椎名を見送った後、俺は近くのコンビニで飲み物を買った。
外に出て、買った飲み物を飲む。
渇いた喉が潤うのを感じながら少し遠くを見る。
頭の中では色んなことを考えていた。
――田島の演技のこと、春大会、椎名のこと、先輩たちの引退、これからの演劇部。
自然とため息が出た。
肩でするほどの大きなため息の理由すら、俺は分かっていない。
話し合った疲労感か、これからのことに対する不安感か、はたまたちょっとした高揚感か。
今見ないといけないことと今度見通さなきゃいけないことを脳内で分ける。
すると今はやはり田島のこと、そして春大会のことだろう。
椎名にも釘を刺されたが、田島のことばかり気にしてはいけない。
池本や金子だって俺の大切な後輩だ。
それに、経験値でいうなら田島より池本の方が未熟だ。
本番でのトラブルや雰囲気、プレッシャーに負けずに楽しめるといいのだが。
なんとなく、一年前のことを思い出す。
俺の初舞台であり、そしてみんなと初めての演劇。
ほんのりと、胸が熱くなる。
この尊ぶような想いをノスタルジーと呼ぶのだろうか。
思わず、笑みがこぼれた。
でもすぐに俺は現実に戻る。
ポケットからスマホの振動を感じたからだ。
急いで取り出して、画面を見る。
表示された名前を見て驚いて、一瞬固まってしまった。
恐る恐る俺は電話に出た。
「……もしもし」
『今、一人?』
ある意味彼女らしく挨拶もなしに聞いてきた。
俺は少し緊張しながら答えた。
「ああ、どうしたんだ? 夏村」
『ちょっと杉野と二人で話したくて。今どこ?』
「駅前のコンビニだけど……」
『そう。今からいつもの公園、来れる?』
「別にいいけど……」
『分かった。よろしく』
それだけで電話は切れた。
呆気に取られたが、俺はとりあえず公園に向かうことにした。
二人で話したい? 夏村が? なんで? 何を?
頭の中は疑問で一杯だった。
幸いにも駅近くにいたため、公園には十分もかからずに着いた。
六月に入ったこの時期、まもなく日の入り時刻だった。
ゆっくりと暗くなっていく中で彼女――夏村は静かにベンチに座っていた。
まるで透明感がありながらもはっきりとした水彩画のような、どこか芸術的だった。
そのサンクチュアリに、俺は一歩一歩と近づく。
夏村は気づいているのかいないのか、ただ黙っていた。
手が届く距離まで来ると、ようやく口を開いた。
「ありがとう、来てくれて」
「いや、まぁ、それはいいんだけどさ……」
よかった。いつもの夏村だ。
声を聞いて俺は少し安堵する。
「横、座る?」
「ああ、じゃあ」
カバンを膝の上において夏村はベンチの半分を俺に譲る。
言われるがまま、俺は空いたスペースに座る。
沈黙が流れそうになるのに耐えられず、俺は聞く。
「どうしたんだよ、急に」
「電話の通り、ちょっと話したいことが出来た」
「おう、そっか……で、その内容は?」
「……」
夏村は俺の方ではなく正面を向きながら、どこか真剣な表情をしていた。
そして数秒の静寂の後に、ゆっくりと話し出した。
「……部活の話。春大会のこと、田島のこと、部長のこと、先輩たちの引退、それと……これからについて」
一つ一つを噛み締めるように、そして躊躇いと決意が混じった様な声音でそう言った。
なんとなく、俺は夏村の聞きたいことを察した。
そして
倣うように俺も誰もいない正面を向く。
誰もいない公園が目に映る。
しかし、その開けた視野とは対照的な暗闇にいるような気分だった。
「……どれから話せばいい?」
「とりあえず、春大会のこと。杉野の目標は?」
「俺個人の?」
「そう」
その質問は意外だったが、俺の中に答えがぱっと浮かんだ。
それをそのまま口に出す。
「とりあえず、みんなで楽しんで無事に終わればいいかなぁ」
「個人賞とか狙わないの?」
「取れたら嬉しいけど、狙うと足をすくわれそうで」
「謙虚。けど、主役ならもっと積極的に狙うべき」
「負ける気はないけどな」
「ならいい」
俺の言葉に、夏村は満足げに頷いた。
忘れてないよ。主役だってこと。そしてその役割も。
「そういう夏村はどうなんだ? 個人賞狙ってんのか」
「もちろん」
軽く聞いた質問に、夏村は力強く答えた。
それを聞いて俺の胸が熱くなった。
「愚問だったな」
「……けど、香奈はたぶん諦めている」
寂しそうに夏村は呟いた。
俺に宿った熱が少し冷めるのを感じながら、同意した。
「……だろうな」
「知ってたの?」
「さっきの帰り道で少し話して、な」
「そう…………最近の香奈は、人として成長したと思う。けど、役者としての魅力は薄れたかもしれない」
「……」
その言葉を、否定できなかった。
痛いところを突かれた気分だった。
夏村は横目で俺を見ながら、話を続けた。
「前はもっと独裁的で独善的だった。けど今は協調的で客観的な気がする。それは悪いことではないけど人を魅了しない」
心配なのか悲しいのか、夏村は憂いていた。
そして俺はその言葉の意味を分かってしまった。
役者は、良くも悪くも人を魅了しないといけない。何かしらを惹きつける引力を持たないといけない。
そして、かつての椎名の演技は荒々しく攻撃的で、常に全力でぶつかってくる感じだった。だが今の椎名は――まるで自分の限界を決めたかのような――どこか達観した演技をするように感じる。
言葉で語ると、独裁的とか独善的とか長所のように聞こえないかもしれないが、時にそう言った演技を求められることもある。そして、椎名にとってはそういう時が一番のハマり役だった。
「……それが話したいことか?」
「その一つ。たぶん、今の香奈を諭せるのは杉野だけ」
「そっか……俺はさっき気づいたばっかだわ」
「まだ春大会に間に合う」
「……そうだな。ちょっと考えるわ」
俺はそう言って、椎名のことを保留した。
夏村はそれ以上追及してこなかった。
そして、話題を変えた。
「次は、田島のこと」