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5月17日日曜日

ー/ー



 男と並んで歩く。今なお口数は減らない。
 5分ほど歩いたところで奇妙なものが目につく。
 (これは…)
 「あぁ!気になります?そうですよねぇそうですよねぇ!実はうちの団体、様々な事業にも手を出しておりましてですねぇ。これはその内の一つというわけです!」
 目に入ったものは。
 「あ、青い…犬…?」
 「その通り!犬種は知らない人こそ居ないトイプードル!トイプードルってほかの犬種に比べても品種改良しやすいんですよねぇ。」
 「品種改良って…ま、まさかこれ地毛なのか?」
 男は相変わらず目は笑っていないが満面の笑みを浮かべながら。
 「はい!」
 全身に鳥肌が立つ。言い表せない恐怖が容赦なく俺の心を抉りに来る。
 「んまぁ、当然かなり無理やりな品種改良ですからねぇ。寿命は…お察しの通りです♡それでも国内外問わず、狂ったセレブなんかは裏ルートを通じて、何度も何度もお買い上げなされますねぇ。あ、逆ですかね!寿命が短いからこそ何度も何度も買いに来るんでしょうねぇ。」
 硝子の向こう側から生気のない瞳が俺の瞳に飛んでくる。
 「もういい…はやく行きましょう。」
 男は満面の笑みで。
 「かしこまりました!」
 しかし、この施設。一体どういう構造をしているのか皆目見当がつかない。入り組んでいるなどという次元の話ではない。部屋の中にまた部屋が。みたいな。絶対に会員を逃がさないという魂胆が透けて見えてくる。
 「井村さま、こちらにどうぞ。」
 ドアが開くとそこは、まるで小説の世界のようだった。
 「…」
 俺は開いた口が塞がらなかった。四方は白い壁に覆われ、部屋の中央には机と、それを挟んで向かい合う形で椅子が二つあるのみ。他は何もない。
 「驚きましたか?無理もないです。この部屋は私が特注で作ってもらったものなのですが、皆様長い間ここにいるとおかしくなっちゃうんですよね。」
 生唾を飲み込む。
 「まあ無理もないですよねぇ。時間がどれだけ経ったのかも分からなければ、何もすることもない。」
 俺は時計を確認する。しようとした。というか確かにした。
 「な、ない…」
 いつの間にやら。俺は時計を盗られていた。いや、時計だけではない。スマホから財布に至るまであらゆる貴重品はいつの間にか抜き取られていた。
 「どうされましたか?まさか、時計がなくなったとか?ん?どうですか??井村様。」
 「あ、あぁ…どこかで落としてしまったみたいで…」
 「探しに行かれますか?」
 「え…?あ、じゃあ行きま…」
 「入会申し込みをされてから。お願いしますね?」
 「いや…何を…」
 「もうこちら側からは私の合図なしではドアは開きませんよ。申し込みするしかこの部屋から出る方法はありません。」
 「そんな横暴なこ…」
 「私は精神を落ち着かせたい時に、よくこの部屋に一人で引きこもるんですよね。私とあなた、どちらがより長い間精神を守っていられますかねぇ。」
 こいつ…何がなんでも入会させる気のようだ。
 「なるほど…俺と我慢比べをしようってんだな…?」
 「いいえ、そうではありません。私はただ、美咲さまだけではなくあなたのことも救済したい。それだけですよ。」
 胸ぐらをつかむ
 「美咲の名を…あんたが出すな…はやく俺たちを帰らせてくれ…」
 「そうはいきません。美咲さまは契約書類に目を通した上で、ご自身の意志で契約されここに残るという判断をされたのです。その心を私たちが捻じ曲げるわけにはいきません。」
 さっきとはうってかわって下卑た笑みは消え、まるで人形のような、能面のような、仏頂面を決め込まれる。
 「違う!あんたたちのせいだ!あんたたちは美咲の精神を蝕み!マインドコントロールしたんだろ!」
 男は大げさに目を見開き、口を窄める。
 「そんな井村様、語気を荒らげずに。マインドコントロール?とんでもない!私たちはそんな非科学的なことなど出来ませんよ!それに美咲さまの精神を蝕むだなんて。彼女は自らの意思でうちの門を叩きにきたのですよ??失礼しちゃいますよ全く。被害妄想が激しすぎるのも問題ですが、他人にそれをぶつけるのは如何なものかと。」
 駄目だ。話が合わない。
 「…」
 「おや、今度は黙りますか?いいですよ。私は別に退屈が退屈でないのでね。特に何も感じませぬが、果たしてあなたはこの何もない空間で、さらには時間感覚を失った状態でどれだけ耐えられるのでしょうかね。意地を張らずにあなたも美咲様と一緒に…」
 机に拳を打ちつける。
 「次…俺の前で美咲の名を出してみろ。俺はあんたをどうするかわからない…」
 男は下卑た満面の笑みを浮かべ、大きく息を吸い込むと。
 「おたくの美咲様♡すごくよかったですよ♡」
 俺は俺でなくなった。落ち着いた時、目に入ってきたのは顔面が陥没した男の姿だった。


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 男と並んで歩く。今なお口数は減らない。
 5分ほど歩いたところで奇妙なものが目につく。
 (これは…)
 「あぁ!気になります?そうですよねぇそうですよねぇ!実はうちの団体、様々な事業にも手を出しておりましてですねぇ。これはその内の一つというわけです!」
 目に入ったものは。
 「あ、青い…犬…?」
 「その通り!犬種は知らない人こそ居ないトイプードル!トイプードルってほかの犬種に比べても品種改良しやすいんですよねぇ。」
 「品種改良って…ま、まさかこれ地毛なのか?」
 男は相変わらず目は笑っていないが満面の笑みを浮かべながら。
 「はい!」
 全身に鳥肌が立つ。言い表せない恐怖が容赦なく俺の心を抉りに来る。
 「んまぁ、当然かなり無理やりな品種改良ですからねぇ。寿命は…お察しの通りです♡それでも国内外問わず、狂ったセレブなんかは裏ルートを通じて、何度も何度もお買い上げなされますねぇ。あ、逆ですかね!寿命が短いからこそ何度も何度も買いに来るんでしょうねぇ。」
 硝子の向こう側から生気のない瞳が俺の瞳に飛んでくる。
 「もういい…はやく行きましょう。」
 男は満面の笑みで。
 「かしこまりました!」
 しかし、この施設。一体どういう構造をしているのか皆目見当がつかない。入り組んでいるなどという次元の話ではない。部屋の中にまた部屋が。みたいな。絶対に会員を逃がさないという魂胆が透けて見えてくる。
 「井村さま、こちらにどうぞ。」
 ドアが開くとそこは、まるで小説の世界のようだった。
 「…」
 俺は開いた口が塞がらなかった。四方は白い壁に覆われ、部屋の中央には机と、それを挟んで向かい合う形で椅子が二つあるのみ。他は何もない。
 「驚きましたか?無理もないです。この部屋は私が特注で作ってもらったものなのですが、皆様長い間ここにいるとおかしくなっちゃうんですよね。」
 生唾を飲み込む。
 「まあ無理もないですよねぇ。時間がどれだけ経ったのかも分からなければ、何もすることもない。」
 俺は時計を確認する。しようとした。というか確かにした。
 「な、ない…」
 いつの間にやら。俺は時計を盗られていた。いや、時計だけではない。スマホから財布に至るまであらゆる貴重品はいつの間にか抜き取られていた。
 「どうされましたか?まさか、時計がなくなったとか?ん?どうですか??井村様。」
 「あ、あぁ…どこかで落としてしまったみたいで…」
 「探しに行かれますか?」
 「え…?あ、じゃあ行きま…」
 「入会申し込みをされてから。お願いしますね?」
 「いや…何を…」
 「もうこちら側からは私の合図なしではドアは開きませんよ。申し込みするしかこの部屋から出る方法はありません。」
 「そんな横暴なこ…」
 「私は精神を落ち着かせたい時に、よくこの部屋に一人で引きこもるんですよね。私とあなた、どちらがより長い間精神を守っていられますかねぇ。」
 こいつ…何がなんでも入会させる気のようだ。
 「なるほど…俺と我慢比べをしようってんだな…?」
 「いいえ、そうではありません。私はただ、美咲さまだけではなくあなたのことも救済したい。それだけですよ。」
 胸ぐらをつかむ
 「美咲の名を…あんたが出すな…はやく俺たちを帰らせてくれ…」
 「そうはいきません。美咲さまは契約書類に目を通した上で、ご自身の意志で契約されここに残るという判断をされたのです。その心を私たちが捻じ曲げるわけにはいきません。」
 さっきとはうってかわって下卑た笑みは消え、まるで人形のような、能面のような、仏頂面を決め込まれる。
 「違う!あんたたちのせいだ!あんたたちは美咲の精神を蝕み!マインドコントロールしたんだろ!」
 男は大げさに目を見開き、口を窄める。
 「そんな井村様、語気を荒らげずに。マインドコントロール?とんでもない!私たちはそんな非科学的なことなど出来ませんよ!それに美咲さまの精神を蝕むだなんて。彼女は自らの意思でうちの門を叩きにきたのですよ??失礼しちゃいますよ全く。被害妄想が激しすぎるのも問題ですが、他人にそれをぶつけるのは如何なものかと。」
 駄目だ。話が合わない。
 「…」
 「おや、今度は黙りますか?いいですよ。私は別に退屈が退屈でないのでね。特に何も感じませぬが、果たしてあなたはこの何もない空間で、さらには時間感覚を失った状態でどれだけ耐えられるのでしょうかね。意地を張らずにあなたも美咲様と一緒に…」
 机に拳を打ちつける。
 「次…俺の前で美咲の名を出してみろ。俺はあんたをどうするかわからない…」
 男は下卑た満面の笑みを浮かべ、大きく息を吸い込むと。
 「おたくの美咲様♡すごくよかったですよ♡」
 俺は俺でなくなった。落ち着いた時、目に入ってきたのは顔面が陥没した男の姿だった。