第224話 世界樹にて

ー/ー



「あの、女神様? 言ってることがよく分からないのですが……」
 急に賢者ロベリアが世界樹(ユグドラシル)をどうにかしようという話を聞かされても、すぐには納得できるはずもない。
 そもそも彼は軍事国家レッドアイズのクーデターの際にも姿を現しておらず、未だ行方知れずのはずだった。

「あの男が聖地に向かってきておると言っておるのじゃ。世界樹(ユグドラシル)を壊すためにな」
 女神は飄々と言葉を言い換える。

「第一そんなことをオレたちに言ってどうするんだよ。世界の危機だっていうのなら自分でどうにかしてくれよ。女神なんだろ?」
 それはごもっともな意見。この場においてミモザもパエニアも通りすがりであり、賢者ロベリアをどうこうするような立場も理由もない。
 しかし、ミモザの方は何かを察したような顔をする。

「ほっほっほ。妾は女神であるからこそ、この世界に干渉できぬのじゃ。それくらい分からぬのかえ?」
 実に挑発的に言ってのける。

 今、こうして目の前にいるように見えて、すぐそばに存在しているように見えて、女神はこの泉を通してこの世界と繋がっているだけに過ぎず、実際にはそれほど多く干渉することはできない。

 もし、そんなことが最初から可能であれば、勇者ロータスをお告げで呼び出して、わざわざ聖剣を託して、魔王を討伐するように命じるはずもない。
 自ら魔王を倒した方が手っ取り早いだろう。

「私たちにロベリアさんの凶行を止めろということですか?」
「そこまでは言わぬが……このまま世界樹(ユグドラシル)が破壊されれば、そなたたちと小娘との繋がりは断たれ、この世界も星命(いのち)を失うだけのことじゃ」

 回りくどく言ってのける。まるで傍観者、他人事かのよう。
 前者のことよりも後者の方がより深刻な事態だというのに。

 女神は別に依頼をしているわけではない。
 ミモザたちの目的を知っていて、且つその目的が間もなく失われるであろうことを忠告しているだけだ。

「あんたは世界が壊れることはどうとでもないってのかよ!」
「元より、こちらの世界は星命(いのち)の多くが外へと弾き出され、不安定な状態にあった。しばらくは月の民によってその均衡を保たれてきていたが、小娘らで手に負えぬほど崩れてきておるのじゃ。惜しいとは思うが、潮時とも思っておるのう」

 女神の言う小娘らというのはあのフィテウマ・サタナムーンと、もう一人の月の民リコリス・ルキフェルナのことを指しているのだろう。
 例えフィテウマが生きていたとしても、星命(いのち)は魔力という名のエネルギー源としてこの世界の誰もが自由に使える便利なものとなっている。
 今さらそれを止めることなどできない。

 それも踏まえてのことだろうか。
 星命(いのち)を命に変換してでも生きながらえた管理者たるフィテウマを、勇者ロータスの手によって消させ、世界樹(ユグドラシル)に還元させたのは他でもない女神のはずだ。

世界樹(ユグドラシル)がなくなってしまえば妾もこの世界に干渉することは一切できなくなる。星命(いのち)を失った世界がどうなるかなど妾も知らぬ」

 女神は対岸の火事を眺めるように言う。
 それはまるで、世界の命運を、その選択肢を、こちらに委ねているかのよう。

「……世界樹(ユグドラシル)がなくなったら、フィーさんとの繋がりもなくなるんですよね」
「先ほどもそう言ったはずじゃ」

 その試すような言い回し。初めから何もかもを見透かしたかのような態度。
 女神は全てを知っているかのように笑みを浮かべる。

「分かりました。ロベリアさんは、私たちが止めます。会ったことはありませんが、コリウスくんの母国を襲撃したことは忘れていません。ここで決着をつけて、全てを終わりにします」
「そうかそうか。それは頼もしい。世界を救うために励むがよい」

 何処までも他人事のようだ。関心がないのか、それとも別な理由があるのか。

「おいおい、オレも巻き添えかよ」
「パエニアくんも、フィーさんとの繋がり、断ちたくないですよね?」
 あどけない顔でそんなことを言われるものだから、パエニアも反論できない。

「なあ、女神さんよ。せめて何かもらえないのか? 勇者に渡した聖剣とかさ」
「強欲な童じゃの。相手はたかだか人間風情。妾の力を貸すまでもなかろうて」

 何を言っているんだ、という態度で突っ返される。
 魔王と比べれば、確かにロベリアはただの人間。
 そうはいっても、賢者と呼ばれるほどの実力を持つ者には変わりない。

「パエニアくんダメですよ。女神様はそうホイホイ世界に干渉できないんですから。大丈夫。私も頑張りますから、一緒にロベリアさんを食い止めましょう!」

 この場に相いれないのは自分だけだろうか、とパエニアは疎外感を覚える。
 いきなり賢者ロベリアと対決するなんて話が急すぎる。
 それでもミモザの純粋無垢な瞳に見つめられてはやはり言い返す言葉もない。

「わ、分かったよ。だったらこんなとこでのんびり水浴びなんてしてないでとっとと世界樹(ユグドラシル)に向かうぞ」

 やれやれといった面持ちでパエニアも観念する。

「ところで女神さんよ。ロベリアの野郎はいつ襲撃するのか知ってるのか?」
「あの男はもうこの大陸に足を踏み入れておる。猶予はないだろう。急ぐといい」

 そこまで知っていてやっぱり他人事のように言い切る辺りは鼻につくが、女神業も相当疲れる仕事なのだろう。おちおち水浴びすらしていられなさそうだ。

「急げって言われても、ここから世界樹(ユグドラシル)までまだ結構あるんだけどな」

 女神の泉からはまた険しい昇りの道が続く。
 これまでの行きのペースを考えても一日以上は費やすだろう。

「まったく人の足も難儀じゃのう。ならば妾も少しだけ手を貸してやろう」

 ふと女神がそう呟いた次の瞬間、泉の周りを覆っていた白い霧がより一層濃くなりミモザとパエニアの視界も真っ白に包まれていった。

「妾の代わりに頼んだぞ」

 そう女神の声が聞こえたかと思えば、突風に煽られたが如く白い霧は散っていき、ハッと気付いた時には二人の目の前から女神の姿どころか泉すら忽然と消えており、代わりに見上げるほど巨大な樹木がすぐ近くにそびえたっていた。

「え? な、なんだ? ここ、何処だよ!?」
「どうやら世界樹(ユグドラシル)まで送り届けてくれたみたいですね」

 ものの一瞬の出来事に、あっけにとられるしかない。
 ありのままに言えば、空間魔法とか飛行魔法とかチャチなものでは断じてない。
 もっとすさまじいものの片鱗を味わった気分だった。

「何がこの世界には干渉できないだ。その気になれば何でもできるんじゃねえか?」
「パエニアくん、あまり女神様の悪口ばかり言ってるとバチが当たりますよ」

 それでもパエニアには色々と言いたいことはあったが、一先ず気を取り直す。

 改めて辺りを見回すと、地面が全て根っこであることに気付く。
 正確に言えば、根っこそのものが山になっており、それが麓まで続いているのだ。
 それを自力で登るとなると丸一日は掛かっただろう。
 下手な登山よりよっぽど恐ろしい断崖絶壁の根っこ登りを丸々すっとばせたのは、幸いだったとも言える。

「ひぇっ、上から見ると高いですね。上を見上げても高いですけど」
「なんか虫にでもなった気分だぜ……」

 その巨大な樹木は何処も視界に収まりきらない。
 根っこの先は森に埋もれて見えないし、枝の先も雲に突っ込んでて見えない。
 全ての命が還る場所というだけの存在感は確かにあった。

「あの枝の何処かにフィーの奴もいるのかな」
「ええ、きっと私たちを見守ってくれていますよ」

 空の果てまで届く、その枝葉を視線で追いながら、二人はふと呟いた。

「――だから、守らないといけませんね」


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「あの、女神様? 言ってることがよく分からないのですが……」
 急に賢者ロベリアが|世界樹《ユグドラシル》をどうにかしようという話を聞かされても、すぐには納得できるはずもない。
 そもそも彼は軍事国家レッドアイズのクーデターの際にも姿を現しておらず、未だ行方知れずのはずだった。
「あの男が聖地に向かってきておると言っておるのじゃ。|世界樹《ユグドラシル》を壊すためにな」
 女神は飄々と言葉を言い換える。
「第一そんなことをオレたちに言ってどうするんだよ。世界の危機だっていうのなら自分でどうにかしてくれよ。女神なんだろ?」
 それはごもっともな意見。この場においてミモザもパエニアも通りすがりであり、賢者ロベリアをどうこうするような立場も理由もない。
 しかし、ミモザの方は何かを察したような顔をする。
「ほっほっほ。妾は女神であるからこそ、この世界に干渉できぬのじゃ。それくらい分からぬのかえ?」
 実に挑発的に言ってのける。
 今、こうして目の前にいるように見えて、すぐそばに存在しているように見えて、女神はこの泉を通してこの世界と繋がっているだけに過ぎず、実際にはそれほど多く干渉することはできない。
 もし、そんなことが最初から可能であれば、勇者ロータスをお告げで呼び出して、わざわざ聖剣を託して、魔王を討伐するように命じるはずもない。
 自ら魔王を倒した方が手っ取り早いだろう。
「私たちにロベリアさんの凶行を止めろということですか?」
「そこまでは言わぬが……このまま|世界樹《ユグドラシル》が破壊されれば、そなたたちと小娘との繋がりは断たれ、この世界も|星命《いのち》を失うだけのことじゃ」
 回りくどく言ってのける。まるで傍観者、他人事かのよう。
 前者のことよりも後者の方がより深刻な事態だというのに。
 女神は別に依頼をしているわけではない。
 ミモザたちの目的を知っていて、且つその目的が間もなく失われるであろうことを忠告しているだけだ。
「あんたは世界が壊れることはどうとでもないってのかよ!」
「元より、こちらの世界は|星命《いのち》の多くが外へと弾き出され、不安定な状態にあった。しばらくは月の民によってその均衡を保たれてきていたが、小娘らで手に負えぬほど崩れてきておるのじゃ。惜しいとは思うが、潮時とも思っておるのう」
 女神の言う小娘らというのはあのフィテウマ・サタナムーンと、もう一人の月の民リコリス・ルキフェルナのことを指しているのだろう。
 例えフィテウマが生きていたとしても、|星命《いのち》は魔力という名のエネルギー源としてこの世界の誰もが自由に使える便利なものとなっている。
 今さらそれを止めることなどできない。
 それも踏まえてのことだろうか。
 |星命《いのち》を命に変換してでも生きながらえた管理者たるフィテウマを、勇者ロータスの手によって消させ、|世界樹《ユグドラシル》に還元させたのは他でもない女神のはずだ。
「|世界樹《ユグドラシル》がなくなってしまえば妾もこの世界に干渉することは一切できなくなる。|星命《いのち》を失った世界がどうなるかなど妾も知らぬ」
 女神は対岸の火事を眺めるように言う。
 それはまるで、世界の命運を、その選択肢を、こちらに委ねているかのよう。
「……|世界樹《ユグドラシル》がなくなったら、フィーさんとの繋がりもなくなるんですよね」
「先ほどもそう言ったはずじゃ」
 その試すような言い回し。初めから何もかもを見透かしたかのような態度。
 女神は全てを知っているかのように笑みを浮かべる。
「分かりました。ロベリアさんは、私たちが止めます。会ったことはありませんが、コリウスくんの母国を襲撃したことは忘れていません。ここで決着をつけて、全てを終わりにします」
「そうかそうか。それは頼もしい。世界を救うために励むがよい」
 何処までも他人事のようだ。関心がないのか、それとも別な理由があるのか。
「おいおい、オレも巻き添えかよ」
「パエニアくんも、フィーさんとの繋がり、断ちたくないですよね?」
 あどけない顔でそんなことを言われるものだから、パエニアも反論できない。
「なあ、女神さんよ。せめて何かもらえないのか? 勇者に渡した聖剣とかさ」
「強欲な童じゃの。相手はたかだか人間風情。妾の力を貸すまでもなかろうて」
 何を言っているんだ、という態度で突っ返される。
 魔王と比べれば、確かにロベリアはただの人間。
 そうはいっても、賢者と呼ばれるほどの実力を持つ者には変わりない。
「パエニアくんダメですよ。女神様はそうホイホイ世界に干渉できないんですから。大丈夫。私も頑張りますから、一緒にロベリアさんを食い止めましょう!」
 この場に相いれないのは自分だけだろうか、とパエニアは疎外感を覚える。
 いきなり賢者ロベリアと対決するなんて話が急すぎる。
 それでもミモザの純粋無垢な瞳に見つめられてはやはり言い返す言葉もない。
「わ、分かったよ。だったらこんなとこでのんびり水浴びなんてしてないでとっとと|世界樹《ユグドラシル》に向かうぞ」
 やれやれといった面持ちでパエニアも観念する。
「ところで女神さんよ。ロベリアの野郎はいつ襲撃するのか知ってるのか?」
「あの男はもうこの大陸に足を踏み入れておる。猶予はないだろう。急ぐといい」
 そこまで知っていてやっぱり他人事のように言い切る辺りは鼻につくが、女神業も相当疲れる仕事なのだろう。おちおち水浴びすらしていられなさそうだ。
「急げって言われても、ここから|世界樹《ユグドラシル》までまだ結構あるんだけどな」
 女神の泉からはまた険しい昇りの道が続く。
 これまでの行きのペースを考えても一日以上は費やすだろう。
「まったく人の足も難儀じゃのう。ならば妾も少しだけ手を貸してやろう」
 ふと女神がそう呟いた次の瞬間、泉の周りを覆っていた白い霧がより一層濃くなりミモザとパエニアの視界も真っ白に包まれていった。
「妾の代わりに頼んだぞ」
 そう女神の声が聞こえたかと思えば、突風に煽られたが如く白い霧は散っていき、ハッと気付いた時には二人の目の前から女神の姿どころか泉すら忽然と消えており、代わりに見上げるほど巨大な樹木がすぐ近くにそびえたっていた。
「え? な、なんだ? ここ、何処だよ!?」
「どうやら|世界樹《ユグドラシル》まで送り届けてくれたみたいですね」
 ものの一瞬の出来事に、あっけにとられるしかない。
 ありのままに言えば、空間魔法とか飛行魔法とかチャチなものでは断じてない。
 もっとすさまじいものの片鱗を味わった気分だった。
「何がこの世界には干渉できないだ。その気になれば何でもできるんじゃねえか?」
「パエニアくん、あまり女神様の悪口ばかり言ってるとバチが当たりますよ」
 それでもパエニアには色々と言いたいことはあったが、一先ず気を取り直す。
 改めて辺りを見回すと、地面が全て根っこであることに気付く。
 正確に言えば、根っこそのものが山になっており、それが麓まで続いているのだ。
 それを自力で登るとなると丸一日は掛かっただろう。
 下手な登山よりよっぽど恐ろしい断崖絶壁の根っこ登りを丸々すっとばせたのは、幸いだったとも言える。
「ひぇっ、上から見ると高いですね。上を見上げても高いですけど」
「なんか虫にでもなった気分だぜ……」
 その巨大な樹木は何処も視界に収まりきらない。
 根っこの先は森に埋もれて見えないし、枝の先も雲に突っ込んでて見えない。
 全ての命が還る場所というだけの存在感は確かにあった。
「あの枝の何処かにフィーの奴もいるのかな」
「ええ、きっと私たちを見守ってくれていますよ」
 空の果てまで届く、その枝葉を視線で追いながら、二人はふと呟いた。
「――だから、守らないといけませんね」