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商談69 雲原スキー場

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雲原(うんばら)、雲原へ到着です。ご乗車ありがとうございました』
 バスが停車したのは雲原駅。雲の原と書いて『うんばら』と読む。雲原は全国的に有名なスキー場で、その雪質の良さから東西を問わずスキーヤーやスノーボーダーが押し寄せる。
 冬の須賀高原は雪深くなり、あらゆる交通網は遮断されて不便を強いられる土地だった。そのため、かつては陸の孤島と揶揄されてきた。
 そんな折、時代の流れを読んだ入間不動産は本須賀町へスキー場建設計画を提案した。経済基盤の脆弱だった当時の本須賀町長はこれを快諾。これによって本須賀町は全国有数のスキー場の街として名を馳せ、今日のような盛況を見せている。
 余談だが、このスキー場計画を持ち掛けたのは俺の叔父である入間継雄(つぐお)だ。彼はスキー場計画の成功によって入間グループ内で不動の地位を築き上げ、現在では親会社である入間ホールディングス社長へ就任している。
 これはスキー場様様、叔父と本須賀町の双方がウィンウィンの関係である。いや、スキーヤーやスノーボーダーも含めれば三方良しと言えるだろう。
「う、ぐぐぐっ......!」
 スキー場へ着くや否や乗客達は一斉に降車し始め、人の流れとなって俺を車外へ押し出そうとする。いや待て! 俺の目的地はここじゃないんだ!! 俺は吊革に掴まって必死に抵抗した。
 それにしても、この人流はかつての電車通勤を思い出す。すし詰め状態の中、意図せず車外へ押し出された挙句に電車に逃げられたことを。都内の電車ならまだしも、このバスは便が限られている。ここで車外へ放出されるわけにはいかない!!
 俺の喰らい付く吊革が軋みを上げる。ギシギシと苦しそうな音を上げているが、どうか耐えてくれ!!
 俺の願いは届いたのか、どうにか人流に飲み込まれずに済んだ。スキー場の乗客は悉く降車し、車内には俺だけが残っていた。
「......お客さん、降りられますか?」
 しばらくの間を経て車掌が尋ねた。この時期に雲原以外へ用のある客は俺くらいだろう。車掌が訝しむのも当然だ。
「いえ、終点までお願いします」
 俺は空席となった車内に座して答えた。俺が目指すべき場所はここじゃない、その先にある須賀高原駅だ。
『扉が閉まります、ご注意ください』
 しばしの間を経て車掌が振り返ると、車内アナウンスと共に扉が閉められた。彼はどことなく不思議そうな顔をしていたが、人の心をむやみに探るべきではない。
 須賀高原、そこには俺の苦い過去が眠っている。


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『|雲原《うんばら》、雲原へ到着です。ご乗車ありがとうございました』
 バスが停車したのは雲原駅。雲の原と書いて『うんばら』と読む。雲原は全国的に有名なスキー場で、その雪質の良さから東西を問わずスキーヤーやスノーボーダーが押し寄せる。
 冬の須賀高原は雪深くなり、あらゆる交通網は遮断されて不便を強いられる土地だった。そのため、かつては陸の孤島と揶揄されてきた。
 そんな折、時代の流れを読んだ入間不動産は本須賀町へスキー場建設計画を提案した。経済基盤の脆弱だった当時の本須賀町長はこれを快諾。これによって本須賀町は全国有数のスキー場の街として名を馳せ、今日のような盛況を見せている。
 余談だが、このスキー場計画を持ち掛けたのは俺の叔父である入間|継雄《つぐお》だ。彼はスキー場計画の成功によって入間グループ内で不動の地位を築き上げ、現在では親会社である入間ホールディングス社長へ就任している。
 これはスキー場様様、叔父と本須賀町の双方がウィンウィンの関係である。いや、スキーヤーやスノーボーダーも含めれば三方良しと言えるだろう。
「う、ぐぐぐっ......!」
 スキー場へ着くや否や乗客達は一斉に降車し始め、人の流れとなって俺を車外へ押し出そうとする。いや待て! 俺の目的地はここじゃないんだ!! 俺は吊革に掴まって必死に抵抗した。
 それにしても、この人流はかつての電車通勤を思い出す。すし詰め状態の中、意図せず車外へ押し出された挙句に電車に逃げられたことを。都内の電車ならまだしも、このバスは便が限られている。ここで車外へ放出されるわけにはいかない!!
 俺の喰らい付く吊革が軋みを上げる。ギシギシと苦しそうな音を上げているが、どうか耐えてくれ!!
 俺の願いは届いたのか、どうにか人流に飲み込まれずに済んだ。スキー場の乗客は悉く降車し、車内には俺だけが残っていた。
「......お客さん、降りられますか?」
 しばらくの間を経て車掌が尋ねた。この時期に雲原以外へ用のある客は俺くらいだろう。車掌が訝しむのも当然だ。
「いえ、終点までお願いします」
 俺は空席となった車内に座して答えた。俺が目指すべき場所はここじゃない、その先にある須賀高原駅だ。
『扉が閉まります、ご注意ください』
 しばしの間を経て車掌が振り返ると、車内アナウンスと共に扉が閉められた。彼はどことなく不思議そうな顔をしていたが、人の心をむやみに探るべきではない。
 須賀高原、そこには俺の苦い過去が眠っている。