最終話 帰還
ー/ー
「ホントはやらせたげたい気もするんだけどさ」
船外活動服を叩きながらとケィさんは言った。
「いくら身体が憶えてるとはいえ、流石に中の人が訓練経験ゼロでは、させるワケにはいかないよね」
EVAをせがんだボクに笑いながら答えたケィさんは、それでもこう提案してくれた。
「とりま、着てみる?」
目を輝かせたボクに、ケィさんは苦笑いする。
「とか簡単にいけるもんじゃないのよ、真面目に着るとなるとね」
ケィさんは宇宙服がぶら下がってる壁の一部を開けて、中を見せてくれた。そこにはやたら分厚い長袖シャツと股引きがあった。
「この特製下着を着るとこから始まる。あ、その前にオムツね」
未経験者がゼロから着用するとなると二時間は掛かると言われ、ボクは船外活動着は諦めた。帰るタイミングに間に合わないことも無いけれど、こっちのハルが戻ってきたときにそんな格好で混乱させるワケにもいかない。
「ケィさん、ここの、国際宇宙ステーションの案内を、時間いっぱいでお願いします」
ケィさんはそれから三時間以上かけて、ボク一人のためのISSツアーをガイドしてくれた。NASAの宇宙食はもとより、ESAやJAXA、さらには秘蔵のロスコスモス産宇宙ピロシキまで供してくれて。
無重力の空間散歩を、ボクは一生分満喫した。
「こんなにサービスしたこと、これまでにないわ」
最後の時間が迫っていた。
「あと十分で特異曲線と接触する。入れ替わったとき何かの運動の途中だと異常な動きをしてしまうかもしれないから、身体を固定しておくの」
寝袋に収まったボクを諭すように、ケィさんは優しくそう言った。
「暇があったらそっちの私も探してみて。きっと仲良くなれるから」
永遠とも思えた十分間、ボクは視界に納まる限りの白い部屋を見続けた。丸窓の向こうの半分碧い地球、付箋だらけの機器群、ケィさんの金色の猫っ毛。
するつもりなかった瞬きの瞬間、空気が変わった。半日で慣れてしまった引き籠り部屋の匂いと違う、窓を開ければ無尽蔵に入れ替えが効く教室の空気に。
少し角度の違うボクの字が見事に答案用紙を埋めていた。ハル、ここで試験やってたんだ。問題用紙の空欄にメモを見つける。
私の未来、貴方の未来、ほかのどこかの私たちの未来。収斂する未来はひとつじゃないよ。貴方は貴方のハルを生きて。見てきたものを忘れずに。
ボクが頷いたとき、終鈴が鳴った。
(了)
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