◇◇◇世界を支配する魔女は◇◇◇

ー/ー





 窓の隙間から差し込む、柔らかな日差し。

 ちいさくクシャミをして、ぼうっとした目を擦った。
「んぅ……いま、なんじ……」
 のそ、と寝台から降りて、窓をあける。
 色とりどりの旗が幾重にも渡されたフェリアの街中。焼き立てのパンの香りと、通りを行き交う人達の賑わい。あたたかい春の日差しが、平和な街を、優しく包み込む。
「……。ん~……。これは、遅刻かぁ」
 のんびり頭を掻いて、サラリと茶髪の寝癖を直す。
 適当に顔を洗い、掛けてあったお気に入りの服に袖を通し、いつもの荷物を持って家を出る。

 狭い貸家の階段を降りたところで、焼き立てパンを抱えた1階に住んでる奥さんが出てきた。
「おはよう! また寝坊したんでしょ? 歩きながらパンでも齧っていきなさい」
 そういって押し付けられた紙袋いっぱいのパンは、あたたかい。
「うわっ! こんなにいっぱい、食べられないよ~」
「どうせまた夜遅くまで、帰って来ないんでしょう? 1日分の食料です。食べきれなかったら、お友達にでもわけてあげて」
「……うん、わかった。いつもありがとね、ライトさん」
「行ってらっしゃ~い!」
 馴染みのご近所さん達に声をかけられながら、パンを抱えて足早に街中を歩く。
「また遅刻かい? 転ぶなよ!」
「店が暇になったら遊びに来いよ~」
「寝癖ついてるぜ、お嬢ちゃん!」
 いつも思うんだけど、私に声をかけてくる人が多いのは、どうしてなんだろう。特別な容姿な訳じゃないし、ごく普通の、本屋さんなだけなのに。

 小さな自分の店に辿り着くと、お客さんの長い列が出来上がっていた。
「ごめんね、いまお店あけるから、ちょっと待っててね~!」
 いそいでパン袋を片手に鍵をあけ、看板を外に出す。
「店主。朝ごはんは食べて。その間の会計は、代わるから」
 一番前に並んでいたのは、いつも沢山買い込んでいく、金髪が綺麗な女性の流通商人だ。
「おはよ、ハーゼさん。じゃ、お願いしていい?」
「ええ。任せて」

 元々本が好きで、手許にあった魔女の古書を、読みやすく書き直した。それがあるとき爆発的に売れるようになって、毎日が物凄く忙しい。昨夜も遅くまで店に籠って新刊の原稿を書き続けていたから、食事は忘れがちだ。
 店頭に並んでいたお客さんの列が無くなる頃には、積んであった本の在庫が、ほとんど無くなってしまった。
「あら……。私が仕入れる分が無くなっちゃったわね」
「あ~。印刷所に行けばなんとか……って、結局ずっと手伝って貰っちゃった。他のお仕事は大丈夫なの?」
「ふふ、大丈夫よ。あなたの書いた本を流行らせるのが、私の任務だから」
 綺麗な笑顔を浮かべるこの商人に指示を出しているのは、いったい、どこの誰なんだろう?
 僅かな在庫を全部買占めていったハーゼを見送って、すっかり冷えたお茶を飲んで一息つく。
 ……店先の看板に、完売って書かなきゃ。
 散乱した机の上から看板用のペンを探し出して、開けっ放しの店の扉に向かう。
 ちょうど、店の前で、誰かが立ち止まったみたいだった。
「あ、今日は完売で――」
 
「……元気に、やっているみたいだな」
 低く、優しい声。
 背に双剣を携えた立ち姿が、春の逆光をうけ、店先に影を落とす。
「……っ!」
 おもわず、突進する。
 ドッと体当たりするように飛びついたのに、彼はしっかりと、私を抱き留めてくれた。
「おかえりなさい! おとうさん!!」
「ただいま。……長く空けてごめんな。次の旅は、一緒に行こうか」
 彼は私を軽々と抱き上げて、おもいっきり、優しい笑顔をうかべる。
「本当? じゃあ、ずっと一緒だね!」
「ああ。ずっと、一緒だ。……愛してるよ。イオエル」

 

 
完結



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 窓の隙間から差し込む、柔らかな日差し。
 ちいさくクシャミをして、ぼうっとした目を擦った。
「んぅ……いま、なんじ……」
 のそ、と寝台から降りて、窓をあける。
 色とりどりの旗が幾重にも渡されたフェリアの街中。焼き立てのパンの香りと、通りを行き交う人達の賑わい。あたたかい春の日差しが、平和な街を、優しく包み込む。
「……。ん~……。これは、遅刻かぁ」
 のんびり頭を掻いて、サラリと茶髪の寝癖を直す。
 適当に顔を洗い、掛けてあったお気に入りの服に袖を通し、いつもの荷物を持って家を出る。
 狭い貸家の階段を降りたところで、焼き立てパンを抱えた1階に住んでる奥さんが出てきた。
「おはよう! また寝坊したんでしょ? 歩きながらパンでも齧っていきなさい」
 そういって押し付けられた紙袋いっぱいのパンは、あたたかい。
「うわっ! こんなにいっぱい、食べられないよ~」
「どうせまた夜遅くまで、帰って来ないんでしょう? 1日分の食料です。食べきれなかったら、お友達にでもわけてあげて」
「……うん、わかった。いつもありがとね、ライトさん」
「行ってらっしゃ~い!」
 馴染みのご近所さん達に声をかけられながら、パンを抱えて足早に街中を歩く。
「また遅刻かい? 転ぶなよ!」
「店が暇になったら遊びに来いよ~」
「寝癖ついてるぜ、お嬢ちゃん!」
 いつも思うんだけど、私に声をかけてくる人が多いのは、どうしてなんだろう。特別な容姿な訳じゃないし、ごく普通の、本屋さんなだけなのに。
 小さな自分の店に辿り着くと、お客さんの長い列が出来上がっていた。
「ごめんね、いまお店あけるから、ちょっと待っててね~!」
 いそいでパン袋を片手に鍵をあけ、看板を外に出す。
「店主。朝ごはんは食べて。その間の会計は、代わるから」
 一番前に並んでいたのは、いつも沢山買い込んでいく、金髪が綺麗な女性の流通商人だ。
「おはよ、ハーゼさん。じゃ、お願いしていい?」
「ええ。任せて」
 元々本が好きで、手許にあった魔女の古書を、読みやすく書き直した。それがあるとき爆発的に売れるようになって、毎日が物凄く忙しい。昨夜も遅くまで店に籠って新刊の原稿を書き続けていたから、食事は忘れがちだ。
 店頭に並んでいたお客さんの列が無くなる頃には、積んであった本の在庫が、ほとんど無くなってしまった。
「あら……。私が仕入れる分が無くなっちゃったわね」
「あ~。印刷所に行けばなんとか……って、結局ずっと手伝って貰っちゃった。他のお仕事は大丈夫なの?」
「ふふ、大丈夫よ。あなたの書いた本を流行らせるのが、私の任務だから」
 綺麗な笑顔を浮かべるこの商人に指示を出しているのは、いったい、どこの誰なんだろう?
 僅かな在庫を全部買占めていったハーゼを見送って、すっかり冷えたお茶を飲んで一息つく。
 ……店先の看板に、完売って書かなきゃ。
 散乱した机の上から看板用のペンを探し出して、開けっ放しの店の扉に向かう。
 ちょうど、店の前で、誰かが立ち止まったみたいだった。
「あ、今日は完売で――」
「……元気に、やっているみたいだな」
 低く、優しい声。
 背に双剣を携えた立ち姿が、春の逆光をうけ、店先に影を落とす。
「……っ!」
 おもわず、突進する。
 ドッと体当たりするように飛びついたのに、彼はしっかりと、私を抱き留めてくれた。
「おかえりなさい! おとうさん!!」
「ただいま。……長く空けてごめんな。次の旅は、一緒に行こうか」
 彼は私を軽々と抱き上げて、おもいっきり、優しい笑顔をうかべる。
「本当? じゃあ、ずっと一緒だね!」
「ああ。ずっと、一緒だ。……愛してるよ。イオエル」
完結