第3話
ー/ー 給食の時間は、この学校の中で志保がいちばん好きな時間だった。
正確に言えば、陽向が四年生になってから、つまりたった一人になってからの給食の時間だ。
広い配膳室、西村老人は丁寧に用意して、陽向と一緒にワゴンを押して教室までゆっくり歩く。廊下にさしこむ光はいつも穏やかで静かだった。
食卓を囲むのは、いつも四人。陽向と、志保と、桑原校長と、西村老人。
家族でも、友人でも、クラスメートでもない、少し奇妙な組み合わせ。でも志保には、その食卓が、この学校で一番温かい場所のように感じられた。
西村老人は無口で、食事中に自分から話すことはほとんどなかった。桑原校長は時々、地域のニュースや天気の話をした。
陽向は、気が向いたときだけ話した。
本で読んだことや、空で見た雲の形や、昨日見たテレビの話。志保はそれを聞きながら、返事をして、質問をした。
ある日、陽向が言った。
「学校って、みんなで食べるもんだって本に書いてあった」
「そうだね」と志保は言った。
「ここもみんなで食べてるじゃないですか」
桑原校長が小さく笑った。西村老人は黙って茶碗を置いた。志保は陽向を見て、うん、と頷いた。
「そうだよ、ここもみんなで食べてる」
陽向は満足したように、またご飯を口に運んだ。その横顔を見ながら、志保は思った。この子は、不足を数えない子だと。あるもので、できることを、静かに探している子だと。
放課後の校庭は、広すぎた。
二百人が遊ぶために作られた広場に、一人の子どもが立っている。陽向は放課後、よく一人でサッカーボールを蹴っていた。相手はいない。壁に向かって蹴って、跳ね返ってきたボールをまた蹴る。その繰り返し。
ボールが校庭の端まで転がっていくと、陽向はとことこと走って追いかける。
広すぎる校庭に、一人の足音と、一つのボールの跳ねる音だけが響く。その音は、空の大きさの分だけ大きく聞こえて、それからゆっくりと消えていく。
志保は職員室の窓から、何度もその光景を見た。
かわいそうだとは思わなかった。思わないようにしていた、のかもしれない。でも正直に言えば、その光景には、悲しさとは少し違う、何か別のものが混じっていた。
静けさ、と言えばいいのか。あるいは、純粋さ、と言えばいいのか。一人でボールを蹴る少年の姿は、何かとても純粋なものを持っていた。
遊ぶために、相手を必要としない子ども。
それは寂しいことだったのかもしれない。でも陽向は、寂しそうには見えなかった。少なくとも、志保の目には。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。