第92話 そして全ての蛇は斃れる
ー/ー「世界を守る死神とはね! 大きく出たなアマガセ! なら僕は世界を変える死神さ!」
拳を握り潰された体勢のまま、砕けた拳に込めた力を抑えることなく一矢を押し切ろうとするベオウルフ。
急な一矢の強化は想定外ではあったが、既に何度も想定外の事態が重なったため最早彼は動じることはない。
「そうじゃない。俺が始めに狩る対象のいない死神だったのは、カグツチやロデリック、そしてお前のような存在を狩るために、あえて空白にされてたんだ」
ベオウルフもある可能性に気付くが、今度は一矢の拳が彼目がけて飛んでくる。受け止めるベオウルフ。
「死神になったとき、お前にも『命令』がきただろう? お前のは何だった」
「君は……まさか……!?」
ベオウルフが死神として転生したときに脳裏に響いたのは「秩序を乱す者を狩れ」という声。
「俺にも声がした。たった今『世を壊す者を狩れ』ってな」
天ケ瀬一矢はこの瞬間完全な死神となった。
「世を壊すのは弱い死神、そしてヴァルキリーのことじゃないか!」
互いに拳を封じ合う状態でベオウルフは跳躍し、一矢の頭部を思い切り蹴り上げる。本来の一矢であれば即死する一撃。
それを一矢は平然と受け止めて見せた。逆に一矢の両拳を掴むベオウルフの手のひらが何かに裂かれる感触がし、彼はとっさに手を話す。
一矢の拳が赤黒いオーラを放っている。それは死神殺しの権能。「赤口」であった。
穴の上から見下ろす椿から借り受けた権能だ。
「そうか『世界』はまだこんな切り札を……!」
「ヴァルキリーが力不足なのは事実かもしれない。だがお前の理想は理解できない。強い死神が人間を統治する? いいや、その強い死神がヴァルキリーを支えるのが先だろう?」
ベオウルフは一歩ずつ、自身の意思とは裏腹に後退していく。
一矢が死神としての真の姿に目覚めて強くなったこともある。だがそれ以上に自身が狩られる側の存在になり弱体化しているのだ。
「ベオウルフ。お前はただ、また王になりたかっただけなんじゃないのか?」
かつての彼の王としての統治は悪いものではなかった。五十年もの安定した統治の末、民を襲う火竜と共に相討ちになったのだ。
彼に「自身なら王として死神たちを統治できる」という自負があったのは事実だった。死神の戦国時代という結果は望んではいなかったが、再び王位に就くという野望が全くないわけでもなかった。
「魔術師! ヴァルキリーの魔術師! 僕の行動の変化で未来は変わったのか!?」
ベオウルフは一矢の問いには答えずアオイに問いかける。代わりに空間に響いたのは神経質そうな男の声だった。
「あれは今ここを離れていてね。だが彼女の言う通りに何パターンか未来を予測した。君が勝って王になっても、死神たちは離反し始める。生殺与奪の権を握るヴァルキリーがいなくなるからね」
ベオウルフは動揺を隠すこともできず、迫ってくる一矢に対して後ずさりをやめない。追い打ちをかけるようにシモン・マグスの声が再び響く。
「知ってるだろうけど、君の配下もサカノウエ・タムラマロ以外は皆死んだよ。モルガン・ル・フェを含めてね。サカノウエは事を静観している。だから『ウロボロス』は既に君一人だ。死神たちは臣下のいない王に付き従うよりも、やはり野心を選ぶだろうね」
「狩る対象のいない『空白』の死神……仲間を守る戦いで強くなるという力の片鱗……そして『世を壊す者』を狩る死神への目覚め……! 全て計算通りだったってことかい? ヴァルキリー?」
ベオウルフは地下空間の壁にまで追い詰められると天を仰ぐように問いかける。
それに慈愛に満ちた声が答える。
「ベオウルフ。そんなに単純な話ではありませんでしたよ。彼はイレギュラーな誕生をした故に『空白』の死神として生を受けました。ですから始めから死神としてのあり方が決まったのではなく、彼の生き方自体が死神としてのあり方を決めました。彼はとても危なっかしい、いつ死んでもおかしくない戦いをしてきたのですよ」
「ブリュンヒルデ……!」
ベオウルフと声の主は知己の仲らしい。
ブリュンヒルデ。彼女こそがヴァルキリー九姉妹の長姉。世界の「運行管理」の最も深部に携わるヴァルキリーである。
「……話はそこまでですか?」
一矢が二人の間に割って入る。両拳の赤口を赤黒く滾らせて。
「はい。この者にもう用はありません。それに私が現世に干渉できるのもこの程度が限界です。後はお好きになさい。そして、ありがとうアマガセ・カズヤ」
そう言うと次第に声の気配は遠ざかっていくように感じる。
「ならベオウルフ、行くぞ! 後悔しながら死なないように全力で来い!」
「ならば王の最後の相手として不足は無いと見た! かつての火竜の如く相討ちにならぬよう心得よ!」
覚悟を決めたベオウルフが全霊力を身に纏って一矢に突進してくる。砕けた拳も回復させたようだ。
お互いに放った渾身の右ストレートがぶつかり合う。
霊力と霊力のぶつかり合いが衝撃波となり地下空間の壁が砕け、ひびが入る。
穴の際で戦いを見ていた椿たちにも削られた壁の破片が襲い掛かり思わず目を閉じてしまう。
決着がついたのはその一瞬だった。
ベオウルフも右腕がひしゃげ、付け根まで圧し潰されるように深々と一矢の拳がめり込んでいる。
すかさずベオウルフは左腕で一矢の頭部を狙いにかかるが、軽々と握り潰された。
「強いな、流石に……!」
「ベオウルフ、お前も強い。正しく力を示していたら、ヴァルキリーだってお前たちのことを認めていたかもしれない」
「どうかな……」
ベオウルフは笑みを浮かべると地面に倒れ込んだ。
彼の全身は拳の赤口による霊力の浸食により崩壊を始めている。そこに一矢はその苦痛を一切表に出さない彼の意地を見た。
「好き勝手やって、僕だけ満足して死ぬのはみんなに申し訳ないが……そうか、僕は……」
ベオウルフは塵となって消えた。
ベオウルフの死を確認すると、穴の上にいた坂上田村麻呂が突然第一権能の「黒漆丸」を抜刀した。
「話が違うぞ!」
突然の出来事に椿とティルヴィングの声が被る。
「ふん!」
違った。彼は椿たちに斬りかかろうとしたのではなく、渾身の力で自身の首を斬りつけたのだ。
「これでよい。逆徒を生かしておく必要もなし……我はレックスのように器用には生きられぬ。黒か白か、それでしか判断できぬのだ」
「どっちにしたって話が違うぜ、分からずやが……」
次第に塵と化していく坂上にティルヴィングは呟いた。
こうして「ウロボロス」の構成員の全てが斃れたのだった。
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