「弁護側、準備完了しています!」
いきなり物々しい雰囲気ですまない。実は俺達、訳あって裁判所に来ているんだ。
「検察側、もとより」
誤解のないように弁明しておくが、別に俺が裁かれる訳じゃない。あくまで傍聴席にいるだけだ。
「それでは、これより開廷いたします。被告人、入廷して下さい」
実は俺、裁判員の候補に選ばれたんだ。まだ決まったわけじゃないけど、裁判のことを知っておこうと思って見学しに来た次第。
「何だか緊張しちゃう……」
牛郎の反応は尤もだと思う。裁判所の厳かな雰囲気は、子供にとって異質なものだろう。
この雰囲気の中、被告人は己の罪を淡々と追及される。傍聴席の俺ですら、想像するだけで胃が痛くなってくる。
「被告人、氏名を述べて下さい」
おかしいな……被告人は入廷したんだよな? 俺の位置からは人影すら見えないが……?
「キューン!」
法廷内に悲しげな声が響く。けれど、その声は明らかに人外のもの。
「證誠寺林。貴方は狭山氏の畑に侵入し、作物を食い荒らした。罪状に間違いはありませんね?」
不法侵入に器物損壊。農作物を狙ったあたり、空腹に喘いでいたのだろうか?
「……」
被告人は黙秘している。不用意な発言は命取りなのだろが、初回からそれは悪手に他ならない。
「狸さん、何だか悲しそう……」
俺は、牛郎の言葉に耳を疑った。まさか、被告人は動物……?
「……」
そのまさかだった。灰色のずんぐり体型にふさふさな尻尾、目の周りの黒縁。
どこからどう見ても狸だ。この国は、一体いつから動物が裁かれるようになったんだろうか……?
「この事件、被告人が主犯であることは明白。その裏付けとして、検察側は証人を召喚を要求する!」
検察側は自信に満ちた表情。真偽はさておき、狸に対して頭ごなしに思うのは俺だけか?
「何となく、僕には狸さんが犯人だとは思えないだよな」
どうやら牛郎も俺と同意見。この裁判は何かがおかしい……いろいろと。
ーー
検察側の要求により、ついに証人が召喚された。証人……というよりアライグマなのだが?
「ポポポ、ポポポ……」
しかも、彼は不可思議な機械音を発している。まさか、ロボットでもあるまいし。
「決定的な証拠を握っている……? 証拠って、何だろう?」
どういう訳か、牛郎は証人の言葉を理解できるようだ。つくづく思うが、甥っ子は何者なんだろうか。
「どうだ? この証言は完璧と言っていいだろう」
自身に満ちた表情で検察官は語る。残念ながら、俺には機械音しか聞き取れない。
「……待った!」
その発声とともに、弁護士が机を叩いた。証人の言葉に、何か引っかかることがあるのだろうか。
「僕の足跡、毎回地面にめり込むんだよな……」
甥っ子の発言はさておき、どうやら弁護士は足跡に着目したらしい。確かに、足跡は有力な証拠だ。
「検察側は、証拠品としてこの写真を提示する」
法廷のスクリーン上に写真が提示される。畑に残された足跡がくっきりと残されているのが確認できる。
「異議ありっ!」
違和感を覚えたのか、弁護士は即座に叫んだ。その違和感、俺には分からなかったけれど……?
「証拠品に残された足跡は5本指。けれど、被告人の足は4本指です。これは、明らかに矛盾しています!!」
確かに、狸の足跡は犬のように4本指。そこは盲点だった。
「ぐはっ!」
痛いところを突かれたのか、検察官は苦悶の表情を浮かべている。何というか、格闘ゲームでダメージを受けたようなリアクションだな。
「いやいや、もしかしたら疲れて指を5本下ろしていたかも知れないだろう? 証人、言葉を続けるんだ」
検察側の言い訳は苦しいが、さすがにこれだけでは決定打にならないか。さて、次はどんな証言が飛び出すのだろうか。
「ポポポ、ポポポ……」
証言はさらに続く。やっぱり、俺には機械音としか聞き取れない。
「僕の手形、みんなよりちょっと大きいんだよな」
確かに、甥っ子は全体的に体格がいい。婆さんが生前に言っていたが、手が大きいと高身長になるというのは本当なのだろうか?
「異議ありっ!」
弁護士、今回は随分と早い『異議ありっ!』だな。士業らしく、少しは考え込んでも良いんじゃないか?
「作物には手形が残されていたと言いますが……被告人は手先が器用ではない! つまり、これは第三者の犯行を示唆しています!!」
確かに、手先が器用な狸は聞いたことがない。どちらかといえば、鈍臭い生き物だしな。
「ぐぬぬ……!」
先程に続いて、検察官は痛恨のダメージを受けたようだ。裁判よりも、検察官のリアクションを見ている方が面白いのは俺だけか?
「いや、そんな訳がない……。『自分、不器用ですから』と言いながら皮を被っている筈なんだ……」
検察側は勝ち戦と思っていたのかもしれない。けれど、それは『取らぬ狸の皮算用』というものだ。
「証人、もう少し詳細を語って欲しい」
証言は尚も進む。正直、これ以上はボロが出そうな気もするが。
「ポポポ、ポポポ……」
証言は終始機械音。果たして、この言葉を傍聴席はどう受け止めているのか。
「尻尾はないけど、僕はお尻を全力で振るよ!」
甥っ子はウネウネと尻を振っている。どうでもいいけれど、好意的に尻尾を振る生き物は犬だけらしい。
「これが犯人の後ろ姿……」
次の証拠品が提示され、弁護士は熟考に入った。それは監視カメラに残っていた映像で、犯行の瞬間がつぶさに映し出されている。
「ポポポ、ポポポ……」
言葉とは裏腹に、証人の表情が曇っているような気がする。一言で言えば、致命傷を受けて吐血寸前の雰囲気。
「喰らえっ!」
熟考の末、弁護士が目を見開いた。明鏡止水の心境から、彼はどのような反論を展開するのだろうか?
「犯人の尻尾は縞模様。けれど、被告人の尻尾に模様はありません! この証拠から犯人は明らか! 弁護側は、御手洗中を真犯人として告発しますっ!!!」
弁護士は証言を一刀両断。ついでに真犯人も暴いてしまった。
「ポポポ、ポポポ……ポポポポーンッ!!!」
証人から真犯人となったアライグマ。これはもはや、オーバーキルといったところか。
ーー
真犯人が暴露され、裁判は終審へ向かう。結果は分かりきっているけれど、被告人は緊張の面持ち。
「被告人、證誠寺林へ判決を言い渡します……」
被告人は失神しかけているけれど、お前は容疑は晴れている。大丈夫、無問題だ。
「無罪っ!」
法廷内は祝福ムード。弁護士のおかげで、冤罪が1つ消滅した。
「キューン!」
被告人は喜びの声を上げた。良かったな、狸。
……ところで、俺はここに何をしに来たんだっけか?