41頭目 甥っ子の読書
ー/ー「……」
リビングがやけに静かだと思ったら、牛郎は真剣な眼差しで本を読んでいる。珍しいこともあるもんだ。
普段は読書なんて縁もない牛郎が食い付くのだから、さぞかし面白い話なんだろう。俺が横目に見る限り、その本は寓話を思わせる古風な表紙が特徴的。
『天才は天祭に甜菜を転載し天災を被り天際へ赴く』......? 何だかえらく長いタイトルだな。
長文タイトルは、近年のライトノベルに見られる特徴だ。それらは『なろう小説』と呼ばれ、今や1ジャンルと言えるほどの勢力を誇っている。
タイトルに作品の概要が組み込まれており、読み手に安心感を与える効果がある。また、ウェブ小説おいてはこれがSEO対策として有効であり、ブラウザが偶発的に検索することを狙える。
正直なところ、俺からすればなろう小説は出オチ感が否めない。結末が分かりきった作品を読むこと、それはもはや思考停止と言わざるを得ない。
俺からすれば、小説は時限爆弾に似ている。一読しただけでは理解に至らず、それは違和感として脳の片隅にこびり付く。
私生活の一場面で、ふとした瞬間に作品の意図を理解する。その時『あぁ、これか!』という電流みたいな衝撃が全身を駆け抜ける。
そのような体験をもたらすものが良書であり、後世に語り継がれる名著になると俺は思っている。文豪は、いわば言葉の策士なんだ。
「天才は非凡だからこそ鬼才であって、異彩なくして有能たり得ないっ!」
牛郎は突如として立ち上がり、声高らかに作中の台詞を読み上げた。どうやら甥っ子も厨二病の気質があるらしく、物語の世界で迷子になってしまっているようだ。
一見すると尤もらしいことを言っているようだが、冷静に考えれば同義語を反復しているだけ。いわゆる小泉構文だ。
これは同語反復というもので、トートロジーとも呼ばれる。……おっと、俺も知らぬ間に同語反復を起こしていた。
「おぉ神よ、私は狼になれたら朕だろうな……」
反復の次は韻を踏んできたか。踏韻は古くから農作業などの一体感を生むことに寄与している。
牛郎の読み上げを聞いているうち、何だか俺も気になって来た。こうやって感化される辺り、俺と牛郎は同類なんだろうな。
俺はスマートフォン片手にそいつを検索する。ふむふむ......略して天才、何だか身も蓋もないな。
天才の原典はインド神話で、オリジナルは1不可思議字を超える超大作。なるほど、まるで意味が分からない。
不可思議な出来事を1つ超えるというのは、日本語として破綻しているような気もするが......。と思っていた矢先、俺は根本的な勘違いに気付かされる。
「1不可思議は10を意味する......10の64乗!?」
2乗とか3乗なら数学で習ったけれど、64乗は果てしない数字だぞ......。考えるだけでも思考回路がショートしてしまいそうだ。
当然ながら、原典の翻訳は未だに追いついていないらしい。そんな壮大な物語を書く方も狂気じみているが、それをライトノベルの題材にしようとする神経も理解しかねる。
「真実はトゥルース、本当こそリアルなんだ!」
駄目だ......さすがにこの台詞はジワる。意訳の狂気もさることながら、原典の言い回しやその状況が想像できない。
長文タイトルは出オチだと馬鹿にしていた俺だが、天才については別格。むしろ、出だしから笑いを取りに行く精神力は敬服に値する。
正直、今の俺は笑いを堪えることで精一杯。もうやめてくれ......俺のライフポイントはとっくにゼロなんだ!!!
「おじさんにも天才の魅力、わかる!?」
必死に笑いを堪える俺に気付いた牛郎は、同志を見つけたかのような喜びの眼差しで俺を見つめている。甥っ子よ、俺とお前はいいダチなれそうだ......いや、親族だったな。
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