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ー/ー



「ねぇ礼司さん、遺産ってどのくらいあるの?」

 おばばをほねにしたソウシキが終わり、私たち家族は車にのってマンションに帰っていた。まどの外はじとじと雨がふっていて、空がぼんやりとはいいろになっている。

「いくらもないよ。老人ホームの金でほとんど使ってしまったし」

「……そう。まだ家のローンは残ってるのに」

 二人そろって重いため息をついた。
でもそれは、おばばが死んだからかなしんでいるわけじゃない。
お父さんとお母さんは、おばばのお金の話をしている。
けどその話の中には、おばばのすがたはどこにもうつっていなかった。

「ねぇ、礼司さん。お義母さんの遺骨はどうするの? その、家に置いておくのは気味が悪いし」

「散骨して海に捨ててもらうよ。費用もそんなにかからないしさ」

「そう、ならよかったわ。てっきり私、こんなこと言ったらあなたがまた怒りだすかと思ってた」

 お母さんはほっとあんしんしたようすを見せる。
でも私は『すてる』と聞いてむねがギュッといたくなった。
『はじめからおばばなんていなかった』。そう言われているようにかんじた。

「お父さん。おばばは、家に帰れないの?」

 たまらなくなって、私はうんてんしているお父さんに質問する。
でもお父さんは、なにも答えてくれない。

「お母さん。おばばは、やっぱりたいせつじゃなかったの?」

 お父さんが答えないから、こんどはお母さんにむかって質問する。
でもお母さんも、なにも答えてくれない。

「お前には、関係ないよ」

 前をむいたまま、お父さんが口を開いた。
車のミラーごしに見える顔は、なんのかんじょうもこもっていなかった。

「これは俺たち大人の話なんだ。お前が口出しするようなことじゃない」


****


 おばばのソウシキから帰ると、ミケがぐったり倒れていた。まるで踏みつぶされた虫みたいにのびていて、今朝よういしたミルクの皿がひっくりかえっている。たたみの上が真っ白なえきでよごれていた。

「ミケ!」

 私はさけんで、ミケのそばまでかけよった。ミケの体をさわると、まるでおばばみたいにつめたくなっていた。

「ミケが……死んでる」

 私は声をつまらせながらふりかえる。
するとお母さんがため息をついていて、ミケと私を見下ろしていた。

「……なにも、こんな時に死ななくていいのにね」

 そしてお父さんとお母さんは、小さく首をひねり目を合わせる。

「明日、私が市役所に連絡して処分してもらうわ。今日はとりあえずビニールに入れて玄関に置いておきましょ」

「ショブン? ショブンってミケをどうするの?」

「おばあちゃんと同じことをしてもらうってことよ」

 その言葉を聞いたとたん、私は目の前が真っ白になった。空っぽになった頭の中に、今日見たこうけいが一気にながれこんでくる。

 木のハコの中に入れられて、おだやかな顔でねむっているおばば。でもつぎのしゅんかんには、バラバラのほねになって二度と帰らなくなってしまったおばば。

 ――ミケも、おばばと同じほねになる――

 それをりかいすると、むねが苦しくなってしかたなかった。

「いやっ! お母さん、ミケをすてないで!」

 いつの間にか、私は大声をあげていた。
つめたくなったミケをだきあげ、まもるようにうでの中でかかえた。

「ミケを……ほねにしないで」

 お父さんとお母さんは、こまった顔をして私を見下ろしている。けど時間が少したつと、お父さんが私に歩みよってしゃがみこんだ。

「真由貴、その猫を医者に診せた時に聞いただろ? そいつはもうすぐ死ぬって」

 落ち着いた声で、お父さんは私に言い聞かせた。
だけど私はお父さんをにらんで、ミケをぜったいにわたさないとみがまえた。

「いいか? 真由貴。『死ぬ』っていうのはな、誰にでも訪れるものなんだ。その猫だけじゃない。俺も、朝菜も、そしてお前自身も、いつかはみんな死んでしまうんだ。……今日の葬儀で、お前もおばあちゃんが死ぬところを見ただろ?」

「いやっ、いやっ! 私は、おばばみたいにほねになりたくない!」

 私は必死にぶるぶると首をふった。
それをみとめたら、私もいずれ海にすてられてしまう。
そんなよかんが頭の中に走っていた。

「真由貴、落ち着けって……お前を骨になんてしないから」

 お父さんは、ほとほとこまりはてた顔をした。
はぁ、とつかれたため息をつき、あきらめたように立ち上がった。

「とにかく、今日はもう遅いから寝よう。な? おばあちゃんの部屋で寝るのが辛いなら、朝菜の部屋で一緒に寝たらいい。明日は学校休んで、ゆっくりしていいから」

 お父さんが私をなだめながら、ミケにむかって両手をのばす。

 パンッ!

 だけど私はお父さんの手をはたき落とした。
お父さんはびっくりした丸い目を私にむける。

「いやっ! ミケにさわらないで! ミケは、ミケはっ、ほねになんてなりたくない!」

 お父さんのよこを走りぬけ、私はミケをだいたままマンションの外へとびだした。

「真由貴っ! 待ちなさい!」

 後ろから、お母さんの声がおいかけてくる。けど私はふりかえらなかった。
ここで立ち止まったら、ミケとずっとはなればなれになる。それがいやだから、私はズブぬれになりながら、夜のまちの中を走り回った。

 いつの間にか、公園に着いていた。ミケをひろった草むらをふみしめていた。
ダンボールがあの時と同じように、まだそこにのこっていた。ぺしゃんこでもうよれよれのハコは、おばばがやかれたハコよりもキュウクツでさびしそうだった。

「……ミケ」

 ダンボールの前でしゃがみこみ、うでにだいたミケに目を落とす。

「……ミケ」

 ふるえた手で、ゆっくりとミケをダンボールの中に入れた。はじめて出会ったころと同じように、ミケはぐったりとたおれこんだ。けどもう、必死ににゃーにゃーと鳴いたりはしない。

「…………ミケ」

 いつの間にか、雨にまぎれて目からあたたかいしずくがながれてくる。
――どうしてだろう?――
おばばが死んだ時は泣かなかったのに、私は動かなくなったミケを見て泣いていた。



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 おばばをほねにしたソウシキが終わり、私たち家族は車にのってマンションに帰っていた。まどの外はじとじと雨がふっていて、空がぼんやりとはいいろになっている。
「いくらもないよ。老人ホームの金でほとんど使ってしまったし」
「……そう。まだ家のローンは残ってるのに」
 二人そろって重いため息をついた。
でもそれは、おばばが死んだからかなしんでいるわけじゃない。
お父さんとお母さんは、おばばのお金の話をしている。
けどその話の中には、おばばのすがたはどこにもうつっていなかった。
「ねぇ、礼司さん。お義母さんの遺骨はどうするの? その、家に置いておくのは気味が悪いし」
「散骨して海に捨ててもらうよ。費用もそんなにかからないしさ」
「そう、ならよかったわ。てっきり私、こんなこと言ったらあなたがまた怒りだすかと思ってた」
 お母さんはほっとあんしんしたようすを見せる。
でも私は『すてる』と聞いてむねがギュッといたくなった。
『はじめからおばばなんていなかった』。そう言われているようにかんじた。
「お父さん。おばばは、家に帰れないの?」
 たまらなくなって、私はうんてんしているお父さんに質問する。
でもお父さんは、なにも答えてくれない。
「お母さん。おばばは、やっぱりたいせつじゃなかったの?」
 お父さんが答えないから、こんどはお母さんにむかって質問する。
でもお母さんも、なにも答えてくれない。
「お前には、関係ないよ」
 前をむいたまま、お父さんが口を開いた。
車のミラーごしに見える顔は、なんのかんじょうもこもっていなかった。
「これは俺たち大人の話なんだ。お前が口出しするようなことじゃない」
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 おばばのソウシキから帰ると、ミケがぐったり倒れていた。まるで踏みつぶされた虫みたいにのびていて、今朝よういしたミルクの皿がひっくりかえっている。たたみの上が真っ白なえきでよごれていた。
「ミケ!」
 私はさけんで、ミケのそばまでかけよった。ミケの体をさわると、まるでおばばみたいにつめたくなっていた。
「ミケが……死んでる」
 私は声をつまらせながらふりかえる。
するとお母さんがため息をついていて、ミケと私を見下ろしていた。
「……なにも、こんな時に死ななくていいのにね」
 そしてお父さんとお母さんは、小さく首をひねり目を合わせる。
「明日、私が市役所に連絡して処分してもらうわ。今日はとりあえずビニールに入れて玄関に置いておきましょ」
「ショブン? ショブンってミケをどうするの?」
「おばあちゃんと同じことをしてもらうってことよ」
 その言葉を聞いたとたん、私は目の前が真っ白になった。空っぽになった頭の中に、今日見たこうけいが一気にながれこんでくる。
 木のハコの中に入れられて、おだやかな顔でねむっているおばば。でもつぎのしゅんかんには、バラバラのほねになって二度と帰らなくなってしまったおばば。
 ――ミケも、おばばと同じほねになる――
 それをりかいすると、むねが苦しくなってしかたなかった。
「いやっ! お母さん、ミケをすてないで!」
 いつの間にか、私は大声をあげていた。
つめたくなったミケをだきあげ、まもるようにうでの中でかかえた。
「ミケを……ほねにしないで」
 お父さんとお母さんは、こまった顔をして私を見下ろしている。けど時間が少したつと、お父さんが私に歩みよってしゃがみこんだ。
「真由貴、その猫を医者に診せた時に聞いただろ? そいつはもうすぐ死ぬって」
 落ち着いた声で、お父さんは私に言い聞かせた。
だけど私はお父さんをにらんで、ミケをぜったいにわたさないとみがまえた。
「いいか? 真由貴。『死ぬ』っていうのはな、誰にでも訪れるものなんだ。その猫だけじゃない。俺も、朝菜も、そしてお前自身も、いつかはみんな死んでしまうんだ。……今日の葬儀で、お前もおばあちゃんが死ぬところを見ただろ?」
「いやっ、いやっ! 私は、おばばみたいにほねになりたくない!」
 私は必死にぶるぶると首をふった。
それをみとめたら、私もいずれ海にすてられてしまう。
そんなよかんが頭の中に走っていた。
「真由貴、落ち着けって……お前を骨になんてしないから」
 お父さんは、ほとほとこまりはてた顔をした。
はぁ、とつかれたため息をつき、あきらめたように立ち上がった。
「とにかく、今日はもう遅いから寝よう。な? おばあちゃんの部屋で寝るのが辛いなら、朝菜の部屋で一緒に寝たらいい。明日は学校休んで、ゆっくりしていいから」
 お父さんが私をなだめながら、ミケにむかって両手をのばす。
 パンッ!
 だけど私はお父さんの手をはたき落とした。
お父さんはびっくりした丸い目を私にむける。
「いやっ! ミケにさわらないで! ミケは、ミケはっ、ほねになんてなりたくない!」
 お父さんのよこを走りぬけ、私はミケをだいたままマンションの外へとびだした。
「真由貴っ! 待ちなさい!」
 後ろから、お母さんの声がおいかけてくる。けど私はふりかえらなかった。
ここで立ち止まったら、ミケとずっとはなればなれになる。それがいやだから、私はズブぬれになりながら、夜のまちの中を走り回った。
 いつの間にか、公園に着いていた。ミケをひろった草むらをふみしめていた。
ダンボールがあの時と同じように、まだそこにのこっていた。ぺしゃんこでもうよれよれのハコは、おばばがやかれたハコよりもキュウクツでさびしそうだった。
「……ミケ」
 ダンボールの前でしゃがみこみ、うでにだいたミケに目を落とす。
「……ミケ」
 ふるえた手で、ゆっくりとミケをダンボールの中に入れた。はじめて出会ったころと同じように、ミケはぐったりとたおれこんだ。けどもう、必死ににゃーにゃーと鳴いたりはしない。
「…………ミケ」
 いつの間にか、雨にまぎれて目からあたたかいしずくがながれてくる。
――どうしてだろう?――
おばばが死んだ時は泣かなかったのに、私は動かなくなったミケを見て泣いていた。