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ー/ー







 ──気づけば季節はすっかりと秋口になり、うちの畑では大根の種まきが始まっていた。
 そんないつも通りの日常の中。あれからタッちゃんがどうなったのか、俺の気がかりはそればかりだった。

 秘密を打ち明けた日には、随分とこっ酷く叱られた。それでも、抱えていた重荷から解放されたせいか、俺の心は幾分か軽くなったように感じた。けれど、その隙間はすぐに新たな問題が埋めることとなった。
 秘密を打ち明けた俺に対して、タッちゃんとは二度と関わるなと両親は告げたのだ。

 祟りから解放されればきっと元の関係に戻れる。そう信じていた俺は、両親から告げられたその言葉に大きなショックを受けた。
 そして何より、そんな両親に逆らうことのできない自分自身に失望した。


「タッちゃん、どげんしよるかな……」


 独りごちると、夕焼け色に染まった空を見上げる。そこに広がっていたのは穏やかな琥珀色で、まるで心の中にくすぶっているドロドロとした感情が炙り出されてゆくようだった。
 情けないことに、俺はあの日見たタッちゃんの姿が未だに恐ろしかった。だからこそ、両親に止められているという口実を盾に、あれ以来タッちゃんの家にすら近づいていなかった。
 そんな自分の弱さを呪いながらトボトボと歩いていると、突然の衝撃に吹き飛ばされた俺は尻餅を着いた。


「……っ、痛ったぁ」


 擦りむいた掌の痛さに顔を歪めると、体当たりしてきた本人であろう人物にそっと視線を移す。するとそこにいたのは、先ほどまでその安否を心配していたタッちゃんだった。


「タッ、ちゃん……?」


 久しぶりに見るタッちゃんは随分と痩せこけ、なんだか薄汚れている。そんなことを思いながら手元を見てみると、そこにはあの日見た時と同じ締め殺された鶏が握られている。
 それを認識した途端、あの日の恐怖を思い出してカタカタと震え始めた身体。


「……敏雄」

「ひ……ッ!」


 タッちゃんの動きに驚いた俺は、咄嗟に片手で顔を覆うとズリズリと後ずさった。そんな俺を見て、伸ばしかけた右手を引っ込めたタッちゃん。
 恐る恐るその様子を窺ってみると、タッちゃんの身体には所々に擦り傷や打撲痕がある。察するに、これは昨日今日できたばかりの傷ではないようだ。

 目の前の光景を眺めながら、俺は混乱する頭の中で必死に思考を巡らせた。


(なんで……タッちゃんは泣きよるんや──?)


 ズレた鬼の面の隙間から見えたタッちゃんは、悔しさと悲痛に満ちた表情を浮かべながら涙を流している。


「……タッちゃん?」


 心許なくそう発したその声は、随分と弱々しく情けないものだった。


「──また鬼子が悪さしよった! 早う捕まえるぞ!」 

「あっちに行ったぞ!」


 村人達の怒号が響く中、ズレた鬼の面を被り直したタッちゃんは一気にその場を駆け抜けた。


「……っ。待って、タッちゃん!」


 必死の声も虚しく、あっという間に走り去ってしまったタッちゃん。何がなんだか状況の掴めない俺は、嫌な胸騒ぎを感じてその足でタッちゃんの家へと向かった。
 そこに見えてきたのは、村人たちに囲まれて暴行を受けているタッちゃんの両親。今年の春頃から病気で()せっていたタッちゃんのお父さんは、今にも折れてしまいそうなほどに痩せこけている。


「……っ、許してくんさい。ちいと食べ物が欲しかっただけなんや」

「何度目や、こん穀潰しがっ! 満足に働けんくせに食べ物ばよこせやなんて、なんて図々しかばい!」

「鬼子ん親も鬼に違いなか! 殺せ!」

「「「殺せ!」」」


 村長の言葉を合図に、「殺せ! 殺せ!」と大合唱する村人達。まるで地獄のようなその光景に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 先ほど見たタッちゃんの傷跡を思い返しながら、カタカタと震え始める指先。
 
 鬼の面を被り始めてからおかしくなったタッちゃん。今にして思えば、それ以前から時折悲しそうな表情をしていたような気がする。
 よくよく考えてみれば、それはタッちゃんのお父さんが倒れてからのことだった。

 この村の田畑や家畜は、全て村の財産として村長が管理している。タッちゃん達家族は、もしかしてずっと村八分による差別に苦しんでいたのではないだろうか──?


(やとしたら俺は……)



 村人達によって撲殺されてゆくタッちゃんの両親を眺めながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪める。


「……鬼はお前らの方や」


 そう小さく呟いたその声は、誰にも聞かれることなく村人たちの怒号によってかき消された。




────────

────



「「「鬼子を殺せ! 村長殺しの厄災や!」」」


 この日は、すっかりと陽が落ち切った夜深い時刻になっても、月明かりの下では村人たちの怒号が鳴り響いていた。松明片手に必死になって森の中を探し回る村人達。その横をすり抜けるようにして森の中を進むと、俺はタッちゃんの行方を必死になって探した。
 両親の仇に村長を殺害してしまったらしいタッちゃん。こんなにも愚かで弱い俺では、タッちゃんの為にできる事は何もないのかもしれない。それでも、どうしてもタッちゃんに一言謝りたかった。


「タッちゃん……どこにおるん」


 突然の突風に瞼を閉じると、再び開いた先に見えたのは探し求めていたタッちゃんの姿。


「……タッちゃん!」


 そう叫べば、ゆっくりとこちらを振り返ったタッちゃん。その顔は鬼の面で覆われ、その表情は全く分からない。
 

「っ、……ごめん! ごめんね、タッちゃん!」


 涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう叫べば、ただ静かにその場からこちらを見つめ返すタッちゃん。俺にできる唯一のことは、この場から立ち去るタッちゃんを静かに見送ること。
 クルリと背を向けて森の中に消えてゆくタッちゃんを見つめながら、心優しい少年に向けて何度も謝罪する。


 月夜に照らされて浮かび上がったあの姿を、俺はこの先も一生忘れる事はないだろう。
 返り血を浴びて、まるで血の涙を流しているかのように見えた鬼の面。

 
 それはきっと、お面の裏で一人ずっと泣いていたタッちゃんのように──。



 その日を最後に、俺がタッちゃんに会うことは二度となかった。

 



─完─


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 ──気づけば季節はすっかりと秋口になり、うちの畑では大根の種まきが始まっていた。
 そんないつも通りの日常の中。あれからタッちゃんがどうなったのか、俺の気がかりはそればかりだった。
 秘密を打ち明けた日には、随分とこっ酷く叱られた。それでも、抱えていた重荷から解放されたせいか、俺の心は幾分か軽くなったように感じた。けれど、その隙間はすぐに新たな問題が埋めることとなった。
 秘密を打ち明けた俺に対して、タッちゃんとは二度と関わるなと両親は告げたのだ。
 祟りから解放されればきっと元の関係に戻れる。そう信じていた俺は、両親から告げられたその言葉に大きなショックを受けた。
 そして何より、そんな両親に逆らうことのできない自分自身に失望した。
「タッちゃん、どげんしよるかな……」
 独りごちると、夕焼け色に染まった空を見上げる。そこに広がっていたのは穏やかな琥珀色で、まるで心の中にくすぶっているドロドロとした感情が炙り出されてゆくようだった。
 情けないことに、俺はあの日見たタッちゃんの姿が未だに恐ろしかった。だからこそ、両親に止められているという口実を盾に、あれ以来タッちゃんの家にすら近づいていなかった。
 そんな自分の弱さを呪いながらトボトボと歩いていると、突然の衝撃に吹き飛ばされた俺は尻餅を着いた。
「……っ、痛ったぁ」
 擦りむいた掌の痛さに顔を歪めると、体当たりしてきた本人であろう人物にそっと視線を移す。するとそこにいたのは、先ほどまでその安否を心配していたタッちゃんだった。
「タッ、ちゃん……?」
 久しぶりに見るタッちゃんは随分と痩せこけ、なんだか薄汚れている。そんなことを思いながら手元を見てみると、そこにはあの日見た時と同じ締め殺された鶏が握られている。
 それを認識した途端、あの日の恐怖を思い出してカタカタと震え始めた身体。
「……敏雄」
「ひ……ッ!」
 タッちゃんの動きに驚いた俺は、咄嗟に片手で顔を覆うとズリズリと後ずさった。そんな俺を見て、伸ばしかけた右手を引っ込めたタッちゃん。
 恐る恐るその様子を窺ってみると、タッちゃんの身体には所々に擦り傷や打撲痕がある。察するに、これは昨日今日できたばかりの傷ではないようだ。
 目の前の光景を眺めながら、俺は混乱する頭の中で必死に思考を巡らせた。
(なんで……タッちゃんは泣きよるんや──?)
 ズレた鬼の面の隙間から見えたタッちゃんは、悔しさと悲痛に満ちた表情を浮かべながら涙を流している。
「……タッちゃん?」
 心許なくそう発したその声は、随分と弱々しく情けないものだった。
「──また鬼子が悪さしよった! 早う捕まえるぞ!」 
「あっちに行ったぞ!」
 村人達の怒号が響く中、ズレた鬼の面を被り直したタッちゃんは一気にその場を駆け抜けた。
「……っ。待って、タッちゃん!」
 必死の声も虚しく、あっという間に走り去ってしまったタッちゃん。何がなんだか状況の掴めない俺は、嫌な胸騒ぎを感じてその足でタッちゃんの家へと向かった。
 そこに見えてきたのは、村人たちに囲まれて暴行を受けているタッちゃんの両親。今年の春頃から病気で|臥《ふ》せっていたタッちゃんのお父さんは、今にも折れてしまいそうなほどに痩せこけている。
「……っ、許してくんさい。ちいと食べ物が欲しかっただけなんや」
「何度目や、こん穀潰しがっ! 満足に働けんくせに食べ物ばよこせやなんて、なんて図々しかばい!」
「鬼子ん親も鬼に違いなか! 殺せ!」
「「「殺せ!」」」
 村長の言葉を合図に、「殺せ! 殺せ!」と大合唱する村人達。まるで地獄のようなその光景に、俺はただ呆然と立ち尽くすことしかできなかった。
 先ほど見たタッちゃんの傷跡を思い返しながら、カタカタと震え始める指先。
 鬼の面を被り始めてからおかしくなったタッちゃん。今にして思えば、それ以前から時折悲しそうな表情をしていたような気がする。
 よくよく考えてみれば、それはタッちゃんのお父さんが倒れてからのことだった。
 この村の田畑や家畜は、全て村の財産として村長が管理している。タッちゃん達家族は、もしかしてずっと村八分による差別に苦しんでいたのではないだろうか──?
(やとしたら俺は……)
 村人達によって撲殺されてゆくタッちゃんの両親を眺めながら、涙と鼻水でぐちゃぐちゃになった顔を歪める。
「……鬼はお前らの方や」
 そう小さく呟いたその声は、誰にも聞かれることなく村人たちの怒号によってかき消された。
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「「「鬼子を殺せ! 村長殺しの厄災や!」」」
 この日は、すっかりと陽が落ち切った夜深い時刻になっても、月明かりの下では村人たちの怒号が鳴り響いていた。松明片手に必死になって森の中を探し回る村人達。その横をすり抜けるようにして森の中を進むと、俺はタッちゃんの行方を必死になって探した。
 両親の仇に村長を殺害してしまったらしいタッちゃん。こんなにも愚かで弱い俺では、タッちゃんの為にできる事は何もないのかもしれない。それでも、どうしてもタッちゃんに一言謝りたかった。
「タッちゃん……どこにおるん」
 突然の突風に瞼を閉じると、再び開いた先に見えたのは探し求めていたタッちゃんの姿。
「……タッちゃん!」
 そう叫べば、ゆっくりとこちらを振り返ったタッちゃん。その顔は鬼の面で覆われ、その表情は全く分からない。
「っ、……ごめん! ごめんね、タッちゃん!」
 涙でぐちゃぐちゃになった顔でそう叫べば、ただ静かにその場からこちらを見つめ返すタッちゃん。俺にできる唯一のことは、この場から立ち去るタッちゃんを静かに見送ること。
 クルリと背を向けて森の中に消えてゆくタッちゃんを見つめながら、心優しい少年に向けて何度も謝罪する。
 月夜に照らされて浮かび上がったあの姿を、俺はこの先も一生忘れる事はないだろう。
 返り血を浴びて、まるで血の涙を流しているかのように見えた鬼の面。
 それはきっと、お面の裏で一人ずっと泣いていたタッちゃんのように──。
 その日を最後に、俺がタッちゃんに会うことは二度となかった。
─完─