「俺を、見くびるな」
今までの何もかもを振り捨てなきゃ、こっちでやって行けないなんて思われるのは心外だ。恋人が気になって、負担になって力を発揮できないなんて俺はそこまで弱くない。
こう見えても十年、専門分野については紛れもなく第一線で戦ってきたと自負してるプロフェッショナルだ。
「ずっと年下のお前が見え見えの嘘まで吐いて同情したくなるほど、今の俺はどうしようもないダメな男だと思われてるのか?」
その台詞はさすがに刺さったらしく、舞が今日初めて目に見えて狼狽えた。
「ちが、わたしは、そんな……」
そして、とうとう観念したように口を開く。
「彰人さんに嫌いなんて言えない。……嘘でも、言えない」
俯いてぽつりぽつりと呟く彼女を愛おしむ感情が、全身から溢れそうになる。
お前の考えてることくらい、俺にはわかるんだよ。
そもそも、本当に嫌々付き合ってたんなら。離れられてせいせいしてると言うのなら、こんな遠くまで会いに来る理由なんてないんじゃないのか?
好きでもない男の顔なんて見に来なくても、一方的に別れを突き付ける手段なんていくらでもある。
メールでも、通信アプリでも、古風に手紙だって。
もし直接|罵詈雑言《ばりぞうごん》でも浴びせてやらなきゃ気が済まないっていうんなら、それこそ電話で十分事足りるだろう。
好き放題に|捲《まく》し立てて、満足したら通話ボタンをオフにすればいい。逆上した相手に、……つまり俺に、危害を加えられる恐れもないしな。その後着拒でもすればそれで縁が切れる。「努力しなきゃ会えない」状況なんだから。
なのにどうして忙しい合間を縫って新幹線に乗ってまで、わざわざここまで来たんだよ。
最後に俺に会いたかったんじゃないのか? せめて顔を見たかった?
こんなこと言ったら、お前にはまた|自惚《うぬぼ》れてるって怒られそうだけどな。
でもこれは、恋人を安心させてやれなかった俺の落ち度だと思うから。せめて今できることを、と俺は彼女に対して言葉を尽くす。
「毎日会えなくても気持ちは変わってない。お前のことは今もずっと愛してるよ。もちろん仕事だって何ひとつ諦める気はない」
心配してくれるのはありがたいけど、な。俺は大丈夫だ。
だからお前も、俺と自分を、信じろ。
「お前からは別れの言葉よりエールが欲しいよ。できれば噓じゃなく、……舞」
ここで、──《《新天地》》でひとり頑張るための。
ついさっきまでの作られた人形みたいなものとは違う、恋人の歪んだ泣き笑いの表情。
だけど、偽りのないその心を映したかのように。
こんな顔をしてさえも、この子は、綺麗だ。
──もう少しだけ、|向こう《東京》で待っててくれ。
~END~