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エピローグ

ー/ー






 城下町にある商業エリアの一角。
 数週間前、巨大な機人による災害の影響で街並みは酷い有様だったが、以前とはうって変わり市民たちは存外明るい顔をしていた。
 変わらず店を続ける者もいれば、壊れた建物を修繕する者、そこには階級関係なく国の復興という共通目的のもと生きている。
 〝ピエロ〟の集団が資材を運び歩く奇妙な光景に目をつぶれば、悪くない光景だ。
 ファナリス騎士団の青札であるシンが、ファナリス団長に恐る恐る聞いた。

「本当にいいんですか? 彼ら元はテロリストでしょう」
「スカルデュラ家の『治療』は必要だった。そもそも、エリザヴェーテ王女の復活を見抜けなかったのは我々だ」

 指揮を執りながら、水着パーカーの女と燕尾服の男が資材運びの数で言い争っている姿を遠目に苦笑いをしている。

「あの騒動がなくとも、ひと月もあれば魔獣は表に出てきていた。技術班の解析から巧妙に隠れていたのだから、気づきようがなかったさ」
「レイヴン団長、何も知らない貴族連中を説き伏せるのに苦労してましたよ。『スカルデュラ家の首を落とせ』ってすごかったんですから」
「そこはあまり心配していなかったな。あいつは一人でなんでもできるやつだから」
「有り体に言えば『奉仕作業』ですからね。復興が終わるまでとなると、一生をかけて償うようなものでしょうが」

 渦中(かちゅう)のアルニスタは盲であるものの、デバイスをうまく使うことで以前より強固な施設再建となるよう貢献していた。
 そればかりか、身障者用の生活に劣っていた国の実情を見てきたせいか、一部をデバイスによるバリアフリー住宅に改変する働きぶりだった。人一倍負荷のかかる立場のため決して軽い刑ではなかったが、意外と彼には合っているのかもしれない。
 変わったことと言えばもう一つ。

「おいテメエ。次来たら潰すって言ったよな」

 花売り小屋の前で大声を撒き散らす大男を中心に人だかりが出来ていた。
 ツナギを着た坊主頭の大男と、人相の悪い男。
 そして、桃髪を後ろで一つに結った小さな女の子の店長。
 大男――ミゲルが、人相の悪い男の胸ぐらを掴んで睨みつけていた。
 どうやら相手はフランジェリエッタの生花店にケチをつけたかったようで、それをミゲルに止められたらしい。

「いや、そもそもあんたもこの花屋が目障りだって言ってただろ」
「国の英雄の店――いや、娘の恩人がいた店だ。誰がなんと言おうと手ェ出す奴ァ許さねえ」

 ミゲルはガタイがいいだけに、眉根を寄せるだけでもちょっと怖いとフランジェリエッタは思っている。

「なんなんだよ」

 男は怖気づいて逃げた。
 それを見ていた周りの婦人たちが口元を隠して小声で話している。

「最近ミゲルさん変わったと思わない?」
「そうね。まあ別に私はあの子のお花嫌いじゃないし、平和にしてくれるなら全然いいんだけど」
「そうそう。私ここのお花好きなのよ。こっそり買いに来てたけれど、もう人目を気にしなくて良さそうね」

 婦人たちの誰かが言った。
 今となっては機人症に怯える必要ないのだから、と。
 目覚めた魔獣が今度こそ封印され、この地域の人々に寄生したマシーナウイルスも支配下から解放された。
 つまり、精神的負荷による悪性化が止まったのである。
 結局は病と呼ばれながら、その実古代の魔獣によって代々蝕まれていた呪いだったのかもしれない。
 婦人の一人が思い出したように口を開いた。

「そういえばあの子は?」
「あの子?」
「ほら、ミゲルさんとよく睨み合ってた子よ」

 彼女はコウモリスカートが特徴的な、紫陽花色の髪をした女の子を思い浮かべて言った。

「レニカ先輩ならもう来ませんよ」

 婦人たちを見上げるようにして、背の低い店長がいつのまにかすぐ傍にいたのだ。
 ぎょっとして三人ともフランジェリエッタを見る。
 笑ってはいるが、どこか切なげな目をしていた。



     ****



 夜行列車の一室で揺られるコウモリスカートが、頬杖をついて窓の外を眺めている。
 リーレニカは景色が後ろへ流れていく様子をぼんやりと眺めながら気が晴れないでいた。

「大丈夫かしら」
『なんだ、まだ気にしてたのか』

 蝶の耳飾りからソンツォの声がする。

『別れは済ませたんだろ?』
「まさか。堂々とできるわけないじゃない。さすがにあの国にずっといるわけにはいかないもの」

 騎士団が管理する病室で数日(とこ)に伏していたが、デバイスの力で人間離れした回復力を持っているリーレニカは、最低限の荷物を持って国を飛び出したのだ。
 諜報員にあるまじき大立ち回りをしてしまったのだから仕方がない。
 本当は挨拶をしたい人がたくさんいたが、色々な気持ちを呑み込んで決めたことだ。

「きっとあの子には伝わっていると思います」

 ただ、どうしてもなにか伝えたかったため、フランジェリエッタには一言だけ手紙を残した。
 何も言わずにあなたの元から離れることを許して下さい。とだけ。
 帰る約束はできない。
 思い出すと目頭が熱くなるのを感じ、平静を保つために相棒へ話しかけてみた。

Amaryllis(アマリリス)
『なんじゃ』
『〝あの人〟はどう?』
『深いところで眠っとるようじゃ。意識が()交|()ぜになっててようわからん』
『そう』

 あの世界で魔獣を封印したロウエンは、蝶の耳飾りの中で眠っているのだという。
 Amaryllis(アマリリス)が嘘をついているようには見えない。
 ロウエンが耳飾りの中で眠っていたことすらいままで気づかなかったのだから、相棒が言うのであればそうなのだろう。

『安心せい。なにも死んだとは言っとらんじゃろうが』
『ううん分かってる。ありがとう』

 そういうとAmaryllis(アマリリス)はどこかくすぐったそうに鼻を鳴らした気がした。
 ふと車掌が近づいてくる気配がして、懐に隠したスペツナズ・ナイフが見えていないことを確認する。
 ――と。

「……あ」

 懐に忍ばせた手に何かが引っかかった。
 車掌が通り過ぎたのを確認し引っ張ると、()()()()()()が出てきた。
 通信がソンツォに切り替わり、興味深そうに聞いてくる。

『それは?』
「あの子……気づいてたんだ」
『ああん?』
「なんでもない」

 きっとリーレニカが寝ている初日、小さな店長はこっそりリーレニカの懐にこれを忍ばせたのだろう。
 自身の首へ蝶結びに巻くと同時に、目的地に着いた列車が停車した。
 窓の外にトレンチコートを着た怪しげな男が見える。
 人混みに身を任せて列車を降りると、男は早足になり物陰に消えた。

『次の目標(ターゲット)は違法デバイスを流す武器商人の捕縛だ』
『本人ではなさそうですが、仲介人らしき男がいました』
目標(ターゲット)に繋がってるかもしれない。捕まえろ』
『了解――』

 ふと、人混みから抜けて足を止めた。

『どうした。見失うぞ』
「…………」

 目を閉じる。
 意識下で〈同期〉を起動すると、水泡の弾ける音がして――白銀の世界が広がった。
 やはり。
 機人の反応がある。
 かなり遠いが、民家に近づいているようだ。

『すみません、少々寄り道します』
『はあ!? お前今までそんな事しなかっただろ!』
『ソンツォなら追跡ルートくらい更新できるでしょう?』
『何言って――』

 無理やり通信を切ると、廃墟の影まで移動し、相棒に意識を向けた。

Amaryllis(アマリリス)
『お主、前は淡白な奴じゃったが、面倒な奴になったな』
『あなたに似たのかもね』

 適当な軽口を返すと、民家と機人の反応がある方角へ視線を向けた。
 直後、月光に花畑が咲き広がる。

「〝(バタフ)(ライガ)(ーデン)〟」



   (了)


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 城下町にある商業エリアの一角。
 数週間前、巨大な機人による災害の影響で街並みは酷い有様だったが、以前とはうって変わり市民たちは存外明るい顔をしていた。
 変わらず店を続ける者もいれば、壊れた建物を修繕する者、そこには階級関係なく国の復興という共通目的のもと生きている。
 〝ピエロ〟の集団が資材を運び歩く奇妙な光景に目をつぶれば、悪くない光景だ。
 ファナリス騎士団の青札であるシンが、ファナリス団長に恐る恐る聞いた。
「本当にいいんですか? 彼ら元はテロリストでしょう」
「スカルデュラ家の『治療』は必要だった。そもそも、エリザヴェーテ王女の復活を見抜けなかったのは我々だ」
 指揮を執りながら、水着パーカーの女と燕尾服の男が資材運びの数で言い争っている姿を遠目に苦笑いをしている。
「あの騒動がなくとも、ひと月もあれば魔獣は表に出てきていた。技術班の解析から巧妙に隠れていたのだから、気づきようがなかったさ」
「レイヴン団長、何も知らない貴族連中を説き伏せるのに苦労してましたよ。『スカルデュラ家の首を落とせ』ってすごかったんですから」
「そこはあまり心配していなかったな。あいつは一人でなんでもできるやつだから」
「有り体に言えば『奉仕作業』ですからね。復興が終わるまでとなると、一生をかけて償うようなものでしょうが」
 |渦中《かちゅう》のアルニスタは盲であるものの、デバイスをうまく使うことで以前より強固な施設再建となるよう貢献していた。
 そればかりか、身障者用の生活に劣っていた国の実情を見てきたせいか、一部をデバイスによるバリアフリー住宅に改変する働きぶりだった。人一倍負荷のかかる立場のため決して軽い刑ではなかったが、意外と彼には合っているのかもしれない。
 変わったことと言えばもう一つ。
「おいテメエ。次来たら潰すって言ったよな」
 花売り小屋の前で大声を撒き散らす大男を中心に人だかりが出来ていた。
 ツナギを着た坊主頭の大男と、人相の悪い男。
 そして、桃髪を後ろで一つに結った小さな女の子の店長。
 大男――ミゲルが、人相の悪い男の胸ぐらを掴んで睨みつけていた。
 どうやら相手はフランジェリエッタの生花店にケチをつけたかったようで、それをミゲルに止められたらしい。
「いや、そもそもあんたもこの花屋が目障りだって言ってただろ」
「国の英雄の店――いや、娘の恩人がいた店だ。誰がなんと言おうと手ェ出す奴ァ許さねえ」
 ミゲルはガタイがいいだけに、眉根を寄せるだけでもちょっと怖いとフランジェリエッタは思っている。
「なんなんだよ」
 男は怖気づいて逃げた。
 それを見ていた周りの婦人たちが口元を隠して小声で話している。
「最近ミゲルさん変わったと思わない?」
「そうね。まあ別に私はあの子のお花嫌いじゃないし、平和にしてくれるなら全然いいんだけど」
「そうそう。私ここのお花好きなのよ。こっそり買いに来てたけれど、もう人目を気にしなくて良さそうね」
 婦人たちの誰かが言った。
 今となっては機人症に怯える必要ないのだから、と。
 目覚めた魔獣が今度こそ封印され、この地域の人々に寄生したマシーナウイルスも支配下から解放された。
 つまり、精神的負荷による悪性化が止まったのである。
 結局は病と呼ばれながら、その実古代の魔獣によって代々蝕まれていた呪いだったのかもしれない。
 婦人の一人が思い出したように口を開いた。
「そういえばあの子は?」
「あの子?」
「ほら、ミゲルさんとよく睨み合ってた子よ」
 彼女はコウモリスカートが特徴的な、紫陽花色の髪をした女の子を思い浮かべて言った。
「レニカ先輩ならもう来ませんよ」
 婦人たちを見上げるようにして、背の低い店長がいつのまにかすぐ傍にいたのだ。
 ぎょっとして三人ともフランジェリエッタを見る。
 笑ってはいるが、どこか切なげな目をしていた。
     ****
 夜行列車の一室で揺られるコウモリスカートが、頬杖をついて窓の外を眺めている。
 リーレニカは景色が後ろへ流れていく様子をぼんやりと眺めながら気が晴れないでいた。
「大丈夫かしら」
『なんだ、まだ気にしてたのか』
 蝶の耳飾りからソンツォの声がする。
『別れは済ませたんだろ?』
「まさか。堂々とできるわけないじゃない。さすがにあの国にずっといるわけにはいかないもの」
 騎士団が管理する病室で数日|床《とこ》に伏していたが、デバイスの力で人間離れした回復力を持っているリーレニカは、最低限の荷物を持って国を飛び出したのだ。
 諜報員にあるまじき大立ち回りをしてしまったのだから仕方がない。
 本当は挨拶をしたい人がたくさんいたが、色々な気持ちを呑み込んで決めたことだ。
「きっとあの子には伝わっていると思います」
 ただ、どうしてもなにか伝えたかったため、フランジェリエッタには一言だけ手紙を残した。
 何も言わずにあなたの元から離れることを許して下さい。とだけ。
 帰る約束はできない。
 思い出すと目頭が熱くなるのを感じ、平静を保つために相棒へ話しかけてみた。
『|Amaryllis《アマリリス》』
『なんじゃ』
『〝あの人〟はどう?』
『深いところで眠っとるようじゃ。意識が|綯《な》い|交|《ま》ぜになっててようわからん』
『そう』
 あの世界で魔獣を封印したロウエンは、蝶の耳飾りの中で眠っているのだという。
 |Amaryllis《アマリリス》が嘘をついているようには見えない。
 ロウエンが耳飾りの中で眠っていたことすらいままで気づかなかったのだから、相棒が言うのであればそうなのだろう。
『安心せい。なにも死んだとは言っとらんじゃろうが』
『ううん分かってる。ありがとう』
 そういうと|Amaryllis《アマリリス》はどこかくすぐったそうに鼻を鳴らした気がした。
 ふと車掌が近づいてくる気配がして、懐に隠したスペツナズ・ナイフが見えていないことを確認する。
 ――と。
「……あ」
 懐に忍ばせた手に何かが引っかかった。
 車掌が通り過ぎたのを確認し引っ張ると、|桃《・》|色《・》|の《・》|リ《・》|ボ《・》|ン《・》が出てきた。
 通信がソンツォに切り替わり、興味深そうに聞いてくる。
『それは?』
「あの子……気づいてたんだ」
『ああん?』
「なんでもない」
 きっとリーレニカが寝ている初日、小さな店長はこっそりリーレニカの懐にこれを忍ばせたのだろう。
 自身の首へ蝶結びに巻くと同時に、目的地に着いた列車が停車した。
 窓の外にトレンチコートを着た怪しげな男が見える。
 人混みに身を任せて列車を降りると、男は早足になり物陰に消えた。
『次の|目標《ターゲット》は違法デバイスを流す武器商人の捕縛だ』
『本人ではなさそうですが、仲介人らしき男がいました』
『|目標《ターゲット》に繋がってるかもしれない。捕まえろ』
『了解――』
 ふと、人混みから抜けて足を止めた。
『どうした。見失うぞ』
「…………」
 目を閉じる。
 意識下で〈同期〉を起動すると、水泡の弾ける音がして――白銀の世界が広がった。
 やはり。
 機人の反応がある。
 かなり遠いが、民家に近づいているようだ。
『すみません、少々寄り道します』
『はあ!? お前今までそんな事しなかっただろ!』
『ソンツォなら追跡ルートくらい更新できるでしょう?』
『何言って――』
 無理やり通信を切ると、廃墟の影まで移動し、相棒に意識を向けた。
『|Amaryllis《アマリリス》』
『お主、前は淡白な奴じゃったが、面倒な奴になったな』
『あなたに似たのかもね』
 適当な軽口を返すと、民家と機人の反応がある方角へ視線を向けた。
 直後、月光に花畑が咲き広がる。
「〝|蝶《バタフ》|庭《ライガ》|園《ーデン》〟」
   (了)