった瞬間、彼らは理解した。

 この通路は――巣だ。

 壁も、天井も、蠢くポイズンワームで埋め尽くされていた。そして細道の先には、糸が切れた人形のように倒れ込むルーベリオンの姿。天井から落下したポイズンワームの毒を浴びたのか、彼は無防備に横たわったまま、四方から群がるポイズンワームに次々と毒針を打ち込まれていた。

「あれは、まずい!」
「赤き揺らめきよ、道を切り拓け――ファイヤーボール!」

 ユグルドが放った火球は、しかしルーベリオンに届くことはなかった。

「――――なっ、バカなッ!?」

 ポイズンワームの群れに紛れ込んでいた赤い芋虫――プレデターワームが、火球をそのまま吸い込んでしまったのだ。

 ぽん。

 次の瞬間、プレデターワームは捕食した火球を、今度はマルジェルたちへ向かって吐き返した。

「ぐわぁああああああ!?」

 予想外の反撃に体がこわばって動けずにいるユグルド。そんな老魔法使いを庇うダッチ。彼の背中は灼熱の炎によって赤黒く焼けただれていた。

「ダッチ! 馬鹿者ッ! なぜ儂なんぞをかばった!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ! どうすんのよマルジェル!」
「ルーベリオンを見捨てるわけにはいかない! 俺がルーベリオンを助けに行く。ユグルドとシャネルは援護を頼む! セルシカはポイズンワームが近づかないように牽制してくれ」

 それだけ言うと、マルジェルは振り返ることなくポイズンワームの群れへ突っ込んだ。

「――サンダーボルト」

 直後、暗闇から轟音とともに閃光が駆け抜ける。稲妻は真っすぐマルジェルへと伸びていき――気がついた時には、マルジェルの体は地へと倒れ伏していた。

「……そんな」

 倒れたマルジェルの体に群がる、無数のポイズンワーム。

「どういうことよ! 一体何がどうなってんのよ!」

 パニックを起こすセルシカとは違い、シャネルは遥か前方を睨みながら矢をつがえていた。

「くそっ! 外した!」
「――シャネル!」

 二矢目を射ようとするシャネルの腕を、セルシカが掴んだ。

「逃げるのよ!」
「でもっ、でもっ、マルジェルが、ルーベリオンがっ!」
「わかってる、わかってる……けどっ。今逃げないと全滅する!」
「でもっ!」
「聞きなさいシャネル! マルジェルもルーベリオンも、多分もう生きてないわ」
「……」
「セルシカの言う通りじゃ! 今はここから生きて出ることだけを考えるんじゃ!」

 ダッチに肩を貸すユグルドは、すでに来た道を引き返していた。このまま戦っても勝てないことを、長年の経験が告げていた。

「このダンジョンはギルドの報告よりずっと危険じゃ! 儂らは生きて、この事をギルドに伝えねばなら――――ッ!?」

 ユグルドとダッチ、二人の頭上から無数のポイズンワームが降り注いだ。あっという間に、二人の姿を飲み込んでいく。

「ユグルド! ダッチ!」
「バカッ!」

 二人の元へ駆け出そうとするシャネルを、寸前のところでセルシカが止めた。

「上を見なさい!」
「!?」

 見上げた天井には、おびただしい数の芋虫が蠢いていた。シャネルは叫び出しそうになるのを、ぎりぎりのところで堪えた。

 そして次の瞬間、ユグルドが照らしていた光が消えた。それは彼の意識が絶たれたことを意味していた。同時に――ユグルドとダッチ、二人の命の光が消えたということでもある。

「走りなさい!」

 駆け出すセルシカ。シャネルも暗闇の中を無我夢中で駆け抜けた。

「誰かぁ! 誰かぁあああ!」

 天井から無数の芋虫が降り注ぎ、まるでダンジョンそのものが崩壊していくような錯覚を覚えた。

「セルシカッ! セルシカッ! お願いだから返事をして!」

 どれくらい走っただろう。もはや正しく来た道を引き返せているのかもわからなかった。恐怖と疲労で、心身ともに限界だった。


 ――――ッ。

 そして遂に、その時が訪れる。

 足がもつれた。

「きゃっ――!」

 シャネルの体が石床に叩きつけられる。

 次の瞬間。

 ぶよぶよとした感触が背中に覆いかぶさった。

「い、いや……いやぁ……」

 芋虫だ。一匹ではない。十匹、二十匹――全身にまとわりつく。

「や、やめて……来ないで……」

 そのときだった。

 コツ、コツ、とブーツの音が響く。

「……な、なんで」

 全身に毒がまわり、ろくに動けなくなったシャネルの瞳が捉えたのは、十代半ばほどの人間の少女だった。マルジェルにサンダーボルトを放った、あの少女。その腕の中には、見たこともない漆黒の芋虫の姿があった。

 漆黒の芋虫は少女の腕から音もなく落ち、ゆっくりとシャネルの背を這い上がる。

「……いや……やめ……」

 次の瞬間。

 ぷす。

 首筋に鋭い痛みが走った。

 芋虫の針が深く突き刺さり、何かが体内へと流し込まれていく。

 びくん、びくん。

 二度、三度と痙攣するシャネル。

 やがて。

 ゆっくりと立ち上がり――ダンジョンの外へ向かって歩き始めた。


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「マルジェル! セルシカ! ルーベリオン! ダッチ! ユグルド! 誰でもいいから返事してぇっ!」
 細いダンジョンの通路を、エルフの少女――シャネル=ココハンドルが全速力で駆け抜けていく。その表情は恐怖に歪み、今にも涙があふれ出してしまいそうだった。
「どうして誰も返事してくれないのよ! ねえっ! お願いだから返事してよっ!」
 走りながら後方を振り返る。
 そこには――。
 全長一メートルほどの芋虫が、壁も床も埋め尽くすようにうねりながら迫ってきていた。ぬらぬらとした体表。開いた口の奥には、針のように細い牙がびっしりと並んでいる。獲物を見つけたように、シャネル目掛けて這い寄ってくる。
「ひっ……!?」
 さらに――
 ぼとり。ぼとり。
 天井から、同じ芋虫が次々と落ちてくる。
「いやぁあああああ!?」
 雨のように降り注ぐポイズンワーム。床は蠢き、壁は這い、天井からは降ってくる。
 逃げ場など、どこにもない。
 なぜ、こんなことになってしまったのか。
 もしも時間を巻き戻せるのなら――冒険者パーティ"朝焼けの翼"は、決してこの依頼を受けなかっただろう。
 ――三日前。すべては、あの依頼から始まった。
「マルジェル、これ見ろよ」
 冒険者パーティ"朝焼けの翼"のメンバー、マルジェルとルーベリオンの二人は、朝からクエストボードを睨みつけていた。この二人は筋金入りのギャンブル好きで、ここ数日、違法なカードゲームに手を出した挙句、二人そろって多額の負債を抱え込んでいた。そのため今日は朝からボードに張りつき、高額依頼を虎視眈々と狙っていた。
 そこへ、ギルド職員によって新たな依頼書が貼りつけられる。
【依頼内容 木漏れ日の大森林――湖近辺のダンジョンコア破壊 難易度C 報酬1000万ギル 依頼人『オールセルテス領主』】
「一人160万以上か」
 ルーベリオンが口笛を吹く。
「決まりだな!」
 マルジェルは勢いよく依頼書を剥ぎ取り、二人はがしっと手を握り合った。
 それからしばらくして、パーティメンバーのセルシカ、ダッチ、ユグルド、シャネルの四人も合流した。彼らは共にこの街――商業都市オールセルテスで出会った冒険者だ。年齢も出身もバラバラ。だが、奇妙なほど気が合った。
 初めて心から笑い合える仲間に出会えた――そう思っていた。
 それはシャネル=ココハンドルも同じだった。エルフの里を追放され、渡り鳥のように各地を転々としてきた彼女にとって、"朝焼けの翼"は故郷のような存在になっていた。帰る場所を失った自分にも、また帰る場所ができたのだと、そう思っていた。
「だが、ダンジョンコアの破壊となると、大変なのではないか?」
 大柄な戦士ダッチが腕を組む。
「なんじゃダッチ。お前さん図体がデカい割にビビっておるのか?」
「ちょっとやめなさい、ユグルド。そうやってすぐにダル絡みするのは魔法使いの悪い癖よ」
「ホーッホッホッホッ。こりゃすまなんだ」
「でも、本当に大丈夫なの?」
 シャネルが不安そうに言った。高額な報酬に乗り気になっている五人とは違い、彼女はいまいち気が乗らなかった。
 なぜなら――彼女はダンジョンが大の苦手なのだ。
「出たわよ、シャネルの虫嫌い。いい加減冒険者なんだから虫くらい克服しなさい」
「セルシカ、その言い方やめて。それに、あそこのダンジョンは虫が多い。しかも芋虫」
「大丈夫大丈夫。芋虫ならこの未来の勇者、マルジェルさんが斬り刻んでやるさ!」
「そうそう。シャネルは後方から矢を撃ち込んでくれりゃいいのさ。あとはこのルーベリオン様が片してやる」
「まあ、それなら……いいけど」
 こうして"朝焼けの翼"は、新種の寄生芋虫が住まうダンジョンへ向かうことになった。
 それが彼らにとって、運命を分かつ選択になるとも知らずに――。
 ◆
「ユグルド、灯りを頼む」
「うむ。聖なる光よ我らの行く末を照らし出せ――ライト!」
 七十は越えているであろう老魔法使いユグルドが杖を掲げると、薄暗いダンジョンに柔らかな光が灯る。
「ただの灯りなのに、相変わらず仰々しい詠唱ね」
「相変わらずセルシカ嬢は手厳しいのぉ」
「二人とも、お喋りも程々にしてくれよ」
「マルジェルの言う通りだぜ。いくら雑魚ダンジョンとはいえ、ここから先はモンスターの巣窟だからな。なにより、1000万がかかってんだ!」
「あんたはそっちが本音でしょ」
「バレたか」
 朝焼けの翼からどっと笑いがこぼれる。これからモンスターの巣窟に踏み込もうとする者たちとは思えないほど、場は和んでいた。
 ――たった一人を除いて。
「……っ」
 シャネルはダンジョン入口から少し離れた場所に立ち、恐る恐る中を覗き込んでいた。
「シャネル、あんたいつまでそんなところにいるつもり? さすがのあんたでも、そこからじゃ射抜けないわよ」
「わ、わかってる!」
「なら、ほら。諦めてこっちに来るんだ」
「……う、うぅ」
 マルジェルに手を引かれ、シャネルは渋々ダンジョンへ足を踏み入れた。
 生ぬるい風が肌を撫でる。その瞬間、シャネルの背筋がぞくりと粟立った。
「はぁ……鬱だ。虫なんてこの世から消え去ればいい。フォローしてくれなかったら千年恨むから。エルフ、長生きだから、ね」
「わーったぁ、わーったぁって」
 朝焼けの翼は、ユグルドの灯りを頼りにダンジョンの奥へ進んでいた。最初に違和感に気づいたのは、意外にも重戦士のダッチだった。
「なにか……妙ではないか? 嫌な感じだ。昔、仲間を失った時と同じだ」
「なんじゃ、またお前さんの心配症が発症しおったか?」
「ユグルド、今は茶化すのはよしてくれ」
 不快感をあらわにしたダッチに、ユグルドは素直に頭を下げた。
「すまなんだ」
「で、ダッチが言う妙というのは?」
 ダッチは足を止め、来た道を振り返る。
「すでにダンジョンの入口から結構離れた。にも関わらず、襲ってきたモンスターはキラーバット数匹のみ。これはギルドの情報と違うのではないか?」
「確かにそうね。ギルドの調査報告書では、このダンジョンのメインモンスターはワーム系って話だったわよね?」
「うむ。報告書では、入口付近から緑色のワームが襲ってきたと書かれていた」
「確かに妙じゃな。儂らはまだ一匹も芋虫を見ておらん」
「何言ってんだよ。芋虫が来なかったんならラッキーだろ」
「……ラッキーって」
 ルーベリオンの発言に、セルシカは呆れたようにため息をついた。
「んっだよ!」
「なにか良くないことが起こっているのかもしれない。一度引き返した方がいいのではないか?」
 五人の視線が一斉にリーダーのマルジェルへと集まる。
 もしもこの時、慎重派のダッチの意見を受け入れていたなら――この後に起こる惨劇は、避けられていたのかもしれない。
「おいおい、ここまで来て引き返すとか冗談じゃねぇぞ! 当然行くよな、マルジェル!」
「……」
 マルジェルは一瞬だけ目を伏せ、思考を巡らせた。
 ダッチの言う通り、違和感はある。だが――
「1000万だぞ。借りた100万だって、それだけありゃ一発で返せんだぜ?」
 その言葉に、ゆっくりと顔を上げる。
「クエスト失敗はギルドの評価に関わる。それに、現段階で引き返すには判断材料が少なすぎると思うんだ」
「それもそうね。何もないのが怖いから引き返しました、なんて言ったら笑われるわよね」
「ダッチには悪いが、任務は続行だ」
「謝ることはない。リーダーの言い分のほうが正しい」
「そう言ってもらえると助かるよ」
 朝焼けの翼は、さらにダンジョンの奥へと進んでいく。
 しばらく歩くと、また分かれ道に差し掛かった。
「また分かれ道か」
 これで三度目だった。分かれ道に差し掛かるたび、マルジェルたちはコインを投げて進行方向を決めていた。
 ――しかし。
「え? ……人?」
 分かれ道の片側、そのずっと奥に――シャネルは少女の姿を捉えていた。
「ねぇ」
「っんだよ? また虫でも出たか?」
「違う。この奥に人がいる」
「は?」
 シャネルが指差す方角に目を凝らすが、ユグルドのライトが届かない奥の様子を、彼らが見ることはできない。
「シャネル、本当に人がいたのか?」
「ええ、間違いない。十代くらいの女の子。何度か冒険者ギルドで見たことある子だった。エルフ、記憶力はいい」
 腕利きの弓士であるシャネルの能力のひとつに、千里眼がある。魔力を瞳に込めることで、視力を何倍にも高めることができるのだ。
「……でも、ちょっと変」
「変?」
「あの子、さっきから……全然動いていない。まるで、たったまま気を失っているみたい」
 薄暗い通路の奥。少女はそこに立ったまま、まるで人形のように動かなかった。
「他のパーティがコアを奪取する気じゃねぇだろうな!」
「落ち着きなさい。ギルドから正式に依頼を受けたのは私たちよ」
「いや、我々が受けた依頼内容は、あくまでコアの破壊だ。彼らはコアを盗りに来たのかもしれない」
「は? そんなの盗ってどうすんのよ」
「闇オークションでは、ダンジョンコアが高値で取引されているとも聞いたことがある」
「くそっ……ここまで来て横取りだと? ふざけんなよ!」
「おい、待つんだルーベリオン!」
 マルジェルの制止を振り切り、ルーベリオンは暗闇の中へ駆け出してしまった。
「追うぞ!」
 朝焼けの翼は、自分たちが誘い込まれているとも知らず――ルーベリオンを追って、さらに深い細道へと踏み込んでいった。
 そして、遥か前方のルーベリオンが角を曲がり、しばらくした後――
「来るなぁあああああああああああああああああああ!」
「「「「「!?」」」」」
 喉が張り裂けるほどの叫び声が、ダンジョン内に響き渡った。五人の足が一瞬止まる。しかし次の瞬間には、全員が走り出していた。仲間の――ルーベリオンの元へ。
「ルーベリオン! ――――っ!?」
「な、なによ……これ!?」
「……き、気持ち悪い」
 角を曲がった瞬間、彼らは理解した。
 この通路は――巣だ。
 壁も、天井も、蠢くポイズンワームで埋め尽くされていた。そして細道の先には、糸が切れた人形のように倒れ込むルーベリオンの姿。天井から落下したポイズンワームの毒を浴びたのか、彼は無防備に横たわったまま、四方から群がるポイズンワームに次々と毒針を打ち込まれていた。
「あれは、まずい!」
「赤き揺らめきよ、道を切り拓け――ファイヤーボール!」
 ユグルドが放った火球は、しかしルーベリオンに届くことはなかった。
「――――なっ、バカなッ!?」
 ポイズンワームの群れに紛れ込んでいた赤い芋虫――プレデターワームが、火球をそのまま吸い込んでしまったのだ。
 ぽん。
 次の瞬間、プレデターワームは捕食した火球を、今度はマルジェルたちへ向かって吐き返した。
「ぐわぁああああああ!?」
 予想外の反撃に体がこわばって動けずにいるユグルド。そんな老魔法使いを庇うダッチ。彼の背中は灼熱の炎によって赤黒く焼けただれていた。
「ダッチ! 馬鹿者ッ! なぜ儂なんぞをかばった!」
「今はそんなこと言ってる場合じゃないわよ! どうすんのよマルジェル!」
「ルーベリオンを見捨てるわけにはいかない! 俺がルーベリオンを助けに行く。ユグルドとシャネルは援護を頼む! セルシカはポイズンワームが近づかないように牽制してくれ」
 それだけ言うと、マルジェルは振り返ることなくポイズンワームの群れへ突っ込んだ。
「――サンダーボルト」
 直後、暗闇から轟音とともに閃光が駆け抜ける。稲妻は真っすぐマルジェルへと伸びていき――気がついた時には、マルジェルの体は地へと倒れ伏していた。
「……そんな」
 倒れたマルジェルの体に群がる、無数のポイズンワーム。
「どういうことよ! 一体何がどうなってんのよ!」
 パニックを起こすセルシカとは違い、シャネルは遥か前方を睨みながら矢をつがえていた。
「くそっ! 外した!」
「――シャネル!」
 二矢目を射ようとするシャネルの腕を、セルシカが掴んだ。
「逃げるのよ!」
「でもっ、でもっ、マルジェルが、ルーベリオンがっ!」
「わかってる、わかってる……けどっ。今逃げないと全滅する!」
「でもっ!」
「聞きなさいシャネル! マルジェルもルーベリオンも、多分もう生きてないわ」
「……」
「セルシカの言う通りじゃ! 今はここから生きて出ることだけを考えるんじゃ!」
 ダッチに肩を貸すユグルドは、すでに来た道を引き返していた。このまま戦っても勝てないことを、長年の経験が告げていた。
「このダンジョンはギルドの報告よりずっと危険じゃ! 儂らは生きて、この事をギルドに伝えねばなら――――ッ!?」
 ユグルドとダッチ、二人の頭上から無数のポイズンワームが降り注いだ。あっという間に、二人の姿を飲み込んでいく。
「ユグルド! ダッチ!」
「バカッ!」
 二人の元へ駆け出そうとするシャネルを、寸前のところでセルシカが止めた。
「上を見なさい!」
「!?」
 見上げた天井には、おびただしい数の芋虫が蠢いていた。シャネルは叫び出しそうになるのを、ぎりぎりのところで堪えた。
 そして次の瞬間、ユグルドが照らしていた光が消えた。それは彼の意識が絶たれたことを意味していた。同時に――ユグルドとダッチ、二人の命の光が消えたということでもある。
「走りなさい!」
 駆け出すセルシカ。シャネルも暗闇の中を無我夢中で駆け抜けた。
「誰かぁ! 誰かぁあああ!」
 天井から無数の芋虫が降り注ぎ、まるでダンジョンそのものが崩壊していくような錯覚を覚えた。
「セルシカッ! セルシカッ! お願いだから返事をして!」
 どれくらい走っただろう。もはや正しく来た道を引き返せているのかもわからなかった。恐怖と疲労で、心身ともに限界だった。
 ――――ッ。
 そして遂に、その時が訪れる。
 足がもつれた。
「きゃっ――!」
 シャネルの体が石床に叩きつけられる。
 次の瞬間。
 ぶよぶよとした感触が背中に覆いかぶさった。
「い、いや……いやぁ……」
 芋虫だ。一匹ではない。十匹、二十匹――全身にまとわりつく。
「や、やめて……来ないで……」
 そのときだった。
 コツ、コツ、とブーツの音が響く。
「……な、なんで」
 全身に毒がまわり、ろくに動けなくなったシャネルの瞳が捉えたのは、十代半ばほどの人間の少女だった。マルジェルにサンダーボルトを放った、あの少女。その腕の中には、見たこともない漆黒の芋虫の姿があった。
 漆黒の芋虫は少女の腕から音もなく落ち、ゆっくりとシャネルの背を這い上がる。
「……いや……やめ……」
 次の瞬間。
 ぷす。
 首筋に鋭い痛みが走った。
 芋虫の針が深く突き刺さり、何かが体内へと流し込まれていく。
 びくん、びくん。
 二度、三度と痙攣するシャネル。
 やがて。
 ゆっくりと立ち上がり――ダンジョンの外へ向かって歩き始めた。