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記憶の自販機

ー/ー



     ー*ー*ー*ー

 五百円 差し出すたびに 軽くなる
 胸の奥から 何かが消える


     ー*ー*ー*ー


 駅前の自動販売機は、朝六時になると静かに起動する。パネルには今日の日付と、ひとつの価格が表示される。

「昨日の記憶 ¥500」

 サラリーマンの田中は毎朝ここに立ち寄る。財布から五百円玉を取り出し、スロットに滑らせる。胸の奥で何かがふわりと抜けていく感覚。それでいい、と彼は思う。

 昨日、上司に怒鳴られた。昨日、電車で席を譲れなかった。昨日、妻と些細なことで喧嘩した。

 そういうものを、五百円で手放せる。

 機械が吐き出すレシートには「買取完了」とだけ印字されている。記憶はどこへ行くのか、誰も知らない。政府の説明によれば「適切に処理される」らしい。

 少し離れた公園のベンチに、老婦人が座っている。彼女は一度もあの機械を使ったことがない。

 孫娘に「おばあちゃんも使えばいいのに、楽になるよ」と言われた。

 彼女は首を振った。
「痛かった日も、恥ずかしかった日も、全部あたしの続きだからね」



 田中は軽い足取りで改札を抜ける。昨日のことは何も覚えていない。気分がいい。

 ホームで妻からメッセージが届く。

「昨日のこと、ちゃんと話し合いたい」

 田中は首を傾げる。昨日、何かあっただろうか。

 爽やかな顔で既読をつけ、電車に乗り込む。窓の外を流れる街並みを見ながら、なぜか胸のどこかに、小さな空洞があるような気がした。

 気のせいだろう、と彼は思う。
 毎朝、そう思う。


     ー*ー*ー*ー

  昨日売り 今日も笑って 歩く人
  空洞だけが 膨らんでいく

     ー*ー*ー*ー


** 日記風雑感 **

自動販売機が、街の中から少しずつ減っていきます。
ひところは、あっちもこっちも並びまくり、そんなに買う人がいるとも思えなかったのに、あの現象は何だったんだろう。

役割を終えだ稼働していた筐体は、今はどこでどうしているのかーー











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     ー*ー*ー*ー
 五百円 差し出すたびに 軽くなる
 胸の奥から 何かが消える
     ー*ー*ー*ー
 駅前の自動販売機は、朝六時になると静かに起動する。パネルには今日の日付と、ひとつの価格が表示される。
「昨日の記憶 ¥500」
 サラリーマンの田中は毎朝ここに立ち寄る。財布から五百円玉を取り出し、スロットに滑らせる。胸の奥で何かがふわりと抜けていく感覚。それでいい、と彼は思う。
 昨日、上司に怒鳴られた。昨日、電車で席を譲れなかった。昨日、妻と些細なことで喧嘩した。
 そういうものを、五百円で手放せる。
 機械が吐き出すレシートには「買取完了」とだけ印字されている。記憶はどこへ行くのか、誰も知らない。政府の説明によれば「適切に処理される」らしい。
 少し離れた公園のベンチに、老婦人が座っている。彼女は一度もあの機械を使ったことがない。
 孫娘に「おばあちゃんも使えばいいのに、楽になるよ」と言われた。
 彼女は首を振った。
「痛かった日も、恥ずかしかった日も、全部あたしの続きだからね」
 田中は軽い足取りで改札を抜ける。昨日のことは何も覚えていない。気分がいい。
 ホームで妻からメッセージが届く。
「昨日のこと、ちゃんと話し合いたい」
 田中は首を傾げる。昨日、何かあっただろうか。
 爽やかな顔で既読をつけ、電車に乗り込む。窓の外を流れる街並みを見ながら、なぜか胸のどこかに、小さな空洞があるような気がした。
 気のせいだろう、と彼は思う。
 毎朝、そう思う。
     ー*ー*ー*ー
  昨日売り 今日も笑って 歩く人
  空洞だけが 膨らんでいく
     ー*ー*ー*ー
** 日記風雑感 **
自動販売機が、街の中から少しずつ減っていきます。
ひところは、あっちもこっちも並びまくり、そんなに買う人がいるとも思えなかったのに、あの現象は何だったんだろう。
役割を終えだ稼働していた筐体は、今はどこでどうしているのかーー