5月17日日曜日
ー/ー 「ここが…」
俺はローンで買ったばかりの車を、無駄に広い駐車場の片隅に駐車し、チラシに目を通しつつ煙草を燻らせる。
「間違いない…ここだ…多少建物の外観こそ変わっているが…ここだ…」
灰を落とす。思考を巡らせる。
「正面から果たして突破できるものなのか…」
灰を落とす。肺を起こす。ゆっくりと煙を吐く。煙草をアスファルトでできた駐車場へ、こっそりと落とす。人間性も落とす。
「四の五の言ってる暇はないな…正面突破。それ以外に選択肢はない。」
俺はリクライニングを戻し、ドアを開く。大きく伸びをして、先ほど落とした煙草を見つけると、踏みつぶした。
大股を開きグングン入り口へと進んで行く。
「あ、あのぉ…」
先程の威勢はどこへ消えたものか。目の前に立つ身長2メートルはあろうかという大男の迫力にのまれ、最早虚勢すら張ることができない。
「け、見学の申し込みをしました…さ、斎藤と申しますが…」
「………」
「あのぉ…」
「どうぞ、お入りください。」
良かった。どうやら気づかれなかったようだ。俺は足早にその場を立ち去り、建物へと入っていった。
辺りを二十分ほど探索してみたが恐らく一階は受付、休憩室、更衣室、ただの会議室が数部屋あるだけで恐らく何もないだろう。
休憩室で煙草を燻らせながら思案した結果、俺は二階を目指すことにした。
かなり入り組んだ建物で、苦労した。特に二階に上がる階段。誰が部屋の中にあると予想できるだろうか。
何はともあれ、第一段階はクリアした。
恐らく外観から鑑みるにこの建物の階数は多く見積もっても三階といったところだろう。
「はぁ…はぁ…」
俺ももう年かとつくづく思い知らされる。息をいくら吸っても吸い足りない。若い頃は陸上部で長距離のホープだと散々持て囃されたこの俺が今となっちゃたかだか十分ほど走り回っただけで息を切らしている。
「待ってろよ…美咲、かな…」
二階を探索していた折、ある一室から男が出てくる。
「おや、こんなところで何をされているのですか?」
ま、まずい…こいつはあの時の…!何とか誤魔化さないと…!
「あ、いや…その…み、道に迷ってしまって…」
「あぁ、それはいけないですね。私が案内して差し上げます。見学の方にはまず行っていただく場所があるのですよ。」
な、なぜ俺が見学しにきたとわかったんだ…というか、こいつ俺のことわかってないのか…?
「あぁ、それはありがたいです。なんせ広いもんでつい迷子に…」
「さぁ、こちらです。」
男がドアを開くとそこには…
「こ、ここは…空っぽ…?」
勢いよくドアが閉まる音が響き体が驚く。
急いで走りドアをドンドンと叩くが当然無駄に終わる。
「おい!あんた!どういうつもりだ!一体…!」
今度は背中側からガチャリという音が響く。壁と同化して分からなかったが、どうやら向こう側にもドアがあったようだ。
「どうも、びっくりさせてしまいましたかな?もしそうなら大変失礼致しました。しかし、この建物の都合上こうするしかなくて…あ、そうそう建物の都合と言えばね?この建物の立地が……」
毛一本生えてない頭に大黒天を思わせる弛んだ頬に腹、しかし目は一切笑っていない。
「あ、話が長すぎましたかな?いや失礼。ついつい長くなりすぎてしまうんです。話している内に様々な話題が頭のなかに浮かんできて、ついつい…今風に良く言えばコミュ強。悪く言えばコミュ障。ですかね?あ、すみませんここまでがテンプレといいますか、他にも色々と…」
「あの、今日私がここに来たのは…」
「今は私が話していますよ?斎藤さん?」
心臓が跳ね上がるとはこの事を指すのだろう。なるほど確かに、それ以外にこの瞬間を指す言葉を思いつかない。
「ど、どうして俺の名前を…」
「あ、これは失礼。ここでは井村さん。でしたね?それでですね、なぜここまで建物が入り組んだかと言いますと……」
俺は今まで生きてきた中でこんなに喋る人間を見たことがあるだろうか。腕時計を確認するとなんと一時間二十分。ずっと話し続けている。ここまで来ると最早、引く。などといった言葉では片付けられない。恐怖だ。恐怖でしかない。
「ふー、さて、世間話も程々に。井村さんにはまず施設を一覧していただきましょうかね?どこから見て回りますか?一階?二階?三階?あ、もちろん制限はなしです。どこでも見ていただいて構いませんよ?やましい事など何もないので。うちの団体は某募金団体くらいクリーンなんですよ。」
「では、二階か…」
言い終わらないうちに。
「本当に二階からで良いんですか?あなたがここに来てから現在二時間二十分…あ、少々お待ちください……」
「…」
「はい!これであなたがここに来てから二時間二十分二十二秒経ちました!ラッキーですねぇ!こんなミラクルなかなか起きませんよ!でもね、うちの団体を信じてくださっている人たちにとっては然程珍しくもないんですよ!なにせ幸運が向こうから訪れてきますからね!ふとした瞬間に時計を確認するとゾロ目!なんてことも…」
「一階からで!お願いします。」
俺は会話…いや一人語りを無理やり断ち切り、語気をやや強めて言い放った。
「………かしこまりました!では、どうぞこちらへ!あ、そこ段差ありますので足元お気をつけて!あ、そうそう段差と言えば……」
俺は部屋を後にした。
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