第12話:さよならの味
ー/ー
「大人二枚で二千円か。――はいこれ、柚月さんのチケットね」
その日、俺と柚月さんは二人で遊園地にきていた。
この遊園地には映画館も入っているので、俺たちはまず映画を見ることにした。
「ありがと! マミヤくん。じゃあ、次はポップコーン買いに行こ!」
券売機で映画館のチケットを購入して、売店で食べ物を買う。
柚月さんはキャラメルポップコーンとコーラ。
俺はホットドッグとコーラを注文した。
「いやー! いいね! 映画館!」
柚月さんのトレイには、でかいポップコーンのボックスとコーラが乗っかっていた。
「う、うん。そうだね」
俺は柄にもなく緊張していた。
年頃の男女が、映画館で一緒に映画を見る。
それは、古くから行われているテンプレ中のテンプレともいえるデートのありようだ。
……まあ、でもひとつ残念ポイントがあった。
もしこれがラブロマンスとかならば、俺ももっとどぎまぎして、この心臓の脈拍を速くしていたことだろう。
しかし、さすがは柚月さんというべきか、ブレないというか。
俺が連れてこられた映画館の上映内容は――。
「ほんと! 楽しみだね! 仮面バイカー!」
「……うん。だね。柚月さん、ヒーローもの好きだもんね」
「うん! だってカッコいいもん!」
男子児童みたいなことを言いながら、柚月さんは目をキラキラ輝かせていた。
ほどなくしてホールの明かりは落とされ、大音量の音とともに映画の広告が流れ始めた。
* * *
「――くらえ! 必殺のぉおお! バイカぁあああ――アルゼンチンバックブリーカー!!」
どれくらい時間が経っただろう。
三十分……四十分くらいは経っただろうか。映画はそろそろ佳境を迎えて、悪の軍団との戦闘真っ只中だった。
「ふぁあ……」
暗い部屋で、お腹も満たされ、この昼過ぎという時間。
映画も最高潮だが、俺の眠気も最高潮だった。
目の前の巨大スクリーンで、パンイチの筋肉男がプロレス技を繰り広げていなければ、俺はとうに眠りに落ちていたかもしれない。
さて、当の柚月さんはどうだろうか。
この山場、繰り出されるプロレス技の数々に、きっと目を輝かせながら、食い入るようにスクリーンを見つめているに違いない。
そう期待して俺は隣の席に目を向けた。
しかし。
その俺の思惑はすぐに裏切られることになった。
スクリーンの光に照らされた彼女の横顔は、スクリーンなんて見ていなかった。
ただ上を向いて、声を出すのを我慢するようにして、何かにおびえるようにして涙を流していた。
* * *
「――お待たせいたしました」
俺たちはスタッフさんにアトラクションの席へと案内され、同時に肩に重い安全バーが下ろされる。
「い――いよいよだね! マミヤくん……!」
「う、うん。……生きて帰れるのかな俺」
俺は自分のか弱い心臓が止まらないか、ここに来て心配になっていた。
映画を見た後は、いよいよ遊園地のアトラクションを楽しむことにした俺たちは、この遊園地の目玉であるタワー型の絶叫系アトラクションを体験しに来ていた。
「た……楽しみだね」
「う、うん……」
俺の緊張なんてお構いなしに、アトラクションが動き始めた。
俺たちの座っている椅子を含め、部屋全体がゆっくりと上昇し始めた。
「はは――はじまったよ! マミヤくん!!」
「お……おおおお!!」
――ガタン
上昇が止まり、目の前の窓が少し開いた。
……高い。想像していたよりもずっと高い。
チラっと見えるだけなのに、園内の端まで見えた。
……えっ。
うそ、まさかこの高さから落ちんの?
ーーそして。
俺の心が外の様子に奪われていたその瞬間。
ザアアアア! という速さで部屋全体が一気に降下した。
「うひゃあああああ!」
「あばばばばばば!!!」
さっきまで床についていた足は完全に浮遊し、自分の命がすべて肩の安全バーにのしかかる。
俺は必死で肩の安全バーを掴みながら、素数を数えていた。
その後、アトラクションは、俺の心臓をもて遊ぶかのように、途中で『ガクン』と停止したと思いきや、また一気に降下するというフェイントを何度か繰り返しながら地上へと戻って行くのだった。
* * *
「ではお気をつけてお乗りください」
ゴンドラが地上まで下りてきて、スタッフに誘導される。
ゴンドラに乗り込むときは早く感じたのに、いざ動き出すと、上昇がとてもゆっくりに感じた。
「うわあ。高いねえ! ね! マミヤくん」
「うん。ですね」
確かに高い。
けど、先ほどのアトラクションと違い、いきなり降下しないのがわかっている分、安全地帯のような安心感があった。
柚月さんはゴンドラの外を夢中で見ている。
俺は柚月さんのふとももに視線がチラチラいってしまっていた。
でも、柚月さんの恰好がそういう際どいからであって、俺は悪くないと思う。
ってか、コレ。
前から気になってたけど下はなんか履いてんのか……?
「――ねえ。マミヤくん」
「はい! ごめんなさい!」
「下の名前で呼んでほしいって言ったら、呼んでくれるかな?」
柚月さんがゴンドラの外を見ながら、俺に言う。
確かに、柚月さんは住人のみんなのことを愛称というか、下の名前で呼んでいた。
それが彼女にとっては当然で、コミュニケーションの一環なのだろう。
そう理解しようとしていると、ふと、柚月さんの耳が先っぽまで赤くなっていることに気づいた。
俺はゆっくりと立ち上がって、柚月さんの隣まで移動した。
そして、彼女の両肩に手を回してこちらに顔を向けさせた。
「……え。――え!? な、なに? どうしたのマミヤくん真剣な顔して」
「あ、あんまりこういうの慣れてないんで……」
俺は自分に言い訳をした。そう口にすることで、免罪符を得ようとしたのだ。
我ながらカッコ悪い。
「……う、うん」
柚月さんが目をつむる。
「いいんですね……?」
「……うん。いいよ」
「せ、雪華」
「うん……」
俺は、緊張しながら彼女を下の名前で呼んだ。
それから、数秒の沈黙が流れた。
「……え?」
「え?」
柚月さんがゆっくりと目を開けた。
「お、おわり……?」
「え。う、うん」
そういうと、柚月さんは顔を真っ赤にしながら怒り出した。
「マミヤくんのバカ! もうしらない! 意気地なしの根性なし! 北京ダック! ローストチキン!」
どうやらチキン野郎といいたいらしかった。
「ちょ、そんな風にいきなり立つとあぶな――」
そういわんこちゃない。
と言わんばかりに、柚月さんが姿勢を崩してこちら側に倒れてきた。
俺は両手を広げ、彼女を受け止める体勢を取った。
――ガチッ
「~~~~!!」
「!?!!?!」
俺の顔の前には柚月さんの顔があって。
柚月さんの顔の前には俺の顔があった。
何かと何かが、接触した音がしていた。
* * *
――ガチャ
晩御飯は遊園地で済ませてきていた。
緊張しっぱなしの一日だったからか、俺は喫茶店についてすぐ眠りに落ちていた。
――ゴソゴソ
深夜遅く。
俺が寝ている最中。誰かが、俺の布団の中に入ってきた気がした。
その人物はしばらく一緒の布団で暖まっていると、気がすんだのか静かに部屋を出ていった。
俺は、夢うつつの中で、ほんの少しだけ目が覚めた。
布団から抜け出す気配を追って、ぼんやりとドアの方へ目を向ける。
……微かに青い髪が揺れたのが見えた気がした。
けれど、疲れのせいか、次の瞬間にはもう、また眠気に意識を持っていかれていた。
――そして、次の日。
柚月雪華は、みんなの前から消えた。
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