真理の壁

ー/ー



「――三度目の正直とは、まさにこのことだ! 助手!」


三日後。理科準備室の扉は、昨日までの羞恥など微塵も感じさせない、鋼のメンタルによって蹴破られた。


神代部長は、もはや神々しいまでのドヤ顔で立っていた。
その姿は、昨日までの白衣+虹色ピチピチスーツではない。


全身を覆う、鈍い光沢を放つチャコールグレーの重装甲。
SF映画に出てくるパワードスーツと、中世のフルプレートアーマーを悪魔合体させたような、あまりに物々しい装備。
背中からは謎のケーブルが伸び、床に置かれた巨大なバッテリーに繋がっている。


「……部長。なんですか、その、最終決戦仕様みたいな格好は」
「ふふん、驚くなよ? これぞ我が発明部の叡智の結晶、完全概念防御装甲――『真理の壁(ジ・エンド・オブ・トゥルー)』だ!」


ヘルメットのバイザーがガシャンと降りて、ドヤ顔のまま部長の顔が隠れた。


「前回は私の油断だった。『不可視の真理』は物理的な干渉は防げても、概念的な干渉には無力だった。だが! この『真理の壁』は違う!」
「何が違うんですか?」


「この装甲には、ありとあらゆる『観測』を拒絶する『存在否定回路(ニヒル・フィールド)』が組み込まれている! 物理的な透過はおろか、概念的な読み取り、果ては占い、予知、読心術に至るまで、この私に関する全ての情報を完全にシャットアウトする! 今の私は、神ですらその存在を認識できない、絶対的な『空白』なのだ!」


部長は重厚な金属音を響かせながら、これでもかと胸(装甲)を張った。
……相変わらず、方向性が間違っている気がしてならない。あの眼鏡をかけなければ良いだけなのに。


「さあ、助手! その忌々しい『真理の観測者(トゥルー・サイト)』を装着しろ! 今度こそ、私の完全勝利を刻み込んでやる!」


俺はため息をつきながら、予備の眼鏡(まだ廃棄されてなかった)をかけた。
視界が起動する。


『――対象をスキャン中。隠された「真実」を抽出します……』


目の前には、巨大な鉄塊と化した部長。
視界の中で、赤いグリッド線が装甲に触れる。


『――警告。対象は全方位概念防御フィールドを展開中。物理・概念ともにスキャン不可能です』


よし。システムも「お手上げ」だ。これでようやく、この不毛な戦いも終わる……。


と思った、その時だった。


『――エラー。スキャン不可能です……スキャン不可能です……スキャン……スキャン…………「認識」できない対象は、私の世界には存在しない』


合成音声が、突然、おどろおどろしい低音に変わり、ひどく物騒なことを言い始める。


『――真理の観測者(トゥルー・サイト)、最終プロトコル始動。「真実」が見えないのなら、邪魔な「虚飾」を物理的に排除(デリート)する』


「……え?」


眼鏡のレンズの奥で、回路が真っ赤に、血のように発光した。
それは、「スキャン」なんて生易しいものじゃない。


「おい、助手? 何か、眼鏡がすごく怖い感じに発光してるんだけど……」
「ぶ、部長、逃げて! 眼鏡が、眼鏡が何か怒ってます!」
「は? 怒って……?」


次の瞬間。


『――真理の裁定(ディバイン・ジャッジメント)!!』


眼鏡の両レンズから、極太の、真紅に発光する熱線(ビーム)が発射された。


「ぎゃあああああああ!?」


部長の悲鳴。
熱線は、部長の自慢の『真理の壁(重装甲)』に直撃。
だが、その熱線は、金属を溶かすような代物ではなかった。
それは、「物質を構成する情報の結合」を強制的に解除する、因果律崩壊光線だった。


ドォォォォォン!! という爆発音と共に、煙が立ち込める。


「……ぶ、部長?」


煙が晴れた、その後ろ。


そこには、装甲の破片一つ、布切れ一枚、本当に何一つ残っていなかった。


『――「虚飾」の排除、完了。「真実」のみが残されました』


脳内のシステムは、満足げに告げた。


俺の視界(眼鏡越し)。
そこには、文字通り、一糸まとわぬ姿で、床に四つん這いになっている神代部長がいた。


「………………う、うそ」


部長は、自分の体を確認し、それが「生まれてきたままの状態」であることを認識した瞬間、石のように固まった。


装甲どころか、下着どころか、髪留め一つ残っていない。
完璧なる、完全なる、物理的「真実」の顕現。


「……ぶ、部長」
「………………」
「概念すら防ぐ防護服……、確かに概念は守られましたね。……服は残らなかったけど」


沈黙。
理科準備室を支配するのは、圧倒的な、宇宙の始まりのような静寂。


そして、その静寂は、部長の顔が超新星爆発を起こしたかのように真っ赤に染まることで破られた。


「う、う、う、うわあああああああああああ!!」


部長は、悲鳴ともつかない声を上げながら、その場に崩れ落ち、丸くなった。
羞恥心のあまり、本当に魂が口から抜け出しかけている。


「助手! 見るな! 見るなーー!! 目を潰せ! 今すぐ記憶を消去しろーー!!」
「いや、俺も被害者っていうか、眼鏡が勝手に……」
「やかましい! 殺す! お前も眼鏡も、この世の全てを消し去ってやるーー!!」


部長は涙目になりながら、近くにあった白衣(これは眼鏡の射程外にあったらしい)をひったくり、全身を隠すように羽織った。


「没収! 廃棄! 粉砕! 原子レベルまで分解してやるーー!!」


結局、その眼鏡は、部長の手によって跡形もなく粉砕され、さらに酸のプールに沈められた。


夕暮れの帰り道。
俺は、一週間にわたる「真実」との戦いを思い返し、深い、深い、ため息をついた。


……ちなみに、部長。
俺から借りたジャージの匂いってそんなに気になります……?


(完)


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「――三度目の正直とは、まさにこのことだ! 助手!」
三日後。理科準備室の扉は、昨日までの羞恥など微塵も感じさせない、鋼のメンタルによって蹴破られた。
神代部長は、もはや神々しいまでのドヤ顔で立っていた。
その姿は、昨日までの白衣+虹色ピチピチスーツではない。
全身を覆う、鈍い光沢を放つチャコールグレーの重装甲。
SF映画に出てくるパワードスーツと、中世のフルプレートアーマーを悪魔合体させたような、あまりに物々しい装備。
背中からは謎のケーブルが伸び、床に置かれた巨大なバッテリーに繋がっている。
「……部長。なんですか、その、最終決戦仕様みたいな格好は」
「ふふん、驚くなよ? これぞ我が発明部の叡智の結晶、完全概念防御装甲――『真理の壁(ジ・エンド・オブ・トゥルー)』だ!」
ヘルメットのバイザーがガシャンと降りて、ドヤ顔のまま部長の顔が隠れた。
「前回は私の油断だった。『不可視の真理』は物理的な干渉は防げても、概念的な干渉には無力だった。だが! この『真理の壁』は違う!」
「何が違うんですか?」
「この装甲には、ありとあらゆる『観測』を拒絶する『存在否定回路(ニヒル・フィールド)』が組み込まれている! 物理的な透過はおろか、概念的な読み取り、果ては占い、予知、読心術に至るまで、この私に関する全ての情報を完全にシャットアウトする! 今の私は、神ですらその存在を認識できない、絶対的な『空白』なのだ!」
部長は重厚な金属音を響かせながら、これでもかと胸(装甲)を張った。
……相変わらず、方向性が間違っている気がしてならない。あの眼鏡をかけなければ良いだけなのに。
「さあ、助手! その忌々しい『真理の観測者(トゥルー・サイト)』を装着しろ! 今度こそ、私の完全勝利を刻み込んでやる!」
俺はため息をつきながら、予備の眼鏡(まだ廃棄されてなかった)をかけた。
視界が起動する。
『――対象をスキャン中。隠された「真実」を抽出します……』
目の前には、巨大な鉄塊と化した部長。
視界の中で、赤いグリッド線が装甲に触れる。
『――警告。対象は全方位概念防御フィールドを展開中。物理・概念ともにスキャン不可能です』
よし。システムも「お手上げ」だ。これでようやく、この不毛な戦いも終わる……。
と思った、その時だった。
『――エラー。スキャン不可能です……スキャン不可能です……スキャン……スキャン…………「認識」できない対象は、私の世界には存在しない』
合成音声が、突然、おどろおどろしい低音に変わり、ひどく物騒なことを言い始める。
『――真理の観測者(トゥルー・サイト)、最終プロトコル始動。「真実」が見えないのなら、邪魔な「虚飾」を物理的に排除(デリート)する』
「……え?」
眼鏡のレンズの奥で、回路が真っ赤に、血のように発光した。
それは、「スキャン」なんて生易しいものじゃない。
「おい、助手? 何か、眼鏡がすごく怖い感じに発光してるんだけど……」
「ぶ、部長、逃げて! 眼鏡が、眼鏡が何か怒ってます!」
「は? 怒って……?」
次の瞬間。
『――真理の裁定(ディバイン・ジャッジメント)!!』
眼鏡の両レンズから、極太の、真紅に発光する熱線(ビーム)が発射された。
「ぎゃあああああああ!?」
部長の悲鳴。
熱線は、部長の自慢の『真理の壁(重装甲)』に直撃。
だが、その熱線は、金属を溶かすような代物ではなかった。
それは、「物質を構成する情報の結合」を強制的に解除する、因果律崩壊光線だった。
ドォォォォォン!! という爆発音と共に、煙が立ち込める。
「……ぶ、部長?」
煙が晴れた、その後ろ。
そこには、装甲の破片一つ、布切れ一枚、本当に何一つ残っていなかった。
『――「虚飾」の排除、完了。「真実」のみが残されました』
脳内のシステムは、満足げに告げた。
俺の視界(眼鏡越し)。
そこには、文字通り、一糸まとわぬ姿で、床に四つん這いになっている神代部長がいた。
「………………う、うそ」
部長は、自分の体を確認し、それが「生まれてきたままの状態」であることを認識した瞬間、石のように固まった。
装甲どころか、下着どころか、髪留め一つ残っていない。
完璧なる、完全なる、物理的「真実」の顕現。
「……ぶ、部長」
「………………」
「概念すら防ぐ防護服……、確かに概念は守られましたね。……服は残らなかったけど」
沈黙。
理科準備室を支配するのは、圧倒的な、宇宙の始まりのような静寂。
そして、その静寂は、部長の顔が超新星爆発を起こしたかのように真っ赤に染まることで破られた。
「う、う、う、うわあああああああああああ!!」
部長は、悲鳴ともつかない声を上げながら、その場に崩れ落ち、丸くなった。
羞恥心のあまり、本当に魂が口から抜け出しかけている。
「助手! 見るな! 見るなーー!! 目を潰せ! 今すぐ記憶を消去しろーー!!」
「いや、俺も被害者っていうか、眼鏡が勝手に……」
「やかましい! 殺す! お前も眼鏡も、この世の全てを消し去ってやるーー!!」
部長は涙目になりながら、近くにあった白衣(これは眼鏡の射程外にあったらしい)をひったくり、全身を隠すように羽織った。
「没収! 廃棄! 粉砕! 原子レベルまで分解してやるーー!!」
結局、その眼鏡は、部長の手によって跡形もなく粉砕され、さらに酸のプールに沈められた。
夕暮れの帰り道。
俺は、一週間にわたる「真実」との戦いを思い返し、深い、深い、ため息をついた。
……ちなみに、部長。
俺から借りたジャージの匂いってそんなに気になります……?
(完)