表示設定
表示設定
目次 目次




第181話 三割の誓い、あるいは期待

ー/ー



 何が羨ましいのか、聞く前に田島は語りだした。

「私には、そう思える仲間はいませんでした。あったのは実力主義の厳しい環境だけでした。弱き者は淘汰され、強い者だけが目立って生き残る。そんな世界で私は私のために演技を磨いていました……誰かと楽しむとかみんなで創るとか、そんな意識はありませんでした」

 それが何を示しているのか俺には分からなかったが、田島から感じたのは虚しさだった。
 まるで、かつて椎名が過去を語っていた時のように懐かしさや哀愁もない淡々とした感じ。

「そんな環境がある日突然終わって、ぼーっと生きていたんです。それで高校生になって心機一転しようって決めていたのに、先輩たちの部活動紹介を見て……これは以前焼き肉屋で話しましたね。私の中で何かが燃えたんです。そして証明したくなったんです。私が私のために磨いていた演技は無駄じゃなかったんだって」

 俺は具体的な事を聞くのを止めた。
 たぶん、それは聞いてはいけないことだ。
 なぜなら田島が意図的にそれを言うのを避けているように感じたからだ。

「それが全国を目指す理由か?」

「はい」

「なぁ田島。俺たちと全国を目指さないか?」

 俺はそう提案した。
 真正面から田島を見て、言葉を投げかけた。
 彼女は一瞬驚いた表情をしたが、次の時には首を横に振った。

「ダメです。私には先輩たちが全国に行けるビジョンが見えません」

「その理由は、俺たちの劇が高校演劇らしくないからか?」

「はい。私は私のために、今年を捨てたいんです」

 どうやら、譲る気はないようだった。
 その覚悟はきっと本物なのだろう。
 けど、俺には確信していたことがあった。
 だから――。

「そっか。なら仕方ないか」

「え?」

 俺の言葉が予想外だったのか、田島は目を大きく開いてこちらを見た。
 きっとここから説得されると思っていたのだろう。
 残念だけど、たぶんここで俺が何を言っても田島の心には届かない。

「なぁ、田島。俺はまだ田島について知らないことも多い。今まで演劇とどれだけ向き合ってきたのか、自分の演技を掘り下げてきたのか……けど、高校演劇については俺の方が知っている」

「そう、ですね……」

「だから、たった一年差の年の功だけど、分かるんだよ」

「……何が分かるんですか?」

 少しだけ表情を歪ませて、田島が俺を睨む。
 分かると言われたことがよっぽど不快だったのだろう。
 それでも、俺は落ち着いて答える。

「きっと田島が高校演劇と向き合ったら、色んなことを知っていくだろうって。だから、今本気を出さなくても、俺はそんなに心配してない」

「……それは、いえ、前に樫田先輩にも同じようなことを言われました」

 何か言葉を飲み込んで、田島は表情が穏やかになった。
 そうか、樫田はすでにその結論に至っていたのか。

「『春大会を経験すれば、きっと価値観が変わるだろうな』って、シニカルな笑顔で言ってましたよ」

「はは、樫田らしいな」

 思わず笑ってしまった。
 的を射たことを、ずいぶんと早くから辿り着いていた。流石だ。
 田島はどこか遠くを見ながら、微笑む。

「正直、先輩たちの言っていることは半信半疑いえ、七割は疑ってます……でも、何でですかね、残り三割は信じてしまう自分がいるんです。今まで他人の言うことなんてロクに信じてこなかったのに」

「嫌か?」

「いいえ、不思議とその三割に期待している自分がいます。何でですかね。部活動紹介で見たたった数分の劇で、私はここに()れてしまったんでしょうね」

 清々しく言う田島。俺はその感覚をなんとなく知っていた。
 場所に惚れるという、不思議な感覚を。
 そして真っ直ぐに俺を見ながら、田島は続ける。

「だから、分かりました。私は先輩たちの言うことを信じます。もし、春大会通じて私に変化があった時は必ず本気を出すと、お約束します」

 それは宣言であり、誓いだった。もしかしたら期待の表れもあるのかもしれない。
 俺は田島の言葉を受け取る。

「ああ、分かった。それまでは今まで通りでも構わない。みんなには俺の方から言っておく」

「ありがとうございます」

「話も終わったし、戻るか」

「あ、あの杉野先輩!」

 俺が動き出そうとしたとき、田島がそれを制止した。
 なんだ? と思っているとどこか言い出しにくそうに目を泳がせる田島。
 数秒後、意を決したように質問をした。

「さっき私が過去の話をしたとき、先輩掘り下げずに話を変えましたよね?」

「……まぁな」

「その、何でですか……? 私を説得するつもりだったなら、知っておいて損はないし、結局先輩は私が手を抜いた根本的な動機を知りませんよね?」

 田島は瞳を揺らして、恐る恐るという感じで俺を見る。
 俺は左手で頭の後ろを()き、なんて答えるべきか考える。
 感覚的に聞くのを止めようと思ったから。と言ってもよかっただが、たぶん望まれた答えじゃない気がした。
 だから俺は悩んだ末に、自分の推測を言うことにした。

「……昨日、池本と金子には話したんだろ?」

「…………はい。察してたんですね」

「まぁ、三人の雰囲気が昨日までと違ったから、何かを話し合ったんだって思ってな」

 俺の言葉に田島の体が強張るのが目に見えた。
 出来るだけ優しい声音で、俺は続きを言った。

「それで何かあるとは感じてた……だから、本当はそれを聞こうとは思ってた。けど、さっき過去を話している田島を見て止めた」

「どうして、ですか?」

「だって、意図的に曖昧な言い方にしただろ? だから俺が知るべきことじゃないんだろうなって。それにさ、あーなんだろうな」

「?」

 俺が言葉を選んでいると、田島が不思議そうな顔をした。
 こういう時の正しい表現が分からなかったが、俺は俺なりの言葉で話す。

「きっと田島は、ここで田島らしくありたいんだなって思ったんだ」

 その言葉に、田島は驚いた表情をした。
 上手く伝わったかは分からないし、どこかこっ()ずかしかった。
 そんな俺の態度が面白かったのか、それとも俺の答えが嬉しかったのか田島は笑い出した。

「ふふふ、杉野先輩はやっぱりすごいですね」

「そりゃ、どーも」

「本心ですよ?」

「疑ってないよ」

 どこかで聞いたようなやり取りをして、俺たちは笑った。



スタンプを贈って作者を応援しよう!

次のエピソードへ進む 第182話 昼休憩 先輩としての心配


みんなのリアクション



おすすめ作品を読み込み中です…



 何が羨ましいのか、聞く前に田島は語りだした。
「私には、そう思える仲間はいませんでした。あったのは実力主義の厳しい環境だけでした。弱き者は淘汰され、強い者だけが目立って生き残る。そんな世界で私は私のために演技を磨いていました……誰かと楽しむとかみんなで創るとか、そんな意識はありませんでした」
 それが何を示しているのか俺には分からなかったが、田島から感じたのは虚しさだった。
 まるで、かつて椎名が過去を語っていた時のように懐かしさや哀愁もない淡々とした感じ。
「そんな環境がある日突然終わって、ぼーっと生きていたんです。それで高校生になって心機一転しようって決めていたのに、先輩たちの部活動紹介を見て……これは以前焼き肉屋で話しましたね。私の中で何かが燃えたんです。そして証明したくなったんです。私が私のために磨いていた演技は無駄じゃなかったんだって」
 俺は具体的な事を聞くのを止めた。
 たぶん、それは聞いてはいけないことだ。
 なぜなら田島が意図的にそれを言うのを避けているように感じたからだ。
「それが全国を目指す理由か?」
「はい」
「なぁ田島。俺たちと全国を目指さないか?」
 俺はそう提案した。
 真正面から田島を見て、言葉を投げかけた。
 彼女は一瞬驚いた表情をしたが、次の時には首を横に振った。
「ダメです。私には先輩たちが全国に行けるビジョンが見えません」
「その理由は、俺たちの劇が高校演劇らしくないからか?」
「はい。私は私のために、今年を捨てたいんです」
 どうやら、譲る気はないようだった。
 その覚悟はきっと本物なのだろう。
 けど、俺には確信していたことがあった。
 だから――。
「そっか。なら仕方ないか」
「え?」
 俺の言葉が予想外だったのか、田島は目を大きく開いてこちらを見た。
 きっとここから説得されると思っていたのだろう。
 残念だけど、たぶんここで俺が何を言っても田島の心には届かない。
「なぁ、田島。俺はまだ田島について知らないことも多い。今まで演劇とどれだけ向き合ってきたのか、自分の演技を掘り下げてきたのか……けど、高校演劇については俺の方が知っている」
「そう、ですね……」
「だから、たった一年差の年の功だけど、分かるんだよ」
「……何が分かるんですか?」
 少しだけ表情を歪ませて、田島が俺を睨む。
 分かると言われたことがよっぽど不快だったのだろう。
 それでも、俺は落ち着いて答える。
「きっと田島が高校演劇と向き合ったら、色んなことを知っていくだろうって。だから、今本気を出さなくても、俺はそんなに心配してない」
「……それは、いえ、前に樫田先輩にも同じようなことを言われました」
 何か言葉を飲み込んで、田島は表情が穏やかになった。
 そうか、樫田はすでにその結論に至っていたのか。
「『春大会を経験すれば、きっと価値観が変わるだろうな』って、シニカルな笑顔で言ってましたよ」
「はは、樫田らしいな」
 思わず笑ってしまった。
 的を射たことを、ずいぶんと早くから辿り着いていた。流石だ。
 田島はどこか遠くを見ながら、微笑む。
「正直、先輩たちの言っていることは半信半疑いえ、七割は疑ってます……でも、何でですかね、残り三割は信じてしまう自分がいるんです。今まで他人の言うことなんてロクに信じてこなかったのに」
「嫌か?」
「いいえ、不思議とその三割に期待している自分がいます。何でですかね。部活動紹介で見たたった数分の劇で、私はここに|惚《ほ》れてしまったんでしょうね」
 清々しく言う田島。俺はその感覚をなんとなく知っていた。
 場所に惚れるという、不思議な感覚を。
 そして真っ直ぐに俺を見ながら、田島は続ける。
「だから、分かりました。私は先輩たちの言うことを信じます。もし、春大会通じて私に変化があった時は必ず本気を出すと、お約束します」
 それは宣言であり、誓いだった。もしかしたら期待の表れもあるのかもしれない。
 俺は田島の言葉を受け取る。
「ああ、分かった。それまでは今まで通りでも構わない。みんなには俺の方から言っておく」
「ありがとうございます」
「話も終わったし、戻るか」
「あ、あの杉野先輩!」
 俺が動き出そうとしたとき、田島がそれを制止した。
 なんだ? と思っているとどこか言い出しにくそうに目を泳がせる田島。
 数秒後、意を決したように質問をした。
「さっき私が過去の話をしたとき、先輩掘り下げずに話を変えましたよね?」
「……まぁな」
「その、何でですか……? 私を説得するつもりだったなら、知っておいて損はないし、結局先輩は私が手を抜いた根本的な動機を知りませんよね?」
 田島は瞳を揺らして、恐る恐るという感じで俺を見る。
 俺は左手で頭の後ろを|掻《か》き、なんて答えるべきか考える。
 感覚的に聞くのを止めようと思ったから。と言ってもよかっただが、たぶん望まれた答えじゃない気がした。
 だから俺は悩んだ末に、自分の推測を言うことにした。
「……昨日、池本と金子には話したんだろ?」
「…………はい。察してたんですね」
「まぁ、三人の雰囲気が昨日までと違ったから、何かを話し合ったんだって思ってな」
 俺の言葉に田島の体が強張るのが目に見えた。
 出来るだけ優しい声音で、俺は続きを言った。
「それで何かあるとは感じてた……だから、本当はそれを聞こうとは思ってた。けど、さっき過去を話している田島を見て止めた」
「どうして、ですか?」
「だって、意図的に曖昧な言い方にしただろ? だから俺が知るべきことじゃないんだろうなって。それにさ、あーなんだろうな」
「?」
 俺が言葉を選んでいると、田島が不思議そうな顔をした。
 こういう時の正しい表現が分からなかったが、俺は俺なりの言葉で話す。
「きっと田島は、ここで田島らしくありたいんだなって思ったんだ」
 その言葉に、田島は驚いた表情をした。
 上手く伝わったかは分からないし、どこかこっ|恥《ぱ》ずかしかった。
 そんな俺の態度が面白かったのか、それとも俺の答えが嬉しかったのか田島は笑い出した。
「ふふふ、杉野先輩はやっぱりすごいですね」
「そりゃ、どーも」
「本心ですよ?」
「疑ってないよ」
 どこかで聞いたようなやり取りをして、俺たちは笑った。