第2話
ー/ー 岬小学校が「岬」の名を持つのは、半島の先端近く、海に向かって突き出した丘の上に建っているからだ。
晴れた日には、職員室の窓から水平線が見える。春先の海は灰みがかった青で、光の角度によっては銀色にも見える。
夏になると深い藍色に変わり、秋には緑がかった色になり、冬は鉛のような重い色をしている。
志保は九年間、その窓から何度海を見たかわからない。授業の準備をしながら、採点をしながら、あるいはただぼんやりと。海はいつも違う顔をしていた。
潮風は強い。
今は使用禁止になった、鉄棒の支柱は錆が浮いて赤茶色になっているし、百葉箱の木材も塗装があちこち剥げて、塩を含んだ風に長く晒された木独特の、白っぽい乾いた色をしている。
校舎の古い窓枠も、金属部分はどこも同じように錆びていて、梅雨の時期には窓の開け閉めがひどく重くなる。
それでも、この丘の上から見る海は、美しかった。
転勤の話が出たとき、志保がいちばん最初に思ったのは、もうこの海が見られなくなるるのか、ということだった。変な話だと自分でも思ったが、それが本当の気持ちだった。
宮本陽向が入学してきたのは、志保が赴任して四年目の春だった。
校門の前で、お母さんの手を握って立っていた陽向は、ランドセルに背負われているみたいに小さかった。
丸い頭と、丸い目と、少し開いた口。はじめて会ったとき、志保は思わず「大きいランドセルだね」と言って、陽向は何も言わずにじっと志保を見た。
そのまなざしが、どこか動物に似ていると思った。草原に立って、遠くの何かをじっと見つめている、小さな草食動物のような目。
その年の全校生徒は、陽向を含めて八人だった。
翌年は五人になり、その翌年は三人になり、四年生になる頃には、陽向ただ一人になっていた。
仲の良かった同級生の森田くんが転校したとき、陽向は一週間ほど無口になった。
給食の時間、いつもは志保や桑原校長や用務員の西村老人と五人で食べていた食卓に、ぽかりと穴が開いた。
陽向は黙って箸を動かし、食べ終わると「ごちそうさまでした」とだけ言って、一人で教室に戻っていった。
一週間後、陽向はまた普通に喋るようになった。
何が変わったのか、志保には聞けなかった。たぶん、何かを諦めたのではなく、何かを受け入れたのだと、あとから思った。
晴れた日には、職員室の窓から水平線が見える。春先の海は灰みがかった青で、光の角度によっては銀色にも見える。
夏になると深い藍色に変わり、秋には緑がかった色になり、冬は鉛のような重い色をしている。
志保は九年間、その窓から何度海を見たかわからない。授業の準備をしながら、採点をしながら、あるいはただぼんやりと。海はいつも違う顔をしていた。
潮風は強い。
今は使用禁止になった、鉄棒の支柱は錆が浮いて赤茶色になっているし、百葉箱の木材も塗装があちこち剥げて、塩を含んだ風に長く晒された木独特の、白っぽい乾いた色をしている。
校舎の古い窓枠も、金属部分はどこも同じように錆びていて、梅雨の時期には窓の開け閉めがひどく重くなる。
それでも、この丘の上から見る海は、美しかった。
転勤の話が出たとき、志保がいちばん最初に思ったのは、もうこの海が見られなくなるるのか、ということだった。変な話だと自分でも思ったが、それが本当の気持ちだった。
宮本陽向が入学してきたのは、志保が赴任して四年目の春だった。
校門の前で、お母さんの手を握って立っていた陽向は、ランドセルに背負われているみたいに小さかった。
丸い頭と、丸い目と、少し開いた口。はじめて会ったとき、志保は思わず「大きいランドセルだね」と言って、陽向は何も言わずにじっと志保を見た。
そのまなざしが、どこか動物に似ていると思った。草原に立って、遠くの何かをじっと見つめている、小さな草食動物のような目。
その年の全校生徒は、陽向を含めて八人だった。
翌年は五人になり、その翌年は三人になり、四年生になる頃には、陽向ただ一人になっていた。
仲の良かった同級生の森田くんが転校したとき、陽向は一週間ほど無口になった。
給食の時間、いつもは志保や桑原校長や用務員の西村老人と五人で食べていた食卓に、ぽかりと穴が開いた。
陽向は黙って箸を動かし、食べ終わると「ごちそうさまでした」とだけ言って、一人で教室に戻っていった。
一週間後、陽向はまた普通に喋るようになった。
何が変わったのか、志保には聞けなかった。たぶん、何かを諦めたのではなく、何かを受け入れたのだと、あとから思った。
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