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3.誰も自分の場のカードをアンタップできない

ー/ー





「――あっ」

 俺が海風の姿を見つけてから間もなく、彼女の方もこちらを認識したようで、あまりに分かりやすい驚きを全身の硬直で表現したかと思えば、やがて手を後ろで組んで口を尖らせはじめた。
 まるで『くじ引き屋のカードケースなんて見ていませんよ』とでも言いたげだ。

 しかし、なんで海風がここにいるんだ?
 たしか彼女は、1-3のグループメッセージには入っていなかったはずだ。

 いや、そんなことより。
 彼女がくじ引き屋のカードケースの方をあんなに凝視していたのって、やっぱり――


「わーっ!降って来た!」
「予報より早いじゃん、くそ!」

 そう思った矢先だった。
 誰のものともつかない子供の悲鳴が上がったかと思えば、些細な雨粒だったそれは次第に密度を増し、瞬く間にまとまった雨となっていく。
 そして、石畳から水気を含んだ香りを立ち昇らせながら、祭りに来ていた老若男女の群衆を一斉にパニックに陥れた。

「うお、やべっ!」

 かくいう俺も、パニックの最中にいた。
 鞄の中には、雨に濡れれば一発でおシャカとなる“俺の子供たち”が今日も入っているからだ。
 鞄を胸に抱え、シャツの背中側がどんどんと水に浸っていく不快感を覚えながらも、俺はとにかく走り出した。

 眼前のくじ引き屋のテントの軒下は、さっき並んでいた子供たちで既にいっぱいだ。

 くそっ、どこかいい場所は……。

 雨で暗さを増した視界の中――15メートルほど先の蔵には、誰もいないらしいことが分かった。

 とにかく、迷っている暇はなかった。
 俺は鞄を抱き抱えたまま、脇目も振らずにその軒下へと滑り込んだ。


 その結果、俺は今――同じように雨から逃れてきた海風と二人きりで、蔵の軒下での雨宿りを余儀なくされている。


「……」
「あ……」

「……ど、ども」
「どうも……」


 ……気まずいよぉ。
 ども、じゃねーよ俺。

 いま、まさに隣にいる海風は、誰にも見られてはいけない俺の秘密を、昨日見てしまった女だ。
 肩で息をしながら、ずぶ濡れの前髪をたくし上げている彼女は――今きっとこう思っているだろう。


『こいつ、“せん滅暗黒なんちゃらドラゴン”作った奴なんだよな』……と。

 あああぁぁっ、やめろぉ!
 暗黒じゃなくて漆黒だよ!
 あああぁぁっ!


「……雨、やばいな」

 俺は、心の内でのたうち回るもう一人の俺を首四の字で絞め上げながら、精一杯の落ち着きを意識しつつ海風に言葉をかけた。

「……うん、やばいね。これ、いつ止むのかなぁ」

 彼女の方も、普通に返事をしてくれた。
 一瞬だけ安堵したものの、よくよく考えたらこの言葉の裏にだってきっと……『こいつ、“せん滅(以下略)』という感情が混在しているはずで……あああぁぁっ!

「ちょっとまって、雨雲レーダー見るわ……あぁ、30分くらいで一応弱まるらしいけど、止みはしなさそう……」
「そっかぁ。じゃあせめて、弱くなるまで待ってよっか」

「……そうだな」

 その言葉を機に、二人の間に再び沈黙が流れはじめた。

 外からざあざあと聞こえる雨音と、樋のない蔵の屋根からへこんだ石畳に向かって止めどなく流れ落ちる水音。
 そこに、海風が部活用のエナメルバッグをあけて、ゴソゴソと何かを探し始める音が混じった。

 俺は手にしていたスマホをもう一度見る。
 天気アプリの青やら紫やらの毒々しいモザイクが現在地の地図上を何度か流れていったところで、俺はふと、みんなが今どうしているのかが気になった。

 ――そういえば、授業中に通知をオフにしてからというもの、“イチサン軍団”のグループメッセージはあれからずっと開いていない。
 慌ててメッセージ画面を見てみると、案の定の結果がそこには書かれていた。

『いや19:00めっちゃ雨ドンピシャ予報じゃん😡やっぱり今夜は祭りからボドゲカフェに変更でいいですか⁉️』

 18:12に送信されていた“きょーや”の一言には、いくつもの返信が付いていた。

『👌』
『えいよん』
『いつものとこ❔』
『ごめんなさい、ボドゲの方は行けそうにないです!』
『かーな👌、今度また行こう!』
『オレもそっち向かいます』

 なるほど、どうやら俺と“かーな”って子以外は、みんなボドゲカフェに向かってるらしい。
 あぁチクショウ、雨のことをすっかり忘れていたのも、通知を元に戻し忘れていたのも、どっちも一生の不覚だ。
 俺もそっち行きたいけど、この雨では……今はちょっとなぁ。

 ……ん、ちょっと待て。
 そういえば、“かーな”って誰だ?
 クラスにそんな名前の奴いたか……?

 メッセージを繰ってみると、どうやら今日の12:57から入室を開始したらしい。

『お誘いありがとうございます!海風叶です!部活終わりにそのまま天宮祭り行きたいです!』
『海風さんよろしくー👍』

 ……なるほど。
 彼女が今ここにいるのは、そういうことだったのか。

 いままさに陥っているこの状況はつくづく、自分自身の雑な性分が招いた結果なのだと悟った。
 そうだよ、昨日のデッキ置き忘れ事件だって……。

 こうして、負の感情と連想の悪循環に引き込まれそうになっていた俺を――塩素の匂いが少しだけ混じる、ほのかに甘く柔らかい香りが、一気に現実へと引き戻した。

「これ使って。風邪ひいちゃうよ」

 海風が俺に差し出してきたのは、昔懐かしい新幹線の絵がプリントされた、女子高生というより男子小学生の持ち物といった趣のスポーツタオルだった。

「あ、ありがとう」
「まだ今日使ってないやつだから、安心していーよっ」

 そう言ってはにかんでから、彼女自身もタオルを手に、髪から全身までをポンポンと拭き始めた。
 濡れたブラウスの向こうに、うっすらとグレーの布地と肌の色の両方が透けて見えかけたので、俺は慌てて手元のタオルに目線を戻した。

 タオルは一見古めかしく所々がほつれているものの、どうやら大切に使われているようで、布地そのものは満遍なく柔らかかった。
 俺は忍びなさを感じつつも、彼女の気遣いを無下にすることはできず、同じように髪から拭き始めることにした。

 うちとは違う柔軟剤の香りに包まれながら、俺は素直に思った。

 なんか海風って、普通にいいやつだな。


「おにいのお下がりなんだよねー、それ。男子男子しすぎててあまり水泳部のみんなの前では使えないから、予備でこっそり持ってたんだよ」
「あー、どうりで。すっげー懐かしいデザインだなって思ったよ」

「室井君は男の子だから、そっちの方で問題なかった……よね?」
「うん、そりゃもうバッチコイよ。小坊のときの裁縫セットとかドラゴンの奴だったし」

「あはは、あったあった!えーあのデザインの裁縫セット、こっちにもあったの?」
「“こっち”ってほど、あれに地域差はなかった気が……海風ってどこから来たの?」

「関東の端っこの方!アンコウとか有名なところのちょい南だよ」
「マジか、めっちゃ遠くから来てるじゃん。ってことは海風、寮生なのか」

「そうだよー。自由形の特待生なのですっ」
「と、特待生ぱねぇ……」


 ……普通に会話できてる。

 しかも、いつもの昼休みにしたりするやつと違って、自然体の会話だこれ。

 海風本人が言うように、水泳の特待生として招かれている彼女は――てっきり、俺とは違う世界の人間だと思っていた。
 カーストどうこうの話ではなく、何かに打ち込む人間と、そうでない奴の違いというか。
 今の生活にだいたい満足してしまっている俺と、途方もない高みをストイックに掴みに行こうとする彼女が見ているものの違いというか。


 しかし――いま思えば、彼女の行動は昨日から変だった。

 俺の痛々しい自作カードゲームを事も無げにプレイしてみせたり、子供たちに混じってくじ引き屋のレアカードに目を光らせたり。
 
 そして、この謎に合うフィーリング。


 ……あれ。

 これ、もしかして。

 “滅亡戦記エターナルデモンズ”の話、してもいいのか……?




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「――あっ」
 俺が海風の姿を見つけてから間もなく、彼女の方もこちらを認識したようで、あまりに分かりやすい驚きを全身の硬直で表現したかと思えば、やがて手を後ろで組んで口を尖らせはじめた。
 まるで『くじ引き屋のカードケースなんて見ていませんよ』とでも言いたげだ。
 しかし、なんで海風がここにいるんだ?
 たしか彼女は、1-3のグループメッセージには入っていなかったはずだ。
 いや、そんなことより。
 彼女がくじ引き屋のカードケースの方をあんなに凝視していたのって、やっぱり――
「わーっ!降って来た!」
「予報より早いじゃん、くそ!」
 そう思った矢先だった。
 誰のものともつかない子供の悲鳴が上がったかと思えば、些細な雨粒だったそれは次第に密度を増し、瞬く間にまとまった雨となっていく。
 そして、石畳から水気を含んだ香りを立ち昇らせながら、祭りに来ていた老若男女の群衆を一斉にパニックに陥れた。
「うお、やべっ!」
 かくいう俺も、パニックの最中にいた。
 鞄の中には、雨に濡れれば一発でおシャカとなる“俺の子供たち”が今日も入っているからだ。
 鞄を胸に抱え、シャツの背中側がどんどんと水に浸っていく不快感を覚えながらも、俺はとにかく走り出した。
 眼前のくじ引き屋のテントの軒下は、さっき並んでいた子供たちで既にいっぱいだ。
 くそっ、どこかいい場所は……。
 雨で暗さを増した視界の中――15メートルほど先の蔵には、誰もいないらしいことが分かった。
 とにかく、迷っている暇はなかった。
 俺は鞄を抱き抱えたまま、脇目も振らずにその軒下へと滑り込んだ。
 その結果、俺は今――同じように雨から逃れてきた海風と二人きりで、蔵の軒下での雨宿りを余儀なくされている。
「……」
「あ……」
「……ど、ども」
「どうも……」
 ……気まずいよぉ。
 ども、じゃねーよ俺。
 いま、まさに隣にいる海風は、誰にも見られてはいけない俺の秘密を、昨日見てしまった女だ。
 肩で息をしながら、ずぶ濡れの前髪をたくし上げている彼女は――今きっとこう思っているだろう。
『こいつ、“せん滅暗黒なんちゃらドラゴン”作った奴なんだよな』……と。
 あああぁぁっ、やめろぉ!
 暗黒じゃなくて漆黒だよ!
 あああぁぁっ!
「……雨、やばいな」
 俺は、心の内でのたうち回るもう一人の俺を首四の字で絞め上げながら、精一杯の落ち着きを意識しつつ海風に言葉をかけた。
「……うん、やばいね。これ、いつ止むのかなぁ」
 彼女の方も、普通に返事をしてくれた。
 一瞬だけ安堵したものの、よくよく考えたらこの言葉の裏にだってきっと……『こいつ、“せん滅(以下略)』という感情が混在しているはずで……あああぁぁっ!
「ちょっとまって、雨雲レーダー見るわ……あぁ、30分くらいで一応弱まるらしいけど、止みはしなさそう……」
「そっかぁ。じゃあせめて、弱くなるまで待ってよっか」
「……そうだな」
 その言葉を機に、二人の間に再び沈黙が流れはじめた。
 外からざあざあと聞こえる雨音と、樋のない蔵の屋根からへこんだ石畳に向かって止めどなく流れ落ちる水音。
 そこに、海風が部活用のエナメルバッグをあけて、ゴソゴソと何かを探し始める音が混じった。
 俺は手にしていたスマホをもう一度見る。
 天気アプリの青やら紫やらの毒々しいモザイクが現在地の地図上を何度か流れていったところで、俺はふと、みんなが今どうしているのかが気になった。
 ――そういえば、授業中に通知をオフにしてからというもの、“イチサン軍団”のグループメッセージはあれからずっと開いていない。
 慌ててメッセージ画面を見てみると、案の定の結果がそこには書かれていた。
『いや19:00めっちゃ雨ドンピシャ予報じゃん😡やっぱり今夜は祭りからボドゲカフェに変更でいいですか⁉️』
 18:12に送信されていた“きょーや”の一言には、いくつもの返信が付いていた。
『👌』
『えいよん』
『いつものとこ❔』
『ごめんなさい、ボドゲの方は行けそうにないです!』
『かーな👌、今度また行こう!』
『オレもそっち向かいます』
 なるほど、どうやら俺と“かーな”って子以外は、みんなボドゲカフェに向かってるらしい。
 あぁチクショウ、雨のことをすっかり忘れていたのも、通知を元に戻し忘れていたのも、どっちも一生の不覚だ。
 俺もそっち行きたいけど、この雨では……今はちょっとなぁ。
 ……ん、ちょっと待て。
 そういえば、“かーな”って誰だ?
 クラスにそんな名前の奴いたか……?
 メッセージを繰ってみると、どうやら今日の12:57から入室を開始したらしい。
『お誘いありがとうございます!海風叶です!部活終わりにそのまま天宮祭り行きたいです!』
『海風さんよろしくー👍』
 ……なるほど。
 彼女が今ここにいるのは、そういうことだったのか。
 いままさに陥っているこの状況はつくづく、自分自身の雑な性分が招いた結果なのだと悟った。
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 こうして、負の感情と連想の悪循環に引き込まれそうになっていた俺を――塩素の匂いが少しだけ混じる、ほのかに甘く柔らかい香りが、一気に現実へと引き戻した。
「これ使って。風邪ひいちゃうよ」
 海風が俺に差し出してきたのは、昔懐かしい新幹線の絵がプリントされた、女子高生というより男子小学生の持ち物といった趣のスポーツタオルだった。
「あ、ありがとう」
「まだ今日使ってないやつだから、安心していーよっ」
 そう言ってはにかんでから、彼女自身もタオルを手に、髪から全身までをポンポンと拭き始めた。
 濡れたブラウスの向こうに、うっすらとグレーの布地と肌の色の両方が透けて見えかけたので、俺は慌てて手元のタオルに目線を戻した。
 タオルは一見古めかしく所々がほつれているものの、どうやら大切に使われているようで、布地そのものは満遍なく柔らかかった。
 俺は忍びなさを感じつつも、彼女の気遣いを無下にすることはできず、同じように髪から拭き始めることにした。
 うちとは違う柔軟剤の香りに包まれながら、俺は素直に思った。
 なんか海風って、普通にいいやつだな。
「おにいのお下がりなんだよねー、それ。男子男子しすぎててあまり水泳部のみんなの前では使えないから、予備でこっそり持ってたんだよ」
「あー、どうりで。すっげー懐かしいデザインだなって思ったよ」
「室井君は男の子だから、そっちの方で問題なかった……よね?」
「うん、そりゃもうバッチコイよ。小坊のときの裁縫セットとかドラゴンの奴だったし」
「あはは、あったあった!えーあのデザインの裁縫セット、こっちにもあったの?」
「“こっち”ってほど、あれに地域差はなかった気が……海風ってどこから来たの?」
「関東の端っこの方!アンコウとか有名なところのちょい南だよ」
「マジか、めっちゃ遠くから来てるじゃん。ってことは海風、寮生なのか」
「そうだよー。自由形の特待生なのですっ」
「と、特待生ぱねぇ……」
 ……普通に会話できてる。
 しかも、いつもの昼休みにしたりするやつと違って、自然体の会話だこれ。
 海風本人が言うように、水泳の特待生として招かれている彼女は――てっきり、俺とは違う世界の人間だと思っていた。
 カーストどうこうの話ではなく、何かに打ち込む人間と、そうでない奴の違いというか。
 今の生活にだいたい満足してしまっている俺と、途方もない高みをストイックに掴みに行こうとする彼女が見ているものの違いというか。
 しかし――いま思えば、彼女の行動は昨日から変だった。
 俺の痛々しい自作カードゲームを事も無げにプレイしてみせたり、子供たちに混じってくじ引き屋のレアカードに目を光らせたり。
 そして、この謎に合うフィーリング。
 ……あれ。
 これ、もしかして。
 “滅亡戦記エターナルデモンズ”の話、してもいいのか……?