僕たち
ー/ー……ガシャン、ガシャン……
僕は鎧の足音が聞こえてくる方向、迷路のようになっていることを羽根ペンに書き込ませながら、左右を警戒する。ノートは宙に浮いて、僕に勝手に追従してくれる。鎧の一部が見えた瞬間、僕はノートに集中する。羽根ペンが人間ではありえない速度で動く。
『――見えた! 雷光斬!』
破壊音。首なし鎧は音を立てて崩れる。
すごい! ……すごい!
僕は思わず倒れた鎧に駆け寄って、観察してしまった。……あの斬撃、黄色と水色の稲妻のようなエフェクトとか、書いてきたイメージ通りだった。ノートを見ると、ライが作中で放った斬撃――雷光斬が鎧を真っ二つにしたらしい。僕の小説ノートは、僕が状況を描写して、ライが行動することで僕の周りにその結果が反映されるような機能のスーベニアらしい。僕は無敵になった気分だった。
「行こう! 上へ!」
声に出しただけじゃライには聞こえないけど、呟いた。僕は、いや僕たちは、迷路を駆け抜けて、二段飛ばしで階段を駆け上る。なんだかいつもより、足が軽い気がした――僕は無意識にノートに書き込んでいた。二段飛ばしで弾んでいた息が整う。こんな使い方もできるのか。
次の階も迷路が続いていた。僕たちは鎧の足音を物陰に隠れながら追いかけた。後ろから少しずつ接近し、ライが雷光斬で倒す。簡単だった。あんなに恐ろしかった鎧も、足音で位置がわかるただの雑魚敵と化していた。
『あとどのくらいで最上階だ?』
『分からない!』
壁に沿って弧を描く階段を小気味よいテンポで上っていく。こんなの、あと何階あったって平気だ。
三島さん、待ってて。すぐ、行くから。
次の階は、白い迷路ではなく、広間になっていた。足を踏み入れようとすると……クックック、と笑い声がどこからが聞こえてくる。
「随分、調子良さそうじゃないか」
ウィズの声だ。姿は見えず、どこから声が聞こえてきているのかもよく分からない。僕は警戒しながら、ウィズのことを羽根ペンで描写してライに伝える。
『敵か?』
短く書かれたライの台詞に、僕は少し悩んでから書いた。
『僕にノートをくれた案内人は、僕みたいな魂を食べる魔法使いだって言ってた』
『位置が分かれば攻撃出来る、教えろ』
ライからの返事が心強かった。
「……サイトウユウ、お前の妄想ノート、遊び方がだいたい分かってきた」
ウィズの声色がこころなしか嬉しそうに聞こえる。
「――『隠せ』」
ウィズのよく響く声が空間を揺らす。手元すら見えない濃い霧が僕たちを包んだ。
『おいなんだこの霧! 俺の台詞は読めるんだよな?!』
『かろうじて! でもこのまま襲われたら……』
ノートは十センチくらいの距離なら何とか読める。僕はせめて背後から襲われないよう、石の壁を背中にくっ付けて立った。
「『襲え』」
鎧なら足音でなんとか索敵できるか。耳をすませるが音は聞こえない。壁や床に接触している部分の振動でなんとか気配を探り取れないか――
ズシャリ、と嫌な音と同時に、衝撃。
「ぁ」
胸が、苦しい。息できない。ズシュ、と音がして……液体が飛び散る音が聴こえる。暖かい何かが、手に、付く。血だ。血。たくさんの――
背中で壁を伝いながら、僕は崩れ落ちた。痛い。痛い痛い痛い。苦しい。苦しい。助けて。どうなってる、なんで、どこから。くの字になって石の床に倒れ込む。
「まあさすがに、視界も奪われて、音もなく殺しに来るやつには、な〜んにも出来ないな、はは、まあ仕方ねえけど」
ウィズの言葉は聞き取れるものの理解は出来ない。
「生きてたら失血死してる傷だ。だが魂のままのお前は気を失うことすら許されない」
痛みと苦しみで僕の脳は塗りつぶされ続けていた。
「苦しみに耐えきれずに壊れた魂がどうなるか教えてやろうか?」
霧に、砂漠が投影される。
「意志を捨てた魂は形を失い、砂になる。この塔や、お前が戦ってた鎧は、その砂で作ったんだんだ」
砂に、なる?
砂になれば、楽になれるのかな。
「お前も、意志を捨て、砂になるのか?」
「ぁ、う、ぐッ」
霧の奥で光っているのは剣みたいだった。首、肩、腹。貫かれる。苦しすぎて、書くなんて場合じゃない。この苦しみから早く逃れたい。地面すら這いつくばれない僕を、さらに見えない何かが切り刻んでいく。怖い。このままバラバラになって、死ぬのかな。いやもう死ねない。痛い。苦しいだけだ。
叫んで、また貫かれて、斬られて、悶えて。死ねるってどれだけ良かったのか。でも砂になれたら。だんだん思考がまとまらなくなってきた。砂になるには、砂になるには……
「どうせ砂になりたいなーって思ってんだろ? 簡単だよ。意志を、捨てろ」
意志、捨てる……?
僕の意志って、なんだ……?
――三島さん。涯てで、僕の代わりに、罰を受けてる、から――
目的を思い出した瞬間、ズキリ、と胸が痛んだ。三島さんは僕の代わりに苦しい思いをしてるんだ。なのに、僕は、砂になるのか? でも……死ねた方がどれだけ良かったか、なんて言いたくなる苦痛が全身を裂く。無理だ。僕には。無理なんだよ。
――なあ、俺は何なんだ
――俺は何のために生まれて、どこに行くべきなんだ
ライの台詞が、脳裏を過ぎる。じゃあ、僕が砂になったら、ライは、ライはどうなる。僕が書かなかったら、彼も……消えるんじゃないか? 僕の都合で生まれて、僕の都合でライは消えるのか? 僕はまた、誰かを巻き添えにして、逃げて……
「い、やだ……!」
血がせり上がってきて、ぷ、と吐き捨てた。くそ。考えろよ、おれ。動けよ。ああ、そうだ。ノート。どこだ。つづき、書かなきゃ……!
霧の向こうから輝くノートが目の前に滑り込んでくる。返事しろ、状況を教えろ、敵はどこだ……ライからの一方的な台詞がページを埋めていた。そして、ひときわ大きな字で、『どうなってる!? 返事しろ!』と書き込まれた。
足が多分今、斬られた……けど、これを書いたら、ライまでこの痛みを味わってしまう。書くわけない。耐えるのだけは、得意なんだ。奥歯を食いしばる。でも、どう、書けば。
『詳しくは書きたくないけど、すぐ目の前に敵がいて……とにかく、ヤバいんだ』
現状の、情けない、僕の精一杯だった。途端、レモン色とスカイブルーの電光を纏った斬撃が、僕の周りをむちゃくちゃに覆った。――ライだ。状況が分からないなりに手を尽くしてくれてるんだ。キン、キン、と金属同士がぶつかり合う音がする。僕をバラバラにするはずだったいくつかの斬撃が防がれているようだった。
今しかない。僕は思いついたことを片っ端から羽根ペンに書き込ませた。
霧が晴れていった、敵の姿が見えた、足音が聞こえた、敵はさっきの鎧だった……全て、書ききった瞬間に、文章が消えた。
『俺の力じゃそんなの無理だ、悪いけど……』
ライの申し訳なさそうな字が、代わりに浮かび上がる。どうも、ライの設定にないことや、ライが直接働きかけてできないことは、実現できないようだった。傷がたちまち塞がった……はすぐに文章が消えてしまったが、痛みが軽くなった気がした、だけは効果があった。
『お前、まさか、死にかけてるんじゃないのか』
ライの台詞の字が震えていた。
『大丈夫。どんなに傷がついても死なないみたいだし、おれ、我慢するのは昔から得意だったから』
誰にも見えないのに、へらへらと笑ってみせた。
『くそ!』
大きく台詞が書き込まれたあと、ライの斬撃が一段と激しくなった。斬撃は防げるものの、敵に効いてはいなさそうだ。ライが頑張ってくれてるうちに、なんとか手立てを考えなくちゃ……。
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