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最終話 助手だから

ー/ー



「本当にそれでよいのですか? 後悔しませんね?」

「ええ、死神を従えるなんて俺にはできませんよ」

 シュヴェルトライテと一矢が言葉を交わす。端的に言えばこれはヴァルキリー側からのスカウトだった。

 一矢たちはヴァルキリーに反抗する勢力を立て続けに三つも壊滅させ、当面の危機は去った。

 シュヴェルトライテが一矢に提案したのは、全ての死神の上位者としての称号「序列第零位」の授与とヴァルキリーと同等の死神たちの指揮権、公安怪異対策課死神班の課長の役職などなど。

 ヴァルキリーが今後一矢を死神統治に利用する気が見て取れた。

「相変わらず生意気よね、この犬! 私が調教してやろうと思ってたのに!」

 奇跡的に一命を取り留めたロスヴァイセが一矢を罵る。そう言いながらもその顔は笑っている。

「そう言うなロスヴァイセ。死神である以上いつでもこちらから召喚できるさ。その時は任せたぞ? 天ケ瀬一矢」

 グリムゲルデが仮面越しにもわかる意地悪な笑みを浮かべながら軽口を叩く。

 状況が理解できていないのはシュヴェルトライテだけだ。

 彼女はこれだけの高待遇に一矢が乗ってこないことに疑問を感じていたが、他の姉妹が納得している様子に余計に首を傾げる。

 今や一矢は死神たちだけでなく、知性のある妖魔などにも名の知れ渡る死神となった。かつての「序列第一位」と対決して倒し、その野望を挫いたのだ。

 そして彼が「世界を壊す者」を狩る死神に目覚めたということ。

 何よりもそれが弱体化したヴァルキリー支配に干渉しようという勢力への抑止力となった。

 そんな彼への褒章としてありったけの栄誉を贈ろうとしたシュヴェルトライテであったが、考える素振りもなく一蹴されてしまった。

 無論彼を要職に据えることによって、その恩恵を受けようとしていたことは事実としてあったのだが。

 謁見の間を去る一矢の後ろ姿を見ながらシュヴェルトライテは二人に問う。

「ロスヴァイセ、グリムゲルデ。何が可笑しいのですか。言ってみなさい」

「いやーやっぱり? あの犬、あそこの上司とできてんのかなーって思っただけよ! いや……だけです」

「違うだろう。私が見るにあの二人は……戦友だな。共に戦場を何度も駆け抜けた仲だ。取り立てるのであれば二人同時でなくては。もう一方に遠慮しているのだろう」

「甘いわね、グリムゲルデお姉さま。その最中で芽生えるんでしょう? 上司と部下の関係を、その一線を越えた恋ってやつが!」

 楽しげなロスヴァイセはつい恐れているシュヴェルトライテに敬語を忘れて返事をしてしまう。

 一方でグリムゲルデはどこかズレた持論を展開。それにさらに持論を被せるロスヴァイセ。

「ポコちゃん、かまって」

「平和ですね……」

 シュヴェルトライテはじゃれついてくる猫の使い魔をあやしながらぼやくように言った。



 椿探偵事務所のドアの前に転移した一矢。その気配を察知したかのように不意にドアが開く。

 引きずりこまれる一矢。初めてこの事務所に来訪した日のことをどこか思い出してしまう。

「後輩ー! よくぞ、よくぞ生きて戻って参ったー!」

 つぐみに突進されるように抱きつかれる一矢。

 真の死神の力に目覚めた彼はなんとか耐え切る。が、メイジーによる突進で押し倒されてしまう。

「カズヤさん! 心配したのよ! もう! もう!」

 二人を引き剥がそうともがいていると見たことのない少年が事務所にいることに気付く。

「あれ……誰だ?」

 白髪で年は十歳ほどの外国人風の男の子。一矢には目もくれず、つぐみがよく読んでいる漫画雑誌を読んでいる。

「誰だとは失礼だなあ。散々一緒に戦ってきた仲じゃんか」

 どこか聞き覚えのある声。

「ティルくーん。いやあ流石にわからんってー」

「ティルくん言うな!」

 一矢はその変わり果てた姿に驚愕する。

「もしかして……ティルヴィング!?」

「そうだよ! 悪いか!?」

 最終戦での終極抜刀により、ティルヴィングは自らを構成する悪霊の集合体を燃料として多量に消費した結果、元の姿に戻れなくなってしまったのだ。

 そして人の姿のティルヴィングが剣としての「ティルヴィング」を振るう戦闘法も使えなくなった。現状の彼では自身を魔剣として「変身」させ他者に振るわせるしかない。刀身も若干短くなった。

「やーいティルくんお色気漫画読んでるー」

「よ、読んでねえって! やめろ! 放せ!」

 さらに精神面は見た目相応の子どもらしいものに変貌した。

 その彼を剣として振るうのは椿響子。椿探偵事務所の所長である。最終戦以降、何故か息の合う一人と一振りは共に仕事をすることが多かった。

「椿さん。戻りました」

「何だ。戻って来たのか。ヴァルキリーのところで働き出すのだと思っていたが」

 この喧噪の中で椿は平然と書き物をしている。だが一矢には理解できる。平静を装っているのだ。

 彼にはその理由まではわからなかったが。

「条件がここよりよくありませんでしたから。激務でしょ? あんなの」

「そうか、それで? 欠勤分の給与は差し引かせてもらうぞ」

 先ほどまで騒いでいたつぐみやメイジーは、一矢が若干すねている椿にどう対応するのか見入っている。

 ベオウルフを倒した後。事務所に何の連絡も入れずにヴァルキリーたちと大規模な妖魔討滅をしに行ってしまったからだ。

「それなんですけどね。アオイさんとこが闇医者を廃業してクロウリーくんと何でも屋を始めるんでしたよね。聞いたらそちらの方が待遇面が……」

「何だと!?」

 椿が机を叩いて立ち上がる。一方一矢は大きな鞄を所長机の上にどさりと置いた。

「正直なところ借金がどこまで膨れ上がっているのかわからないので、これで」

 ヴァルキリーに報酬として指定した現金である。アオイの分もある。

「フン……そういえばお前は借金返済のために働いてたんだったな! アオイのところにでも、大学にでも、どこへでも行くといい!」

 二人の背後で怒りのあまり暴れ出しそうなつぐみをメイジーが必死で止めている。

「いいえ。行きませんけど」

「は?」

 椿の顔が今まで見たことのない顔になっている。驚きと、安堵と、怒りの混じった表情。

「大学に復学させてもらえるならまあ、バイトでもなんでも。でもここの仕事は辞めませんよ」

 札束を机の上に重ねながら一矢は事もなげに言ってのける。

「どういうことだ? 東京が安定するまでこの仕事は危険になる。せっかく掴んだ平穏だろ……何故だ?」

「助手だから」

 一矢は手を止め、椿に視線を合わせて言う。
 
「正確には助手二号ですけど。いくら需要が増えても掃除もまともにしない事務所にお客さんなんて来ませんよ」

「お前もしかして最初から私をからかっていただろ? おい」

 本当に一矢が事務所を辞めると思っていたつぐみとメイジーは今にも泣き出しそうになっている。ティルヴィングはどうしていいかわからず寝たふりを決め込む。

「アマガセ!」

「後輩!」

「カズヤさん!」

 一矢は自身のいたずらの思っていた以上の反響に驚くのだった。



 以降一矢は椿探偵事務所の助手として最低賃金で働くことになる。役割は基本何でも。そうなったのは彼自身のせいだ。

 一矢は次第にこの「椿探偵事務所」で送る時間こそが日常であり、癒しだと思うようになった。異形が東京を跋扈していてもそれは変わらない。

 時に上司は無茶を言うし、先輩はあまり頼りにならない。後輩はチビっ子だし、新入りは反抗期だ。

 死神の一生は長い。

 きっと、いつまでもこうやって楽しくいられるだろうと彼は思う。

 そう思っていると事務所のドアが開く。いかにも何か悩みを抱えていそうな陰気な女性。依頼人だ。

「探偵の椿響子です」

 そうやって上司の椿はとても簡素な自己紹介をする。

 さあ、仕事の時間だ。


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「本当にそれでよいのですか? 後悔しませんね?」
「ええ、死神を従えるなんて俺にはできませんよ」
 シュヴェルトライテと一矢が言葉を交わす。端的に言えばこれはヴァルキリー側からのスカウトだった。
 一矢たちはヴァルキリーに反抗する勢力を立て続けに三つも壊滅させ、当面の危機は去った。
 シュヴェルトライテが一矢に提案したのは、全ての死神の上位者としての称号「序列第零位」の授与とヴァルキリーと同等の死神たちの指揮権、公安怪異対策課死神班の課長の役職などなど。
 ヴァルキリーが今後一矢を死神統治に利用する気が見て取れた。
「相変わらず生意気よね、この犬! 私が調教してやろうと思ってたのに!」
 奇跡的に一命を取り留めたロスヴァイセが一矢を罵る。そう言いながらもその顔は笑っている。
「そう言うなロスヴァイセ。死神である以上いつでもこちらから召喚できるさ。その時は任せたぞ? 天ケ瀬一矢」
 グリムゲルデが仮面越しにもわかる意地悪な笑みを浮かべながら軽口を叩く。
 状況が理解できていないのはシュヴェルトライテだけだ。
 彼女はこれだけの高待遇に一矢が乗ってこないことに疑問を感じていたが、他の姉妹が納得している様子に余計に首を傾げる。
 今や一矢は死神たちだけでなく、知性のある妖魔などにも名の知れ渡る死神となった。かつての「序列第一位」と対決して倒し、その野望を挫いたのだ。
 そして彼が「世界を壊す者」を狩る死神に目覚めたということ。
 何よりもそれが弱体化したヴァルキリー支配に干渉しようという勢力への抑止力となった。
 そんな彼への褒章としてありったけの栄誉を贈ろうとしたシュヴェルトライテであったが、考える素振りもなく一蹴されてしまった。
 無論彼を要職に据えることによって、その恩恵を受けようとしていたことは事実としてあったのだが。
 謁見の間を去る一矢の後ろ姿を見ながらシュヴェルトライテは二人に問う。
「ロスヴァイセ、グリムゲルデ。何が可笑しいのですか。言ってみなさい」
「いやーやっぱり? あの犬、あそこの上司とできてんのかなーって思っただけよ! いや……だけです」
「違うだろう。私が見るにあの二人は……戦友だな。共に戦場を何度も駆け抜けた仲だ。取り立てるのであれば二人同時でなくては。もう一方に遠慮しているのだろう」
「甘いわね、グリムゲルデお姉さま。その最中で芽生えるんでしょう? 上司と部下の関係を、その一線を越えた恋ってやつが!」
 楽しげなロスヴァイセはつい恐れているシュヴェルトライテに敬語を忘れて返事をしてしまう。
 一方でグリムゲルデはどこかズレた持論を展開。それにさらに持論を被せるロスヴァイセ。
「ポコちゃん、かまって」
「平和ですね……」
 シュヴェルトライテはじゃれついてくる猫の使い魔をあやしながらぼやくように言った。
 椿探偵事務所のドアの前に転移した一矢。その気配を察知したかのように不意にドアが開く。
 引きずりこまれる一矢。初めてこの事務所に来訪した日のことをどこか思い出してしまう。
「後輩ー! よくぞ、よくぞ生きて戻って参ったー!」
 つぐみに突進されるように抱きつかれる一矢。
 真の死神の力に目覚めた彼はなんとか耐え切る。が、メイジーによる突進で押し倒されてしまう。
「カズヤさん! 心配したのよ! もう! もう!」
 二人を引き剥がそうともがいていると見たことのない少年が事務所にいることに気付く。
「あれ……誰だ?」
 白髪で年は十歳ほどの外国人風の男の子。一矢には目もくれず、つぐみがよく読んでいる漫画雑誌を読んでいる。
「誰だとは失礼だなあ。散々一緒に戦ってきた仲じゃんか」
 どこか聞き覚えのある声。
「ティルくーん。いやあ流石にわからんってー」
「ティルくん言うな!」
 一矢はその変わり果てた姿に驚愕する。
「もしかして……ティルヴィング!?」
「そうだよ! 悪いか!?」
 最終戦での終極抜刀により、ティルヴィングは自らを構成する悪霊の集合体を燃料として多量に消費した結果、元の姿に戻れなくなってしまったのだ。
 そして人の姿のティルヴィングが剣としての「ティルヴィング」を振るう戦闘法も使えなくなった。現状の彼では自身を魔剣として「変身」させ他者に振るわせるしかない。刀身も若干短くなった。
「やーいティルくんお色気漫画読んでるー」
「よ、読んでねえって! やめろ! 放せ!」
 さらに精神面は見た目相応の子どもらしいものに変貌した。
 その彼を剣として振るうのは椿響子。椿探偵事務所の所長である。最終戦以降、何故か息の合う一人と一振りは共に仕事をすることが多かった。
「椿さん。戻りました」
「何だ。戻って来たのか。ヴァルキリーのところで働き出すのだと思っていたが」
 この喧噪の中で椿は平然と書き物をしている。だが一矢には理解できる。平静を装っているのだ。
 彼にはその理由まではわからなかったが。
「条件がここよりよくありませんでしたから。激務でしょ? あんなの」
「そうか、それで? 欠勤分の給与は差し引かせてもらうぞ」
 先ほどまで騒いでいたつぐみやメイジーは、一矢が若干すねている椿にどう対応するのか見入っている。
 ベオウルフを倒した後。事務所に何の連絡も入れずにヴァルキリーたちと大規模な妖魔討滅をしに行ってしまったからだ。
「それなんですけどね。アオイさんとこが闇医者を廃業してクロウリーくんと何でも屋を始めるんでしたよね。聞いたらそちらの方が待遇面が……」
「何だと!?」
 椿が机を叩いて立ち上がる。一方一矢は大きな鞄を所長机の上にどさりと置いた。
「正直なところ借金がどこまで膨れ上がっているのかわからないので、これで」
 ヴァルキリーに報酬として指定した現金である。アオイの分もある。
「フン……そういえばお前は借金返済のために働いてたんだったな! アオイのところにでも、大学にでも、どこへでも行くといい!」
 二人の背後で怒りのあまり暴れ出しそうなつぐみをメイジーが必死で止めている。
「いいえ。行きませんけど」
「は?」
 椿の顔が今まで見たことのない顔になっている。驚きと、安堵と、怒りの混じった表情。
「大学に復学させてもらえるならまあ、バイトでもなんでも。でもここの仕事は辞めませんよ」
 札束を机の上に重ねながら一矢は事もなげに言ってのける。
「どういうことだ? 東京が安定するまでこの仕事は危険になる。せっかく掴んだ平穏だろ……何故だ?」
「助手だから」
 一矢は手を止め、椿に視線を合わせて言う。
「正確には助手二号ですけど。いくら需要が増えても掃除もまともにしない事務所にお客さんなんて来ませんよ」
「お前もしかして最初から私をからかっていただろ? おい」
 本当に一矢が事務所を辞めると思っていたつぐみとメイジーは今にも泣き出しそうになっている。ティルヴィングはどうしていいかわからず寝たふりを決め込む。
「アマガセ!」
「後輩!」
「カズヤさん!」
 一矢は自身のいたずらの思っていた以上の反響に驚くのだった。
 以降一矢は椿探偵事務所の助手として最低賃金で働くことになる。役割は基本何でも。そうなったのは彼自身のせいだ。
 一矢は次第にこの「椿探偵事務所」で送る時間こそが日常であり、癒しだと思うようになった。異形が東京を跋扈していてもそれは変わらない。
 時に上司は無茶を言うし、先輩はあまり頼りにならない。後輩はチビっ子だし、新入りは反抗期だ。
 死神の一生は長い。
 きっと、いつまでもこうやって楽しくいられるだろうと彼は思う。
 そう思っていると事務所のドアが開く。いかにも何か悩みを抱えていそうな陰気な女性。依頼人だ。
「探偵の椿響子です」
 そうやって上司の椿はとても簡素な自己紹介をする。
 さあ、仕事の時間だ。