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旭日麗水 ―2―

ー/ー



 争い事が怖いと思うようになったのは、幼い頃からだった。何か、それがいけないことな気がして、気がついた時には避けるように行動していた。ちょっとした喧嘩でさえも起こしたことはなかった。怖かったから。でも、それはきっと、誰かと衝突することが怖いんじゃなくて――

 心のどこかで、闘争を望んでいる自分を認めることが怖かったんだ。

 ウミストラは自覚する。自覚すると、重い鎖から解き放たれたような、心地よさすら感じる開放感が全身を駆け巡った。ずっと自分を守ってた。怖がられることが怖くて、ずっと隠していた。本音を押し殺して、気弱な自分を演じていた。
 どうしてこの感情を忘れていたのか理解できないくらいだ。ずっとそうだったのに、我慢していた。もう隠さない。隠さなくていい。そう思えるのは、理解してくれる友達がいるからだ。


「ははッ! あはははっ!」

「そんな顔ができるやつだとは、思わなかったよ」

「なんでだろうな! 楽しくて仕方がないや! 君も愉しいだろ!?」

「異論ねぇな!」


 飛び交う水飛沫と焔の応酬。煌めき空を彩る水の輝きからは考えられぬほどの凶暴性を秘めた魔法が、狂気の笑い声と共に旭を追い詰める。未だかつて見たことの無いような、屈託のない晴れ晴れとした笑顔でウミストラが乱舞する。
 無尽蔵に創成され続ける水が旭を容赦なく襲いかかった。地に染み込んだ水でさえ、今のウミストラは指先を動かすよりも容易く操る。襲い来る水は槍へと姿を変え、弾いて飛び散った水は弾丸へと変わって絶えず旭を追い詰める。落ちて水たまりになった水に触れることさえせず、自在に操り、針となって逃げ道を消していく。
 焔に触れようと、すぐに水が延焼を止め、火傷跡すら残さない。その光景に旭は思わず顔をしかめた。絶望的な相性の悪さを再認識して、旭はまたも逃げの一手を続ける。

 しかし、それも長くは持たなかった。


(……捉えた!)


 既にウミストラは結界範囲内の空間を完全に支配している。この空間内にあるすべての水はウミストラの意のままに操ることが可能だった。加えて、水は絶えず供給され、消えることはほとんどない。限界が来るのは目に見えていた。


(どうする、旭! もうここに逃げ場はない! 僕は容赦なく君を穿つぞ!)


 水の槍が旭を完全に捉える。息を切らし、逃げる気力すらなくした旭に問答無用で襲いかかる。抵抗は見られなかった。投了したのかと落胆しながらも、ウミストラは変わらない笑顔で旭を穿つ。

 水の槍が旭に直撃した。その感触は確と感じられた。


 ――そのはずだった。


「”陽炎(かげろう)”」


 ゆらりと旭の人影が曖昧に映る。当たった、確かに直撃したはずだった。だがその刹那、ウミストラの視界から旭の姿が消えた。


「…………は?」


 戸惑いを隠せない表情でウミストラは辺りをくまなく探知する。旭の魔力は感じる。確かにそこにいる。そのはずなのに、姿だけは見えない。
 底知れない恐怖がウミストラの背後に伝ってくる。魔力総量はウミストラの方が圧倒的に上だ。魔法使いとして、魔力総量は分かりやすい強さの指標だ。だと言うのにも関わらず、ウミストラは旭の魔力に恐ろしさを感じていた。
 総量は当然ウミストラの方が上だった。これだけは変わりようがない。それ以上に恐怖したのは、旭の魔力の()だった。
 すぐそこにいるはずなのに、はるか遠くの気配のように感じる。海の底の、さらにずっと底の深海を泳いでるような感覚。目の前が真っ暗で、耐え難い水圧に押さえつけられている感覚が、恐怖となってウミストラを襲う。


「笑顔はどうした、ウミストラ」

「……()()は、君が見せている幻覚か? それとも、僕がそう感じているだけなのか?」

「知らねぇな。他人の見てる世界なんて、あってないようなもんだろ」


 目の前に現れたはずの旭がまた姿を消す。次の瞬間、下腹部に炸裂した旭の回し蹴りによって、ウミストラの理性が吹き飛ばされた。かろうじて意識だけは掴んだまま、這いつくばるような体制でウミストラは現状を理解する。
 瞬間、旭が姿を消した。否、姿が消えたと勘違いするほどの速度でウミストラに急接近する。その速度を維持したまま、低い姿勢から身体を回して放たれるのは、魔法使いにあるまじき()()。躰道の『回し蹴り』。
 魔法に対する耐性はあれど、魔法使いの物理攻撃への耐性は皆無と言って差し支えない。肉体の強度など、魔法の練度で上回る、魔法使いはほとんどがそう考えるものだ。だが、この空間、この試験においては、むしろ単純な魔法よりも効果的だろう。

 身悶えするウミストラの姿が何よりの証拠だ。


「ごっ……かは……」


 どこかで内蔵がやられたのか、ウミストラは苦悶の表情を浮かべ、血を吐き散らす。吐血と一緒に何か別のものまで吐き出しそうになるほどの痛みと不快感。耐えられるはずもなくウミストラは悶え続ける。


「耐えられるギリギリに調節したんだがな。立てねぇのか?」


 旭は心底残念そうにゆっくりと近づき、這いつくばるウミストラを見下すような視線を送る。ボタボタと血を流し続け、返事すらままならないウミストラを一瞥し、旭は振り返って去っていく。


 その背後を、ウミストラは今度こそ捉えた――


「水、じゃない……? まさか……!」


 旭の左肩を貫いたのは()()()()()()だった。


「水さえあれば、何でもできるんだよ……」


 吐き捨てた自らの血を操り、ウミストラは再び立ち上がる。


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 争い事が怖いと思うようになったのは、幼い頃からだった。何か、それがいけないことな気がして、気がついた時には避けるように行動していた。ちょっとした喧嘩でさえも起こしたことはなかった。怖かったから。でも、それはきっと、誰かと衝突することが怖いんじゃなくて――
 心のどこかで、闘争を望んでいる自分を認めることが怖かったんだ。
 ウミストラは自覚する。自覚すると、重い鎖から解き放たれたような、心地よさすら感じる開放感が全身を駆け巡った。ずっと自分を守ってた。怖がられることが怖くて、ずっと隠していた。本音を押し殺して、気弱な自分を演じていた。
 どうしてこの感情を忘れていたのか理解できないくらいだ。ずっとそうだったのに、我慢していた。もう隠さない。隠さなくていい。そう思えるのは、理解してくれる友達がいるからだ。
「ははッ! あはははっ!」
「そんな顔ができるやつだとは、思わなかったよ」
「なんでだろうな! 楽しくて仕方がないや! 君も愉しいだろ!?」
「異論ねぇな!」
 飛び交う水飛沫と焔の応酬。煌めき空を彩る水の輝きからは考えられぬほどの凶暴性を秘めた魔法が、狂気の笑い声と共に旭を追い詰める。未だかつて見たことの無いような、屈託のない晴れ晴れとした笑顔でウミストラが乱舞する。
 無尽蔵に創成され続ける水が旭を容赦なく襲いかかった。地に染み込んだ水でさえ、今のウミストラは指先を動かすよりも容易く操る。襲い来る水は槍へと姿を変え、弾いて飛び散った水は弾丸へと変わって絶えず旭を追い詰める。落ちて水たまりになった水に触れることさえせず、自在に操り、針となって逃げ道を消していく。
 焔に触れようと、すぐに水が延焼を止め、火傷跡すら残さない。その光景に旭は思わず顔をしかめた。絶望的な相性の悪さを再認識して、旭はまたも逃げの一手を続ける。
 しかし、それも長くは持たなかった。
(……捉えた!)
 既にウミストラは結界範囲内の空間を完全に支配している。この空間内にあるすべての水はウミストラの意のままに操ることが可能だった。加えて、水は絶えず供給され、消えることはほとんどない。限界が来るのは目に見えていた。
(どうする、旭! もうここに逃げ場はない! 僕は容赦なく君を穿つぞ!)
 水の槍が旭を完全に捉える。息を切らし、逃げる気力すらなくした旭に問答無用で襲いかかる。抵抗は見られなかった。投了したのかと落胆しながらも、ウミストラは変わらない笑顔で旭を穿つ。
 水の槍が旭に直撃した。その感触は確と感じられた。
 ――そのはずだった。
「”|陽炎《かげろう》”」
 ゆらりと旭の人影が曖昧に映る。当たった、確かに直撃したはずだった。だがその刹那、ウミストラの視界から旭の姿が消えた。
「…………は?」
 戸惑いを隠せない表情でウミストラは辺りをくまなく探知する。旭の魔力は感じる。確かにそこにいる。そのはずなのに、姿だけは見えない。
 底知れない恐怖がウミストラの背後に伝ってくる。魔力総量はウミストラの方が圧倒的に上だ。魔法使いとして、魔力総量は分かりやすい強さの指標だ。だと言うのにも関わらず、ウミストラは旭の魔力に恐ろしさを感じていた。
 総量は当然ウミストラの方が上だった。これだけは変わりようがない。それ以上に恐怖したのは、旭の魔力の|圧《・》だった。
 すぐそこにいるはずなのに、はるか遠くの気配のように感じる。海の底の、さらにずっと底の深海を泳いでるような感覚。目の前が真っ暗で、耐え難い水圧に押さえつけられている感覚が、恐怖となってウミストラを襲う。
「笑顔はどうした、ウミストラ」
「……|こ《・》|れ《・》は、君が見せている幻覚か? それとも、僕がそう感じているだけなのか?」
「知らねぇな。他人の見てる世界なんて、あってないようなもんだろ」
 目の前に現れたはずの旭がまた姿を消す。次の瞬間、下腹部に炸裂した旭の回し蹴りによって、ウミストラの理性が吹き飛ばされた。かろうじて意識だけは掴んだまま、這いつくばるような体制でウミストラは現状を理解する。
 瞬間、旭が姿を消した。否、姿が消えたと勘違いするほどの速度でウミストラに急接近する。その速度を維持したまま、低い姿勢から身体を回して放たれるのは、魔法使いにあるまじき|体《・》|術《・》。躰道の『回し蹴り』。
 魔法に対する耐性はあれど、魔法使いの物理攻撃への耐性は皆無と言って差し支えない。肉体の強度など、魔法の練度で上回る、魔法使いはほとんどがそう考えるものだ。だが、この空間、この試験においては、むしろ単純な魔法よりも効果的だろう。
 身悶えするウミストラの姿が何よりの証拠だ。
「ごっ……かは……」
 どこかで内蔵がやられたのか、ウミストラは苦悶の表情を浮かべ、血を吐き散らす。吐血と一緒に何か別のものまで吐き出しそうになるほどの痛みと不快感。耐えられるはずもなくウミストラは悶え続ける。
「耐えられるギリギリに調節したんだがな。立てねぇのか?」
 旭は心底残念そうにゆっくりと近づき、這いつくばるウミストラを見下すような視線を送る。ボタボタと血を流し続け、返事すらままならないウミストラを一瞥し、旭は振り返って去っていく。
 その背後を、ウミストラは今度こそ捉えた――
「水、じゃない……? まさか……!」
 旭の左肩を貫いたのは|赤《・》|く《・》|染《・》|っ《・》|た《・》|棘《・》だった。
「水さえあれば、何でもできるんだよ……」
 吐き捨てた自らの血を操り、ウミストラは再び立ち上がる。