マジックアワーの仕立て屋
ー/ー ー*ー*ー*ー
夕暮れの 十七分を 針に刻む
空の最後の 光を縫いとめ
ー*ー*ー*ー
夕暮れと夜の狭間、世界が橙と藍に溶け合う十七分間だけ、その店は現れる。
看板も表札もない。ただ古い木の扉に、針と糸を象った真鍮の飾りがついているだけだ。
莉子が扉を押したのは、別れから三日目の夜だった。泣き腫らした目で、それでも前を向こうとする気持ちだけを抱えて。
「いらっしゃい」
老職人は振り返りもせず言った。細い指が、宙に浮かんだ何かを手繰り寄せている。よく見ると、それは光だった。窓から差し込む夕陽の最後の欠片が、糸のように伸びて針穴を通っていく。
「空の色で、服を縫うんですか」
「空の色で、時間を縫うんです」
老職人はようやく振り返った。深い皺の奥で、目が静かに光っている。
「あなたが一番輝いていた瞬間の空を、教えてください」
莉子は目を閉じた。走馬灯のように記憶をたどる。彼との最初の夏、花火が終わったあとの夜空——いや、違う。もっと前。まだ何者でもなかった頃。
「十六歳の秋です。美術部の展覧会で、自分の絵が初めて誰かを泣かせた日の、夕方の空」
「覚えていますか、その色を」
「赤でも橙でもなくて……ざくろの実みたいな、深い赤紫でした。雲の縁だけ金色で」
老職人は頷いて、再び窓へ向かった。その手が空気を掴み、引き、織る。莉子には見えない何かが、確かな質感を持って布へと変わっていく。
一時間後、手渡されたのは紺色のコートだった。シンプルで、どこにでもある形。けれど莉子が袖を通した瞬間、息を呑んだ。
裏地が、燃えていた。
ざくろ色と金色が複雑に絡み合い、光の角度によって微妙に揺れる。まるであの日の空が、そのまま布になったようだった。見ているうちに、胸の奥が熱くなる。
これは私だ。彼と出会う前から、ずっとここにいた私だ。
「悲しみは消えません」
と老職人は言った。
「ただ、あなたにはもともと、こんな空が宿っていた。それを思い出すための裏地です」
莉子は唇を結んで、深く頷いた。涙が一粒だけ落ちて、コートの袖に染みた。
店を出ると、マジックアワーはすでに終わりかけていた。空は藍から黒へと静かに変わっていく。莉子は歩き出した。コートの中に、十六歳の空を抱えたまま。
** 日記風雑感 **
あの日に帰りたいーー
帰りたい日が増えすぎ。
明け方よりも、夕暮れ時の方がそういう思いに駆られるのはなぜでしょうねえ。
ー*ー*ー*ー
マジックアワー 終われば店は
消えていく 藍に変わる 空だけ残し
ー*ー*ー*ー
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