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7.このターン、相手プレイヤーを攻撃できない

ー/ー





 あれから俺たちは――

 神輿の担ぎ出しを見届けたのち、寮の門限が迫っているという海風に合わせて、現地解散することにした。


「本当に送らなくて大丈夫か?」
「うん、実は結構門限ギリギリで……」

「そっか、たしかに歩きじゃ間に合わないよな。帰り、気をつけて」
「今日はありがとう、また学校でね」


 別れ際の挨拶は特段あたりざわりのないもので、鳥居の外に停めていた自転車に跨がった海風は、颯爽と天宮神社を後にしていった。

 それまでにあったことなんて、まるで嘘だったのかと錯覚しそうなほどに。



 家に帰ってシャワーを浴びた後、俺はすぐに自室の机に向かった。

 いつものシャンプーの香りに包まれながら、本棚からシワだらけの『ドラクロ 超コンプリートパーフェクトBOOK』を引っ張り出し、デスクの天板に放り出した。

 それから定規にカッター、マットに短い鉛筆。
 コピー紙の束が揃って、仕事の準備は完了だ。

 スマホで小気味良いゲームミュージックを再生した俺は、さっそく“第2弾”の制作にとりかかった。


 厳密にいえば、これまでエタデモに“弾分け”という概念は存在しなかった。
 思い付いたカードを次々と作っていって、脳内でお気に入りのクリーチャーを活躍させるための舞台を整える、ただそれだけの作業だった。

 しかし、ここからは訳が違う。
 俺には今、海風というユーザーが存在する。

 いままでのカードをいわゆる“基本編”とした上で、ユーザーを楽しませるための新要素を生み出しながら、カードプールをしっかりと増やしていかなければならない。

 今日はあまりに沢山の指摘を受けて死にそうになったものの、それはそのまま改善ヒントとなる。
 世界観に対するツッコミが多くて、ゲームシステムのヒントが少なかった気もするけど……。


『これから好きになりたいものだから』


 俺のカードを、待ってくれている人がいる。

 なんだか、久しぶりにワクワクしてきたぞ。


 ◆


 チャイムの音が、だんだんと大きくなってきた。


「おーい、しのぶー。起きろー」


 聞きなれた声に、腕枕に突っ伏していた顔が自然と起き上がる。
 目を押さえすぎたらしい、眼球がきゅーっとなっている。
 机の中をバシバシと手探りして、ペットボトルの手触りを確かめる。
 それを掴んで、身体が覚えた動作でふたを開けてから口をつけると、やがてレモン風味のわざとらしい爽やかさが喉を抜けた。

 ようやく開いた瞼をしばしばと動かすたび、ぼやけた睫毛の影が、輪郭のない白い視界に現れた。
 いかん、午前の記憶がなんもない。

「……たまご蒸しパン」
「いや、オニオンカイザーな。今日はさすがに文字量が多かったぞ」

 240円……くそ、仕方がない。

 しぶしぶ首を縦に振ってやると、眼前に座っているガタイの良い西垣が大きく頷く様子が、ぼやけた視界の中で辛うじて分かった。

 ふと、海風の席がある方へ目をやるが、彼女はすでに席を外しているようだった。


「あまり根詰めすぎるなよな。バイトなんて空いた時にいつでもできるだろ」
「バイ?あ、いや……風邪、流行ってるからさ。シフトの穴埋めくらい、たまには……」

 今のは危なかった。
 昨夜のグループメッセージでついた嘘が、さっそくバレるところだった。

「いや……しかし勿体ないなぁ、昨日のタロウのプロポーズなんかマジで笑ったぞ」
「えっ、タロウ結婚すんの?」

「アホウ、ボドゲの話だよ。タロウがきょーやに『利尻昆布ダシの味噌汁を毎日作ってください』って言おうとして5回も噛んでさ」
「あははっ、ちょっと捻ろうとしてやらかしたヤツじゃん」

「そうそう、めっちゃテンパってさ。動画撮ってお前にも見せてやりたかったわ」

 あぁ、西垣の話し方からも、昨日は楽しかったんだろうなってのが伝わってくる。
 西垣は数少ない長い付き合いのある友達だが……こいつが相手でも、やっぱり言えないな。

 昨日、なんでそっちに行かなかったのか。
 俺が昨夜家で何をして、今日何をカバンに忍ばせているのかも――



 購買コーナーに着いた俺は、職員室近くの廊下に海風を見かけた。
 俺は遠巻きに眺めているだけで、向こうがこちらに気付く様子はない。

 彼女の傍にいるのは、三年生だろうか?
 水泳部の先輩と思しき女子が、海風と顧問の先生を交えて何やら真剣な話をしている様子だった。

「夏の大会ですが、海風を100mフリーと800mリレーにエントリーさせます。これに併せてメニューをフリーに特化して――」

 水泳部に限らず、夏の大会を控えたクラスの部活連中は、みんなソワソワしはじめている。
 特にウチのようなスポーツに力を入れている学校ともなると、1年生が上級生を押しのけて大会で幅を利かせられる機会なんて、そうそう無いだろう。
 にもかかわらず、どのスポーツでもみんな心の奥底のどこかでは『選ばれたい』と思っているのが、部外者の俺にまでひしひしと伝わってくる。

 そう考えると、おなじ1年生の海風がリレーの選手に選ばれているのは……さすが特待生ってことなのかな。


「げっ、オニオンカイザーもうないじゃん!」
「……うん、しゃーないよな。もうたまご蒸しパン行くっきゃないっしょ」

「いや、だったらメンチカツサンドな」
「……280円……」

 それに引き換え、俺たちはなんか……いつもと変わらないなぁ。


 俺は本当に――彼女をエタデモなんかに誘ってもいいんだろうか。







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 あれから俺たちは――
 神輿の担ぎ出しを見届けたのち、寮の門限が迫っているという海風に合わせて、現地解散することにした。
「本当に送らなくて大丈夫か?」
「うん、実は結構門限ギリギリで……」
「そっか、たしかに歩きじゃ間に合わないよな。帰り、気をつけて」
「今日はありがとう、また学校でね」
 別れ際の挨拶は特段あたりざわりのないもので、鳥居の外に停めていた自転車に跨がった海風は、颯爽と天宮神社を後にしていった。
 それまでにあったことなんて、まるで嘘だったのかと錯覚しそうなほどに。
 家に帰ってシャワーを浴びた後、俺はすぐに自室の机に向かった。
 いつものシャンプーの香りに包まれながら、本棚からシワだらけの『ドラクロ 超コンプリートパーフェクトBOOK』を引っ張り出し、デスクの天板に放り出した。
 それから定規にカッター、マットに短い鉛筆。
 コピー紙の束が揃って、仕事の準備は完了だ。
 スマホで小気味良いゲームミュージックを再生した俺は、さっそく“第2弾”の制作にとりかかった。
 厳密にいえば、これまでエタデモに“弾分け”という概念は存在しなかった。
 思い付いたカードを次々と作っていって、脳内でお気に入りのクリーチャーを活躍させるための舞台を整える、ただそれだけの作業だった。
 しかし、ここからは訳が違う。
 俺には今、海風というユーザーが存在する。
 いままでのカードをいわゆる“基本編”とした上で、ユーザーを楽しませるための新要素を生み出しながら、カードプールをしっかりと増やしていかなければならない。
 今日はあまりに沢山の指摘を受けて死にそうになったものの、それはそのまま改善ヒントとなる。
 世界観に対するツッコミが多くて、ゲームシステムのヒントが少なかった気もするけど……。
『これから好きになりたいものだから』
 俺のカードを、待ってくれている人がいる。
 なんだか、久しぶりにワクワクしてきたぞ。
 ◆
 チャイムの音が、だんだんと大きくなってきた。
「おーい、しのぶー。起きろー」
 聞きなれた声に、腕枕に突っ伏していた顔が自然と起き上がる。
 目を押さえすぎたらしい、眼球がきゅーっとなっている。
 机の中をバシバシと手探りして、ペットボトルの手触りを確かめる。
 それを掴んで、身体が覚えた動作でふたを開けてから口をつけると、やがてレモン風味のわざとらしい爽やかさが喉を抜けた。
 ようやく開いた瞼をしばしばと動かすたび、ぼやけた睫毛の影が、輪郭のない白い視界に現れた。
 いかん、午前の記憶がなんもない。
「……たまご蒸しパン」
「いや、オニオンカイザーな。今日はさすがに文字量が多かったぞ」
 240円……くそ、仕方がない。
 しぶしぶ首を縦に振ってやると、眼前に座っているガタイの良い西垣が大きく頷く様子が、ぼやけた視界の中で辛うじて分かった。
 ふと、海風の席がある方へ目をやるが、彼女はすでに席を外しているようだった。
「あまり根詰めすぎるなよな。バイトなんて空いた時にいつでもできるだろ」
「バイ?あ、いや……風邪、流行ってるからさ。シフトの穴埋めくらい、たまには……」
 今のは危なかった。
 昨夜のグループメッセージでついた嘘が、さっそくバレるところだった。
「いや……しかし勿体ないなぁ、昨日のタロウのプロポーズなんかマジで笑ったぞ」
「えっ、タロウ結婚すんの?」
「アホウ、ボドゲの話だよ。タロウがきょーやに『利尻昆布ダシの味噌汁を毎日作ってください』って言おうとして5回も噛んでさ」
「あははっ、ちょっと捻ろうとしてやらかしたヤツじゃん」
「そうそう、めっちゃテンパってさ。動画撮ってお前にも見せてやりたかったわ」
 あぁ、西垣の話し方からも、昨日は楽しかったんだろうなってのが伝わってくる。
 西垣は数少ない長い付き合いのある友達だが……こいつが相手でも、やっぱり言えないな。
 昨日、なんでそっちに行かなかったのか。
 俺が昨夜家で何をして、今日何をカバンに忍ばせているのかも――
 購買コーナーに着いた俺は、職員室近くの廊下に海風を見かけた。
 俺は遠巻きに眺めているだけで、向こうがこちらに気付く様子はない。
 彼女の傍にいるのは、三年生だろうか?
 水泳部の先輩と思しき女子が、海風と顧問の先生を交えて何やら真剣な話をしている様子だった。
「夏の大会ですが、海風を100mフリーと800mリレーにエントリーさせます。これに併せてメニューをフリーに特化して――」
 水泳部に限らず、夏の大会を控えたクラスの部活連中は、みんなソワソワしはじめている。
 特にウチのようなスポーツに力を入れている学校ともなると、1年生が上級生を押しのけて大会で幅を利かせられる機会なんて、そうそう無いだろう。
 にもかかわらず、どのスポーツでもみんな心の奥底のどこかでは『選ばれたい』と思っているのが、部外者の俺にまでひしひしと伝わってくる。
 そう考えると、おなじ1年生の海風がリレーの選手に選ばれているのは……さすが特待生ってことなのかな。
「げっ、オニオンカイザーもうないじゃん!」
「……うん、しゃーないよな。もうたまご蒸しパン行くっきゃないっしょ」
「いや、だったらメンチカツサンドな」
「……280円……」
 それに引き換え、俺たちはなんか……いつもと変わらないなぁ。
 俺は本当に――彼女をエタデモなんかに誘ってもいいんだろうか。