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蒼き決意の覚醒

ー/ー



 空が歪んでいた。力加減を辞めたウミストラの全力の魔法は天候すらも変えて、空が割れんばかりの轟音が辺りに響き始める。その影響はもはや結界内だけに留まらなかった。夜の街、ノーチェスを薄暗く照らしていた月が黒雲に遮られ、ポツポツと地を濡らしていた弱い雨は、数分と待たずして天と地を繋ぎ止めるが如くの大雨と化した。

 水の魔法は、あらゆる水を操り、支配下とする魔法だ。例えば、水の魔法を扱う手練の魔法使いが、視界も遮るほどの篠づく雨の中で、魔力の消費も度外視の全力を出したのなら一体どうなるだろうか。

 旭とウミストラの実力には天と地ほどの差がある。唯一ウミストラが勝っているものは、その膨大な魔力量だけだ。


(僕の全力で、僕の全部をぶつける――!)


 雨が降る日は決まって陰鬱な気分に苛まれる。ウミストラは生まれてからこれまで、ずっと雨模様を嫌っていた。雄大で美しい空の大自然は誰にでも平等に降り注ぐ。この雨に濡れながら悔しさを噛み締めながら、ウミストラはずっと考えていた。

 どれほど魔法を極めても、この大自然を超えることはできない。

 はるか遠く、果てしなく広がる空。見上げればいつだって、夜空はそこに在り続ける。そんな見渡す限りの空を覆い隠す黒雲。哀しみの怨嗟のように、涙を流すように降り注ぐ雨。ウミストラは知っている。他の魔法使いよりも、少しだけ。


(この大自然は美しくて……そして、残酷だ)


 消えることのない酷い傷跡を残したかと思えば、次に陽が登れば、言い表せないほどの絶景を見せつける。ウミストラは知っている。自然が持つ壮大さと美しさを。そして、時折、自然が見せる残酷さを。


(だから、今だけは僕に味方してくれ――!)


 魔力を一点に集中させる。ただ一点に、何も考えることなく、魔力の尽きるその一瞬まで繰り返す。
 気がつけば、地に立ち尽くす旭に雨は降り注いでいなかった。雨が打ちつける音も聞こえてこない。ただ、見上げるとそこには、落ちてくる雨と、それを一点に集め続けるウミストラの姿があるだけだった。


(ただ水を集めて放つだけじゃ意味がない! それじゃあ旭には届かない!)


 ウミストラの考えに呼応するように、集合して膨れ上がった水球がゆっくりと渦を巻いて様相を変えていく。

 より大きく、より強く、より鋭く、より美しく。

 やがてそれは研ぎ澄まされた刃となり、ただ一人の親友に向けられる。


「いくぞ旭! ()()()!」


 叫ぶと同時に、ウミストラは放つ。己の全てを込めた魔法を。もう一滴も絞り出せないほど出し尽くした魔力が込められたその魔法は、目標を違えることなく、真っ直ぐに旭に向かって撃ち抜かれた。


「”雨叫けぶ嵐の禍(トルメンタ・デル・マール)”!」


 一目見れるだけでもわかった。それがウミストラの全霊を注いだ魔法だと。膨大な魔力の余震が空気を震わせる。獄蝶のジョカが創り出した結界魔法を触れることなく破壊し、試験会場は騒然に包まれた。ある一部の生徒たちを除いて。

 ゆっくりと、確実に迫ってくるその魔法を前に、旭は――

 嗤った。


「全力には全力で相手をしてやるのが俺のポリシーだ。だがまぁ、俺も()()()が控えてるんでな、あんまり手の内は晒せない。だから、今俺が出せる()()で勘弁してくれ」


 目が、あった。

 バチリと視線を交わしたその瞬間に、ウミストラは旭の思考を読み取る。逃げ場もないこの状況で、できることなどありはしない。
 数ヶ月。たった数ヶ月だったとはいえウミストラは騎獅道旭という人間と、友として接してきた。だからこそ、旭がどんな人間なのかも、ウミストラなりに理解している。


(君は逃げない! 選択肢は必ず()()()()()()()()だ!)


 ウミストラの読みは、間違っていなかった。旭の行動の選択肢に『逃げる』というコマンドは存在しない。だが、一点だけ、ウミストラは読み違えた。読み違えたと表現することすら適切ではない。

 誰も知らなかったのだ。隣で友として過ごしてきた友人のことを。

 底知れぬ力を秘めた、騎獅道旭という化け物の恐ろしさを。


(……一体、なにをして)


 刃の降りかかる空に手を伸ばし、旭は目を閉じる。過去を振り払い、その身に秘められた能力を覚醒させたウミストラの全身全霊の魔法を、まるで、嘲笑うかのように――


()()()、”焔”」


 喰らい尽くした。


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 空が歪んでいた。力加減を辞めたウミストラの全力の魔法は天候すらも変えて、空が割れんばかりの轟音が辺りに響き始める。その影響はもはや結界内だけに留まらなかった。夜の街、ノーチェスを薄暗く照らしていた月が黒雲に遮られ、ポツポツと地を濡らしていた弱い雨は、数分と待たずして天と地を繋ぎ止めるが如くの大雨と化した。
 水の魔法は、あらゆる水を操り、支配下とする魔法だ。例えば、水の魔法を扱う手練の魔法使いが、視界も遮るほどの篠づく雨の中で、魔力の消費も度外視の全力を出したのなら一体どうなるだろうか。
 旭とウミストラの実力には天と地ほどの差がある。唯一ウミストラが勝っているものは、その膨大な魔力量だけだ。
(僕の全力で、僕の全部をぶつける――!)
 雨が降る日は決まって陰鬱な気分に苛まれる。ウミストラは生まれてからこれまで、ずっと雨模様を嫌っていた。雄大で美しい空の大自然は誰にでも平等に降り注ぐ。この雨に濡れながら悔しさを噛み締めながら、ウミストラはずっと考えていた。
 どれほど魔法を極めても、この大自然を超えることはできない。
 はるか遠く、果てしなく広がる空。見上げればいつだって、夜空はそこに在り続ける。そんな見渡す限りの空を覆い隠す黒雲。哀しみの怨嗟のように、涙を流すように降り注ぐ雨。ウミストラは知っている。他の魔法使いよりも、少しだけ。
(この大自然は美しくて……そして、残酷だ)
 消えることのない酷い傷跡を残したかと思えば、次に陽が登れば、言い表せないほどの絶景を見せつける。ウミストラは知っている。自然が持つ壮大さと美しさを。そして、時折、自然が見せる残酷さを。
(だから、今だけは僕に味方してくれ――!)
 魔力を一点に集中させる。ただ一点に、何も考えることなく、魔力の尽きるその一瞬まで繰り返す。
 気がつけば、地に立ち尽くす旭に雨は降り注いでいなかった。雨が打ちつける音も聞こえてこない。ただ、見上げるとそこには、落ちてくる雨と、それを一点に集め続けるウミストラの姿があるだけだった。
(ただ水を集めて放つだけじゃ意味がない! それじゃあ旭には届かない!)
 ウミストラの考えに呼応するように、集合して膨れ上がった水球がゆっくりと渦を巻いて様相を変えていく。
 より大きく、より強く、より鋭く、より美しく。
 やがてそれは研ぎ澄まされた刃となり、ただ一人の親友に向けられる。
「いくぞ旭! |全《・》|部《・》|だ《・》!」
 叫ぶと同時に、ウミストラは放つ。己の全てを込めた魔法を。もう一滴も絞り出せないほど出し尽くした魔力が込められたその魔法は、目標を違えることなく、真っ直ぐに旭に向かって撃ち抜かれた。
「”|雨叫けぶ嵐の禍《トルメンタ・デル・マール》”!」
 一目見れるだけでもわかった。それがウミストラの全霊を注いだ魔法だと。膨大な魔力の余震が空気を震わせる。獄蝶のジョカが創り出した結界魔法を触れることなく破壊し、試験会場は騒然に包まれた。ある一部の生徒たちを除いて。
 ゆっくりと、確実に迫ってくるその魔法を前に、旭は――
 嗤った。
「全力には全力で相手をしてやるのが俺のポリシーだ。だがまぁ、俺も|こ《・》|の《・》|後《・》が控えてるんでな、あんまり手の内は晒せない。だから、今俺が出せる|全《・》|部《・》で勘弁してくれ」
 目が、あった。
 バチリと視線を交わしたその瞬間に、ウミストラは旭の思考を読み取る。逃げ場もないこの状況で、できることなどありはしない。
 数ヶ月。たった数ヶ月だったとはいえウミストラは騎獅道旭という人間と、友として接してきた。だからこそ、旭がどんな人間なのかも、ウミストラなりに理解している。
(君は逃げない! 選択肢は必ず|受《・》|け《・》|る《・》|か《・》|食《・》|ら《・》|う《・》|か《・》だ!)
 ウミストラの読みは、間違っていなかった。旭の行動の選択肢に『逃げる』というコマンドは存在しない。だが、一点だけ、ウミストラは読み違えた。読み違えたと表現することすら適切ではない。
 誰も知らなかったのだ。隣で友として過ごしてきた友人のことを。
 底知れぬ力を秘めた、騎獅道旭という化け物の恐ろしさを。
(……一体、なにをして)
 刃の降りかかる空に手を伸ばし、旭は目を閉じる。過去を振り払い、その身に秘められた能力を覚醒させたウミストラの全身全霊の魔法を、まるで、嘲笑うかのように――
「|喰《・》|ら《・》|え《・》、”焔”」
 喰らい尽くした。