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4.お互いのプレイヤーは、手札をすべて表向きにする

ー/ー




 降りしきる雨は、未だ衰える気配がなかった。
 暗がりに浮かぶ提灯の朧げな光が、庇から滴る雨水と、石畳ではねる飛沫を白く染め上げている。

 このまま雨が止めば、彼女は昨日のことをさっぱり水に流して、以後は普通のクラスメイトとして接してくれるだろう。
 俺の矮小な恥なんて、彼女の記憶の片隅に残るほど大それたものじゃないはずだ。

 そう、雨が止めば、元通り。


「海風のお兄さんも、水泳やってるの?」
「ううん、おにいは全然カナヅチだよ。海辺の町で育ったのに、ウケるよね」

「いやいや、泳げるってスゲーよ。授業だけじゃ絶対50メートルも泳げないって」
「えぇ、そーかなー?」


 それなのに……俺は今、この雨に止んでもらっては困るとすら思いはじめてる。


「まぁその分おにいは頭がいいから、地元のちゃんとした公立高校に行けてるんだけど……」
「おぉ、すげぇじゃん!兄妹揃って、自分のいいところ伸ばして戦えてるのって凄いと思う。海風はしっかり者だし、本当……同い年には見えないくらいで」

「キミ褒めすぎ……なんかムズかゆいよ。私なんて、ただ期待に応えるために……外面だけ頑張って背伸びしてるだけなのに」
「え、そうなの」


 だって、俺のカードたちはまだ――海風に遊んで欲しいと思っている。


「そーだよ。私もおにいも、みんなの見てないところでは……本当に子供っぽいコトしかしてこなかったからさ」
「あー……もしかして、さっきくじ引き屋で見てたカードとか?」


 軽く打ってみたジャブに、彼女は少しだけ気まずそうに目を逸らした。


「……あはは、やっぱバレてたよね。そうそう、あんな感じ」
「しかも、見てたのはドラクロとかだったり?」

「よ、よく分かったね」
「……だって昨日、その。やってたじゃん……教室で」


 俺がぼそりと漏らしたあと。
 蔵の軒下に、冷たい雨音だけが響く。
 海風は、明らかにさっきまでの照れとは違う、硬直した表情を浮かべた。


「……や、やってた? な、なんのこと?」


 明らかに言いづらそうにしている。
 くっ、頼むから皆まで言わせないでくれっ。


「だから、そのっ……あ、あれ!あれだよ!厳密にはドラクロじゃないけど、そのっ」
「……う、うん」

「昨日、見てないって言ってくれたけど……あ、あの状況でそんなの、ちょっと無理があるっていうか……」
「……そ、そう……だよね」


 ああぁ、せっかく無かったことにしてくれた黒歴史を、自分で蒸し返してしまう悲しさったら。
 いっそひと思いにコロしてくれっ。


「お、俺だけ恥ずかしい思いしたんだ。なんか一言あっても、その……いいじゃんっ」
「そ……キミだけなんてことないっ!むしろ恥ずかしいのは、私の方で……!」


 ――えっ?


「な、なんで海風が恥ずかしがるんだよ」
「だってヘンじゃん!その、私みたいなのが、男の子みたいな遊びが好きだなんてさっ」

「別にヘンじゃないよ、ヘンってのはこう……俺みたいに自分でカード作っちゃうような……」
「うちだってやってたもん!」


 ――えっ、えっ?


「う、海風も……こういうことしてたの?」
「……っ」


 海風は「しまった」と言わんばかりに口を押え、日に焼けた肌でも分かるほど顔を紅潮させ始めた。


「ほ、ほんとに!?」
「ち、違うの!いや、違わないんだけど……うちはおにいが作って、私と一緒に遊んでって感じで、けっして私が作ってたわけではっ」


 困惑しているのは、彼女だけじゃない。
 この流れは、俺もちょっと想像してなかった。
 俺はてっきり、自分ばかりが恥ずかしい思いをしたんだと思ってた。

 そうか、海風だって――人に言えない、れっきとした秘密を抱えていたんだ。


「えっと、このまま触れても大丈夫な……やつ……?」
「……」


 彼女は、口だけを押えていた両手で顔全体を包んでから、コクリと頷いた。

 こういう自爆をしたときのダメージは、俺も痛いほど分かる。
 ここまできて触れられないのは、逆に辛いものがあるよな。


「そか、じゃあ……遊んでもらったついでだから……か、感想を聞かせてもらおうかな」
「……?」


 海風は顔を覆っている指の隙間をあけて、細めた目を覗かせた。


「お互い、ここまで来たら……もうこれ以上恥ずかしいものなんて、ないでしょ」
「……」


 彼女の気持ちを少しでも軽くしようと、俺が導き出した答えは――恥を共有した俺自身が、サンドバッグになることだった。


「同業者目線で、遠慮なく言ってくれていいよ。今後の参考にしますので」
「……わかった。じゃあ……言う」


 その瞬間、雨音が少しだけ小さくなったように感じた。
 彼女は顔から手を下ろし、尖らせていた口を大きくあけて、息を吸った。


「ゲームバランスは正直、あまりよくなかったかな……」
「……うん」

「まずあの、なんだっけ。あの出るだけで2枚ドローできる……てんち、かい……」
「“天地開闢のダークネスワーム”?」

「そう。ちょっとあれが強すぎたね……」
「う、うん」


 薄々分かっていたことだけど、確かにあれは……うん、調整ミスってたかもな。


「それと、あの殲滅暗黒……」
「漆黒なっ」

「ご、ごめん。あのカードのデメリットも、正直デメリットになってなくて……強すぎるかな。なぜか“ドラクロ”のキーカードがないから、出したら勝ちが決まっちゃうというか」
「……うん……」


 海風による“滅亡戦記エターナルデモンズ”のレビューは、止まることを知らなかった。


「なんか、黒側を勝たせたい意図をすごく感じた……白のカードの効果とか、なんならイラストまで基本適当だし」
「う……」

「あと、カード名にやたら難しい漢字が多くて、読み上げにくいかな……これも味かもしれないから、言いにくいんだけど」
「うぅ……」

「それにカード名に『滅』とか『創』って字が多くて、これも気になっちゃったかも。クリーチャー出す度に世界が滅んだり創造したりして、なんか忙しそう」
「……オェ……」


 もうやめて!忍君のライフはもうゼロよ!
 あぁ、こうして問題点を浮き彫りにしてもらうと、本家の“ドラクロ”ってよく頑張ってたんだなって思う。

 しかし、不思議と爽やかな気分でもある。
 言葉のひとつひとつから、自分が作ったものを真剣に見てくれたってことが伝わってくるからかな。

 それに、こうやってじっとりとカードを語る海風の様子は、クラスメイトとして普段眺めている溌剌とした彼女とは――まるで別人のようだ。


「とにかく全体的に、プレイヤー目線にあまり立てていなくて、自分が作りたいものを作ったって感じで――」


 ひとしきり意見を述べたあと、海風は言葉を切って、ふたたび息を大きく吸った。


「――まるで、おにいが昔たくさん作って遊んでくれたカードみたいに、すごく温もりに溢れてて……」


 耳に飛び込んできたのは、あまりに意外な言葉だった。
 そして、それまでハキハキと意見していた海風の口調は一転して、震えを伴いはじめた。


「……海風?」
「ずっと、こうしてバカみたいに文句を言い合って……楽しく遊んでたかったのに。なんでそれが許されないんだろうって、そんな気持ちが、なんか溢れてきて」


 それまでとは、明らかに様子が変わった。
 なんだか堰が切れたような、溜まっていたものを吐き出すかのような。


「なんでおにいみたいに、頭が良くなれなかったんだろう。なんで必死の思いで特待生になってまで、家族と離ればなれにならなくちゃ、いけなかったんだろう」


 彼女にある背景なんて、はっきり言って俺に知りようがない。
 だから、具体的なアドバイスなんてできないし、正しい受け止め方も分からない。


「なんで、期待に応えるために、楽しかった思い出を――みんなの前で恥ずかしいって、思わなきゃいけないんだろう」


 ただひとつ、言えることがある。

 海風の今の頑張りは――きっと肯定も、否定もしちゃいけない。
 彼女は俺なんかよりも、ずっと先の選択をしようとしている。


「なんで、なんで――」

「――海風、また作ってくるよ」


 言葉が止まった。
 口を挟むこともおこがましいと思ったけど、これだけは言わなきゃって思った。


「俺、水泳のこととか、独り暮らしの大変さとか、よく分かってないけど……やりたい遊びなら、飽きるまでやってもいいんじゃないかな」
「……」

「でも、それが人には言えないってのは、俺もよく分かってるから……こっそり、だけど」


 俺だって、その一点だけは……本当によく分かってる。
 実際恥ずかしいのに、好きだから作ってしまうんだ。

 誰かの作った、ちゃっちいコピー紙の落書きが必要となる時があったって、仕方がないはずだ。


「……そんなこと言われたら……私、遠慮しないよ」


 でも、これだけはヘンだと思う。


「おにいにぶつけるのと同じくらい……遠慮なくダメ出しして」
「……うん」

「ボロボロになるまで、遊んじゃうからっ」


 なんで俺の黒歴史カードを笑いながら、泣いてる人がいるんだろう。




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 降りしきる雨は、未だ衰える気配がなかった。
 暗がりに浮かぶ提灯の朧げな光が、庇から滴る雨水と、石畳ではねる飛沫を白く染め上げている。
 このまま雨が止めば、彼女は昨日のことをさっぱり水に流して、以後は普通のクラスメイトとして接してくれるだろう。
 俺の矮小な恥なんて、彼女の記憶の片隅に残るほど大それたものじゃないはずだ。
 そう、雨が止めば、元通り。
「海風のお兄さんも、水泳やってるの?」
「ううん、おにいは全然カナヅチだよ。海辺の町で育ったのに、ウケるよね」
「いやいや、泳げるってスゲーよ。授業だけじゃ絶対50メートルも泳げないって」
「えぇ、そーかなー?」
 それなのに……俺は今、この雨に止んでもらっては困るとすら思いはじめてる。
「まぁその分おにいは頭がいいから、地元のちゃんとした公立高校に行けてるんだけど……」
「おぉ、すげぇじゃん!兄妹揃って、自分のいいところ伸ばして戦えてるのって凄いと思う。海風はしっかり者だし、本当……同い年には見えないくらいで」
「キミ褒めすぎ……なんかムズかゆいよ。私なんて、ただ期待に応えるために……外面だけ頑張って背伸びしてるだけなのに」
「え、そうなの」
 だって、俺のカードたちはまだ――海風に遊んで欲しいと思っている。
「そーだよ。私もおにいも、みんなの見てないところでは……本当に子供っぽいコトしかしてこなかったからさ」
「あー……もしかして、さっきくじ引き屋で見てたカードとか?」
 軽く打ってみたジャブに、彼女は少しだけ気まずそうに目を逸らした。
「……あはは、やっぱバレてたよね。そうそう、あんな感じ」
「しかも、見てたのはドラクロとかだったり?」
「よ、よく分かったね」
「……だって昨日、その。やってたじゃん……教室で」
 俺がぼそりと漏らしたあと。
 蔵の軒下に、冷たい雨音だけが響く。
 海風は、明らかにさっきまでの照れとは違う、硬直した表情を浮かべた。
「……や、やってた? な、なんのこと?」
 明らかに言いづらそうにしている。
 くっ、頼むから皆まで言わせないでくれっ。
「だから、そのっ……あ、あれ!あれだよ!厳密にはドラクロじゃないけど、そのっ」
「……う、うん」
「昨日、見てないって言ってくれたけど……あ、あの状況でそんなの、ちょっと無理があるっていうか……」
「……そ、そう……だよね」
 ああぁ、せっかく無かったことにしてくれた黒歴史を、自分で蒸し返してしまう悲しさったら。
 いっそひと思いにコロしてくれっ。
「お、俺だけ恥ずかしい思いしたんだ。なんか一言あっても、その……いいじゃんっ」
「そ……キミだけなんてことないっ!むしろ恥ずかしいのは、私の方で……!」
 ――えっ?
「な、なんで海風が恥ずかしがるんだよ」
「だってヘンじゃん!その、私みたいなのが、男の子みたいな遊びが好きだなんてさっ」
「別にヘンじゃないよ、ヘンってのはこう……俺みたいに自分でカード作っちゃうような……」
「うちだって《《それぐらい》》やってたもん!」
 ――えっ、えっ?
「う、海風も……こういうことしてたの?」
「……っ」
 海風は「しまった」と言わんばかりに口を押え、日に焼けた肌でも分かるほど顔を紅潮させ始めた。
「ほ、ほんとに!?」
「ち、違うの!いや、違わないんだけど……うちはおにいが作って、私と一緒に遊んでって感じで、けっして私が作ってたわけではっ」
 困惑しているのは、彼女だけじゃない。
 この流れは、俺もちょっと想像してなかった。
 俺はてっきり、自分ばかりが恥ずかしい思いをしたんだと思ってた。
 そうか、海風だって――人に言えない、れっきとした秘密を抱えていたんだ。
「えっと、このまま触れても大丈夫な……やつ……?」
「……」
 彼女は、口だけを押えていた両手で顔全体を包んでから、コクリと頷いた。
 こういう自爆をしたときのダメージは、俺も痛いほど分かる。
 ここまできて触れられないのは、逆に辛いものがあるよな。
「そか、じゃあ……遊んでもらったついでだから……か、感想を聞かせてもらおうかな」
「……?」
 海風は顔を覆っている指の隙間をあけて、細めた目を覗かせた。
「お互い、ここまで来たら……もうこれ以上恥ずかしいものなんて、ないでしょ」
「……」
 彼女の気持ちを少しでも軽くしようと、俺が導き出した答えは――恥を共有した俺自身が、サンドバッグになることだった。
「同業者目線で、遠慮なく言ってくれていいよ。今後の参考にしますので」
「……わかった。じゃあ……言う」
 その瞬間、雨音が少しだけ小さくなったように感じた。
 彼女は顔から手を下ろし、尖らせていた口を大きくあけて、息を吸った。
「ゲームバランスは正直、あまりよくなかったかな……」
「……うん」
「まずあの、なんだっけ。あの出るだけで2枚ドローできる……てんち、かい……」
「“天地開闢のダークネスワーム”?」
「そう。ちょっとあれが強すぎたね……」
「う、うん」
 薄々分かっていたことだけど、確かにあれは……うん、調整ミスってたかもな。
「それと、あの殲滅暗黒……」
「漆黒なっ」
「ご、ごめん。あのカードのデメリットも、正直デメリットになってなくて……強すぎるかな。なぜか“ドラクロ”のキーカードがないから、出したら勝ちが決まっちゃうというか」
「……うん……」
 海風による“滅亡戦記エターナルデモンズ”のレビューは、止まることを知らなかった。
「なんか、黒側を勝たせたい意図をすごく感じた……白のカードの効果とか、なんならイラストまで基本適当だし」
「う……」
「あと、カード名にやたら難しい漢字が多くて、読み上げにくいかな……これも味かもしれないから、言いにくいんだけど」
「うぅ……」
「それにカード名に『滅』とか『創』って字が多くて、これも気になっちゃったかも。クリーチャー出す度に世界が滅んだり創造したりして、なんか忙しそう」
「……オェ……」
 もうやめて!忍君のライフはもうゼロよ!
 あぁ、こうして問題点を浮き彫りにしてもらうと、本家の“ドラクロ”ってよく頑張ってたんだなって思う。
 しかし、不思議と爽やかな気分でもある。
 言葉のひとつひとつから、自分が作ったものを真剣に見てくれたってことが伝わってくるからかな。
 それに、こうやってじっとりとカードを語る海風の様子は、クラスメイトとして普段眺めている溌剌とした彼女とは――まるで別人のようだ。
「とにかく全体的に、プレイヤー目線にあまり立てていなくて、自分が作りたいものを作ったって感じで――」
 ひとしきり意見を述べたあと、海風は言葉を切って、ふたたび息を大きく吸った。
「――まるで、おにいが昔たくさん作って遊んでくれたカードみたいに、すごく温もりに溢れてて……」
 耳に飛び込んできたのは、あまりに意外な言葉だった。
 そして、それまでハキハキと意見していた海風の口調は一転して、震えを伴いはじめた。
「……海風?」
「ずっと、こうしてバカみたいに文句を言い合って……楽しく遊んでたかったのに。なんでそれが許されないんだろうって、そんな気持ちが、なんか溢れてきて」
 それまでとは、明らかに様子が変わった。
 なんだか堰が切れたような、溜まっていたものを吐き出すかのような。
「なんでおにいみたいに、頭が良くなれなかったんだろう。なんで必死の思いで特待生になってまで、家族と離ればなれにならなくちゃ、いけなかったんだろう」
 彼女にある背景なんて、はっきり言って俺に知りようがない。
 だから、具体的なアドバイスなんてできないし、正しい受け止め方も分からない。
「なんで、期待に応えるために、楽しかった思い出を――みんなの前で恥ずかしいって、思わなきゃいけないんだろう」
 ただひとつ、言えることがある。
 海風の今の頑張りは――きっと肯定も、否定もしちゃいけない。
 彼女は俺なんかよりも、ずっと先の選択をしようとしている。
「なんで、なんで――」
「――海風、また作ってくるよ」
 言葉が止まった。
 口を挟むこともおこがましいと思ったけど、これだけは言わなきゃって思った。
「俺、水泳のこととか、独り暮らしの大変さとか、よく分かってないけど……やりたい遊びなら、飽きるまでやってもいいんじゃないかな」
「……」
「でも、それが人には言えないってのは、俺もよく分かってるから……こっそり、だけど」
 俺だって、その一点だけは……本当によく分かってる。
 実際恥ずかしいのに、好きだから作ってしまうんだ。
 誰かの作った、ちゃっちいコピー紙の落書きが必要となる時があったって、仕方がないはずだ。
「……そんなこと言われたら……私、遠慮しないよ」
 でも、これだけはヘンだと思う。
「おにいにぶつけるのと同じくらい……遠慮なくダメ出しして」
「……うん」
「ボロボロになるまで、遊んじゃうからっ」
 なんで俺の黒歴史カードを笑いながら、泣いてる人がいるんだろう。