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エピローグ

ー/ー



 こうして二人は、お菓子屋さん開店の準備に取り掛かった。
 
 開店資金のローンが組めるか心配していたキョウだったが、これまでのネット販売や出店経験が役立ち、無事に融資を受けて小さな空き店舗を借りることができた。それだけではない。お世話になった掛け持ち先のカフェの店主は、餞として調理器具や備品を譲ってくれた。マルシェで仲良くなった出店者の方々は、経営の術を教えてくれた。ドラッグストアの店長とは今も度々連絡を取り合っていて、相談に乗ってもらっている。労働環境の調査が入り、休みもしっかり取れているらしい。オープン前のチラシ配りや宣伝は、ミゾレを筆頭に家庭科部の仲間たちが手伝ってくれた。これまでに出会った縁の数々が、お菓子屋さん開店への夢をさらに後押しし、キョウたちの支えとなった。
 
 そうして月日は流れ、ついに迎えたオープン当日。二人は朝早くから、開店準備に追われていた。
「ザラメ、クッキーはここでいいのか?」
「うん、そのカゴで合ってるよ。それが終わったら、次はパウンドケーキを並べてくれる?包装はもう終わってるから」
「了解!」
 手際よく陳列作業をこなすルグ。試作を重ねたこだわりの焼き菓子は、崩れたり割れたりすることなく、彼の手によって美しく並べられていく。今では彼も立派なお菓子屋さんの一員だ。ホットケーキを丸焦げにしていた頃を懐かしみながら、キョウは微笑む。
「制服、似合ってるね」
「だろ?なんてったって、オレ専用だからな!動きやすいし、暑苦しくねぇし。最高だぜ!」
 自分が仕立てたかのように、誇らしげに胸を張るルグ。共にスタッフとして働くにあたり、彼の制服は獣人に合うように特別仕様で注文をかけた。基本となるデザインは共通だが、暑くないように通気性の高い生地を選んだり、毛が抜け落ちてこないようなつくりにするなど、様々な工夫を施してある。自分のものと比べてかなり値が張ったが、こんなに大喜びで着ている様子に、キョウも嬉しさを覚える。
「ちょっと外の様子を見てくるから、何かあったら呼んでね」
「おう!」
 厨房から出て、キョウは店先のドアを開ける。眩しい太陽に、少し目を細めた。厳しい残暑が続くが、高く澄んだ青空には少しずつ秋の気配が感じられる。これまで住んでいた田舎の平屋を出て新しくやって来た町は、人通りも多そうだ。爽やかな空気を、めいっぱい吸い込む。
 これまでの道は、決して平坦なものではなかった。たくさん迷って、回り道をして、時に立ち止まることもあった。だが、無駄なものは何一つなかった。今となっては、その全てが自身にとって必要だったと、もうキョウは自信を持って言うことができる。

 店先に立てた看板。そこに刻まれた店名を、指でそっとなぞる。
 先が見えないほど広く、数多の木が茂る森の中。今はまだ、小さな芽に過ぎなくとも。いつか、歩き疲れた誰かが背中を預けるような、あるいは誰かの道標となるような、立派な一本の木になれるように。誰かに望まれた自分でも、絵本のクマさんでもなく、双目キョウとして、自分だけの枝を伸ばして生きていけるように。そして、新天地で始まるこれからの道のりを、これまで関わってきた全ての人たちに、これから出会う全ての人たちに、いつまでも見守っていてもらえるように。そんな思いを込めてキョウがつけた、新しい店の名前。
 

"本日開店 まちのお菓子屋さん 『ザラメの木』"
 
 
「ザラメー、ケーキ焼けてるぞー!」
 ルグの声に、キョウは振り返る。
「今行くー!」

 晴れ渡る空に、ドアベルの音が響いた。
 

―完―


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 こうして二人は、お菓子屋さん開店の準備に取り掛かった。
 開店資金のローンが組めるか心配していたキョウだったが、これまでのネット販売や出店経験が役立ち、無事に融資を受けて小さな空き店舗を借りることができた。それだけではない。お世話になった掛け持ち先のカフェの店主は、餞として調理器具や備品を譲ってくれた。マルシェで仲良くなった出店者の方々は、経営の術を教えてくれた。ドラッグストアの店長とは今も度々連絡を取り合っていて、相談に乗ってもらっている。労働環境の調査が入り、休みもしっかり取れているらしい。オープン前のチラシ配りや宣伝は、ミゾレを筆頭に家庭科部の仲間たちが手伝ってくれた。これまでに出会った縁の数々が、お菓子屋さん開店への夢をさらに後押しし、キョウたちの支えとなった。
 そうして月日は流れ、ついに迎えたオープン当日。二人は朝早くから、開店準備に追われていた。
「ザラメ、クッキーはここでいいのか?」
「うん、そのカゴで合ってるよ。それが終わったら、次はパウンドケーキを並べてくれる?包装はもう終わってるから」
「了解!」
 手際よく陳列作業をこなすルグ。試作を重ねたこだわりの焼き菓子は、崩れたり割れたりすることなく、彼の手によって美しく並べられていく。今では彼も立派なお菓子屋さんの一員だ。ホットケーキを丸焦げにしていた頃を懐かしみながら、キョウは微笑む。
「制服、似合ってるね」
「だろ?なんてったって、オレ専用だからな!動きやすいし、暑苦しくねぇし。最高だぜ!」
 自分が仕立てたかのように、誇らしげに胸を張るルグ。共にスタッフとして働くにあたり、彼の制服は獣人に合うように特別仕様で注文をかけた。基本となるデザインは共通だが、暑くないように通気性の高い生地を選んだり、毛が抜け落ちてこないようなつくりにするなど、様々な工夫を施してある。自分のものと比べてかなり値が張ったが、こんなに大喜びで着ている様子に、キョウも嬉しさを覚える。
「ちょっと外の様子を見てくるから、何かあったら呼んでね」
「おう!」
 厨房から出て、キョウは店先のドアを開ける。眩しい太陽に、少し目を細めた。厳しい残暑が続くが、高く澄んだ青空には少しずつ秋の気配が感じられる。これまで住んでいた田舎の平屋を出て新しくやって来た町は、人通りも多そうだ。爽やかな空気を、めいっぱい吸い込む。
 これまでの道は、決して平坦なものではなかった。たくさん迷って、回り道をして、時に立ち止まることもあった。だが、無駄なものは何一つなかった。今となっては、その全てが自身にとって必要だったと、もうキョウは自信を持って言うことができる。
 店先に立てた看板。そこに刻まれた店名を、指でそっとなぞる。
 先が見えないほど広く、数多の木が茂る森の中。今はまだ、小さな芽に過ぎなくとも。いつか、歩き疲れた誰かが背中を預けるような、あるいは誰かの道標となるような、立派な一本の木になれるように。誰かに望まれた自分でも、絵本のクマさんでもなく、双目キョウとして、自分だけの枝を伸ばして生きていけるように。そして、新天地で始まるこれからの道のりを、これまで関わってきた全ての人たちに、これから出会う全ての人たちに、いつまでも見守っていてもらえるように。そんな思いを込めてキョウがつけた、新しい店の名前。
"本日開店 まちのお菓子屋さん 『ザラメの木』"
「ザラメー、ケーキ焼けてるぞー!」
 ルグの声に、キョウは振り返る。
「今行くー!」
 晴れ渡る空に、ドアベルの音が響いた。
―完―