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第179話 届かぬ想いを受け取って

ー/ー



「田島の? いっとくけどノープランだぞ」

「それは知ってる」

 当たり前だろと言わんばかりの夏村。
 ですよねー。俺の印象ってそんなんばっかだ。
 じゃあ、何についてだ? と視線を送る。

「これは確認。田島のこと、プランはなくても何か確信したことはあるんでしょ?」

「……ああ、よく分かったな」

「田島が手を抜いていたことは気づかなかったけど、それぐらいは分かる」

「さすがだな」

「これでも、一年一緒にいる」

 そう言って、夏村は微笑んだ。
 少しの照れくささと嬉しさが入り交じり、俺も笑う。
 そうだな。もう一年も一緒にいるもんな。

「そして、これはお節介」

「お節介?」

「そう。歓迎会で……焼き肉屋での覚えている?」

「……覚えているよ」

 真剣な表情になった夏村の言葉に、俺はすぐ脳裏に風景が蘇った。
 ゴールデンウィークの新入部員歓迎会での出来事。
 少しだけ田島の本音が垣間見えた、ちょっとしたテーブルトーク。

「田島の心は、きっと私が思うよりも深いと思う」

「そうかもな」

「もう腹括っているんだ?」

「そういうことだ」

 俺が頷くと夏村は安心したのか、それ以上は何も言わなかった。
 ただただ、正面を向いて夜風に当たる。
 そして数秒の沈黙の後、再び夏村が口を開く。

「この前、樫田と一緒に田島と話したとき、私は演劇部が好きか聞いた」

「……どうだった?」

「好きって言ってた」

 俺は静かに安堵した。
 その言葉はきっと世辞や社交辞令じゃないだろう。
 そう考えていると「ただ」と夏村が続ける。

「その後に演劇が好きか聞いたら、はぐらかされた」

「……そっか」

 俺はベンチの背もたれに体を預けて、夜空を見上げた。
 だだっ広い空に飲み込まれそうになりながら、俺はその言葉の意味を考える。
 いや、すでに答えは出ていて、それを確かめているにすぎないのかもしれない。
 そのままの姿勢で、俺は夏村に聞いた。

「夏村は田島と話さなくていいのか?」

「……話したいことはある。仲間として伝えないといけないことも先輩として言わないといけないことも、たくさん」

「なら――」

「でも、きっと私の言葉は心に届かない」

「…………」

 そんなことはない、というのは簡単だった。実際、夏村だから言えることもあるだろうし、届く思いもあるだろう。
 けど、そうじゃないのだろう。今、春大会を前にして田島に必要なことを、心に響く何かを届けられないと本人が言うのだから。
 諦めとか冷めているとかではない。きっとそれは夏村と田島の関係性の話なのだろう。

「私が言える情報はそれだけ」

「おう。ありがとな」

「次」

「まだあるのか」

 俺は上半身を背もたれから離して夏村の方を向いた。
 夏村は当然だろ、という視線で俺を見る。

「これからについて」

「……それは、なんだ。先輩の引退とか部長が誰だとか……」

「そう。そういう話」

 頷く夏村に、俺は全身の力が抜けそうになった。
 思わずもう一度背もたれに倒れそうになるのをこらえて、俺は夏村に聞く。

「夏村はそういう話、あんま好きじゃないと思ってたわ」

「確かに部長が誰とか興味ないけど、でも二年生として話さないといけない」

「……仰る通りで」

 面倒なことは我関せずだった夏村が、そんなことを言いだしたことに俺は驚いた。
 これもまた、一つの成長だろうか。

「杉野は香奈に部長をしてほしい?」

「ああ、そうだ」

 俺は力強く即答する。
 それは椎名が全国を目指すために必要な段階の一つなのだから。

「……そう。私は、樫田に部長になってほしい」

「え?」

 予想外の言葉に思わず聞き返してしまった。
 いや、言葉はちゃんと聞こえていた。だがその意味の理解が追い付かなかった。
 そんな俺の顔を見ながら、夏村はゆっくりと口を開く。

「きっと香奈か栞かが部長になったら、部活の雰囲気も方向性も変わる。私はそれが嫌」

「それは――」

「分かっている。今すでに色んな事が変化しつつある」

 夏村は俺から目を離して、何もない正面の方を向く。
 その横顔は、寂しそうだった。

「それでも、私は今の演劇部が好き。今のみんなが好き」

「……変わっていくのが、怖いか?」

「怖い」

 らしくない弱音を夏村は吐いた。
 けど、その恐怖は俺も分かってしまった。
 変化や成長、それは同時に何かを失っているのかもしれない。
 俺たちは今二年生として、先輩になろうと成長している。でもそれは後輩だった頃、一年生だった頃には戻れないということを示している。
 ふと道の後ろを向いたとき、何故か思い出が綺麗に映るように。
 今や過去を愛して、未来に進めない時がある。
 ――でも、時間を刻む秒針は止まらないだろう。

「きっと樫田なら、上手くまとめて、変わらず楽しい部活にしてくれる」

 夏村は期待を込めるようにそう言った。
 はたして、そうだろうか。
 確かに樫田はまとめ役して動いてくれるだろう。
 でも、でもさ、夏村。

「変わっても、きっと楽しいさ」

「――」

 俺の言葉に、夏村は反応しなかった。
 表情を変えず、俺の方を見るわけでもなく、ただ黙った。
 そして、まるで何もかもがなくなったかのような静寂の後、夏村は呟く。

「何で言い切れるの?」

「だって、みんなでいると楽しいじゃん」

「……そう。そうなんだ」

 何を納得したのか、夏村は小さく微笑んだ。
 俺が不思議がっていると、ちらっと一瞬だけ視線を向けてきた。

「前に樫田に相談した時言われた」

「なんて?」

「そんな心配無用だろって。たぶん杉野と同じことを言いたかったんだと思う」

「そっか」

 よくは分からないが、きっと夏村の中で何かが解決したのだろう。
 彼女の横顔は、さっきと違いどこか明るかった。

「色々聞きたかったけど、もういいや」

「え?」

「もう遅いし、帰ろう」

「お、おう」

 どうやら話はここまでのようだ。
 夏村が立ち上がったので、俺も同じようにベンチから腰を上げた。
 ああ、ちょっと腰痛いな。

「杉野」

「ん?」

 俺が背伸びをしていると、夏村に呼ばれた。
 彼女の方を向くと、穏やかな顔でこちらを見ていた。

「田島のこともだけど、香奈のこともよろしく」

「ああ、分かっている」

 俺は夏村から託された。
 彼女自身では届けられない想いを。


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「田島の? いっとくけどノープランだぞ」
「それは知ってる」
 当たり前だろと言わんばかりの夏村。
 ですよねー。俺の印象ってそんなんばっかだ。
 じゃあ、何についてだ? と視線を送る。
「これは確認。田島のこと、プランはなくても何か確信したことはあるんでしょ?」
「……ああ、よく分かったな」
「田島が手を抜いていたことは気づかなかったけど、それぐらいは分かる」
「さすがだな」
「これでも、一年一緒にいる」
 そう言って、夏村は微笑んだ。
 少しの照れくささと嬉しさが入り交じり、俺も笑う。
 そうだな。もう一年も一緒にいるもんな。
「そして、これはお節介」
「お節介?」
「そう。歓迎会で……焼き肉屋での覚えている?」
「……覚えているよ」
 真剣な表情になった夏村の言葉に、俺はすぐ脳裏に風景が蘇った。
 ゴールデンウィークの新入部員歓迎会での出来事。
 少しだけ田島の本音が垣間見えた、ちょっとしたテーブルトーク。
「田島の心は、きっと私が思うよりも深いと思う」
「そうかもな」
「もう腹括っているんだ?」
「そういうことだ」
 俺が頷くと夏村は安心したのか、それ以上は何も言わなかった。
 ただただ、正面を向いて夜風に当たる。
 そして数秒の沈黙の後、再び夏村が口を開く。
「この前、樫田と一緒に田島と話したとき、私は演劇部が好きか聞いた」
「……どうだった?」
「好きって言ってた」
 俺は静かに安堵した。
 その言葉はきっと世辞や社交辞令じゃないだろう。
 そう考えていると「ただ」と夏村が続ける。
「その後に演劇が好きか聞いたら、はぐらかされた」
「……そっか」
 俺はベンチの背もたれに体を預けて、夜空を見上げた。
 だだっ広い空に飲み込まれそうになりながら、俺はその言葉の意味を考える。
 いや、すでに答えは出ていて、それを確かめているにすぎないのかもしれない。
 そのままの姿勢で、俺は夏村に聞いた。
「夏村は田島と話さなくていいのか?」
「……話したいことはある。仲間として伝えないといけないことも先輩として言わないといけないことも、たくさん」
「なら――」
「でも、きっと私の言葉は心に届かない」
「…………」
 そんなことはない、というのは簡単だった。実際、夏村だから言えることもあるだろうし、届く思いもあるだろう。
 けど、そうじゃないのだろう。今、春大会を前にして田島に必要なことを、心に響く何かを届けられないと本人が言うのだから。
 諦めとか冷めているとかではない。きっとそれは夏村と田島の関係性の話なのだろう。
「私が言える情報はそれだけ」
「おう。ありがとな」
「次」
「まだあるのか」
 俺は上半身を背もたれから離して夏村の方を向いた。
 夏村は当然だろ、という視線で俺を見る。
「これからについて」
「……それは、なんだ。先輩の引退とか部長が誰だとか……」
「そう。そういう話」
 頷く夏村に、俺は全身の力が抜けそうになった。
 思わずもう一度背もたれに倒れそうになるのをこらえて、俺は夏村に聞く。
「夏村はそういう話、あんま好きじゃないと思ってたわ」
「確かに部長が誰とか興味ないけど、でも二年生として話さないといけない」
「……仰る通りで」
 面倒なことは我関せずだった夏村が、そんなことを言いだしたことに俺は驚いた。
 これもまた、一つの成長だろうか。
「杉野は香奈に部長をしてほしい?」
「ああ、そうだ」
 俺は力強く即答する。
 それは椎名が全国を目指すために必要な段階の一つなのだから。
「……そう。私は、樫田に部長になってほしい」
「え?」
 予想外の言葉に思わず聞き返してしまった。
 いや、言葉はちゃんと聞こえていた。だがその意味の理解が追い付かなかった。
 そんな俺の顔を見ながら、夏村はゆっくりと口を開く。
「きっと香奈か栞かが部長になったら、部活の雰囲気も方向性も変わる。私はそれが嫌」
「それは――」
「分かっている。今すでに色んな事が変化しつつある」
 夏村は俺から目を離して、何もない正面の方を向く。
 その横顔は、寂しそうだった。
「それでも、私は今の演劇部が好き。今のみんなが好き」
「……変わっていくのが、怖いか?」
「怖い」
 らしくない弱音を夏村は吐いた。
 けど、その恐怖は俺も分かってしまった。
 変化や成長、それは同時に何かを失っているのかもしれない。
 俺たちは今二年生として、先輩になろうと成長している。でもそれは後輩だった頃、一年生だった頃には戻れないということを示している。
 ふと道の後ろを向いたとき、何故か思い出が綺麗に映るように。
 今や過去を愛して、未来に進めない時がある。
 ――でも、時間を刻む秒針は止まらないだろう。
「きっと樫田なら、上手くまとめて、変わらず楽しい部活にしてくれる」
 夏村は期待を込めるようにそう言った。
 はたして、そうだろうか。
 確かに樫田はまとめ役して動いてくれるだろう。
 でも、でもさ、夏村。
「変わっても、きっと楽しいさ」
「――」
 俺の言葉に、夏村は反応しなかった。
 表情を変えず、俺の方を見るわけでもなく、ただ黙った。
 そして、まるで何もかもがなくなったかのような静寂の後、夏村は呟く。
「何で言い切れるの?」
「だって、みんなでいると楽しいじゃん」
「……そう。そうなんだ」
 何を納得したのか、夏村は小さく微笑んだ。
 俺が不思議がっていると、ちらっと一瞬だけ視線を向けてきた。
「前に樫田に相談した時言われた」
「なんて?」
「そんな心配無用だろって。たぶん杉野と同じことを言いたかったんだと思う」
「そっか」
 よくは分からないが、きっと夏村の中で何かが解決したのだろう。
 彼女の横顔は、さっきと違いどこか明るかった。
「色々聞きたかったけど、もういいや」
「え?」
「もう遅いし、帰ろう」
「お、おう」
 どうやら話はここまでのようだ。
 夏村が立ち上がったので、俺も同じようにベンチから腰を上げた。
 ああ、ちょっと腰痛いな。
「杉野」
「ん?」
 俺が背伸びをしていると、夏村に呼ばれた。
 彼女の方を向くと、穏やかな顔でこちらを見ていた。
「田島のこともだけど、香奈のこともよろしく」
「ああ、分かっている」
 俺は夏村から託された。
 彼女自身では届けられない想いを。