最終話 魔王も勇者もいない、名もなき静かなる聖戦
ー/ー アニモーン大陸の上空を飛んでいくのは、大きな翼を持つ翼竜ワイバーンだった。人懐っこい性格なため、飼い慣らすことのできる希少な竜種。
そのワイバーンの背に乗るのは、かつて軍事国家レッドアイズにて手腕を振るい、賢者とまで言われた偉大なる男ロベリア・エリナスだった。
ロベリアにとってこの世界は黴の生えた腐敗臭を放つ醜悪なものでしかなかった。
彼の故郷もまた古いしきたりに従属しており、自分の知らない時代から続く風習に縛られることに幼少期から不快を覚えていた。
いつしか彼の思想の根幹には、新時代の理想が築き上げられていた。
ありとあらゆる古きものを掃き捨て、新たな秩序をもたらす。
新世界を構築することこそが、彼の理念だったといってもいい。
そんな彼が今、目指しているのは、聖地コロナリアと呼ばれる場所。
そこには世界樹が存在していた。
この世界の全て命が生まれ、死した全て命が帰る大樹。
古よりそう伝えられており、世界のどの国も崇拝している。
事実世界樹からは膨大なエネルギーが生まれており、人々はそれを魔力と呼び、魔法という技術を確立させた。
人類による研究では、魔力の成り立ちについては未だ不明な点も多い。
世界樹のように大地から発生したり、夜の月から降り注ぐこともある。
古い文献によれば元々全ての魔力は地中深くに埋まっており、大きな彗星によって魔力の根源は二つに分かれ、片方は空まで押し出されて月となり、もう片方は地中に残ったとも云われている。
地中に残った方の魔力の根源から世界樹が地表へと姿を現すようになり、天地の両方から魔力が世界へと発生していることになっている。
では、世界にありふれている魔力とは無尽蔵なのかという疑問については歴史上の誰もが答えられていない。
死んだ者は肉体と魂に分離され、世界樹へと還り、魔力に還元されるという説が有力だったが、それでも不明な点が多かった。
だが、ロベリア・エリナスはその謎を突きとめるにまで至った。
魔力の根源は異界から発生しているものであり、異界とこの世界を繋いでいるのが誰もが知る世界樹なのだと。
そうしてロベリアの目的は定まった。
この世界から世界樹を消し去ってしまえば魂の還る場所も失われて、この世界に魔力が供給されることもなくなる。
とどのつまり、それはロベリアにとって不快でしかなかったこの世界を破滅に導く数少ない手段とも言えた。
軍事国家レッドアイズのクーデターもまたその計画の一端。
世界に争いの火種を撒き、世界樹を消し去ることで、世界は混乱に包まれる。
国同士が争いあい、数えきれない命が失われるかもしれない。
だが、その魂が還る場所もない。
救済のない世界は本当の意味で腐敗していくだろう。
その負の連鎖によって、ロベリア・エリナスの計画が完了するのだ。
いよいよ、ロベリアを背に乗せた翼竜は聖地コロナリアの上空に差し掛かる。
遥か上空でありながらも、見下ろすまでもなく視界に収まるものがあった。
天を貫くほどの巨木、世界樹だ。
「我が怒りの業火によって消し炭になってしまえ、世界樹よ!」
ロベリアの意のままに動く翼竜は下降していき、疾風の如く、世界樹との距離を詰めながらも詠唱を開始する。
すると、空より遥か彼方にソレが召喚されてきた。
あたかも、太陽が墜落してきたと思わせるほどの極大の隕石が業炎をまといながら世界樹に目掛けて落下していく。
「――この世界の全てを焼き尽くせ、滅帝煌ッ!」
山よりもずっと雄大で荘厳な世界樹と言えど、直撃すればひとたまりもない。
そんな隕石が今、大気を揺るがしながらも激突しようとしていた――……
「――超焦熱の大海嘯」
次の瞬間、途方もなく不可思議なことが起きた。
隕石が落下しようとしている世界樹から、燃え滾る津波が巻き起こったのだ。
世界樹をへし折るほどの極大の隕石は津波に呑まれ、そのまま消失する。
後には火の粉のひとかけらすら残らない。
割れた雲の隙間から覗く蒼天より降り注ぐ日差しが世界樹を照らすだけだ。
「一体どうしたというのだ。女神の仕業か? しかし奴は世界に干渉できないはず」
思いもよらぬ出来事に、ロベリアも困惑の色を隠せない。
聖地コロナリアは、女神の加護を受ける神聖なる地とされている。
だが、女神は世界に深くは干渉することができない。
それはかつて勇者ロータスが聖剣を授かったときに知ったことだ。
つまり世界樹を守るために女神が干渉することなどありえない。
となれば、今の隕石に対抗した魔法は一体なんだというのか。
ロベリアには思い当たる者が一人だけいた。
フィテウマ・サタナムーンと同じく月の民であり魔力の管理者として一時は魔王に君臨したリコリス・ルキフェルナ。
厄災級の魔法を跳ね除ける災害級の魔法を平然と放てるとしたら彼女くらいだ。
彼女は消息を絶っており、おそらくは地中の奥底に眠っていると予想していた。
「そうか、貴様なのか、月の民よ。何処までも愚弄してくれる。……ぐっ」
翼竜の上、ロベリアが膝をつく。
さしもの賢者と称されたロベリアといえど世界樹を葬り去るほどの規模の隕石を召喚するのに代償なしとはいかなかった。
命を削り、魂を削ってようやく成しえていた。
ロベリアの執念は世界を破壊することだけに偏執しており、もはや自らの命ですらものの数にしてはいなかった。世界と心中する覚悟での、最期の魔法だったのだ。
体幹を失い、よろけて、翼竜から滑り落ちる。
頭から落下していくロベリアの視界には、真っ逆さまになった世界樹の光景。
それが眩い日の光にあてられて、黄金に輝いて見えた。
無数の枝葉には宝石が散りばめられているかのよう。
その一つ一つは、この世界に還元されていった魂の実。
肉眼で見えるはずもないが、確かにロベリアの瞳にはソレが映っていた。
一際、銀色に輝く木の実の中に、あの忌々しき令嬢フィテウマの眠る姿が。
「貴様……貴様かっ! 死してなおも、貴様は邪魔を……っ!」
憎悪を纏う呪詛のような言葉を呟きながらも、ロベリアは地上へと墜落していく。
結局、彼は何一つ成し遂げることはできなかった。
かつて彼が積み上げた賢者の名も、彼自身の凶行によって潰えるだろう。
英雄にして勇者ロータスの名が上書きし、彼の名が歴史に残ることはない。
ロベリアの体は世界樹の根っこへと消える。
その様子を一部始終伺っていたのは、世界樹の幹に立つ二人の影。
一人の青年と、エルフの少女だ。
「終わったのか?」
「……はぁ、はぁ……、わからないれしゅ……」
片方は全身から玉のような汗を垂れ流し、青ざめた顔で幹に体を預ける。
小さく萎んだようなその少女は、息も絶え絶えに目を閉じる。
「……ったく無茶しやがって。それにしても、いくら魔具の力を使っていたとはいえコイツでもあんな魔法が使えるとはな。世界樹の加護か? それとも……」
ふと、青年が世界樹を見上げると、枝葉の先に実ったソレが目についた。
おそらくは見間違いだったと思った。そこにいるはずがないからだ。
「――まさかな」
何も見なかったことにして、青年はエルフの少女の方に向き直る。
「こんなところで野垂れ死ぬなよ。これは貸しにしといてやるからな」
そう言って、青年は呆れながらも瀕死の状態のエルフの少女を背負う。
そして、地上が遥か遠くに見える世界樹の根を見下ろして、どうやってここから降りていこうかと思いを巡らせた。
世界のどんな歴史書にも残ることのない、静かなる聖戦はこうして終結した。
そのワイバーンの背に乗るのは、かつて軍事国家レッドアイズにて手腕を振るい、賢者とまで言われた偉大なる男ロベリア・エリナスだった。
ロベリアにとってこの世界は黴の生えた腐敗臭を放つ醜悪なものでしかなかった。
彼の故郷もまた古いしきたりに従属しており、自分の知らない時代から続く風習に縛られることに幼少期から不快を覚えていた。
いつしか彼の思想の根幹には、新時代の理想が築き上げられていた。
ありとあらゆる古きものを掃き捨て、新たな秩序をもたらす。
新世界を構築することこそが、彼の理念だったといってもいい。
そんな彼が今、目指しているのは、聖地コロナリアと呼ばれる場所。
そこには世界樹が存在していた。
この世界の全て命が生まれ、死した全て命が帰る大樹。
古よりそう伝えられており、世界のどの国も崇拝している。
事実世界樹からは膨大なエネルギーが生まれており、人々はそれを魔力と呼び、魔法という技術を確立させた。
人類による研究では、魔力の成り立ちについては未だ不明な点も多い。
世界樹のように大地から発生したり、夜の月から降り注ぐこともある。
古い文献によれば元々全ての魔力は地中深くに埋まっており、大きな彗星によって魔力の根源は二つに分かれ、片方は空まで押し出されて月となり、もう片方は地中に残ったとも云われている。
地中に残った方の魔力の根源から世界樹が地表へと姿を現すようになり、天地の両方から魔力が世界へと発生していることになっている。
では、世界にありふれている魔力とは無尽蔵なのかという疑問については歴史上の誰もが答えられていない。
死んだ者は肉体と魂に分離され、世界樹へと還り、魔力に還元されるという説が有力だったが、それでも不明な点が多かった。
だが、ロベリア・エリナスはその謎を突きとめるにまで至った。
魔力の根源は異界から発生しているものであり、異界とこの世界を繋いでいるのが誰もが知る世界樹なのだと。
そうしてロベリアの目的は定まった。
この世界から世界樹を消し去ってしまえば魂の還る場所も失われて、この世界に魔力が供給されることもなくなる。
とどのつまり、それはロベリアにとって不快でしかなかったこの世界を破滅に導く数少ない手段とも言えた。
軍事国家レッドアイズのクーデターもまたその計画の一端。
世界に争いの火種を撒き、世界樹を消し去ることで、世界は混乱に包まれる。
国同士が争いあい、数えきれない命が失われるかもしれない。
だが、その魂が還る場所もない。
救済のない世界は本当の意味で腐敗していくだろう。
その負の連鎖によって、ロベリア・エリナスの計画が完了するのだ。
いよいよ、ロベリアを背に乗せた翼竜は聖地コロナリアの上空に差し掛かる。
遥か上空でありながらも、見下ろすまでもなく視界に収まるものがあった。
天を貫くほどの巨木、世界樹だ。
「我が怒りの業火によって消し炭になってしまえ、世界樹よ!」
ロベリアの意のままに動く翼竜は下降していき、疾風の如く、世界樹との距離を詰めながらも詠唱を開始する。
すると、空より遥か彼方にソレが召喚されてきた。
あたかも、太陽が墜落してきたと思わせるほどの極大の隕石が業炎をまといながら世界樹に目掛けて落下していく。
「――この世界の全てを焼き尽くせ、滅帝煌ッ!」
山よりもずっと雄大で荘厳な世界樹と言えど、直撃すればひとたまりもない。
そんな隕石が今、大気を揺るがしながらも激突しようとしていた――……
「――超焦熱の大海嘯」
次の瞬間、途方もなく不可思議なことが起きた。
隕石が落下しようとしている世界樹から、燃え滾る津波が巻き起こったのだ。
世界樹をへし折るほどの極大の隕石は津波に呑まれ、そのまま消失する。
後には火の粉のひとかけらすら残らない。
割れた雲の隙間から覗く蒼天より降り注ぐ日差しが世界樹を照らすだけだ。
「一体どうしたというのだ。女神の仕業か? しかし奴は世界に干渉できないはず」
思いもよらぬ出来事に、ロベリアも困惑の色を隠せない。
聖地コロナリアは、女神の加護を受ける神聖なる地とされている。
だが、女神は世界に深くは干渉することができない。
それはかつて勇者ロータスが聖剣を授かったときに知ったことだ。
つまり世界樹を守るために女神が干渉することなどありえない。
となれば、今の隕石に対抗した魔法は一体なんだというのか。
ロベリアには思い当たる者が一人だけいた。
フィテウマ・サタナムーンと同じく月の民であり魔力の管理者として一時は魔王に君臨したリコリス・ルキフェルナ。
厄災級の魔法を跳ね除ける災害級の魔法を平然と放てるとしたら彼女くらいだ。
彼女は消息を絶っており、おそらくは地中の奥底に眠っていると予想していた。
「そうか、貴様なのか、月の民よ。何処までも愚弄してくれる。……ぐっ」
翼竜の上、ロベリアが膝をつく。
さしもの賢者と称されたロベリアといえど世界樹を葬り去るほどの規模の隕石を召喚するのに代償なしとはいかなかった。
命を削り、魂を削ってようやく成しえていた。
ロベリアの執念は世界を破壊することだけに偏執しており、もはや自らの命ですらものの数にしてはいなかった。世界と心中する覚悟での、最期の魔法だったのだ。
体幹を失い、よろけて、翼竜から滑り落ちる。
頭から落下していくロベリアの視界には、真っ逆さまになった世界樹の光景。
それが眩い日の光にあてられて、黄金に輝いて見えた。
無数の枝葉には宝石が散りばめられているかのよう。
その一つ一つは、この世界に還元されていった魂の実。
肉眼で見えるはずもないが、確かにロベリアの瞳にはソレが映っていた。
一際、銀色に輝く木の実の中に、あの忌々しき令嬢フィテウマの眠る姿が。
「貴様……貴様かっ! 死してなおも、貴様は邪魔を……っ!」
憎悪を纏う呪詛のような言葉を呟きながらも、ロベリアは地上へと墜落していく。
結局、彼は何一つ成し遂げることはできなかった。
かつて彼が積み上げた賢者の名も、彼自身の凶行によって潰えるだろう。
英雄にして勇者ロータスの名が上書きし、彼の名が歴史に残ることはない。
ロベリアの体は世界樹の根っこへと消える。
その様子を一部始終伺っていたのは、世界樹の幹に立つ二人の影。
一人の青年と、エルフの少女だ。
「終わったのか?」
「……はぁ、はぁ……、わからないれしゅ……」
片方は全身から玉のような汗を垂れ流し、青ざめた顔で幹に体を預ける。
小さく萎んだようなその少女は、息も絶え絶えに目を閉じる。
「……ったく無茶しやがって。それにしても、いくら魔具の力を使っていたとはいえコイツでもあんな魔法が使えるとはな。世界樹の加護か? それとも……」
ふと、青年が世界樹を見上げると、枝葉の先に実ったソレが目についた。
おそらくは見間違いだったと思った。そこにいるはずがないからだ。
「――まさかな」
何も見なかったことにして、青年はエルフの少女の方に向き直る。
「こんなところで野垂れ死ぬなよ。これは貸しにしといてやるからな」
そう言って、青年は呆れながらも瀕死の状態のエルフの少女を背負う。
そして、地上が遥か遠くに見える世界樹の根を見下ろして、どうやってここから降りていこうかと思いを巡らせた。
世界のどんな歴史書にも残ることのない、静かなる聖戦はこうして終結した。
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