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003 食堂の看板娘

ー/ー



 ー≪貧民地区入り口≫ー
 
「う~ん、ここって近道なんだけどガラが悪いのが多いから嫌なんだよなぁ。まぁあいつら死んでるようなもんだし、近寄ってきたらダッシュで逃げればいいか」

 女は度胸とばかりに路地裏をびくびく歩いて行く少女は、町の食堂の自称看板娘のユッテだ。このくらいの年頃の子は怖いもの知らずというより単に虚勢を張りたい年頃だ。
 路地裏に座り込む人を見ると活力が感じられなかった。ユッテの方を見るがすぐに興味を無くし項垂れてしまう。
 ……襲ってこない、襲ってこない。
 そう自分に言い聞かせて足早に通り過ぎようとすると、突然道に落ちていたぼろ雑巾が動いて近寄ってきた。

「ひいぃ、なっなに?」
「くんくん、美味しそうな匂い…」

 ぼろ雑巾が抱えているパンの袋の匂いを嗅いでくる。パンの袋をぼろ雑巾から遠ざけると、さらにぼろ雑巾がにじり寄って来た。その時点でぼろ雑巾と思っていた正体が薄汚れた女の子だと気づいた。

「なっなによ、あんたお腹空いてるの?……まぁ貧民地区(こんなとこ)にいるんだからお腹が空いてて当たり前か」

 よくよく考えてみると、貧民地区(こんなとこ)で食べ物の匂いをさせていたユッテは恐怖を覚えた。連中が女の子に興味が無くても食べ物に興味を示す可能性は十分にあった。その証拠に今まさに抱えているパンを凝視しているぼろ雑巾、いや女の子がここに居る。

「ねえ、荷物運びを手伝ってくれるならパンを1つあげる。どお?」
「本当にこれを運んだらパンをくれるの?」
「交渉成立だね、あたしはユッテ、あんたは?」
「アース」

 パン1つで便利な荷物運びを確保、この調子なら他にも食べ物で釣ればなんでもやってくれそう。ユッテはいい拾い物をしたと思った。


 ー≪食堂(質より量)≫ー

「ほい、到着~、ここがウチの家兼食堂(質より量)!」
「ねえ、約束のパン!!」
「はいはい、今渡すから。ほら、約束のパン」

 アースに約束のパンを渡していると食堂から中年の女性が出てきた。女性はここの食堂の女将でユッテの母親のマリアンナだ。ちょうど今は夕方の仕込みをしていたのだが、ユッテが帰ってきたのを見て出てきたのだ。

「おかえりユッテ、戻ったばかりで悪いんだけど頼んでいた食材(もの)が届いているから奥の物置にに積んでおいておくれ」
「えーー、食材(アレ)超重いじゃん!積んだ後は腕がパンパンになるし、服は埃まみれになるし、今だって買い出しから返って来たばっかりだし…そうだ!ねぇアース、食料置き場の整理を手伝ってくれないかなぁ?手伝ってくれたらパンもう1個にスープも食べさせてあげる」

 早速ユッテが食べ物でアースを釣ろうとする。始めからパンにスープを付ける交渉の仕方が買い出しの荷物運びよりも食食料置き場の整理の重労働さを物語っていた。

「もぐもぐ…ふーふ?(スープ?)」
「そう、スープ。って食べるか喋るかどっちかにしなよ」
「なんだい?その子は」

 マリアンナがユッテにくっ付いているアースに気づいた。

「この子はお使いの途中で…」

 ユッテが見つけたアースに荷物運びをさせた事を話すと、マリアンナがユッテの言葉に呆れ、ため息を吐いた。

「こんな小さな子に荷物持ちをさせたのかい!どう見てもまだ10歳くらいじゃないか」
「いやいや私だって荷物を持ったよ、『働かざる者食うべからず』ってね、荷物持ってくれたらパンをあげるっていう約束なんだよ。このあたしのやさしさわからないかなー?」
「….…ねえ、あそこにある物を片付けたらまた食べさせてくれるの?」

 アースが食料置き場の荷物を指差してユッテに聞いてきた。更なる食べ物のチャンスだ、これを逃す気は無かった。

「ほらほら、本人もやるって言ってるんだし」
「しょうがないね、ならあんたが最後まで面倒を見るんだよ!」

 ユッテにクギを刺して夕方の仕込みが途中だったとマリアンナは厨房の奥に行ってしまった。

「とゆーわけで、あそこにある食料を奥に積んでいくだけの簡単な仕事だよ。中は()()の魔術具で食料は腐らないようになっているからね。終わったらスープとパンを食べさせてあげる」

 どう見ても今日中に終わる量では無かったが、アースにはそんな事は分からなかった。「終わればパンとスープが貰える」それだけが頭の中にあった。
 ユッテも終わらない事など始めからわかっており、終われば食べ物をやると言えば、サボらずに働くと考えていた。
……こっちは夕方までさぼらせてもらおっと。

「わかった、終わったらパンとスープくれるんだね」
「もっもちろん!」

 上手くアースを騙せたと思ったユッテは食糧庫の整理をお願いね、と念をおして()()()()()行ってしまった。

 食料置き場の中に入るとかすかにひやりとした。「中は()()の魔術具があるからね」とユッテの言葉を思い出した。だけど言うほど寒くはなく、肉や魚などの腐りやすい食料の保存には魔術具の力は弱いと思われた。

「おいで極小単生物(プチプチ)、この木箱を同じ所に運んで」

 アースが唱えると手のひらから半透明の極小単生物(プチスライム)が文字通り湧いて出てきた。手のひらから零れ落ちると食料置き場全体に広がっていった。
 食材が入った木箱の下に極小単生物(プチスライム)が潜り込んでいく。すると木箱が極小単生物(プチスライム)の上をベルトコンベアーに乗ったように次々と運ばれ、気が付くとすべての木箱が決められた場所に積みあがっていった。

 ジッ ジジッ…

 魔晶石から小さい音が聞こえた。以前作業場でよく聞いた音で魔力が切れる時の音だった。冷蔵の魔術具に嵌められている魔晶石を調べると込められた魔力が空なのが分かった。
 ……お肉やお魚が腐ったらパンとスープを貰えなくなっちゃう。

 魔力が切れた魔晶石が自分のお腹とオーバーラップして自然に魔晶石を両手に包んで魔力を込めた。
 濁流の様な魔力が魔晶石に流れ込んでいき、魔晶石は鈍い青色に光っていた。

 魔力を込めた魔晶石を嵌めて魔術具を起動する。低い音が響き魔導具から冷気が出始め、次第に食糧庫一杯に広がっていった。

「ユッテ、魔術具の調子が悪…なんだいこの寒さは」
「あ、マリアンナママ」

 食糧庫に入った瞬間にブルブル震えたマリアンナが目にしたのは完全瞬間冷凍した肉と魚だった。

「やばいやばい、ちょっと遊びすぎたかな? さてと、片付けは終わっているかな?」

 町から戻ったユッテが食糧庫に向かう途中、食堂でマリアンナとアースがおやつを食べながら楽しそうに話してるのを見た。

「あ―――!2人でおやつ食べてる、ずるい!!」
「何がずるいだよ!この子に仕事を全部押し付けてあんたは何してたんだい?」
「え、えーとその…あっ仕事は?これからするの?」
「食料置き場の中を見なかったのかい?それよりこれ!こんだけ凍っていたら肉も魚も新鮮なまま料理が作れるよ。もう冷蔵倉庫じゃなくて冷凍倉庫だね」

 凍った肉と魚を見たユッテが驚き、慌てて食料置き場を見に行くと

「何これ、さっ寒い…」
「冷蔵の魔術具だよ、でもここまで寒いのは初めてだね。食材が凍る魔晶石は欲しかったけど、バカ高いから諦めていたのさ。でもなんだか分からないけど、魔術具の性能が良くなったのかねぇ」

 ……突然魔術具の性能が上がるわけないじゃん!
 ユッテが両腕を抱き抱えぶるぶる震えながら呆れた目でマリアンナを見た。

 でもアースってこんな能力があったんだ。採集の依頼で一儲けしたって話も聞いたことあるし、上手く言い包めればちょっとした小遣い稼ぎになるかな?

「ねえアース、探索者にならない?探索者になって依頼を受けてお金が手に入れば、もっともっと美味しいものがお腹いっぱい食べられるよ」
「美味しいものがお腹いっぱい?ほんと??」
「こら!何を言い出すんだい?まさかこの子を使って依頼料で稼ごうなんて考えていないだろうね?」
「そっそんな事考えていないよ、ほんとほんと」

 ユッテの悪だくみはマリアンナに見透かされていた。が…

「ねえユッテ、本当に探索者?になったら美味しいものがお腹いっぱい食べられる?」

 当のアースは”美味しいもの”の一言にすっかりやる気になっていた。


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 ー≪貧民地区入り口≫ー
「う~ん、ここって近道なんだけどガラが悪いのが多いから嫌なんだよなぁ。まぁあいつら死んでるようなもんだし、近寄ってきたらダッシュで逃げればいいか」
 女は度胸とばかりに路地裏をびくびく歩いて行く少女は、町の食堂の自称看板娘のユッテだ。このくらいの年頃の子は怖いもの知らずというより単に虚勢を張りたい年頃だ。
 路地裏に座り込む人を見ると活力が感じられなかった。ユッテの方を見るがすぐに興味を無くし項垂れてしまう。
 ……襲ってこない、襲ってこない。
 そう自分に言い聞かせて足早に通り過ぎようとすると、突然道に落ちていたぼろ雑巾が動いて近寄ってきた。
「ひいぃ、なっなに?」
「くんくん、美味しそうな匂い…」
 ぼろ雑巾が抱えているパンの袋の匂いを嗅いでくる。パンの袋をぼろ雑巾から遠ざけると、さらにぼろ雑巾がにじり寄って来た。その時点でぼろ雑巾と思っていた正体が薄汚れた女の子だと気づいた。
「なっなによ、あんたお腹空いてるの?……まぁ|貧民地区《こんなとこ》にいるんだからお腹が空いてて当たり前か」
 よくよく考えてみると、|貧民地区《こんなとこ》で食べ物の匂いをさせていたユッテは恐怖を覚えた。連中が女の子に興味が無くても食べ物に興味を示す可能性は十分にあった。その証拠に今まさに抱えているパンを凝視しているぼろ雑巾、いや女の子がここに居る。
「ねえ、荷物運びを手伝ってくれるならパンを1つあげる。どお?」
「本当にこれを運んだらパンをくれるの?」
「交渉成立だね、あたしはユッテ、あんたは?」
「アース」
 パン1つで便利な荷物運びを確保、この調子なら他にも食べ物で釣ればなんでもやってくれそう。ユッテはいい拾い物をしたと思った。
 ー≪食堂(質より量)≫ー
「ほい、到着~、ここがウチの家兼食堂(質より量)!」
「ねえ、約束のパン!!」
「はいはい、今渡すから。ほら、約束のパン」
 アースに約束のパンを渡していると食堂から中年の女性が出てきた。女性はここの食堂の女将でユッテの母親のマリアンナだ。ちょうど今は夕方の仕込みをしていたのだが、ユッテが帰ってきたのを見て出てきたのだ。
「おかえりユッテ、戻ったばかりで悪いんだけど頼んでいた|食材《もの》が届いているから奥の物置にに積んでおいておくれ」
「えーー、|食材《アレ》超重いじゃん!積んだ後は腕がパンパンになるし、服は埃まみれになるし、今だって買い出しから返って来たばっかりだし…そうだ!ねぇアース、食料置き場の整理を手伝ってくれないかなぁ?手伝ってくれたらパンもう1個にスープも食べさせてあげる」
 早速ユッテが食べ物でアースを釣ろうとする。始めからパンにスープを付ける交渉の仕方が買い出しの荷物運びよりも食食料置き場の整理の重労働さを物語っていた。
「もぐもぐ…ふーふ?(スープ?)」
「そう、スープ。って食べるか喋るかどっちかにしなよ」
「なんだい?その子は」
 マリアンナがユッテにくっ付いているアースに気づいた。
「この子はお使いの途中で…」
 ユッテが見つけたアースに荷物運びをさせた事を話すと、マリアンナがユッテの言葉に呆れ、ため息を吐いた。
「こんな小さな子に荷物持ちをさせたのかい!どう見てもまだ10歳くらいじゃないか」
「いやいや私だって荷物を持ったよ、『働かざる者食うべからず』ってね、荷物持ってくれたらパンをあげるっていう約束なんだよ。このあたしのやさしさわからないかなー?」
「….…ねえ、あそこにある物を片付けたらまた食べさせてくれるの?」
 アースが食料置き場の荷物を指差してユッテに聞いてきた。更なる食べ物のチャンスだ、これを逃す気は無かった。
「ほらほら、本人もやるって言ってるんだし」
「しょうがないね、ならあんたが最後まで面倒を見るんだよ!」
 ユッテにクギを刺して夕方の仕込みが途中だったとマリアンナは厨房の奥に行ってしまった。
「とゆーわけで、あそこにある食料を奥に積んでいくだけの簡単な仕事だよ。中は|冷《・》|蔵《・》の魔術具で食料は腐らないようになっているからね。終わったらスープとパンを食べさせてあげる」
 どう見ても今日中に終わる量では無かったが、アースにはそんな事は分からなかった。「終わればパンとスープが貰える」それだけが頭の中にあった。
 ユッテも終わらない事など始めからわかっており、終われば食べ物をやると言えば、サボらずに働くと考えていた。
……こっちは夕方までさぼらせてもらおっと。
「わかった、終わったらパンとスープくれるんだね」
「もっもちろん!」
 上手くアースを騙せたと思ったユッテは食糧庫の整理をお願いね、と念をおして|町《・》|に《・》|遊《・》|び《・》|に《・》行ってしまった。
 食料置き場の中に入るとかすかにひやりとした。「中は|冷《・》|蔵《・》の魔術具があるからね」とユッテの言葉を思い出した。だけど言うほど寒くはなく、肉や魚などの腐りやすい食料の保存には魔術具の力は弱いと思われた。
「おいで|極小単生物《プチプチ》、この木箱を同じ所に運んで」
 アースが唱えると手のひらから半透明の|極小単生物《プチスライム》が文字通り湧いて出てきた。手のひらから零れ落ちると食料置き場全体に広がっていった。
 食材が入った木箱の下に|極小単生物《プチスライム》が潜り込んでいく。すると木箱が|極小単生物《プチスライム》の上をベルトコンベアーに乗ったように次々と運ばれ、気が付くとすべての木箱が決められた場所に積みあがっていった。
 ジッ ジジッ…
 魔晶石から小さい音が聞こえた。以前作業場でよく聞いた音で魔力が切れる時の音だった。冷蔵の魔術具に嵌められている魔晶石を調べると込められた魔力が空なのが分かった。
 ……お肉やお魚が腐ったらパンとスープを貰えなくなっちゃう。
 魔力が切れた魔晶石が自分のお腹とオーバーラップして自然に魔晶石を両手に包んで魔力を込めた。
 濁流の様な魔力が魔晶石に流れ込んでいき、魔晶石は鈍い青色に光っていた。
 魔力を込めた魔晶石を嵌めて魔術具を起動する。低い音が響き魔導具から冷気が出始め、次第に食糧庫一杯に広がっていった。
「ユッテ、魔術具の調子が悪…なんだいこの寒さは」
「あ、マリアンナママ」
 食糧庫に入った瞬間にブルブル震えたマリアンナが目にしたのは完全瞬間冷凍した肉と魚だった。
「やばいやばい、ちょっと遊びすぎたかな? さてと、片付けは終わっているかな?」
 町から戻ったユッテが食糧庫に向かう途中、食堂でマリアンナとアースがおやつを食べながら楽しそうに話してるのを見た。
「あ―――!2人でおやつ食べてる、ずるい!!」
「何がずるいだよ!この子に仕事を全部押し付けてあんたは何してたんだい?」
「え、えーとその…あっ仕事は?これからするの?」
「食料置き場の中を見なかったのかい?それよりこれ!こんだけ凍っていたら肉も魚も新鮮なまま料理が作れるよ。もう冷蔵倉庫じゃなくて冷凍倉庫だね」
 凍った肉と魚を見たユッテが驚き、慌てて食料置き場を見に行くと
「何これ、さっ寒い…」
「冷蔵の魔術具だよ、でもここまで寒いのは初めてだね。食材が凍る魔晶石は欲しかったけど、バカ高いから諦めていたのさ。でもなんだか分からないけど、魔術具の性能が良くなったのかねぇ」
 ……突然魔術具の性能が上がるわけないじゃん!
 ユッテが両腕を抱き抱えぶるぶる震えながら呆れた目でマリアンナを見た。
 でもアースってこんな能力があったんだ。採集の依頼で一儲けしたって話も聞いたことあるし、上手く言い包めればちょっとした小遣い稼ぎになるかな?
「ねえアース、探索者にならない?探索者になって依頼を受けてお金が手に入れば、もっともっと美味しいものがお腹いっぱい食べられるよ」
「美味しいものがお腹いっぱい?ほんと??」
「こら!何を言い出すんだい?まさかこの子を使って依頼料で稼ごうなんて考えていないだろうね?」
「そっそんな事考えていないよ、ほんとほんと」
 ユッテの悪だくみはマリアンナに見透かされていた。が…
「ねえユッテ、本当に探索者?になったら美味しいものがお腹いっぱい食べられる?」
 当のアースは”美味しいもの”の一言にすっかりやる気になっていた。