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6.相手プレイヤーはあなたの山札を見る

ー/ー





「海風――キミはまず前提を間違えてるんだ。カードゲームというものの『本質』を……」
「ふぅん?」

 海風は疑う心を隠そうともしていない様子で、相槌を返してきた。

 本殿が近づくにつれ、お囃子の音は段々と大きくなっていく。
 小雨も今やほとんど止んで、人の往来がさらに増えてきた。

 俺は頭にかぶっていたタオルを肩にかけて、周囲を見回す。
 子供、子供、ママさん、おじいちゃん、子供――ヨシ。

「そもそも悪魔がカードを指しているなんて、誰も言ってない」
「え、そうなの?」

「悪魔とは――そう、キミ自身だ」


 っしゃあ!言えた!
 これは商品化したときに、キャッチコピーにそのままできる名文だぞ。
 海風もこれには納得して、言葉の裏に隠された壮大な物語(バックボーン)に浸ろうとするはずだ。


「……へぇ、キミにはそう見えてたんだ。私」


 海風は口をとがらせて、細めた目をプイと逸らした。

 ……だめだ、伝わらなかった。


「ち、違う!そ、そ、そうじゃなくてっ、悪魔ってのは……」
「……悪魔っていうのは?」

「白陣営の、ど……独善的な思想の神々によって理不尽なちちゅじ……秩序を押し付けられた世界で……そ、それに抗おうとする『プレイヤー自身』のことなんだよ!」


 こ、これでどうだ?
 抑圧された世界からの脱却、自ら悪魔に堕ちることの背徳、これに憧れなかった子供なんて存在するか?いや、しないだろう。

 海風はジト目で俺の方を見ている。
 きっと言葉を失っているのだろう。
 そう思った矢先、彼女は新たな疑問を零した。


「なるほど、だから私が悪魔なんだね」
「そ、そうだよ」

「じゃあ、あの1枚だけあった……“死滅の悪魔”だっけ。ガニ股の全身黒タイツの人が描いてあるカード……あれは誰なの?」
「……」


 たしかに、誰なんだアイツは。


「――じ、実は内緒にしていたんだけど、特別に教えてあげよう。奴は次弾以降に白陣営に寝返って、その……“第二次神魔戦争”を引き起こす重要な役割を担っているんだ」
「……ふぅーん」

「だから、その。あれは第二の主人公的な、うん」
「……」


 海風は顔を後ろにさっと向けて、全身を震わせはじめた。
 そ、それはいったい、どういう感情表現なんだ。
 大丈夫だよな、思いつきだってバレてないよな?


「……ぷぷっ、そっか。確かにそれは重要キャラだよね」
「そ……そう、そうなんだよっ」


 よし――セーフだ。
 さしもの海風も、この完璧な整合性にこれ以上物申すことなんて、何一つないはずだ。


「あっ……海風、この先に石段あるよ」
「……あ、ありがと……ぷくっ……」


 彼女は返事を口にしたものの、それからもしばらく後ろを向いたままだった。
 まったく、危なっかしいったら。

 そうこうしているうちに、俺たちは本殿の前までやってきた。
 参集する人もさらに数を増し、いよいよというタイミングで――海風はある言葉を発した。


「――で、“神魔戦争”って?」
「……」


 ま、まってくれ海風。
 今は――まずい。

 俺たちの前方と後方では今、それぞれ数組の若い男女が連れ立って歩いている。
 そのうえ、電球ドリンクを持った他所の高校の女子グループらしき集団も目に入った。


「……う、海風っ、今はっ」
「聞きたいな、室井くんの考えた背景ストーリー」


 そう言い放った海風は、口をニヨニヨとさせながら、いたずらな目でこちらを見ている。
 しかし同時に、その澱みない瞳には純粋な好奇心も同居していることが分かった。

 この瞬間――俺はすべてを察した。

 海風と、顔も知らない彼女のお兄さんが、これまでどのような幼少時代を過ごしてきたのかを。


 ◆


「つ、つまり……神魔戦争っていうのは、このように一万八千年前から絶え間なく……」
「さっき一万三千年って言ってなかった?」

「……絶え間なく繰り広げられてきた、血で血をありゃ……洗う争い……なんだよ」
「そっか、それはすごく壮大な話だねぇ」


 気が付けば、俺の声が聞こえたと思しき周辺の若い衆たちは、やべぇオーラを感じたのか笑うことすらなく、どこかへと散っていた。
 今にも涙腺が決壊しそうな状態で海風の方を見ると、彼女は俺の顔を見てついに吹き出した。

「ブッ!!」

 またしてもゼロとなった俺のライフ。
 ついにお腹を抱えて震え始めた海風(現実)から目を逸らし、周囲を見まわした。

 宵宮の神事を見るため、直前が大雨だったにもかかわらず、広場には大勢の人がひしめき合っていた。

 すぐ周りにいるのは震える海風と、孫を連れたおばあちゃんと、数名のおじさん。
 そのうち一人のおじさんは、さっきからずっと「うんうん」と首を縦に振っている。
 いや、ほんとなんなんだよ。

 神楽殿には神輿が鎮座していて、衣装に身を包んだ保存会の面々がそれを囲うように並び、お囃子の演奏を行っている。
 光沢を放つ荘厳な装飾の数々は、松明の火が揺れるたびにその存在感をぎらぎらと示した。

 やがて初老の神職が壇上に上がり、マイクを通して式辞を始めた。

『それでは、例祭にあたり、由縁を申し上げます。当社の御祭神は、古くよりこの地を見守り給う神にして、田畑を潤し、人々の営みを守り伝えて――』

 この後の神事を目当てにしている多くの人は、しばしの談笑を交えて雑音を生み出している。
 そんな中で、海風は真剣に式辞を聞いている様子だった。

『――これが本日執り行われます、祭りの起こりにございます。どうぞ皆様、最後までご静粛にご参列くださいますよう、お願い申し上げます。』

 神職のお辞儀にあわせて、不揃いな拍手が起こる。
 俺と海風もパチパチと大きな音を立てて、拍手を送った。

 神輿の担ぎ手となる襦袢姿の男たちが、神楽殿の舞台に次々と上がっていく。
 その光景を見据えながら、海風は言った。


「こういうのって――やっぱりいいよね」
「……ソウデスヨネ、俺ナンカガ考エタ話ト違ッテ、由緒アル祭リノ伝統ハ――」

「あ……さっきのことは謝るよ。ゴメン、おにいも大体同じ設定考えてたなって思って、面白くなっちゃってつい……」
「……ふんっ」


 正直言うと、彼女には少し感謝している。
 俺はあの設定で本気でカードを商品化できるとすら思っていたので、それが具体的にどう無謀だったのかを教えてくれたことに関しては。

 でも、俺の純粋な心をもてあそばれたことも事実。
 せっかくだから……もうちょっと拗ねてやる。


「たしかに、ここのお祭りがどんな伝統を大事にしているのかは、すごく気になってたし……実際すごいなって思った」
「……ふん」

「室井くんの作ったカードゲームは、矛盾は多いし、なぜか創世の神霊が2種類もいるし……なんかいっそ愛おしいなって思った」
「……ふ、ふん」


 意地になって顔をそっぽ向けると、海風の声がやんだ。

 少し間をおいてから、どうしても気になって再び目線を戻す。

 彼女はまだ、俺を真っすぐ見つめていた。


「これから好きになりたいものだから――どんな背景も、私は全部知りたいんだよ」





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「海風――キミはまず前提を間違えてるんだ。カードゲームというものの『本質』を……」
「ふぅん?」
 海風は疑う心を隠そうともしていない様子で、相槌を返してきた。
 本殿が近づくにつれ、お囃子の音は段々と大きくなっていく。
 小雨も今やほとんど止んで、人の往来がさらに増えてきた。
 俺は頭にかぶっていたタオルを肩にかけて、周囲を見回す。
 子供、子供、ママさん、おじいちゃん、子供――ヨシ。
「そもそも悪魔がカードを指しているなんて、誰も言ってない」
「え、そうなの?」
「悪魔とは――そう、キミ自身だ」
 っしゃあ!言えた!
 これは商品化したときに、キャッチコピーにそのままできる名文だぞ。
 海風もこれには納得して、言葉の裏に隠された壮大な物語《バックボーン》に浸ろうとするはずだ。
「……へぇ、キミにはそう見えてたんだ。私」
 海風は口をとがらせて、細めた目をプイと逸らした。
 ……だめだ、伝わらなかった。
「ち、違う!そ、そ、そうじゃなくてっ、悪魔ってのは……」
「……悪魔っていうのは?」
「白陣営の、ど……独善的な思想の神々によって理不尽なちちゅじ……秩序を押し付けられた世界で……そ、それに抗おうとする『プレイヤー自身』のことなんだよ!」
 こ、これでどうだ?
 抑圧された世界からの脱却、自ら悪魔に堕ちることの背徳、これに憧れなかった子供なんて存在するか?いや、しないだろう。
 海風はジト目で俺の方を見ている。
 きっと言葉を失っているのだろう。
 そう思った矢先、彼女は新たな疑問を零した。
「なるほど、だから私が悪魔なんだね」
「そ、そうだよ」
「じゃあ、あの1枚だけあった……“死滅の悪魔”だっけ。ガニ股の全身黒タイツの人が描いてあるカード……あれは誰なの?」
「……」
 たしかに、誰なんだアイツは。
「――じ、実は内緒にしていたんだけど、特別に教えてあげよう。奴は次弾以降に白陣営に寝返って、その……“第二次神魔戦争”を引き起こす重要な役割を担っているんだ」
「……ふぅーん」
「だから、その。あれは第二の主人公的な、うん」
「……」
 海風は顔を後ろにさっと向けて、全身を震わせはじめた。
 そ、それはいったい、どういう感情表現なんだ。
 大丈夫だよな、思いつきだってバレてないよな?
「……ぷぷっ、そっか。確かにそれは重要キャラだよね」
「そ……そう、そうなんだよっ」
 よし――セーフだ。
 さしもの海風も、この完璧な整合性にこれ以上物申すことなんて、何一つないはずだ。
「あっ……海風、この先に石段あるよ」
「……あ、ありがと……ぷくっ……」
 彼女は返事を口にしたものの、それからもしばらく後ろを向いたままだった。
 まったく、危なっかしいったら。
 そうこうしているうちに、俺たちは本殿の前までやってきた。
 参集する人もさらに数を増し、いよいよというタイミングで――海風はある言葉を発した。
「――で、“神魔戦争”って?」
「……」
 ま、まってくれ海風。
 今は――まずい。
 俺たちの前方と後方では今、それぞれ数組の若い男女が連れ立って歩いている。
 そのうえ、電球ドリンクを持った他所の高校の女子グループらしき集団も目に入った。
「……う、海風っ、今はっ」
「聞きたいな、室井くんの考えた背景ストーリー」
 そう言い放った海風は、口をニヨニヨとさせながら、いたずらな目でこちらを見ている。
 しかし同時に、その澱みない瞳には純粋な好奇心も同居していることが分かった。
 この瞬間――俺はすべてを察した。
 海風と、顔も知らない彼女のお兄さんが、これまでどのような幼少時代を過ごしてきたのかを。
 ◆
「つ、つまり……神魔戦争っていうのは、このように一万八千年前から絶え間なく……」
「さっき一万三千年って言ってなかった?」
「……絶え間なく繰り広げられてきた、血で血をありゃ……洗う争い……なんだよ」
「そっか、それはすごく壮大な話だねぇ」
 気が付けば、俺の声が聞こえたと思しき周辺の若い衆たちは、やべぇオーラを感じたのか笑うことすらなく、どこかへと散っていた。
 今にも涙腺が決壊しそうな状態で海風の方を見ると、彼女は俺の顔を見てついに吹き出した。
「ブッ!!」
 またしてもゼロとなった俺のライフ。
 ついにお腹を抱えて震え始めた|海風《現実》から目を逸らし、周囲を見まわした。
 宵宮の神事を見るため、直前が大雨だったにもかかわらず、広場には大勢の人がひしめき合っていた。
 すぐ周りにいるのは震える海風と、孫を連れたおばあちゃんと、数名のおじさん。
 そのうち一人のおじさんは、さっきからずっと「うんうん」と首を縦に振っている。
 いや、ほんとなんなんだよ。
 神楽殿には神輿が鎮座していて、衣装に身を包んだ保存会の面々がそれを囲うように並び、お囃子の演奏を行っている。
 光沢を放つ荘厳な装飾の数々は、松明の火が揺れるたびにその存在感をぎらぎらと示した。
 やがて初老の神職が壇上に上がり、マイクを通して式辞を始めた。
『それでは、例祭にあたり、由縁を申し上げます。当社の御祭神は、古くよりこの地を見守り給う神にして、田畑を潤し、人々の営みを守り伝えて――』
 この後の神事を目当てにしている多くの人は、しばしの談笑を交えて雑音を生み出している。
 そんな中で、海風は真剣に式辞を聞いている様子だった。
『――これが本日執り行われます、祭りの起こりにございます。どうぞ皆様、最後までご静粛にご参列くださいますよう、お願い申し上げます。』
 神職のお辞儀にあわせて、不揃いな拍手が起こる。
 俺と海風もパチパチと大きな音を立てて、拍手を送った。
 神輿の担ぎ手となる襦袢姿の男たちが、神楽殿の舞台に次々と上がっていく。
 その光景を見据えながら、海風は言った。
「こういうのって――やっぱりいいよね」
「……ソウデスヨネ、俺ナンカガ考エタ話ト違ッテ、由緒アル祭リノ伝統ハ――」
「あ……さっきのことは謝るよ。ゴメン、おにいも大体同じ設定考えてたなって思って、面白くなっちゃってつい……」
「……ふんっ」
 正直言うと、彼女には少し感謝している。
 俺はあの設定で本気でカードを商品化できるとすら思っていたので、それが具体的にどう無謀だったのかを教えてくれたことに関しては。
 でも、俺の純粋な心をもてあそばれたことも事実。
 せっかくだから……もうちょっと拗ねてやる。
「たしかに、ここのお祭りがどんな伝統を大事にしているのかは、すごく気になってたし……実際すごいなって思った」
「……ふん」
「室井くんの作ったカードゲームは、矛盾は多いし、なぜか創世の神霊が2種類もいるし……なんかいっそ愛おしいなって思った」
「……ふ、ふん」
 意地になって顔をそっぽ向けると、海風の声がやんだ。
 少し間をおいてから、どうしても気になって再び目線を戻す。
 彼女はまだ、俺を真っすぐ見つめていた。
「これから好きになりたいものだから――どんな背景も、私は全部知りたいんだよ」