雪に舞う宝石
ー/ーあなたの瞳に、僕はどう映っているのだろうか。
ずっと隠している秘めた想いに、気が付いてるのだろうか。
降り積もる雪は、蓮耀国の朱い瓦を白銀に染め変えた。
「まぁ、銀世界だわ!」
頬を紅く染めているのは、この国の皇女にして、亡き皇后様の忘れ形見、愛璃様だ。いつもと違う庭園の雪景色を前に、無邪気にはしゃいでいる。
「ねぇ、白蓮。あなたの銀色に輝く髪のようだわ」
愛璃様は振り返り、後ろに控えていた僕を見る。
「もっと色々な景色が、世界にはたくさんあるのよね」
愛璃様が手すりに積もった雪を指先でなぞり、小さく息を吐くと、冬の空気に溶けて消えた。
「白蓮はいいわね。奏天雅集の巡業で、色々な国に行けて」
宮廷直属の舞踊集団。僕はその一員として、大陸中の国を渡り歩いている。
「白蓮から異国の話を聞くたびに、羨ましくなるわ。私はこの宮殿から、出ることは叶わないもの」
皇帝の一人娘であり、異母兄の皇太子が溺愛する愛璃様は、生まれてから18年、宮廷という閉ざされた箱庭から出たことがない。
「ねぇ、西の国での巡業はどうだったの?楽しいことはあった?」
無垢な言葉が、鋭い刃となって僕の胸を刺す。
巡業という名の旅。その華やかな演舞の裏側で、僕が皇太子の命により、どれほどの手を汚してきたか。
西の国での祝宴。華麗な舞を披露した後は、標的である重臣と酒を交わす。
『噂の白蓮とはこれほどまでも美しいのか』
宮廷直属ということも忘れ、僕を芸子か舞子と思っているだろう男たち。遠慮ない卑猥な手つきを適度にあしらい、極上の笑みを浮かべ指先に隠した毒を杯の酒に落とす。
今ごろは、病死として処理されている頃だろう。
直接手を下すことはない。ただ、僕が舞い、微笑み、そっと忍ばせた毒は、静かに命を蝕んでいく。
返り血を浴びるよりも静かで、そして何よりも卑劣な、皇太子のための暗殺。
そんな泥濘を這いずって帰還した僕にとって、彼女の清らかさは、あまりにも眩しく、そして残酷だった。
「私も白蓮と一緒に行きたいわ」
「愛璃様、そのようなことを、他の人間の前で言わないでくださいね。いらぬ噂は宮廷では諸刃の剣ですよ」
「いいじゃない。今はふたりだけだもの」
その言葉に、頬が緩んでしまうのを止められない。
こんなにも愛らしく見つめられては、平常心を保つだけで必死だった。
皇女様にとっては、出会ったばかりの幼い少年のままなのか。
「お兄様が、白蓮は宝石のようだって、そう言っていたわ。磨けば磨くほど、誰にも真似できない輝きを放つって」
「もったいない言葉ですよ」
「あら、私もそう思っているわ。出会った頃からずっと、白蓮はキラキラ光っているもの」
――でもね、愛璃様。
あなたのお兄様は、自らの手で僕を汚し、踏みにじるのが大層お好きなんですよ。
『さぁ、舞のようにこの手で踊れ、白蓮――美しく果ててみせろ』
僕が貴女を想えば想うほど、皇太子は愉悦に目を細め、僕の身体を欲望のままに蹂躙する。
『お前の視線に気付いていないと思ったか?』
昨夜、耳元で囁かれた皇太子の歪んだ声が、耳の奥で蘇る。衣の下で、彼が付けた痕跡が疼く。
「白蓮が『舞神』になったら、もっと会えない日が続くのかしら。淋しいわ、とても……」
愛璃様が不安げに僕を見つめる。
僕は間もなく、20歳という最年少で最高峰の地位『舞神』に就く。
その地位さえあれば、名実ともにこの国の至宝となる。誰もが僕に跪く日が来れば、皇帝陛下に直接言葉を届ける権利すら得られるかもしれない。
だけど、それは皇太子が即位してからでは遅い。
「白蓮がいつか、遠くに行ってしまいそうで怖いわ」
この無垢な皇女様を、いつかこの権力の檻から連れ出すため、手を汚すことも、身を呈することも厭わない。
「愛璃様。僕はいつでもあなたのそばにいる」
「白蓮?」
白銀の雪の上へ一歩踏み出した。
「約束します」
銀色の刺繍が施された衣が、雪明かりを反射して冷たく光る。
僕は音楽もない極寒の庭で、静かに舞い始めた。
ヒラリと裾が雪を掠めとる。
そしていつか、皇太子から貴女を奪い、本当の銀世界へ連れ出そう。
舞い終えた僕の肩に、はらりと冷たい雪が積もる。
僕は彼女の前に膝をつき、銀色の睫毛を伏せた。
「……ありがとう、白蓮」
夢見るような彼女の声を聞きながら、僕は深く頭を下げた。
伝えられない言葉の代わりに、僕は降りしきる雪の中に、一途な想いと、いつかすべてを覆すための野心を封じ込めた。
「ねぇ、見て」
愛璃様が、さっきまで僕が踊っていた雪の上を指さした。つられてゆっくりと振り返る。
「雪がちっとも汚れていないわ。普通は足で踏まれた雪は、土にまみれてしまうものなのに」
白銀の世界が広がっている。たった今降り積もったかのような、まっさらの雪。
――滑るように、地に足を付けずに舞うこと。天を舞う。それこそが、舞神と言われる所以だと教わった。当然、誰でもできることではない。
「愛璃様を想い、夢中で舞いました」
「あら、白蓮。髪に雪が」
愛璃様が、僕の髪にそっと手を伸ばした。はらりと粉雪が落ちる。
刹那。息が止まる。
「……っ」
彼女の指先が僕の銀色の髪に触れる。それだけで、汚れた自分が浄化されたように感じる。
「愛璃様」
思わず、その細い指先を絡めとる。
この指先に口付けて、そのまま腕に抱きしめたい。そんな強烈な独占欲が、僕の中で激しく渦巻く。
僕は美しくなんてない。
心の中は、あの皇太子と大して変わらないんだ。
あなたと同じ血が流れる男に抱かれるたびに、どこかあなたの影を追っている。
ドロドロの泥で汚れた雪の方が似合っているのに――。
「手が冷たいですね。そろそろ屋敷に戻りましょう」
僕は1歩下がり、彼女の温もりから逃れるように頭を下げた。
遠くで侍女が控えている。
どうせ、その目で見たことはすべて皇太子に報告されるのだろう。
「雪はすぐに溶けてしまうけど、白蓮の心はずっと綺麗よ。誰にも、汚されたりしないわ」
「いいえ、僕は……」
「白蓮の世界に、私はいたい」
ひらりとまた粉雪が降る。
「いつか、必ずお連れします。僕とあなたの、ふたりだけの世界へ」
愛璃の後ろ姿に、そっと届ける静かな誓い。
そこはきっと、白銀の世界。
僕の闇さえ溶かしてしまう、太陽のような愛璃様がいる。
ずっと隠している秘めた想いに、気が付いてるのだろうか。
降り積もる雪は、蓮耀国の朱い瓦を白銀に染め変えた。
「まぁ、銀世界だわ!」
頬を紅く染めているのは、この国の皇女にして、亡き皇后様の忘れ形見、愛璃様だ。いつもと違う庭園の雪景色を前に、無邪気にはしゃいでいる。
「ねぇ、白蓮。あなたの銀色に輝く髪のようだわ」
愛璃様は振り返り、後ろに控えていた僕を見る。
「もっと色々な景色が、世界にはたくさんあるのよね」
愛璃様が手すりに積もった雪を指先でなぞり、小さく息を吐くと、冬の空気に溶けて消えた。
「白蓮はいいわね。奏天雅集の巡業で、色々な国に行けて」
宮廷直属の舞踊集団。僕はその一員として、大陸中の国を渡り歩いている。
「白蓮から異国の話を聞くたびに、羨ましくなるわ。私はこの宮殿から、出ることは叶わないもの」
皇帝の一人娘であり、異母兄の皇太子が溺愛する愛璃様は、生まれてから18年、宮廷という閉ざされた箱庭から出たことがない。
「ねぇ、西の国での巡業はどうだったの?楽しいことはあった?」
無垢な言葉が、鋭い刃となって僕の胸を刺す。
巡業という名の旅。その華やかな演舞の裏側で、僕が皇太子の命により、どれほどの手を汚してきたか。
西の国での祝宴。華麗な舞を披露した後は、標的である重臣と酒を交わす。
『噂の白蓮とはこれほどまでも美しいのか』
宮廷直属ということも忘れ、僕を芸子か舞子と思っているだろう男たち。遠慮ない卑猥な手つきを適度にあしらい、極上の笑みを浮かべ指先に隠した毒を杯の酒に落とす。
今ごろは、病死として処理されている頃だろう。
直接手を下すことはない。ただ、僕が舞い、微笑み、そっと忍ばせた毒は、静かに命を蝕んでいく。
返り血を浴びるよりも静かで、そして何よりも卑劣な、皇太子のための暗殺。
そんな泥濘を這いずって帰還した僕にとって、彼女の清らかさは、あまりにも眩しく、そして残酷だった。
「私も白蓮と一緒に行きたいわ」
「愛璃様、そのようなことを、他の人間の前で言わないでくださいね。いらぬ噂は宮廷では諸刃の剣ですよ」
「いいじゃない。今はふたりだけだもの」
その言葉に、頬が緩んでしまうのを止められない。
こんなにも愛らしく見つめられては、平常心を保つだけで必死だった。
皇女様にとっては、出会ったばかりの幼い少年のままなのか。
「お兄様が、白蓮は宝石のようだって、そう言っていたわ。磨けば磨くほど、誰にも真似できない輝きを放つって」
「もったいない言葉ですよ」
「あら、私もそう思っているわ。出会った頃からずっと、白蓮はキラキラ光っているもの」
――でもね、愛璃様。
あなたのお兄様は、自らの手で僕を汚し、踏みにじるのが大層お好きなんですよ。
『さぁ、舞のようにこの手で踊れ、白蓮――美しく果ててみせろ』
僕が貴女を想えば想うほど、皇太子は愉悦に目を細め、僕の身体を欲望のままに蹂躙する。
『お前の視線に気付いていないと思ったか?』
昨夜、耳元で囁かれた皇太子の歪んだ声が、耳の奥で蘇る。衣の下で、彼が付けた痕跡が疼く。
「白蓮が『舞神』になったら、もっと会えない日が続くのかしら。淋しいわ、とても……」
愛璃様が不安げに僕を見つめる。
僕は間もなく、20歳という最年少で最高峰の地位『舞神』に就く。
その地位さえあれば、名実ともにこの国の至宝となる。誰もが僕に跪く日が来れば、皇帝陛下に直接言葉を届ける権利すら得られるかもしれない。
だけど、それは皇太子が即位してからでは遅い。
「白蓮がいつか、遠くに行ってしまいそうで怖いわ」
この無垢な皇女様を、いつかこの権力の檻から連れ出すため、手を汚すことも、身を呈することも厭わない。
「愛璃様。僕はいつでもあなたのそばにいる」
「白蓮?」
白銀の雪の上へ一歩踏み出した。
「約束します」
銀色の刺繍が施された衣が、雪明かりを反射して冷たく光る。
僕は音楽もない極寒の庭で、静かに舞い始めた。
ヒラリと裾が雪を掠めとる。
そしていつか、皇太子から貴女を奪い、本当の銀世界へ連れ出そう。
舞い終えた僕の肩に、はらりと冷たい雪が積もる。
僕は彼女の前に膝をつき、銀色の睫毛を伏せた。
「……ありがとう、白蓮」
夢見るような彼女の声を聞きながら、僕は深く頭を下げた。
伝えられない言葉の代わりに、僕は降りしきる雪の中に、一途な想いと、いつかすべてを覆すための野心を封じ込めた。
「ねぇ、見て」
愛璃様が、さっきまで僕が踊っていた雪の上を指さした。つられてゆっくりと振り返る。
「雪がちっとも汚れていないわ。普通は足で踏まれた雪は、土にまみれてしまうものなのに」
白銀の世界が広がっている。たった今降り積もったかのような、まっさらの雪。
――滑るように、地に足を付けずに舞うこと。天を舞う。それこそが、舞神と言われる所以だと教わった。当然、誰でもできることではない。
「愛璃様を想い、夢中で舞いました」
「あら、白蓮。髪に雪が」
愛璃様が、僕の髪にそっと手を伸ばした。はらりと粉雪が落ちる。
刹那。息が止まる。
「……っ」
彼女の指先が僕の銀色の髪に触れる。それだけで、汚れた自分が浄化されたように感じる。
「愛璃様」
思わず、その細い指先を絡めとる。
この指先に口付けて、そのまま腕に抱きしめたい。そんな強烈な独占欲が、僕の中で激しく渦巻く。
僕は美しくなんてない。
心の中は、あの皇太子と大して変わらないんだ。
あなたと同じ血が流れる男に抱かれるたびに、どこかあなたの影を追っている。
ドロドロの泥で汚れた雪の方が似合っているのに――。
「手が冷たいですね。そろそろ屋敷に戻りましょう」
僕は1歩下がり、彼女の温もりから逃れるように頭を下げた。
遠くで侍女が控えている。
どうせ、その目で見たことはすべて皇太子に報告されるのだろう。
「雪はすぐに溶けてしまうけど、白蓮の心はずっと綺麗よ。誰にも、汚されたりしないわ」
「いいえ、僕は……」
「白蓮の世界に、私はいたい」
ひらりとまた粉雪が降る。
「いつか、必ずお連れします。僕とあなたの、ふたりだけの世界へ」
愛璃の後ろ姿に、そっと届ける静かな誓い。
そこはきっと、白銀の世界。
僕の闇さえ溶かしてしまう、太陽のような愛璃様がいる。
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