バッドエンド2 色褪せたこの世界で ナギ視点
ー/ー「ちょっとね。今から実家に行ってくるから、それを伝えたくて」
思えば、平日の昼間に突然実家に戻らなきゃいけないという事について俺はもっと疑問に思うべきだった。
「ん~」という、彼女の何かをごまかすあの口調には気づいていたのに。
「何があったかハッキリ言ってくれ。俺もついていく。待っていて欲しい」と言うべきだったのに。
だがもう何もかも遅すぎた。
「ありがとう。じゃあね」
それが、俺が聞いた彼女の最期の言葉だった。
その後、何度みやびに電話しても彼女が出ることはなく、バイト先にも確認したら「来ていない。こんなことは初めてだ」と店長も困惑していた。
言い知れない悪い不安を感じて、彼女の実家に駆け付けたが――変わり果てた彼女がリビングの床に横たわっていた。
すでにこときれて数時間が経過していた。
鋭利な刃物か何かに全身が切り裂かれてそこから大量に出血し、それが死亡原因だと診断書に書かれていた。
たった1枚の紙で、彼女の死亡が告げられた。
凶器は現場から見つからなかった。
その手口から過去の資産家連続殺人事件と同一であると見なされ、クロネコが関与していると推測。
そして、実家に残されていた喪服などからクロネコが彼女の母親であると見なされたが、すでに母親は忽然と姿を消し、消息を追うことが出来なかった。
彼女と母親の間に何があったのかはわからない。
確かめる術もなかった。
学校やバイト先への連絡、葬儀やアパートの引き払いなどは全て俺が行った。
冷蔵庫やエアコンなどの大型家電は3年間だけのレンタル契約で、彼女は高校生活の3年間だけ自由が許されていたのだと知った。
俺は何も聞かされてなかった。
彼女と出会って、恋に落ちて、まだ半年も経っていないが、俺は彼女の事を知らなかったんだと思い知らされた。
葬儀の最中には彼女と仲の良い友達から「どうして」と詰め寄られた。
号泣しながら「あなたが現れたからこんなことになったのじゃないか」と叫ぶようにぶつけられた言葉には反論のしようもなかった。
俺の存在が母親を刺激し、彼女をあんな目に遭わせたのだろう。
巫女に番いの託宣を依頼しなかったら、今も彼女は生きていたのだろうか。母親に束縛されながら。
そうしたら俺は彼女の顔も名前も、存在すら知らなかっただろう。それでも、彼女には生きていてほしかった。
――例え俺以外の男と恋に落ちたとしても。
あれからなにがあったのかは知らないが、加賀宮は護国機関の西古都支部への異動を申し出てすでに出ていった。
あいつにしては珍しく何か言葉を飲み込みながらも「――あいつの死は、お前のせいじゃねえ」とだけ言って去っていった。
シオンは引き続き弐番隊に残り、加賀宮に代わり隊長として指揮を執っている。やつも寮を出て、今は恋人と暮らしているようだと噂話で聞いた。
会議などの場でないともう会話もほとんどない。シオンにしても俺に対して何を話していいのかわからないようだ。
みやびと知り合って出来た縁が次第に解け、みんなばらばらになっていく。
いや、以前のように戻ったということか。
そして俺も寮を出ることにした。
引っ越し当日。寮長と寮母に最後の挨拶をする。談話室には他に数名公休の人間が居たが、俺に直接話しかけてくる人間は居なかった。気まずそうに目を逸らす人間も居る。
いつも無遠慮な寮母にしてもみやびの事は話題にも出さない。
「貴公子ちゃん、あんた本当に引っ越す気なのかい?」
「ああ。寮母、そして寮長には本当に世話になった。礼を言う」
そう言いながら頭を下げる。寮母には、突発的にみやびが訪ねてきた時には寮の規則を曲げてもらったし、寮長には料理を教わった。そのお陰で俺の料理スキルは上がった。彼らには感謝してもしきれない。
もっとも、一番食べてもらいたい人はもう居ないが。
「やっぱり考え直さないかい?あそこはあまりにも……」
「もう決めたことだ」
彼女を思うと目頭が熱くなり、耐えきれなくなり無礼だとは思ったが、彼らの話を遮って部屋に戻り引っ越し業者を待つ。
「まぁいいじゃねえか。ナギも気分転換がしたいんだろ」
ナギ去りし後、珍しく気落ちしている寮母を励ますように天方が声をかける。事の成り行きを見守っていたが、天方もまたナギに対してどう声をかけていいのかわからずにいた。
親友の初めての恋、そして突然の喪失。普段冷静なナギが1人の少女を溺愛。そのあまりの変貌ぶりに驚きつつも、彼らを応援していた。
「何が気分転換だい。……天方ちゃん、あんた引っ越し先聞いてないのかい?」
「あれ以来……ナギとは仕事の話しか会話してないからな。いつも避けられてる」
「貴公子ちゃんの引越し先ね。――恋人ちゃんの実家なんだよ」
「それって」
「そう。寄りにも寄って恋人ちゃんが亡くなった場所なんだよ」
引っ越しの為に荷造りを終えて前にも増して殺風景になった俺の部屋に天方が訪ねてきた。こうして天方が俺の部屋に来るのはずいぶん久しぶりな気がする。みやびと知り合ってからは俺の生活は彼女が中心だったからな。
しばらく天方は言いよどんでいたが意を決したように口を開く。
「ナギ、聞いたぞ。あそこに越すのは辞めた方が」
天方には告げてなかったが、寮母が漏らしたのか。彼女も彼女なりにずっと心配してくれていたようだ。
「家主から相談を受けてな。事故物件になるから今後他人に貸しづらくなったと泣きつかれた。告知義務が解消されるまで住むだけだ」
確か3年だったか。3年経っても俺の心の傷は癒されないだろうが。
期間限定、と強調したせいか天方は安堵したようにほっと息を吐いた。
「とはいってもお前、辛いだろ」
「辛かったのは――」
彼女の方だ。あんな所で一人寂しく亡くなっていった彼女に比べたら俺の痛みなんて。
「――くっ」
言葉に詰まる。涙があふれ出る。もう涙なんて枯れ果てたものだと思っていたが、みやびを想うととめどなく流れる。
会いたい。こんなにも愛しているのに。……もう叶わない願いだが。
みやびは何を思って逝ったのだろうか。
傷を負い、意識が薄れて死が着々と迫る中俺が駆けつけるのを待っていたのだろうか、それとも俺とは出会うんじゃなかったという後悔を抱いただろうか。
何度考えても答えが出ない。
だが確かなことはある。
俺は幸せだった。みやびに出会えて、恋をして。
半年にも満たない短い間だったが、俺の人生の中で一番充実し、楽しかったあの夏。
俺は生涯忘れることはないし、忘れてはいけない。
彼女との思い出を。
彼女に触れた感触を。
彼女への想いを。
彼女の実家に住むにあたって、どの部屋で寝るのか悩んだ結果、彼女が使っていただろう部屋を寝室にすることにした。
ほとんど家具が残っていない部屋だが、ベッドや本棚など残っていた家具を使わせてもらう。
アパートにあった彼女の服や私物もすべてこちらに移した。
彼女の私物を処分することが出来なかった。いつか2人で暮らしたかった、と彼女の服を収納している押し入れを見て思いを馳せる。
朝起きられない彼女に代わって俺が朝飯を作り、寝ぼけている彼女にそっと口づけて起こす。
一緒に食事をし、俺は仕事に行き彼女は働いてもいいし家に居てくれてもいい。
帰宅したら彼女が作った夕飯を食べ、のんびりと過ごし、一緒のベッドで寝る。
休日は二人して昼まで寝たり。
車を借りて遠出したり。
そんなささやかな毎日を送る。
子供の頃はあまり出歩かなかったという君に、もっと色々な世界を見せたかった。
――でも、もう叶わない。
和室には購入した仏壇を置き、そこに未だ納骨できていない彼女の遺骨を安置した。
もっと早くに納骨して彼女を休ませてあげたかったが、籍を入れていない以上御厨の墓には彼女は入れられない。
だが藤原みやびという戸籍が他人から奪ったものだと判明し、本当の彼女の戸籍が追えずに彼女を眠らせることが出来る墓も見つけられずにいた。
残す手立ては無縁仏として御厨の墓がある寺の合葬墓に入れる事くらいだが、未だ決断がつかない。
きちんと弔ってあげたいと思う気持ちがあるが、そうすると永久に彼女を失ってしまいそうで怖かった。
将来俺が死亡した時に、同じ時期に納骨してもらうように遺言を残すつもりだ。
本当は葬儀を終え、ひと段落付いたらみやびの後を追おうかと思ったが「もう! なんてことするの、命を粗末にしたらダメだよ」と彼女に怒られそうだから辞めた。
君の居ないこんな世界なんかに意味は無いのに。
彼女を守れなかった負い目もあり、警護隊の仕事を続けたくなくて、退職を申し出た。
長官や天方たちから引き留められたが、他にやりたいことができた。
弘原海先生に願い出て、異能暴走事件で天涯孤独になった子、幼くして異能力に目覚めた子達を導く指導員として働くことになった。
彼女が母親の異能力によって短すぎる人生を絶たれたのなら、異能力を制御する術などを彼らに教え、彼女のような被害者を出したくないと思ってのことだ。
俺は普通の人間で異能力者たちの事はわからないが、それでも出来ることはやりたかった。
ただの自己満足だとしても。
心配した親に見合いを勧められたがすべて断った。
彼女以外の女なんてどうでもいい。
今も彼女を愛しているのに。
御厨の家が絶えようが、知ったことではない。
みやび以外の女となんか子供を作りたくもなかった。
愛する人を失って色褪せたこの世界で、一人孤独に生きてきて無為に年月が過ぎ――。
皮肉なことに俺は祖父と同じ病気に罹った。祖父もまた若くして愛する妻を失ったんだったか。もっとも祖父の場合は、妻が命を引き換えに息子を残したのだが。
積極的に治療を受けずに病室のベッドで死が訪れるのを静かに、ただただ待った。
友人や教え子たちは延命を望んでいたようだが、一刻も早く彼女に会いたかった。
死への恐怖はなかった。
ようやく彼女と会えるかな、待ち遠しかったという思いだけがあった。
今の俺を見て「お爺ちゃんになったね」といつものように笑ってくれるだろうか。
「君に会いに行くのをずっと我慢していた」と抱きしめたら、褒めてくれるだろうか。
いつものように彼女とキスを交わしたい。
以前よくそうしていたように。
そうして思いを馳せていると「ナギ」と俺を呼ぶ最愛の人の声が聞こえた気がした。
それは俺が好きだった、鈴の鳴るような澄んだ、そしてやや甘えた声――。
「今度こそは、彼女と共に過ごせられますように」と願いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
思えば、平日の昼間に突然実家に戻らなきゃいけないという事について俺はもっと疑問に思うべきだった。
「ん~」という、彼女の何かをごまかすあの口調には気づいていたのに。
「何があったかハッキリ言ってくれ。俺もついていく。待っていて欲しい」と言うべきだったのに。
だがもう何もかも遅すぎた。
「ありがとう。じゃあね」
それが、俺が聞いた彼女の最期の言葉だった。
その後、何度みやびに電話しても彼女が出ることはなく、バイト先にも確認したら「来ていない。こんなことは初めてだ」と店長も困惑していた。
言い知れない悪い不安を感じて、彼女の実家に駆け付けたが――変わり果てた彼女がリビングの床に横たわっていた。
すでにこときれて数時間が経過していた。
鋭利な刃物か何かに全身が切り裂かれてそこから大量に出血し、それが死亡原因だと診断書に書かれていた。
たった1枚の紙で、彼女の死亡が告げられた。
凶器は現場から見つからなかった。
その手口から過去の資産家連続殺人事件と同一であると見なされ、クロネコが関与していると推測。
そして、実家に残されていた喪服などからクロネコが彼女の母親であると見なされたが、すでに母親は忽然と姿を消し、消息を追うことが出来なかった。
彼女と母親の間に何があったのかはわからない。
確かめる術もなかった。
学校やバイト先への連絡、葬儀やアパートの引き払いなどは全て俺が行った。
冷蔵庫やエアコンなどの大型家電は3年間だけのレンタル契約で、彼女は高校生活の3年間だけ自由が許されていたのだと知った。
俺は何も聞かされてなかった。
彼女と出会って、恋に落ちて、まだ半年も経っていないが、俺は彼女の事を知らなかったんだと思い知らされた。
葬儀の最中には彼女と仲の良い友達から「どうして」と詰め寄られた。
号泣しながら「あなたが現れたからこんなことになったのじゃないか」と叫ぶようにぶつけられた言葉には反論のしようもなかった。
俺の存在が母親を刺激し、彼女をあんな目に遭わせたのだろう。
巫女に番いの託宣を依頼しなかったら、今も彼女は生きていたのだろうか。母親に束縛されながら。
そうしたら俺は彼女の顔も名前も、存在すら知らなかっただろう。それでも、彼女には生きていてほしかった。
――例え俺以外の男と恋に落ちたとしても。
あれからなにがあったのかは知らないが、加賀宮は護国機関の西古都支部への異動を申し出てすでに出ていった。
あいつにしては珍しく何か言葉を飲み込みながらも「――あいつの死は、お前のせいじゃねえ」とだけ言って去っていった。
シオンは引き続き弐番隊に残り、加賀宮に代わり隊長として指揮を執っている。やつも寮を出て、今は恋人と暮らしているようだと噂話で聞いた。
会議などの場でないともう会話もほとんどない。シオンにしても俺に対して何を話していいのかわからないようだ。
みやびと知り合って出来た縁が次第に解け、みんなばらばらになっていく。
いや、以前のように戻ったということか。
そして俺も寮を出ることにした。
引っ越し当日。寮長と寮母に最後の挨拶をする。談話室には他に数名公休の人間が居たが、俺に直接話しかけてくる人間は居なかった。気まずそうに目を逸らす人間も居る。
いつも無遠慮な寮母にしてもみやびの事は話題にも出さない。
「貴公子ちゃん、あんた本当に引っ越す気なのかい?」
「ああ。寮母、そして寮長には本当に世話になった。礼を言う」
そう言いながら頭を下げる。寮母には、突発的にみやびが訪ねてきた時には寮の規則を曲げてもらったし、寮長には料理を教わった。そのお陰で俺の料理スキルは上がった。彼らには感謝してもしきれない。
もっとも、一番食べてもらいたい人はもう居ないが。
「やっぱり考え直さないかい?あそこはあまりにも……」
「もう決めたことだ」
彼女を思うと目頭が熱くなり、耐えきれなくなり無礼だとは思ったが、彼らの話を遮って部屋に戻り引っ越し業者を待つ。
「まぁいいじゃねえか。ナギも気分転換がしたいんだろ」
ナギ去りし後、珍しく気落ちしている寮母を励ますように天方が声をかける。事の成り行きを見守っていたが、天方もまたナギに対してどう声をかけていいのかわからずにいた。
親友の初めての恋、そして突然の喪失。普段冷静なナギが1人の少女を溺愛。そのあまりの変貌ぶりに驚きつつも、彼らを応援していた。
「何が気分転換だい。……天方ちゃん、あんた引っ越し先聞いてないのかい?」
「あれ以来……ナギとは仕事の話しか会話してないからな。いつも避けられてる」
「貴公子ちゃんの引越し先ね。――恋人ちゃんの実家なんだよ」
「それって」
「そう。寄りにも寄って恋人ちゃんが亡くなった場所なんだよ」
引っ越しの為に荷造りを終えて前にも増して殺風景になった俺の部屋に天方が訪ねてきた。こうして天方が俺の部屋に来るのはずいぶん久しぶりな気がする。みやびと知り合ってからは俺の生活は彼女が中心だったからな。
しばらく天方は言いよどんでいたが意を決したように口を開く。
「ナギ、聞いたぞ。あそこに越すのは辞めた方が」
天方には告げてなかったが、寮母が漏らしたのか。彼女も彼女なりにずっと心配してくれていたようだ。
「家主から相談を受けてな。事故物件になるから今後他人に貸しづらくなったと泣きつかれた。告知義務が解消されるまで住むだけだ」
確か3年だったか。3年経っても俺の心の傷は癒されないだろうが。
期間限定、と強調したせいか天方は安堵したようにほっと息を吐いた。
「とはいってもお前、辛いだろ」
「辛かったのは――」
彼女の方だ。あんな所で一人寂しく亡くなっていった彼女に比べたら俺の痛みなんて。
「――くっ」
言葉に詰まる。涙があふれ出る。もう涙なんて枯れ果てたものだと思っていたが、みやびを想うととめどなく流れる。
会いたい。こんなにも愛しているのに。……もう叶わない願いだが。
みやびは何を思って逝ったのだろうか。
傷を負い、意識が薄れて死が着々と迫る中俺が駆けつけるのを待っていたのだろうか、それとも俺とは出会うんじゃなかったという後悔を抱いただろうか。
何度考えても答えが出ない。
だが確かなことはある。
俺は幸せだった。みやびに出会えて、恋をして。
半年にも満たない短い間だったが、俺の人生の中で一番充実し、楽しかったあの夏。
俺は生涯忘れることはないし、忘れてはいけない。
彼女との思い出を。
彼女に触れた感触を。
彼女への想いを。
彼女の実家に住むにあたって、どの部屋で寝るのか悩んだ結果、彼女が使っていただろう部屋を寝室にすることにした。
ほとんど家具が残っていない部屋だが、ベッドや本棚など残っていた家具を使わせてもらう。
アパートにあった彼女の服や私物もすべてこちらに移した。
彼女の私物を処分することが出来なかった。いつか2人で暮らしたかった、と彼女の服を収納している押し入れを見て思いを馳せる。
朝起きられない彼女に代わって俺が朝飯を作り、寝ぼけている彼女にそっと口づけて起こす。
一緒に食事をし、俺は仕事に行き彼女は働いてもいいし家に居てくれてもいい。
帰宅したら彼女が作った夕飯を食べ、のんびりと過ごし、一緒のベッドで寝る。
休日は二人して昼まで寝たり。
車を借りて遠出したり。
そんなささやかな毎日を送る。
子供の頃はあまり出歩かなかったという君に、もっと色々な世界を見せたかった。
――でも、もう叶わない。
和室には購入した仏壇を置き、そこに未だ納骨できていない彼女の遺骨を安置した。
もっと早くに納骨して彼女を休ませてあげたかったが、籍を入れていない以上御厨の墓には彼女は入れられない。
だが藤原みやびという戸籍が他人から奪ったものだと判明し、本当の彼女の戸籍が追えずに彼女を眠らせることが出来る墓も見つけられずにいた。
残す手立ては無縁仏として御厨の墓がある寺の合葬墓に入れる事くらいだが、未だ決断がつかない。
きちんと弔ってあげたいと思う気持ちがあるが、そうすると永久に彼女を失ってしまいそうで怖かった。
将来俺が死亡した時に、同じ時期に納骨してもらうように遺言を残すつもりだ。
本当は葬儀を終え、ひと段落付いたらみやびの後を追おうかと思ったが「もう! なんてことするの、命を粗末にしたらダメだよ」と彼女に怒られそうだから辞めた。
君の居ないこんな世界なんかに意味は無いのに。
彼女を守れなかった負い目もあり、警護隊の仕事を続けたくなくて、退職を申し出た。
長官や天方たちから引き留められたが、他にやりたいことができた。
弘原海先生に願い出て、異能暴走事件で天涯孤独になった子、幼くして異能力に目覚めた子達を導く指導員として働くことになった。
彼女が母親の異能力によって短すぎる人生を絶たれたのなら、異能力を制御する術などを彼らに教え、彼女のような被害者を出したくないと思ってのことだ。
俺は普通の人間で異能力者たちの事はわからないが、それでも出来ることはやりたかった。
ただの自己満足だとしても。
心配した親に見合いを勧められたがすべて断った。
彼女以外の女なんてどうでもいい。
今も彼女を愛しているのに。
御厨の家が絶えようが、知ったことではない。
みやび以外の女となんか子供を作りたくもなかった。
愛する人を失って色褪せたこの世界で、一人孤独に生きてきて無為に年月が過ぎ――。
皮肉なことに俺は祖父と同じ病気に罹った。祖父もまた若くして愛する妻を失ったんだったか。もっとも祖父の場合は、妻が命を引き換えに息子を残したのだが。
積極的に治療を受けずに病室のベッドで死が訪れるのを静かに、ただただ待った。
友人や教え子たちは延命を望んでいたようだが、一刻も早く彼女に会いたかった。
死への恐怖はなかった。
ようやく彼女と会えるかな、待ち遠しかったという思いだけがあった。
今の俺を見て「お爺ちゃんになったね」といつものように笑ってくれるだろうか。
「君に会いに行くのをずっと我慢していた」と抱きしめたら、褒めてくれるだろうか。
いつものように彼女とキスを交わしたい。
以前よくそうしていたように。
そうして思いを馳せていると「ナギ」と俺を呼ぶ最愛の人の声が聞こえた気がした。
それは俺が好きだった、鈴の鳴るような澄んだ、そしてやや甘えた声――。
「今度こそは、彼女と共に過ごせられますように」と願いながら、俺はゆっくりと目を閉じた。
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