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第180話 そして彼女と向かい合う

ー/ー



 土曜日の午前授業が終わると、俺はゆっくりといつもの教室へと向かう。
 昨日の夜に色々考えたが、結局のところノープランのままだった。
 それはつまり、俺はまだ田島のことをあまり分かっていないということだろう。
 イメージは付いていないが、それでも俺には確信をもったことがある。
 それが正しいなら、きっとうまく説得できるだろう。

 俺はそう自分に言い聞かせながら、教室の前に来た。
 軽く深呼吸してから、扉を開ける。

「おはようございます」

 そう言って、中へと入る。
 今いるメンバーを確認しようとしたが、どうやら全員いるようだった。
 そして、まるで俺を待っていたかのようにみんなの視線が集まる。

 何か、異様な雰囲気を感じた。
 内心緊張を覚えながら、平然を装う。
 こういう時は樫田へ視線を送れば、説明してくれるはず。
 何かあったのか、と目だけで聞くと樫田は困ったような顔で答えた。

「端的に説明するぞ杉野。一年たちが……まぁ主に田島が、今後について聞いてきてな」

「今後?」

「そう。今後の部活の方針について、どうするのかって話だ」

 聞いてなお、俺はいまいち状況が飲み込めなかったが、なんとなく嫌な感じがした。
 田島は何故そんなことを聞いた? それにみんなはなんて答えた?
 色んな疑問が脳裏をよぎる。

「それで……?」

「まだ誰も答えてない。何故知りたいのか何故教えてくれないのかって押し問答になってな」

 俺が椎名と増倉に視線を向けると、二人は気まずそうな顔をしていた。
 なるほど、話が見えてきたな。
 重い雰囲気はそれが理由か。
 今度は田島へと視線を向ける。どこか真剣な表情で俺を見返してきた。

 目が合う。
 それだけで、俺は自分のすべきことが見えた。
 再度樫田の方を向き、俺は落ち着いて言った。

「分かった…………じゃあ樫田。少し田島と二人で話をさせてくれないか?」

「…………演出家として、この土曜の貴重な時に主役に抜けてほしくないんだが、まぁ仕方ない。早く済ませろ」

「ありがとう」

 そういうと俺は田島へと話しかけた。

「そういうことだから、ちょっと俺と二人で話そうか」

「まだ、私の質問に答えてもらっていません」

「悪いけど、後にしてくれないか」

 じっと、お互いに譲らない。
 睨みつけるように俺を見てくる田島だったが、しばらくすると降参したのかため息をつく。

「はぁ……分かりました」

「じゃあ決まりだ」

 そういうと、誰かの安堵する音が聞こえた。
 重かった雰囲気も少しだけ澄んだようだった。
 ただ、その中で俺は昨日までと違う空気を感じていた。
 渦中にいるのはもちろん一年生たちだ。
 特に池本と金子の田島に対する雰囲気が、今まで違った。
 一言で表すと、柔らかくなった? そんな感じだった。
 昨日俺たちが話し合ったように、一年生たちも何かを話し合ったのだろう。
 俺は警戒心を強めながら、教室を出ようとした。

「杉野」

「ん?」

 樫田に呼ばれたので振り返ると、何かを投げてきた。
 慌てて右手でキャッチする。それは鍵だった。

「隣の教室を使え」

「……ありがとう」

 それは樫田にだけじゃない。色んな思いで俺を見ていた二年生のみんなに対しての感謝の気持ちだった。
 託されたものを感じながら、俺は教室を後にした。
 田島も俺の一歩後ろをついてくる。

 すぐ横の隣の教室。鍵を開けて中に入る。
 窓が閉まっていたせいだろう。空気が濁っていた。
 俺はゆっくりと歩いて、窓を開けていく。
 田島は何も言わず、教卓の近くでただ黙ってそれを見ていた。
 空気が循環し出したころ、俺は田島に尋ねた。

「今後の方針について知りたいんだっけ?」

「……はい」

 どこか神経は張り詰めた様子で、田島は頷いた。
 俺は、出来るだけ体の力を抜いて向き合った。
 こうしてみると、田島がどこか気丈にふるまっているようにも感じた。
 そしてどこまでも真摯だった。
 だから、俺は明言する。

「俺と椎名は、全国を目指す」

「……」

「これは、前にも言ったな」 

「はい。でも、他の皆さんは違うんですよね?」

「そうだな。ちゃんと向き合って話せてはいないな」

 俺は噓偽りのない本心を答える。
 深いところにある田島の心に辿り着くために、俺は潜り始めた。

「そんな状況で、全国を目指せるんですか?」

「……どうだろうな。正直、俺はよく分かっていないんだ」

「え?」

「あ、いや、想像はつくんだ。椎名が部長になって全国を目指し出したとき、きっと増倉は猛反対して、大槻や山路もそこまで乗り気じゃなくて、夏村や樫田はそんな雰囲気に合わせるように動いて――」

「そこまで考えていて、どうして全国を目指すって言えるんですか?」

 田島の質問に、俺は考える。
 どうして言える、か。確かにどうしてだろうか。
 言っておいてなんだが、とても全国を目指せる雰囲気じゃないな。
 けど、今俺の胸にある感情に不快なものはなかった。

「信じているから、だろうな」

「何をですか?」

「あいつらを」

「…………」

「そりゃ、嫌がられるかもしれないし、反対もあるだろうよ……けど、それでもなんやかんや最後には一緒に劇をしてくれるやつらだって、俺が信じているから」

 俺の言葉に、田島は表情を変えずに黙った。
 その感情は読み取れなかった。
 それでも俺は続けて言う。

「……始めはさ。椎名に全国を目指さないかって誘われたとき、俺はそこまで乗り気じゃなかったんだ。でもその後色々あって、椎名の目指す動機とかみんなの部活への価値観とか知っていって、俺も欲しくなったんだ」

「欲しくなった?」

「ああ、みんなで創る誇れる思い出ってやつを」

 俺が椎名の言葉を借りてそう言うと、田島の雰囲気が変わった。
 それは言葉にしづらい感覚だったが、なんというか田島との心の距離が近づいた感じだった。
 でも、それでもまだ心の在りかは掴めていない。
 俺が反応を待っていると、田島は力なく笑った。

「いいですね。羨ましいです」



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次のエピソードへ進む 第181話 三割の誓い、あるいは期待


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 土曜日の午前授業が終わると、俺はゆっくりといつもの教室へと向かう。
 昨日の夜に色々考えたが、結局のところノープランのままだった。
 それはつまり、俺はまだ田島のことをあまり分かっていないということだろう。
 イメージは付いていないが、それでも俺には確信をもったことがある。
 それが正しいなら、きっとうまく説得できるだろう。
 俺はそう自分に言い聞かせながら、教室の前に来た。
 軽く深呼吸してから、扉を開ける。
「おはようございます」
 そう言って、中へと入る。
 今いるメンバーを確認しようとしたが、どうやら全員いるようだった。
 そして、まるで俺を待っていたかのようにみんなの視線が集まる。
 何か、異様な雰囲気を感じた。
 内心緊張を覚えながら、平然を装う。
 こういう時は樫田へ視線を送れば、説明してくれるはず。
 何かあったのか、と目だけで聞くと樫田は困ったような顔で答えた。
「端的に説明するぞ杉野。一年たちが……まぁ主に田島が、今後について聞いてきてな」
「今後?」
「そう。今後の部活の方針について、どうするのかって話だ」
 聞いてなお、俺はいまいち状況が飲み込めなかったが、なんとなく嫌な感じがした。
 田島は何故そんなことを聞いた? それにみんなはなんて答えた?
 色んな疑問が脳裏をよぎる。
「それで……?」
「まだ誰も答えてない。何故知りたいのか何故教えてくれないのかって押し問答になってな」
 俺が椎名と増倉に視線を向けると、二人は気まずそうな顔をしていた。
 なるほど、話が見えてきたな。
 重い雰囲気はそれが理由か。
 今度は田島へと視線を向ける。どこか真剣な表情で俺を見返してきた。
 目が合う。
 それだけで、俺は自分のすべきことが見えた。
 再度樫田の方を向き、俺は落ち着いて言った。
「分かった…………じゃあ樫田。少し田島と二人で話をさせてくれないか?」
「…………演出家として、この土曜の貴重な時に主役に抜けてほしくないんだが、まぁ仕方ない。早く済ませろ」
「ありがとう」
 そういうと俺は田島へと話しかけた。
「そういうことだから、ちょっと俺と二人で話そうか」
「まだ、私の質問に答えてもらっていません」
「悪いけど、後にしてくれないか」
 じっと、お互いに譲らない。
 睨みつけるように俺を見てくる田島だったが、しばらくすると降参したのかため息をつく。
「はぁ……分かりました」
「じゃあ決まりだ」
 そういうと、誰かの安堵する音が聞こえた。
 重かった雰囲気も少しだけ澄んだようだった。
 ただ、その中で俺は昨日までと違う空気を感じていた。
 渦中にいるのはもちろん一年生たちだ。
 特に池本と金子の田島に対する雰囲気が、今まで違った。
 一言で表すと、柔らかくなった? そんな感じだった。
 昨日俺たちが話し合ったように、一年生たちも何かを話し合ったのだろう。
 俺は警戒心を強めながら、教室を出ようとした。
「杉野」
「ん?」
 樫田に呼ばれたので振り返ると、何かを投げてきた。
 慌てて右手でキャッチする。それは鍵だった。
「隣の教室を使え」
「……ありがとう」
 それは樫田にだけじゃない。色んな思いで俺を見ていた二年生のみんなに対しての感謝の気持ちだった。
 託されたものを感じながら、俺は教室を後にした。
 田島も俺の一歩後ろをついてくる。
 すぐ横の隣の教室。鍵を開けて中に入る。
 窓が閉まっていたせいだろう。空気が濁っていた。
 俺はゆっくりと歩いて、窓を開けていく。
 田島は何も言わず、教卓の近くでただ黙ってそれを見ていた。
 空気が循環し出したころ、俺は田島に尋ねた。
「今後の方針について知りたいんだっけ?」
「……はい」
 どこか神経は張り詰めた様子で、田島は頷いた。
 俺は、出来るだけ体の力を抜いて向き合った。
 こうしてみると、田島がどこか気丈にふるまっているようにも感じた。
 そしてどこまでも真摯だった。
 だから、俺は明言する。
「俺と椎名は、全国を目指す」
「……」
「これは、前にも言ったな」 
「はい。でも、他の皆さんは違うんですよね?」
「そうだな。ちゃんと向き合って話せてはいないな」
 俺は噓偽りのない本心を答える。
 深いところにある田島の心に辿り着くために、俺は潜り始めた。
「そんな状況で、全国を目指せるんですか?」
「……どうだろうな。正直、俺はよく分かっていないんだ」
「え?」
「あ、いや、想像はつくんだ。椎名が部長になって全国を目指し出したとき、きっと増倉は猛反対して、大槻や山路もそこまで乗り気じゃなくて、夏村や樫田はそんな雰囲気に合わせるように動いて――」
「そこまで考えていて、どうして全国を目指すって言えるんですか?」
 田島の質問に、俺は考える。
 どうして言える、か。確かにどうしてだろうか。
 言っておいてなんだが、とても全国を目指せる雰囲気じゃないな。
 けど、今俺の胸にある感情に不快なものはなかった。
「信じているから、だろうな」
「何をですか?」
「あいつらを」
「…………」
「そりゃ、嫌がられるかもしれないし、反対もあるだろうよ……けど、それでもなんやかんや最後には一緒に劇をしてくれるやつらだって、俺が信じているから」
 俺の言葉に、田島は表情を変えずに黙った。
 その感情は読み取れなかった。
 それでも俺は続けて言う。
「……始めはさ。椎名に全国を目指さないかって誘われたとき、俺はそこまで乗り気じゃなかったんだ。でもその後色々あって、椎名の目指す動機とかみんなの部活への価値観とか知っていって、俺も欲しくなったんだ」
「欲しくなった?」
「ああ、みんなで創る誇れる思い出ってやつを」
 俺が椎名の言葉を借りてそう言うと、田島の雰囲気が変わった。
 それは言葉にしづらい感覚だったが、なんというか田島との心の距離が近づいた感じだった。
 でも、それでもまだ心の在りかは掴めていない。
 俺が反応を待っていると、田島は力なく笑った。
「いいですね。羨ましいです」