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その3:優しい言葉

ー/ー



(いっそのこと、マユちゃんが食事に興味がなくて、食べるものの種類が極端に少ないことも言ってやればよかったか……)

 思い返しながら絢子は考える。
 マユちゃんが先斗町(ぽんとちょう)の店に行きたいと言ったのはきっと、そこで口に出来る美食への憧れではなく、簡単に出入りできないような場所に行く、ということへの憧れなのだろう。
 何度か懇親目的で業務事務課と他部署を交えた飲み会を開いたことはあったが、マユちゃんは楽しそうに出席するもののあまり料理に手を付けない。もともと小食でもあるようだが、彼女は食べることに興味がないうえに、好む味が極端なのだ。
 絢子にしてみれば食事は日々を豊かにしてくれるささやかなイベントだが、マユちゃんにとってはエネルギー摂取のための作業なのだろう。だから好みでない味のものまで積極的に食べる気が起きず、新たな味との出逢いにも興味はないらしい。
 そんな食生活で体は大丈夫なのかと、お節介なことを思ったりもしたが、最近は便利なサプリメントや栄養補助食品も充実しているから、特に問題はない様子だ。
 そういった事情を知れば、海堂が今後マユちゃんを食事に誘う可能性はなくなってくるだろう。今日のように乗り気じゃないのに誘われたマユちゃんに助けを求められることがなくなるなら、絢子としてもありがたい。
 けれど、さすがに個人の趣向を勝手に伝えるのは行き過ぎているようにも思う。
 やはり今日のところは、お誘いのお断りだけで十分だっただはずだ。
 その流れで女性を連れていく習慣に対する異議申し立てまでしたのは蛇足だったかもしれないが。
 気が付くとまた、仕事のことを思い出して一人、モヤモヤしている自分に気づく。

(あー、だから、仕事が終わったら考えないって決めてんだから!)

 考えまいとすればするほど考えてしまうものだ。
 だから、本当に考えたくないのであれば、「考えるな」と思うよりも、違うものに目を向けるべきなのだ。
 わかってはいるが、なかなか思考の方向性を変えるのは難しいようだ。
 くだらない回想に振り回されている自分を吐き出すつもりで、絢子は大きく息を吐いた。
 はた目にはため息にも見えたかもしれない。
 ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、自分の内側に溜まった何かを思い切り吐き出せば胸が軽くなるように思うのは自分だけだろうか?
 気を取り直して、目の前の料理とお酒を楽しもうとしたところで焼鳥盛り合わせが届いた。

「熱いのでお気を付けください。あ、次のご注文お伺いしておきましょうか?」
「じゃぁ……初日の出を」
「かしこまりました」

 絢子のグラスが空きそうになっているのを見て、涼花(りょうか)ちゃんが声をかけてくれた。
 気が付く店員でいい子だなと、絢子が感心しているうちに、新しいグラスに注がれた羽田酒造の初日の出が差し出される。
 涼花ちゃんは店員として、御厨の役に立っているし、お客さんも喜ばせている。ユキちゃんやミサコちゃんは後輩として海堂の役に立つ仕事もしているだろう。そしてマユちゃんも……海堂が接待の同席にと声をかけていたわけだから、即戦力ではなくとも今後自分にとって役立つ存在になるであろうと目星をつけたのだろう。
 私はいつまでたっても使えない駒なのだ。
 その事実に再び心を痛め絢子は無意識に大きなため息をついていた。

「疲れてはるんですか?」

 ため息を聞いてか、調理の手に余裕ができたらしい御厨(みくり)が声をかける。

「あー……ちょっと、ね。今日、嫌なことがあったっていうか、まぁ、大したことじゃないんだけど、過ぎたことをアレコレ考えるのが私の悪い癖」

 答えながら絢子はまだ手を付けていなかった焼鳥を手にすると、口に入れる分だけ串から取り外して香ばしく焼きあがった鶏肉を味わう。
 よく飲み会の席などで気を利かせてか、テーブルに届いた焼鳥をその場ですべて串から外して分けやすくしてくれる人がいるが、焼鳥は串から外してしまうと冷めやすくなり、穴から旨味も逃げてしまうらしい。外してすぐに食べるのならば、分けやすくてよいのだが、飲み会の場となるとそうとも限らない。
 せっかくの料理をおいしいうちに、美味しい方法で食べないのはもったいないことだと思う絢子は、その話を聞いて以来、一口分ずつ外して食べるようにしている。

(でも、みんなが取りやすいように、分けやすいように串から取り外してくれる子の方が、気遣いが出来て喜ばれるんだろうな……)

 とはいえ、今は飲み会の席ではなく、自分のペースで好きなように飲み食いできる一人飲みの時間なのだ。
 焼鳥と言えば味付けは塩かタレかと選ぶようになっていることが多いが、はなり亭の焼鳥は基本的にすべて特製タレの味付けだ。注文を受けてから御厨が串を焼く。程よく火が通り、炭火の香ばしさに絡まるタレの味付けが絶妙で、定期的に食べたくなってしまう味なのだ。
 美味しいものを口にしている時、ささやかな幸福感が自分の中に溜まる暗い気分を振り払ってくれるように思うから、絢子は美味しいものを食べることが好きだ。
 そして、そういう場を提供してくれているはなり亭という場所も。

「ぼくなんか、嫌なことあってもすぐ忘れるさかい、おんなし失敗繰り返してます。重森さんは真面目なんですよ」

 何度か店に来ていることもあって、御厨は絢子の名前を覚えてくれている。
 といっても、呼ばれ方は「重森さん」だ。シゲさん・重森さんと、マユちゃん・涼花ちゃん、だったら、果たしてどちらが親しげだろう?
 打ち解け合っている印象を受けるだろう?
 おそらく後者だ。
 しかし、だからといって職場で海堂に「アヤちゃん」と呼ばれたいかといえば、答えは否だ。おそらく「馴れ馴れしいです」とバッサリ切り捨てるだろう。
 また、御厨にこの場で「アヤちゃん」だとか「絢子さん」だとか呼ばれようものなら、気恥ずかしさから帰りたくなってしまうかもしれない。
 そう考えるとこれが適切な呼び方であることは理解できる。

「真面目……か。真面目だから、近寄りがたい雰囲気を出しちゃうんですかね」

 半ば独り言のように絢子はつぶやく。
 真面目という性質は果たして良いことなのか、時々わからなくなってしまう。
 確かに仕事において真面目な姿勢というのは好ましい。真面目は誠実さやひた向きさにも繋がりやすく、一緒に仕事をする相手なら、不真面目な者より真面目な者の方がいいだろう。
 けれど真面目は時折、堅苦しさや頑固さを生み、機転の利かない石頭という評価にもなりかねない。
 そしてそのどちらであっても、真面目な者は気さくに付き合える雰囲気とは真逆のものを持っているように感じられる。

「近寄りがたいて言うか……初めて重森さんに話しかけた時、ぼくはちょっと緊張しましたね」

 調理の手が空いたときはどのお客に対しても気さくに話しかけてくれる御厨でさえ、絢子は気を使わせてしまうような硬質な気配をまとっているのかと、落胆する。
 やはりもっと柔らかで親しみやすい雰囲気を出して、下の名前で呼ばれても寛容に受け止められる大人にならないと、好意的に思える相手との関係を育むこともままならない。
 自分で自分の可能性を狭めているのだなと痛感する。

「だって重森さん、キレイやし。キレイな人が一人でふらっと飲みに入って来はったら、どうやって話しかけたらいいんか、気いつかいます」
「え……?」

 これはお世辞なのだろうか。
 おそらく……お世辞なのだろう。
 絢子はそう解釈する。
 解釈するが、言われ慣れない言葉に動揺する自分がいる。
 御厨の表情を見ると、特段照れた様子もなく、いつものようににこやかだ。
 きっと、こんな優しい言葉をいつも誰かに与えているのだろう。

「テーブル一番さん、玉子かけごはんと鶏だし茶漬けのオーダーいただきました!」
「ありがとうございます!」

 テーブル席の注文を取っていた涼花の声に御厨が続き、絢子との会話はそこで途切れた。
 そのあと予約の団体客も入りはじめ、調理場の御厨は料理の支度に追われだしたので、その日はそれ以上、落ち着いて会話をすることはなかった。
 しかし手元に残る料理をじっくり味わい、お酒の追加注文を入れながら絢子は夜のひと時を楽しむ。
 不思議と先ほどまでとらわれていた昼間の出来事に端を発する不機嫌な自分は消え、この時間をゆっくり堪能することができた。



「ありがとうございました。足元の段差、気を付けてくださいね」

 一通り頼んだものを食べ終えた絢子は会計を済ませ、店員の涼花ちゃんに見送られる形ではなり亭をあとにする。
 席を立つ時に一瞬、御厨と目が合ったので、入った時と同じように会釈した。まだ調理が立て込んでいるらしい。

「こっちこそありがとう。御厨さんにも伝えておいてね」
「はい、またお待ちしてますね」

 今日飲んだのは日本酒を二合程度。
 絢子からすればまだまだこれからが本番というところだが、程よく満腹になってきたこともあり、やめておくことにした。
 自宅から近いこの店ならば、いつでも来られるのだ。
 それにヤケ酒は体にもよくない。
 そもそも、御厨が作ってくれる温かで優しい料理は、そんなすさんだ気持ちで食べるものではない。

(帰ったらお風呂に入って、洗い物片づけて……早めに寝よう)

 朝が来ればまた、職場の出来事と向き合う日常が待っている。
 けれど今は仕事から解放された時間。
 はなり亭での幸せなひと時を胸に、自分と向き合い、自分を癒す時間なのだ。


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(いっそのこと、マユちゃんが食事に興味がなくて、食べるものの種類が極端に少ないことも言ってやればよかったか……)
 思い返しながら絢子は考える。
 マユちゃんが|先斗町《ぽんとちょう》の店に行きたいと言ったのはきっと、そこで口に出来る美食への憧れではなく、簡単に出入りできないような場所に行く、ということへの憧れなのだろう。
 何度か懇親目的で業務事務課と他部署を交えた飲み会を開いたことはあったが、マユちゃんは楽しそうに出席するもののあまり料理に手を付けない。もともと小食でもあるようだが、彼女は食べることに興味がないうえに、好む味が極端なのだ。
 絢子にしてみれば食事は日々を豊かにしてくれるささやかなイベントだが、マユちゃんにとってはエネルギー摂取のための作業なのだろう。だから好みでない味のものまで積極的に食べる気が起きず、新たな味との出逢いにも興味はないらしい。
 そんな食生活で体は大丈夫なのかと、お節介なことを思ったりもしたが、最近は便利なサプリメントや栄養補助食品も充実しているから、特に問題はない様子だ。
 そういった事情を知れば、海堂が今後マユちゃんを食事に誘う可能性はなくなってくるだろう。今日のように乗り気じゃないのに誘われたマユちゃんに助けを求められることがなくなるなら、絢子としてもありがたい。
 けれど、さすがに個人の趣向を勝手に伝えるのは行き過ぎているようにも思う。
 やはり今日のところは、お誘いのお断りだけで十分だっただはずだ。
 その流れで女性を連れていく習慣に対する異議申し立てまでしたのは蛇足だったかもしれないが。
 気が付くとまた、仕事のことを思い出して一人、モヤモヤしている自分に気づく。
(あー、だから、仕事が終わったら考えないって決めてんだから!)
 考えまいとすればするほど考えてしまうものだ。
 だから、本当に考えたくないのであれば、「考えるな」と思うよりも、違うものに目を向けるべきなのだ。
 わかってはいるが、なかなか思考の方向性を変えるのは難しいようだ。
 くだらない回想に振り回されている自分を吐き出すつもりで、絢子は大きく息を吐いた。
 はた目にはため息にも見えたかもしれない。
 ため息をつくと幸せが逃げるというけれど、自分の内側に溜まった何かを思い切り吐き出せば胸が軽くなるように思うのは自分だけだろうか?
 気を取り直して、目の前の料理とお酒を楽しもうとしたところで焼鳥盛り合わせが届いた。
「熱いのでお気を付けください。あ、次のご注文お伺いしておきましょうか?」
「じゃぁ……初日の出を」
「かしこまりました」
 絢子のグラスが空きそうになっているのを見て、|涼花《りょうか》ちゃんが声をかけてくれた。
 気が付く店員でいい子だなと、絢子が感心しているうちに、新しいグラスに注がれた羽田酒造の初日の出が差し出される。
 涼花ちゃんは店員として、御厨の役に立っているし、お客さんも喜ばせている。ユキちゃんやミサコちゃんは後輩として海堂の役に立つ仕事もしているだろう。そしてマユちゃんも……海堂が接待の同席にと声をかけていたわけだから、即戦力ではなくとも今後自分にとって役立つ存在になるであろうと目星をつけたのだろう。
 私はいつまでたっても使えない駒なのだ。
 その事実に再び心を痛め絢子は無意識に大きなため息をついていた。
「疲れてはるんですか?」
 ため息を聞いてか、調理の手に余裕ができたらしい|御厨《みくり》が声をかける。
「あー……ちょっと、ね。今日、嫌なことがあったっていうか、まぁ、大したことじゃないんだけど、過ぎたことをアレコレ考えるのが私の悪い癖」
 答えながら絢子はまだ手を付けていなかった焼鳥を手にすると、口に入れる分だけ串から取り外して香ばしく焼きあがった鶏肉を味わう。
 よく飲み会の席などで気を利かせてか、テーブルに届いた焼鳥をその場ですべて串から外して分けやすくしてくれる人がいるが、焼鳥は串から外してしまうと冷めやすくなり、穴から旨味も逃げてしまうらしい。外してすぐに食べるのならば、分けやすくてよいのだが、飲み会の場となるとそうとも限らない。
 せっかくの料理をおいしいうちに、美味しい方法で食べないのはもったいないことだと思う絢子は、その話を聞いて以来、一口分ずつ外して食べるようにしている。
(でも、みんなが取りやすいように、分けやすいように串から取り外してくれる子の方が、気遣いが出来て喜ばれるんだろうな……)
 とはいえ、今は飲み会の席ではなく、自分のペースで好きなように飲み食いできる一人飲みの時間なのだ。
 焼鳥と言えば味付けは塩かタレかと選ぶようになっていることが多いが、はなり亭の焼鳥は基本的にすべて特製タレの味付けだ。注文を受けてから御厨が串を焼く。程よく火が通り、炭火の香ばしさに絡まるタレの味付けが絶妙で、定期的に食べたくなってしまう味なのだ。
 美味しいものを口にしている時、ささやかな幸福感が自分の中に溜まる暗い気分を振り払ってくれるように思うから、絢子は美味しいものを食べることが好きだ。
 そして、そういう場を提供してくれているはなり亭という場所も。
「ぼくなんか、嫌なことあってもすぐ忘れるさかい、おんなし失敗繰り返してます。重森さんは真面目なんですよ」
 何度か店に来ていることもあって、御厨は絢子の名前を覚えてくれている。
 といっても、呼ばれ方は「重森さん」だ。シゲさん・重森さんと、マユちゃん・涼花ちゃん、だったら、果たしてどちらが親しげだろう?
 打ち解け合っている印象を受けるだろう?
 おそらく後者だ。
 しかし、だからといって職場で海堂に「アヤちゃん」と呼ばれたいかといえば、答えは否だ。おそらく「馴れ馴れしいです」とバッサリ切り捨てるだろう。
 また、御厨にこの場で「アヤちゃん」だとか「絢子さん」だとか呼ばれようものなら、気恥ずかしさから帰りたくなってしまうかもしれない。
 そう考えるとこれが適切な呼び方であることは理解できる。
「真面目……か。真面目だから、近寄りがたい雰囲気を出しちゃうんですかね」
 半ば独り言のように絢子はつぶやく。
 真面目という性質は果たして良いことなのか、時々わからなくなってしまう。
 確かに仕事において真面目な姿勢というのは好ましい。真面目は誠実さやひた向きさにも繋がりやすく、一緒に仕事をする相手なら、不真面目な者より真面目な者の方がいいだろう。
 けれど真面目は時折、堅苦しさや頑固さを生み、機転の利かない石頭という評価にもなりかねない。
 そしてそのどちらであっても、真面目な者は気さくに付き合える雰囲気とは真逆のものを持っているように感じられる。
「近寄りがたいて言うか……初めて重森さんに話しかけた時、ぼくはちょっと緊張しましたね」
 調理の手が空いたときはどのお客に対しても気さくに話しかけてくれる御厨でさえ、絢子は気を使わせてしまうような硬質な気配をまとっているのかと、落胆する。
 やはりもっと柔らかで親しみやすい雰囲気を出して、下の名前で呼ばれても寛容に受け止められる大人にならないと、好意的に思える相手との関係を育むこともままならない。
 自分で自分の可能性を狭めているのだなと痛感する。
「だって重森さん、キレイやし。キレイな人が一人でふらっと飲みに入って来はったら、どうやって話しかけたらいいんか、気いつかいます」
「え……?」
 これはお世辞なのだろうか。
 おそらく……お世辞なのだろう。
 絢子はそう解釈する。
 解釈するが、言われ慣れない言葉に動揺する自分がいる。
 御厨の表情を見ると、特段照れた様子もなく、いつものようににこやかだ。
 きっと、こんな優しい言葉をいつも誰かに与えているのだろう。
「テーブル一番さん、玉子かけごはんと鶏だし茶漬けのオーダーいただきました!」
「ありがとうございます!」
 テーブル席の注文を取っていた涼花の声に御厨が続き、絢子との会話はそこで途切れた。
 そのあと予約の団体客も入りはじめ、調理場の御厨は料理の支度に追われだしたので、その日はそれ以上、落ち着いて会話をすることはなかった。
 しかし手元に残る料理をじっくり味わい、お酒の追加注文を入れながら絢子は夜のひと時を楽しむ。
 不思議と先ほどまでとらわれていた昼間の出来事に端を発する不機嫌な自分は消え、この時間をゆっくり堪能することができた。
「ありがとうございました。足元の段差、気を付けてくださいね」
 一通り頼んだものを食べ終えた絢子は会計を済ませ、店員の涼花ちゃんに見送られる形ではなり亭をあとにする。
 席を立つ時に一瞬、御厨と目が合ったので、入った時と同じように会釈した。まだ調理が立て込んでいるらしい。
「こっちこそありがとう。御厨さんにも伝えておいてね」
「はい、またお待ちしてますね」
 今日飲んだのは日本酒を二合程度。
 絢子からすればまだまだこれからが本番というところだが、程よく満腹になってきたこともあり、やめておくことにした。
 自宅から近いこの店ならば、いつでも来られるのだ。
 それにヤケ酒は体にもよくない。
 そもそも、御厨が作ってくれる温かで優しい料理は、そんなすさんだ気持ちで食べるものではない。
(帰ったらお風呂に入って、洗い物片づけて……早めに寝よう)
 朝が来ればまた、職場の出来事と向き合う日常が待っている。
 けれど今は仕事から解放された時間。
 はなり亭での幸せなひと時を胸に、自分と向き合い、自分を癒す時間なのだ。