過去に来た僕は見知らぬ美少女に文字通り振り回される(前)
ー/ー「今日の授業はここまで、各生徒は教室のカードリーダーにカードを通し、速やかに下校してください。」
教室の前のモニターがそう告げると、皆ほぼ同時に起立しカードリーダーのある教室の扉に向かっていく。
2078年、政治から何からがAIで高度に管理された世界。通貨は全てデジタルに移行され、携帯端末で買い物から健康チェックまでほぼ全てのことが可能になっている世界だ。
僕はいつも通り周りのクラスメイトに挨拶して帰路に着いた。道には塵一つ落ちていない。人は多いが話し声はほとんど聞こえず、皆黙々とそれぞれの目的地に向かうために歩いている。
これが僕にとっては普通の日常だった。恋愛?恐らく適齢期になったらAIが選別した候補の中から選ぶことになるだろう。
それがまず間違いのない選択であり、そうするのがこの世界の当たり前だったからだ。
AIに任せれば、性格、学歴、家柄、遺伝子特性までも含んだ膨大なデータの中から自分に合った最適な候補を見つけてくれる。
そういえば、この前、80年ほど前のレアな映画を観た。青春ものというジャンルらしく当時の学生が帰りに食べ物屋に寄り友達と楽しそうに話しているシーンは衝撃的だった。
食事中に話してもよかったのか、と当時と現在の違いに衝撃を受けた。後は言葉遣いも登場人物ごとに異なっており、何か漠然とした不安感を感じた。
周りと同じように振舞わないといけないんじゃないか?
僕は人と違う行動を取ることに極度に怯えていた。
普通にならなきゃいけないのだと。
そう思いながらもたまに失言や失態をしでかしてしまう自分に嫌気がさしていた。
「園田くーん!今帰り?」
抜けるような大声が背中から聞こえ、驚いて振り向くとそこにはクラスメートの高木杏の姿があった。彼女のコミュニケーションの取り方は他の子と違うのでいつもきょどってしまう。
「うん、僕はクラブ活動には入っていないからね。高木さんはバレー部じゃなかったの?」
「昨日大会が終わったから今日はお休みよ。園田君も運動神経いいんだから何かやればいいのに。」
「いや、僕は基本的に運動には向いていないんだよ。特に部活のような強度の高い負荷がかかることをすると、64%の確率で怪我をするとAIにも指摘されたからね。極力避けた方が無難なんだ。」
彼女はそれを聞いて、クスっと笑った。
「園田君、この前私のこと他の人と違ってるって言ったけど、あなただってそうよ。無難なんて言葉、ほとんど誰も使わないわよ。」
……っ。顔が熱くなる。
同時に、胸の奥で何かがざわついた。
他人から「おかしい」と思われる行動をしてしまった。これは大きなミスだ。
皆が皆、適切に振る舞わなければならない世界なのに。
「そんなに気にしないでいいのよ、ごめんね。ちょっとやり返したかっただけだから。
それに、そんな言葉づかいも君の素敵な個性の一つじゃない?」
……個性?違う。
不適切な言葉遣いだ。
こんな言葉がボロッと出てしまうのは、きっと昔の映画や小説を読みすぎたせいだ。
あの頃の登場人物たちは、みんな自由に、好き勝手に喋っていた。
それを真似したくなる自分が、時々怖い。
気を付けなければ。でも……彼女といると、いつもこうだ。
動揺する。
心が揺れて、普段の「適切な僕」が少しずつ崩れていく。
「君の言ってることはちょっとわからないよ。いづれにしても僕はもっと他の人達みたいに普通にならなきゃいけないんだ。」
そいうと彼女は少し悲しそうな顔をした。
「そうかな?私って変なのかな?」
「い、いや!君が変なわけじゃなくて僕が変だから直さなきゃって話だよ。確かに高木さんは他の人とコミュニケーションの取り方が違うから戸惑うこともあるけど不快感を感じたことはないよ。」
高木さんと話していると、なんだか不思議な気分になる。
まるであの古い青春映画で見たような、ぎこちなくて、でも温かい会話のシーンに自分がいるみたいで……。
声が上ずったり、普段絶対にしない言い間違いをしたり。
後で端末のデータを見ると、心拍数がいつもより明らかに跳ね上がってる。
これが、昔読んだ小説で出てきた「胸の高鳴り」ってやつなんだろうか。 ……好き、なのかな。
高木さんのこと。
昔の映画や小説を散々見てきたからこそ、こんな反応が「恋」だって気づけたのかもしれない。
登場人物たちが、相手の前で同じように動揺したり、言葉を詰まらせたりするシーンを何度も見てきたから。
でも、すぐに頭が冷える。
感情だけで相手を選ぶなんて、リスクが高すぎる。
「そ、そうだ!明日までに仕上げなければいけないレポートがあるから、ここで失礼するよ!」
僕は出来るだけ早くその場を去りたい衝動にかられ、そう高木杏に別れを告げた。
僕の中で何かが崩れそうになる。
「そう・・またね。」
杏は少し残念そうにそう言った。
僕は足早に家路へと急いだ。
宙に舞うドローンに夕日が反射され、不気味な赤色に染まっていた。
リニアモーターカーが空中トンネルの中を一瞬で走り去っていった。
そう、ここは全てが最適化された世界なのだ。
そして僕もそうならなければいけない。
家に着くと僕はため息をついて、風呂の準備を始めた。
何とか気分を変えたかった。
湯船に浸かると、湯けむりがゆっくりと視界をぼやけさせてくれる。
胸の奥でざわつく気持ちが、少しだけ遠くに感じられた。
……少しだけ、楽になった。
と同時に視界がぼやけてきた。
湯煙のせいか、と思ったがどうも違う。
世界が歪む。
意識が遠のく。
「なんだ!これ!」
目の前が一瞬真っ白になった。
みんなのリアクション
まだリアクションはありません。最初の一歩を踏み出しましょう!
おすすめ作品を読み込み中です…
作者の他の作品
この作者の他作品はありません。
この作品と似た作品
似た傾向の作品は見つかりませんでした。
この作品を読んだ人が読んでいる作品
読者の傾向からおすすめできる作品がありませんでした。
おすすめ作品は現在準備中です。
おすすめ作品の取得に失敗しました。時間をおいて再度お試しください。