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18_ユミル洞窟(7)

ー/ー




(………………くるしい……。)

 トロールと共に運命を共にすることを決めてから、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。モナは確かに奇跡を願いはしたものの、まさかここまでの過剰な奇跡――トロールの下敷きになることで崩落してくる天井からの重みが分散されるだけではなく、呼吸に必要なスペースまでも確保される――までは願っていなかったんだけどなあ、と真っ暗闇の中で思案する。それからどうせ時間だけはあるのだからと、これならばいっそうトロールの下敷きにならない方が楽になれたんじゃないかと作戦の不備を洗いざらいにしてみることにした。
 が、何度考えても確実に天井を落としつつトロールに命中させるとなると、やはり自分が囮もとい的になるしか道はなかったように思える。少なくとも平均的な頭脳では改善点らしい改善点は見つからなかった。そのためモナは早々に議論を終結させると次なる議題、もとい課題……トロールの下から抜け出せないかと考えつつ、まずはとにかく闇雲に藻掻いてみた。
 しかしながらそこは無情というべきか、あるいは現実的というべきか。元々が満身創痍なところに自身の何倍もある巨人が倒れ込んできたものだから、モナはどうにかならないものかと試行錯誤する度に自力での脱出はまず不可能だということをまざまざと突きつけられるだけだった。つまりは余計に疲れただけだったのだ。故にモナは潔く足掻くのを止めると、代わりに別のことを考えることにした。

(……ルチアさん、大丈夫だったかなあ……。)

 そうやって話題を探すまでもなく真っ先に思い浮かぶのは、この町にやってきて最初に出来た友人――もとい神様のような彼女のことだった。モナは恩があるとはいえ、幾らなんでもルチアのことを気にしすぎだな、と思わず苦笑してしまった。
 
 けれど事実としてルチアは自分を助けてくれただけでなく、住居も仕事も紹介してくれたのだ。モナは寧ろ最期になりそうな時くらい、そうやって親切にしてくれた人のことを存分に思い返しては感謝しなくてどうするのだと考え直すと、ルチアのことを存分に考える。
 目を覚ました日の夕食に作ってくれたひよこ豆のスープは絶品だったなだとか、なんだかんだ言いながらもよくルチルの世話を焼いていたよなあ、だとか。あるいは狩りに行く日は前日から熱心に教会でお祈りしていただとか、ああ見えて運命の出会いが云々だとか意外とロマンチストなところがあるんだよな、だとか。
 モナはそういうことを次々と思い出しては、決して長いとは言えないものの17年生きてきた中で確実にいちばん濃かったこの数カ月を懐かしむ。ああ、本当にほんとうに楽しかったなあと微笑む。出来ることならばもう少しだけただのモナとしてこの町で、思うがままに生きてみたかったなあと過剰な奇跡を願ってしまう。

(……ううん。やっぱりいいや。それよりも――。)

 周囲は一寸先も見えないほどの闇。そして腐るほど持て余している時間。おまけに身体の自由は利かないとくれば、嫌でもネガティブになるのが人間というものだろう。現にモナも例に倣い、そこまで考えるとふっと小さく笑ってから目を閉じた。
 しかしながらモナの場合は多くの人々のそれとは意味が異なった。彼女は敢えて自ら走馬灯を放棄したのだ。それは自分の人生に価値なんてないと思っているが故でも、罪深い自分が今更何を懺悔するのだと自暴自棄になっているからでもない。
 モナにとってはそんなことよりももっと大事なこと――あの時両親を助けようとも思わなかった自分と、この町に来てからの自分とを決別するに相応しい機会を与えてくれた、初めての友人の現在の方が大切だった。モナは自分のことよりも何よりも、彼女が心配で心配で堪らなかったのだ。
 
 ――随分腰が抜けているみたいだったけど、ちゃんと逃げれたかな。
 ――きっと大丈夫だよね。ルチアさんはともかく、ルチルはしっかりしてるもの。
 ――怪我とか、してないといいけれど。
 ――そうだ。あの時「逃げて」って、ちょっと強い言い方しちゃったなあ……。

 モナはたった17年という短すぎる生涯の終わりが近付いていることよりも、たったひとりの尊い人が無事かどうかが気になって仕方がなかった。無論、ここでそんなことを悶々と考えていたところとて結果が変わらないことは百も承知だった。どんなにルチアの身を案じ、自ら率先して助けたことをあの世で神様に報告しようとも、そもそもの罪が消えないことをモナは充分に承知していた。
 けれどそれでもモナは、自分がこの先どうなるかなどどうでも良かったのだ。モナにとっては全ては些事だった。その代わりに、ただの何よりもルチアの安否が心配だった。
 ――それくらい、モナにとってルチアは大切な人になっていたのだ。それも誰かを辱めたり、何かを貶めたりすることなく、かつ知らず知らずのうちに。真っ先に顔を思い浮かべるくらいには、ルチアはモナのいちばんになっていた。特等席に座っていた。特等席で、初めて出会った時のあどけないような、それでいて自慢げに胸を張るような笑顔を浮かべていたのだ。

「……モナ!モナ、どこにいるの?!返事して!ねえ、モナ――!!」
「………………ルチア、さん……?」

 だからきっと耳に届く彼女の声は、せめて幸せの中で逝けるようにと設計された生物の機構のうちのひとつで、言ってしまえば悪趣味な幻聴なのだろうとモナは思う。それでもつい返事をしてしまうのは多分、どこまでも生き汚い性格をしているからだろうなと、モナはいよいよ途切れ途切れになる思考の中でぼんやりと考える。

「モナ!どこ?!ここ!?ここにいるの!?ねえ、答えてよ、モナ!!」
「……………………ああ、」

 ――真っ暗だった世界に、穏やかな光が射す。
 ――次いで土と血に塗れたボロボロの、豆だらけの手が霞む視界に映る。

 こんな優しくて穏やかで、その上幸せな夢を見せてくれるだなんて、神様はなんていい趣味をしているのだろう――。

 モナはそんなことを思いながら、込み上げてくる幸福感と充実感に任せて重い瞼を閉じた。


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(………………くるしい……。)
 トロールと共に運命を共にすることを決めてから、一体どれくらいの時間が経ったのだろう。モナは確かに奇跡を願いはしたものの、まさかここまでの過剰な奇跡――トロールの下敷きになることで崩落してくる天井からの重みが分散されるだけではなく、呼吸に必要なスペースまでも確保される――までは願っていなかったんだけどなあ、と真っ暗闇の中で思案する。それからどうせ時間だけはあるのだからと、これならばいっそうトロールの下敷きにならない方が楽になれたんじゃないかと作戦の不備を洗いざらいにしてみることにした。
 が、何度考えても確実に天井を落としつつトロールに命中させるとなると、やはり自分が囮もとい的になるしか道はなかったように思える。少なくとも平均的な頭脳では改善点らしい改善点は見つからなかった。そのためモナは早々に議論を終結させると次なる議題、もとい課題……トロールの下から抜け出せないかと考えつつ、まずはとにかく闇雲に藻掻いてみた。
 しかしながらそこは無情というべきか、あるいは現実的というべきか。元々が満身創痍なところに自身の何倍もある巨人が倒れ込んできたものだから、モナはどうにかならないものかと試行錯誤する度に自力での脱出はまず不可能だということをまざまざと突きつけられるだけだった。つまりは余計に疲れただけだったのだ。故にモナは潔く足掻くのを止めると、代わりに別のことを考えることにした。
(……ルチアさん、大丈夫だったかなあ……。)
 そうやって話題を探すまでもなく真っ先に思い浮かぶのは、この町にやってきて最初に出来た友人――もとい神様のような彼女のことだった。モナは恩があるとはいえ、幾らなんでもルチアのことを気にしすぎだな、と思わず苦笑してしまった。
 けれど事実としてルチアは自分を助けてくれただけでなく、住居も仕事も紹介してくれたのだ。モナは寧ろ最期になりそうな時くらい、そうやって親切にしてくれた人のことを存分に思い返しては感謝しなくてどうするのだと考え直すと、ルチアのことを存分に考える。
 目を覚ました日の夕食に作ってくれたひよこ豆のスープは絶品だったなだとか、なんだかんだ言いながらもよくルチルの世話を焼いていたよなあ、だとか。あるいは狩りに行く日は前日から熱心に教会でお祈りしていただとか、ああ見えて運命の出会いが云々だとか意外とロマンチストなところがあるんだよな、だとか。
 モナはそういうことを次々と思い出しては、決して長いとは言えないものの17年生きてきた中で確実にいちばん濃かったこの数カ月を懐かしむ。ああ、本当にほんとうに楽しかったなあと微笑む。出来ることならばもう少しだけただのモナとしてこの町で、思うがままに生きてみたかったなあと過剰な奇跡を願ってしまう。
(……ううん。やっぱりいいや。それよりも――。)
 周囲は一寸先も見えないほどの闇。そして腐るほど持て余している時間。おまけに身体の自由は利かないとくれば、嫌でもネガティブになるのが人間というものだろう。現にモナも例に倣い、そこまで考えるとふっと小さく笑ってから目を閉じた。
 しかしながらモナの場合は多くの人々のそれとは意味が異なった。彼女は敢えて自ら走馬灯を放棄したのだ。それは自分の人生に価値なんてないと思っているが故でも、罪深い自分が今更何を懺悔するのだと自暴自棄になっているからでもない。
 モナにとってはそんなことよりももっと大事なこと――あの時両親を助けようとも思わなかった自分と、この町に来てからの自分とを決別するに相応しい機会を与えてくれた、初めての友人の現在の方が大切だった。モナは自分のことよりも何よりも、彼女が心配で心配で堪らなかったのだ。
 ――随分腰が抜けているみたいだったけど、ちゃんと逃げれたかな。
 ――きっと大丈夫だよね。ルチアさんはともかく、ルチルはしっかりしてるもの。
 ――怪我とか、してないといいけれど。
 ――そうだ。あの時「逃げて」って、ちょっと強い言い方しちゃったなあ……。
 モナはたった17年という短すぎる生涯の終わりが近付いていることよりも、たったひとりの尊い人が無事かどうかが気になって仕方がなかった。無論、ここでそんなことを悶々と考えていたところとて結果が変わらないことは百も承知だった。どんなにルチアの身を案じ、自ら率先して助けたことをあの世で神様に報告しようとも、そもそもの罪が消えないことをモナは充分に承知していた。
 けれどそれでもモナは、自分がこの先どうなるかなどどうでも良かったのだ。モナにとっては全ては些事だった。その代わりに、ただの何よりもルチアの安否が心配だった。
 ――それくらい、モナにとってルチアは大切な人になっていたのだ。それも誰かを辱めたり、何かを貶めたりすることなく、かつ知らず知らずのうちに。真っ先に顔を思い浮かべるくらいには、ルチアはモナのいちばんになっていた。特等席に座っていた。特等席で、初めて出会った時のあどけないような、それでいて自慢げに胸を張るような笑顔を浮かべていたのだ。
「……モナ!モナ、どこにいるの?!返事して!ねえ、モナ――!!」
「………………ルチア、さん……?」
 だからきっと耳に届く彼女の声は、せめて幸せの中で逝けるようにと設計された生物の機構のうちのひとつで、言ってしまえば悪趣味な幻聴なのだろうとモナは思う。それでもつい返事をしてしまうのは多分、どこまでも生き汚い性格をしているからだろうなと、モナはいよいよ途切れ途切れになる思考の中でぼんやりと考える。
「モナ!どこ?!ここ!?ここにいるの!?ねえ、答えてよ、モナ!!」
「……………………ああ、」
 ――真っ暗だった世界に、穏やかな光が射す。
 ――次いで土と血に塗れたボロボロの、豆だらけの手が霞む視界に映る。
 こんな優しくて穏やかで、その上幸せな夢を見せてくれるだなんて、神様はなんていい趣味をしているのだろう――。
 モナはそんなことを思いながら、込み上げてくる幸福感と充実感に任せて重い瞼を閉じた。