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5.名前に《悪魔》とあるクリーチャーを1体選ぶ

ー/ー




 お天気アプリが予想していた時間よりも少しだけ早く、雨脚は弱まり始めた。

 それまで笑い泣いていた海風だったが、彼女はやがて手にしたキャラクターもののタオルで顔を覆って、そのままごしごしと拭きはじめた。

「あー……めっちゃハズい」

 タオル越しにくぐもった声は、さっきまでのじっとりとした声色にも、いつものハツラツとした声色にも、どちらにも聞こえた。

「……」

 誰かが泣いているところを見たのなんて、いつぶりだろう。
 隣でただぼーっと立っているだけの俺は、本当にこのままでいいのだろうか。

 人知れず鳴り続けていた祭り囃子の音が、だんだんと大きくなってきた。
 ぼやけていた提灯の輪郭が鮮明になっていくにつれ、眼前の石畳上の往来も、徐々に戻り始めている。

「……しゃあっ!」

 突如、耳に飛び込んできたタオル越しの大きな声に驚いて、目線を再び海風の方に移した。
 顔からタオルを外した彼女は、すんと鼻息を立てて、ケロッとしたいつもの様子に切り替わっていた。

「つっよ……」

「え、なにが?」
「いや、なんでもっ」

 流石はスポーツ特待生、これがいわゆるスイッチってやつか。
 ちょっと痛いカードを見られた程度でウジウジしてしまう俺も、スポーツに打ち込めばこれができるようになるのだろうか。

 ……いや、多分無理。
 きっと海風が強い人だから、結果が伴っているだけだ。


「……それより室井くん、この後どうするの?」
「この後?」

「みんなボドゲカフェに行っちゃったし、室井くんはそっちに合流するんだよね」
「あー、そういえば……」


 そうだ。
 俺と海風以外は、みんなそっちに行ってたんだ。

 今の話し方だと、やはり海風はボドゲカフェの方に合流するつもりは無いようだ。
 でも、その声色はみんなと遊びに行くことが、けっして嫌なわけでもない様子だった。

 行きたくないのではなく――たぶん、行けないんだ。


「んー……」


 隣の海風を見やると、その表情は完全に立ち直っているようで、雨に濡れた天宮神社の祭会場を静かに見回していた。
 しかし、タオルを持つ彼女の手の指は、落ち着きなく動いている。
 湿り気を含んだ彼女のキャラクタータオルは、今俺が借りているタオルと同じくらい、年季の入ったほつれ方をしている。

 スマホのメッセージ画面を開くと、元々の集合時間から遅れる形で、みんなちょうどボドゲカフェに現地合流を始めている様子がうかがえた。

 この時間なら、この雨なら、俺も走れば途中合流は可能だろう。

 そのままグループメッセージをひとこと打ち込むと、振動に反応した海風が自身のスマホを見た。


「え……行かないの?」
「うん。今日はいいや」


 ほどなくして、メッセージに当たり障りのない返事がいくつか付いた。

 ちょうどスマホをしまったタイミングで、さっきまで屋台の下で雨宿りをしていた何人かの子供たちが、眼前をはしゃぎながら走り抜けていった。
 彼らは色とりどりのチープなおもちゃに、食べかけのリンゴ飴を手に持って、水溜まりを踏み抜くことだって構わない。


「海風って、天宮祭り初めてだったよな」
「う、うん」

「せっかく来たんだ、案内するよ」


 海風はきょとんとした様子で、パチパチと何度か瞬きをしてから、口を開いた。


「うん……おねがいします」


 とにかく、彼女と少しでも話す時間を作りたいと思った。
 こんな俺にも、あるちっぽけな目標が生まれたからだ。

 せっかく同じ遊びを共有できる人が現れたんだ。

 海風が満足してしまう、その時までに――俺は“エタデモ”が最高のカードゲームだと、彼女に言わせたくなった。


 ◆


「室井君の作ったカードゲームってさ……“デーモン”って言うほど悪魔いなくない?」

 海風は、手水舎のの口からチョロチョロと流れ落ちる水を杓子で受けながら、唐突に呟いた。

「えっ」
「“ドラクロ”は実際にドラゴンがいっぱい居たけど、“エタデモ”はなんでデーモンなんだろって……さっき聞こうと思ってたの、思い出したよ」

 ――彼女の指摘は至極もっともだ。
 
 俺が作り出した全57種類のカード(黒37種、白20種)のうち、悪魔と名を冠するカードは2種類しかない。
 しかも1枚はイベントカード(ほかのカードゲームでいう呪文とか魔法)なので、悪魔系のクリーチャー(モンスター)は実質1枚だけだ。

 杓子から落ちた冷たい水が手のひらに伝わって、早々に訪れた“エタデモ”改名の危機を回避せよと脳裏に信号を送った。


「……ち、ちゃんと理由はあるよ」
「へー、どんな?」


 海風はニヤニヤとしながら、挑戦的な声を俺に浴びせる。

 そんな彼女の生意気な口を塞ぐのは――俺の脳内にしか存在しなかった圧倒的かつ壮大な背景ストーリーしかない。

“ドラクロ”と差別化する冠詞にそれっぽいワードを選んだだけで、結局“最強のドラゴン”の量産に夢中になってしまったことを、けっして悟らせてはならぬ。





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 お天気アプリが予想していた時間よりも少しだけ早く、雨脚は弱まり始めた。
 それまで笑い泣いていた海風だったが、彼女はやがて手にしたキャラクターもののタオルで顔を覆って、そのままごしごしと拭きはじめた。
「あー……めっちゃハズい」
 タオル越しにくぐもった声は、さっきまでのじっとりとした声色にも、いつものハツラツとした声色にも、どちらにも聞こえた。
「……」
 誰かが泣いているところを見たのなんて、いつぶりだろう。
 隣でただぼーっと立っているだけの俺は、本当にこのままでいいのだろうか。
 人知れず鳴り続けていた祭り囃子の音が、だんだんと大きくなってきた。
 ぼやけていた提灯の輪郭が鮮明になっていくにつれ、眼前の石畳上の往来も、徐々に戻り始めている。
「……しゃあっ!」
 突如、耳に飛び込んできたタオル越しの大きな声に驚いて、目線を再び海風の方に移した。
 顔からタオルを外した彼女は、すんと鼻息を立てて、ケロッとしたいつもの様子に切り替わっていた。
「つっよ……」
「え、なにが?」
「いや、なんでもっ」
 流石はスポーツ特待生、これがいわゆるスイッチってやつか。
 ちょっと痛いカードを見られた程度でウジウジしてしまう俺も、スポーツに打ち込めばこれができるようになるのだろうか。
 ……いや、多分無理。
 きっと海風が強い人だから、結果が伴っているだけだ。
「……それより室井くん、この後どうするの?」
「この後?」
「みんなボドゲカフェに行っちゃったし、室井くんはそっちに合流するんだよね」
「あー、そういえば……」
 そうだ。
 俺と海風以外は、みんなそっちに行ってたんだ。
 今の話し方だと、やはり海風はボドゲカフェの方に合流するつもりは無いようだ。
 でも、その声色はみんなと遊びに行くことが、けっして嫌なわけでもない様子だった。
 行きたくないのではなく――たぶん、行けないんだ。
「んー……」
 隣の海風を見やると、その表情は完全に立ち直っているようで、雨に濡れた天宮神社の祭会場を静かに見回していた。
 しかし、タオルを持つ彼女の手の指は、落ち着きなく動いている。
 湿り気を含んだ彼女のキャラクタータオルは、今俺が借りているタオルと同じくらい、年季の入ったほつれ方をしている。
 スマホのメッセージ画面を開くと、元々の集合時間から遅れる形で、みんなちょうどボドゲカフェに現地合流を始めている様子がうかがえた。
 この時間なら、この雨なら、俺も走れば途中合流は可能だろう。
 そのままグループメッセージをひとこと打ち込むと、振動に反応した海風が自身のスマホを見た。
「え……行かないの?」
「うん。今日はいいや」
 ほどなくして、メッセージに当たり障りのない返事がいくつか付いた。
 ちょうどスマホをしまったタイミングで、さっきまで屋台の下で雨宿りをしていた何人かの子供たちが、眼前をはしゃぎながら走り抜けていった。
 彼らは色とりどりのチープなおもちゃに、食べかけのリンゴ飴を手に持って、水溜まりを踏み抜くことだって構わない。
「海風って、天宮祭り初めてだったよな」
「う、うん」
「せっかく来たんだ、案内するよ」
 海風はきょとんとした様子で、パチパチと何度か瞬きをしてから、口を開いた。
「うん……おねがいします」
 とにかく、彼女と少しでも話す時間を作りたいと思った。
 こんな俺にも、あるちっぽけな目標が生まれたからだ。
 せっかく同じ遊びを共有できる人が現れたんだ。
 海風が満足してしまう、その時までに――俺は“エタデモ”が最高のカードゲームだと、彼女に言わせたくなった。
 ◆
「室井君の作ったカードゲームってさ……“デーモン”って言うほど悪魔いなくない?」
 海風は、手水舎の《《龍》》の口からチョロチョロと流れ落ちる水を杓子で受けながら、唐突に呟いた。
「えっ」
「“ドラクロ”は実際にドラゴンがいっぱい居たけど、“エタデモ”はなんでデーモンなんだろって……さっき聞こうと思ってたの、思い出したよ」
 ――彼女の指摘は至極もっともだ。
 俺が作り出した全57種類のカード(黒37種、白20種)のうち、悪魔と名を冠するカードは2種類しかない。
 しかも1枚はイベントカード(ほかのカードゲームでいう呪文とか魔法)なので、悪魔系のクリーチャー(モンスター)は実質1枚だけだ。
 杓子から落ちた冷たい水が手のひらに伝わって、早々に訪れた“エタデモ”改名の危機を回避せよと脳裏に信号を送った。
「……ち、ちゃんと理由はあるよ」
「へー、どんな?」
 海風はニヤニヤとしながら、挑戦的な声を俺に浴びせる。
 そんな彼女の生意気な口を塞ぐのは――俺の脳内にしか存在しなかった圧倒的かつ壮大な背景ストーリーしかない。
“ドラクロ”と差別化する冠詞にそれっぽいワードを選んだだけで、結局“最強のドラゴン”の量産に夢中になってしまったことを、けっして悟らせてはならぬ。