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#4

ー/ー



「G15、最初の目的地を設定したい」
『了解。惑星情報を検索します。惑星名を入力してください』
「CM41F3C……だけど、どう入力する?」
『最適化作業中のため、当ユニットからアルカンシェルに伝達します』

 気が利くね、G15。こういう話し相手がいると旅も楽しそうなんだけど。アルカンシェルと一緒に付いてきてくれないかな……。そんな事を考えていると目の前の空間にホロディスプレイが投影された。

『アルカンシェルとの通信を中継します』

『Planet-CM41F3C- Spatial Coordinate Search...』
『No applicable data』

 音声で対話できて気が利くG15とは違い、アルカンシェルは文字インターフェイスでのやりとりしか出来ないらしい。不便な仕様だなぁ……。同じ技術レベルのはずなのに、違いがあるのはアルカンシェルが実験船だから?それとも寝起きだから?
 いや、今はそんな事よりも重要な事があった。画面に出てる文字だ。該当情報無し、つまり私の故郷(CM41F3C)の座標が見つからないとの回答だ。アルカンシェルは化け物レベルの船だと思ったけど、本当はちょっとダメな子なのかもしれない。

「G15、座標が見つからない。G15のデータで調べて、アルカンシェルに教えて」
『惑星情報検索……該当なし』
「G15にも判らない?」
『肯定。推定理由:航路情報の更新が長期間行われていません』
「ほほう」

 ここの施設もアルカンシェルも、大昔に作られたまま放置されていた様子だし、最新の航路情報なんて持っている筈が無い。そして……私の故郷は入植が始まってまだ数十年。むしろデータがここにある方がおかしいんだ。だめな子とか思ってごめん、アルカンシェル。
 G15に聞くとアルカンシェルとG15の情報は同等のものらしくて、惑星情報自体は沢山登録されているらしい。でも、行きたい場所の座標が判らない。どうしよう……一度アルカンシェルに登録されている星へ行って、そこで最新のデータを入手する?
 普通なら大変な恒星間航行だけど、アルカンシェルならすぐにたどり着く事ができるはず。でも、初めての航行は……アイリスのために旅をしたい。頭の中で思いつく可能性を検討する。そうか、あれなら……

「アルカンシェルはC3のデータを読める?」
『肯定』
「なら、外の墜落船から航路情報を取ってくる」
『状況不明』

 そういえば最初に話したときから思ってたんだけど、G15は墜落の事を知らない様子だ。どうしてだろう?
 疑問に思った私はG15に話を聞いてみたけど、アルカンシェルや私について回答していた時と違ってどうも歯切れが悪く「状況不明」を連呼する。何かを隠しているというよりも、本当に外部の情報から遮断されているようにも思える。
 ……まぁ、外の荒廃した様子を考えれば、まともなセンサーやカメラが残っているとも思えないけど。それでも得られた断片的に得られた答えを組み合わせると……トラクタービームというとんでもないモノが存在している事が判った。

「トラクタービームって、引っ張るビーム?」
『肯定』

 もう驚くのを通り越して、呆れるしかなかった。古代の人達は何でも持ってるんだなぁ……。トラクタービームというのはホロムービーで時々見かける「物体を引き寄せる光線」の事だ。そんな冗談みたいなものフィクションの中にしか存在しないと思っていたけど、まさか実在していたとは。
 いや、重力を操って船を飛ばす技術があるぐらいだ。原理は判らないけど、遠くの物体を引き寄せる事ぐらいは容易にやってのけるんだろう。
 もしかして古代の人達って、ホロムービーで見た事のあるギャグシーンの「トラクタービームを使った反物質爆弾の押しつけ合い」とかをやってたのかもしれないね。もちろん、遊びではなく戦争で。

 さらにG15に話を聞くと、航宙船の修理ドックも兼ねていたこの施設は自律航行不能な船を誘導するために3段階のトラクタービームを切り替えて遠距離から船を誘導着陸させる設備を持っていることがわかった。
 長距離ビーム、中距離ビーム、至近距離ビーム。ただ長距離と言っても惑星間の距離ではなく、あくまでもこの星にある程度近づかないと作動しないらしいけど。

 ともあれ、航宙船の消失事故はトラクタービームによるものらしいと言うことは間違いないだろう。航行中の船がトラクタービームにつかまり、ここに墜落したんだ。
 でも私が出発したステーションを発着する全ての航宙船が遭難している様子はなかったし、特定航路だけが遭難するということはトラクタービームの効果範囲はある程度限定的だったんだろう。G15が言うには「この星に向かっている航宙船のみを捕捉」していたらしいし。ただ、問題はその3種のうちで着陸を司る至近距離ビームが――。

『システム接続エラー:TB01が発見できません』
「動いてるかどうか、判る?」
『否定』

 動作状況が不明。たぶん動いていないんじゃなくて、制御を外れて暴走しているような状態だと考えれば……状況が理解できる。つまり中・長距離ビームでこの星に引き寄せられた航宙船は、最終的な着陸を担うトラクタービームの暴走で地面に叩き付けられるんだ。そう考えないと、あの無数の残骸に説明が付かない。

「どうして引き寄せてるの?」
『セレスティエルを招待するためです』
「手当たり次第に?」
『船舶の識別が不能、可能性がある船舶を全て誘導』

 おそらくだけど、G15達のシステムと今の船のシステムが違うから飛んでいる船の識別や通信が出来ないんじゃないかと思った。何せ私達の船はC3通信だけど、この施設にあるC3はアルカンシェルのものだけなんだから。
 ……ということは、私が偶然ここに墜落しなければ今後もこの星に船が落ち続けたってこと?私を呼ぶためだけに、多くの人を犠牲にしたって事だよね……。起きたことはどうしようもないけど、せめて今後の犠牲は防がないと。

「G15、もう誘導は不要?」
『肯定。本施設は残存任務を完遂』
「じゃあトラクタービームは切って」
『了解。TB02およびTB03停止、TB01接続不能』

 少し誇らしげにG15は任務完遂を告げた。いや、でもあなた無数の船を墜落させて多くの犠牲者出してるんだからね?なんで誇らしげなのよ!って文句を言いたかったけど、言っても「質問内容が不明」とか返されるだけなのは判っていたので、心の中だけにした。
 中長距離のトラクタービームが止まれば、よほどのことが無い限り今後墜落事故は発生しないだろうし。

 航宙船墓場のようになっている地表の状況が私のせい――いや、私に責任はないけど、でも私を呼ぶためだと聞いて、そこへ航路情報を探しに行くことが少し憂鬱になった。それでも最新の航路情報は必要だけど。


 私は重い足取りで施設の外へ向かう。既に「夜」は終わり、外界は薄明かりに包まれていた。地表には無数の残骸。目をこらし、比較的新しそうな船、そして航路情報があるブリッジ部分が潰れず残っていそうな船を探す。

 船内に足を踏み入れ、乗員や乗客の遺体を見つける度に心の中で謝る。ごめんなさい、私のせいじゃないけど、ごめんなさい。謝って許してもらえる類いの事ではないけど謝ることしかできなかった。

 いくつかの船を回り、ブリッジで破損していないC3を探す。大抵は砕けたりひび割れたりしていたけど、いくつか無傷のC3が回収できた。正直なところどれが航路情報なのかは、私には判別が出来ない。アルカンシェルに読み込ませて一つずつ確認するしかないだろう。
 どれか一つぐらいは当たりが入っていて欲しいんだけど……。まさか全部が娯楽用ホロムービーって事はないよね?でも、可能性はありうる。だから当選確率を高くするためにも、もう少しC3を回収しよう。

 いくつ目かの船に近づき、そのシルエットが判別できた瞬間、私の心臓が激しく跳ねた。これ……キャメル型!私が初めて乗った航宙船キャメル067と同じ型の航宙船だ!オットー船長やボースンさん、アドバーグさん。あと新人の……えっと……そう、ジョウ。4人の顔が脳裏に浮かぶ。
 確か船尾の方に船の番号が書かれているはず……。キャメル067はペレジスと私の故郷を往復する定期貨物船だから、こんな所にいるはずがない。……いや、でも私は今、自分がどこにいるのかも判らない。もしかしたらここはペレジス近郊の宙域の可能性も……そんな不安で頭がいっぱいになる。

「違うよね……067じゃないよね……」

 はやる気持ちをおさえ、船首から船尾へと回る。あった!キャメル……06……!最初の二文字が私の恐れている数字と一致したことで、冷や汗が流れる。最後の文字は――瓦礫に埋もれて見えない。お願い、7は……7だけはやめて……!そう思って必死に瓦礫をどける。表れた数字は――。

 「0」だった。キャメル060。オットー船長の船じゃなかった。安堵のため息と共に、私はその場にへたり込んだ。

 そういえば副長のアドバーグさんが言っていたっけ。キャメルトレーダー所属の船も何隻か航行中に消息を絶っているって。全てがこの星に墜ちている訳ではないと思うけど、私達が遭遇したような突然の亜光航行機関の故障みたいな事態もありえない訳じゃない。そう考えると、航宙船の船員さん達はいつも命がけなんだって。そんな当たり前のことを再認識した。


 他の船の残骸には何も考えずに入ることが出来たけど、キャメル060の中に入るには少し勇気がいった。だって、この型の船は2ヶ月間を過ごした、私の家ともいえる場所と同じ構造に違いないから。
 そして……この中で亡くなったであろう船員さん達は、きっとオットー船長達の同僚だ。私がここを無事に離れられるかどうかはまだ判らないけど、もし脱出できたら……060の乗員の最後について、キャメルトレーダーの人に報告しないといけない。いや、私が報告したいと思った。だから、私に二つ目の目的地が出来た。

 見慣れたエアロックを抜け、クルーレストを通る。2ヶ月の航行中に寝泊まりした私の「個室」。ブースのシールドは割れているけど中に人影は無い。無人のラウンジを通過し、ブリッジへ。見慣れた光景にあの2ヶ月の船旅が脳裏をよぎる。退屈だけど、平和で楽しかった船旅。

 ……でもおかしい。どこにも人影が無い……?コンソールは半壊していたけど、いくつかのC3は無事だった。アドバーグさんが教えてくれた航法用のC3は確か……あった、これだ。
 私の記憶が正しければ、たぶんこれが「当たり」で航路情報が記憶されたC3の筈だ。060で回収したいくつかのC3は他のC3とは別のポケットにしまっておく。いつかこれをキャメルトレーダーの人に返せる日が来ることを信じて。

 結局、船倉も含めて船内をくまなく探したけど誰の遺体も見つからなかった。キャメル060は比較的損傷が少なかったから、上手く着陸して皆脱出できたのかもしれない。そして……私が見つけた脱出ポッドで上手く逃げられたのかもしれない。
 うん、そうだ。そう信じよう。だって、私にはそう信じること以外に出来ることはなかったから。


 「当たり」を見つけることが出来たのでアルカンシェルの所へ戻ることにした。当然、施設の入り口に置いたままにしていたアイリスのトランクも回収する。これは私にとって唯一の財産で、大切な人の思い出だからね。
 それに中には何食分かのスラリー(どろどろ)も入っている。サバイバルキットを見つけた時は生きることを諦めかけていたけど……今は、アルカンシェルのおかげで少しだけ前を向けた気がする。
 大丈夫、私は旅を続けられる。そう思いながら通路を進んでいると……急にふわりと体が浮いた。気分が軽くなったから?いや、そんな筈がない。これはまるで航宙船の内部みたいに重力が急に弱く……もしかして重力制御が切れた?でも、どうして急に?

「G15、聞こえる?」

 応答は無い。彼女が最初に声をかけてきたエリアはもう少し先だ。多分ここは制御外か、通信システムが故障しているエリアなんだろう。そう考えた私は、壁や天井を蹴って反動を付け、低重力となった施設の中を急ぐ。
 これまで静まりかえっていた施設内に私が移動する音と……そして遠くから重く響くような音が聞こえる。

『――スティエル、緊急事態発生――セレスティエル、緊急事態発生』

 管制室に通じる広い通路へ入ると、G15が私を呼んでいる声が聞こえてきた。緊急事態の言葉に全身に緊張が走り、壁に手をついて一度勢いを殺してG15の話に集中する。
 ああ、こんなに頭がクリアになっている感覚は久しぶりだ。心の奥底の澱みはまだ消えないけど、それでも今の私は、私の心と体は、まだ動くことが出来ている。

「どうしたの?」
『モスボール処理解除の余波で施設管理システムにサージ電流による障害が発生。重力制御装置に異常。地上部セクターC10からD13にかけて大規模崩落が進行中。ドックへの影響が推定360秒以内に発生』

 長く止まっていた時を動かしたから、均衡が崩れた……?
 遠くに響いていた音が少しずつ近づいているような気がする。低重力だから崩壊速度は緩やかだと思うけど、崩れた壁や天井が一斉になだれ落ちてくることを考えるとぞっとする。
 巻き込まれたら大変……いや、大変なのは私じゃなくてアルカンシェルか。たぶん私は潰されてもいつかリブートするんだろうけど……アルカンシェルはそういう訳にはいかないからね。せっかく相棒ができたのに、旅に出る前に失うなんてありえない!

「アルカンシェルは?出られる?」
『緊急発進プロトコル、作動……まもなく発進可能』
「航路情報とか最適化は?」
『発進後に処理を継続可能。ただし当ユニットによる支援は不能。推定残り時間340秒』

 つまり「あなた」には頼れないから、自分でやれって事だね。

「わかった、340秒以内にたどり着――」

 そう言いかけた途端、直上から鈍い音が響いた。ここが崩れる……!?
 落下軌道が目で追える程ゆっくりと崩落する瓦礫。一見すると回避しやすく見えるけど、無数の瓦礫がバラバラな軌道で墜ちてくるから安全なルートを見極めるのは難しい。それに低重力じゃ私も急な移動や方向転換ができない。闇雲に飛び出しても瓦礫の落着までにここを通り抜けられる保証がない。そして一度勢いを付けた方向が間違いだったら……崩落に巻き込まれると、貴重な時間を失う……!
 落下物の軌道を見据え、慎重に回避方向とタイミングを見定める。……今だ!

 まるでスローモーションのように瓦礫がなだれ落ちる。不思議なものだよね。少し前まで、私は何も考えられなかったのに。今はこんなに……生き生きしてる。今の私は「死」そのものは怖くない。でも、安易な「死」はだめだ。
 自分で旅を終わらせてしまったら……アイリスとの約束を破ることになる。私は旅を続けないといけないんだ。もし、不可避の事故で命を落としたならそれは旅の終着点として、仕方のない事だったって、あの世とやらでアイリスに笑って報告できる。
 でも、足掻けば生き延びられる場面で、悲しみに飲まれたまま何もせずに黙って諦めるのは……絶対にダメだ。だから私は飛ぶ。トランク(アイリスの思い出)を抱きしめ、通路の奥(未来)を目指して。


 その後も何度か崩落の危機に巻き込まれそうになりながら、アルカンシェルのドック前にたどり着いた。G15がカウントする残り時間は37秒……間に合う。そう思ったのに。

 ――ドックの入り口が崩落した構造材なような、金属質の瓦礫で塞がれている。

「G15、入り口が崩れてる!中は大丈夫?」
『ドック内の損傷は軽微、アルカンシェル発進準備完了』

 あとは私が乗れば出発できるのに……!
 こんなとき、どうすればいい?アイリスなら、どうした?故郷での、そしてペレジスでの――アイリスの姿が脳裏に浮かぶ。そうか!……ありがとう、アイリス。どうすべきか、判ったよ。

 私はベルトに挟んだままだった、アイリスのブラスター、Xthを引き抜き、貴重な10秒を掛けて――

[MAXIMUM CHARGE]

 ――チャージした一撃を、瓦礫にたたき込む!

 エネルギー弾が瓦礫に直撃した瞬間、朱の閃光が散り爆音が響いた。破片が空中を舞い、目を焼くほどの光が通路を照らし出す。結果を確認する時間を惜しんで、私は舞い上がった瓦礫の中へ飛び込んだ。瓦礫の破片が体中を叩くけど、今はここを通ることが最優先だ。破砕によって出来た隙間に強引に体とトランクを押し込む。……抜けた!
 そう思った瞬間、気がついた。私、ブラスターを握ってない……。振り向くと、壁の向こう側に……通路の奥の暗闇へと漂っていくアイリスのブラスターが目に入った。取りに戻らないと……!

『セレスティエル、ドック崩落開始まで推定10秒……9……8……7……』

 そんな私の思いを断ち切るようなG15の声。私は――。

「ごめん、アイリス!」

 ――アルカンシェルへ向かって、跳んだ。
 一筋の涙を、その場に置き去りにして。


 私が後部ハッチから船倉に飛び込むと同時に扉が閉まった。既にドック内の崩落が始まっているから、まだ一息付けない。発進のためにブリッジに急がないと……。気が焦る私に、いつも通りの平坦な声でG15が語りかけてきた。

『セレスティエル、乗船確認。こちらでリモート発進させます』
「ありがとう」
『メインゲート開放、グラビティドライブ始動。アルカンシェル、急速発進』

 私がブリッジに向かっている間に、G15が遠隔操作で私を送り出してくれる。本当は「彼女」ともう少しゆっくりと話をしたかったんだけど。途中、ラウンジのソファにトランクをそっと置いて上階のブリッジへと急ぐ。
 いつ発進したのかも判らない程滑らかな機動でアルカンシェルは宇宙へと滑り出していた。ブリッジの窓越しに、星々がゆっくりと流れてゆくのが見える。
 後ろを振り返ると、船体のむこうにドックが崩落しているのが見えた。なんとか、無事に脱出できたようだ。ほっとした私はブリッジのシートに体を預けてぐったりとした。

「G15、まだ聞こえる?」
『肯定。セレスティエル、航行の無事を祈ります』
「色々とありがとう。また、会える?」
『否定。当衛星は重力アンカーを喪失し、現在漂流中。また機密保持のため隠蔽装置(クローキングデバイス)は解除不能。よって次回の遭遇は事実上不可能』
「そっか……残念」
『……セレスティエル。あなたが、我々の……人類の希望です』
「だから、それはいい。人類はもう、平和」

 私の言葉にG15は答えない。機械である彼女は、人類に与えられた使命以外の事は考えられないのかもしれない。でも、私は伝えたかった。私が生きている世界は……悲しいこともあるけど、それでも平和だよって。
 そして彼女の言葉には、少しだけ使命とは違う何かが含まれていたように感じられた。きっとそれは、気のせいじゃないはず。
 もう通信圏外かと思いつつ、頭の片隅に残っていた疑問を口にする。

「あなたの正式な名前、聞いてなかった」
『……私の正式名称は「グリーフ15型」です。これは開発者であるDr.エレオノーラ・グリーフの名にちなむものですが……管理AIの名称として適切ではないという指摘が寄せられたため、通常は短縮形でG15と呼称されています』

 得意げに技術情報を話していたときと同じような、流暢な回答。でも少しニュアンスが違う。きっと、これまでにも何度も同じ質問をされて、同じ回答をしていたんだろうな。そう思うと感情のこもらないはずの機械的な応答の中に「彼女」の辟易した気持ちが込められているような気がして、少し愉快な気分になった。

 あと、Dr.グリーフって録音の中で痴話喧嘩してた女の人だよね?もしかしてG15の性格って面白みが無いって言われてたあの人に似たのかもしれないね。そんな事を思った。

 アルカンシェルが加速を開始したのを感じつつ、私はもう二度と会うことの無い彼女(G15)へ、最後の言葉を贈った。

「じゃあ……さようなら、悲しみ(グリーフ)



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「G15、最初の目的地を設定したい」
『了解。惑星情報を検索します。惑星名を入力してください』
「CM41F3C……だけど、どう入力する?」
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 気が利くね、G15。こういう話し相手がいると旅も楽しそうなんだけど。アルカンシェルと一緒に付いてきてくれないかな……。そんな事を考えていると目の前の空間にホロディスプレイが投影された。
『アルカンシェルとの通信を中継します』
『Planet-CM41F3C- Spatial Coordinate Search...』
『No applicable data』
 音声で対話できて気が利くG15とは違い、アルカンシェルは文字インターフェイスでのやりとりしか出来ないらしい。不便な仕様だなぁ……。同じ技術レベルのはずなのに、違いがあるのはアルカンシェルが実験船だから?それとも寝起きだから?
 いや、今はそんな事よりも重要な事があった。画面に出てる文字だ。該当情報無し、つまり|私の故郷《CM41F3C》の座標が見つからないとの回答だ。アルカンシェルは化け物レベルの船だと思ったけど、本当はちょっとダメな子なのかもしれない。
「G15、座標が見つからない。G15のデータで調べて、アルカンシェルに教えて」
『惑星情報検索……該当なし』
「G15にも判らない?」
『肯定。推定理由:航路情報の更新が長期間行われていません』
「ほほう」
 ここの施設もアルカンシェルも、大昔に作られたまま放置されていた様子だし、最新の航路情報なんて持っている筈が無い。そして……私の故郷は入植が始まってまだ数十年。むしろデータがここにある方がおかしいんだ。だめな子とか思ってごめん、アルカンシェル。
 G15に聞くとアルカンシェルとG15の情報は同等のものらしくて、惑星情報自体は沢山登録されているらしい。でも、行きたい場所の座標が判らない。どうしよう……一度アルカンシェルに登録されている星へ行って、そこで最新のデータを入手する?
 普通なら大変な恒星間航行だけど、アルカンシェルならすぐにたどり着く事ができるはず。でも、初めての航行は……アイリスのために旅をしたい。頭の中で思いつく可能性を検討する。そうか、あれなら……
「アルカンシェルはC3のデータを読める?」
『肯定』
「なら、外の墜落船から航路情報を取ってくる」
『状況不明』
 そういえば最初に話したときから思ってたんだけど、G15は墜落の事を知らない様子だ。どうしてだろう?
 疑問に思った私はG15に話を聞いてみたけど、アルカンシェルや私について回答していた時と違ってどうも歯切れが悪く「状況不明」を連呼する。何かを隠しているというよりも、本当に外部の情報から遮断されているようにも思える。
 ……まぁ、外の荒廃した様子を考えれば、まともなセンサーやカメラが残っているとも思えないけど。それでも得られた断片的に得られた答えを組み合わせると……トラクタービームというとんでもないモノが存在している事が判った。
「トラクタービームって、引っ張るビーム?」
『肯定』
 もう驚くのを通り越して、呆れるしかなかった。古代の人達は何でも持ってるんだなぁ……。トラクタービームというのはホロムービーで時々見かける「物体を引き寄せる光線」の事だ。そんな冗談みたいなものフィクションの中にしか存在しないと思っていたけど、まさか実在していたとは。
 いや、重力を操って船を飛ばす技術があるぐらいだ。原理は判らないけど、遠くの物体を引き寄せる事ぐらいは容易にやってのけるんだろう。
 もしかして古代の人達って、ホロムービーで見た事のあるギャグシーンの「トラクタービームを使った反物質爆弾の押しつけ合い」とかをやってたのかもしれないね。もちろん、遊びではなく戦争で。
 さらにG15に話を聞くと、航宙船の修理ドックも兼ねていたこの施設は自律航行不能な船を誘導するために3段階のトラクタービームを切り替えて遠距離から船を誘導着陸させる設備を持っていることがわかった。
 長距離ビーム、中距離ビーム、至近距離ビーム。ただ長距離と言っても惑星間の距離ではなく、あくまでもこの星にある程度近づかないと作動しないらしいけど。
 ともあれ、航宙船の消失事故はトラクタービームによるものらしいと言うことは間違いないだろう。航行中の船がトラクタービームにつかまり、ここに墜落したんだ。
 でも私が出発したステーションを発着する全ての航宙船が遭難している様子はなかったし、特定航路だけが遭難するということはトラクタービームの効果範囲はある程度限定的だったんだろう。G15が言うには「この星に向かっている航宙船のみを捕捉」していたらしいし。ただ、問題はその3種のうちで着陸を司る至近距離ビームが――。
『システム接続エラー:TB01が発見できません』
「動いてるかどうか、判る?」
『否定』
 動作状況が不明。たぶん動いていないんじゃなくて、制御を外れて暴走しているような状態だと考えれば……状況が理解できる。つまり中・長距離ビームでこの星に引き寄せられた航宙船は、最終的な着陸を担うトラクタービームの暴走で地面に叩き付けられるんだ。そう考えないと、あの無数の残骸に説明が付かない。
「どうして引き寄せてるの?」
『セレスティエルを招待するためです』
「手当たり次第に?」
『船舶の識別が不能、可能性がある船舶を全て誘導』
 おそらくだけど、G15達のシステムと今の船のシステムが違うから飛んでいる船の識別や通信が出来ないんじゃないかと思った。何せ私達の船はC3通信だけど、この施設にあるC3はアルカンシェルのものだけなんだから。
 ……ということは、私が偶然ここに墜落しなければ今後もこの星に船が落ち続けたってこと?私を呼ぶためだけに、多くの人を犠牲にしたって事だよね……。起きたことはどうしようもないけど、せめて今後の犠牲は防がないと。
「G15、もう誘導は不要?」
『肯定。本施設は残存任務を完遂』
「じゃあトラクタービームは切って」
『了解。TB02およびTB03停止、TB01接続不能』
 少し誇らしげにG15は任務完遂を告げた。いや、でもあなた無数の船を墜落させて多くの犠牲者出してるんだからね?なんで誇らしげなのよ!って文句を言いたかったけど、言っても「質問内容が不明」とか返されるだけなのは判っていたので、心の中だけにした。
 中長距離のトラクタービームが止まれば、よほどのことが無い限り今後墜落事故は発生しないだろうし。
 航宙船墓場のようになっている地表の状況が私のせい――いや、私に責任はないけど、でも私を呼ぶためだと聞いて、そこへ航路情報を探しに行くことが少し憂鬱になった。それでも最新の航路情報は必要だけど。
 私は重い足取りで施設の外へ向かう。既に「夜」は終わり、外界は薄明かりに包まれていた。地表には無数の残骸。目をこらし、比較的新しそうな船、そして航路情報があるブリッジ部分が潰れず残っていそうな船を探す。
 船内に足を踏み入れ、乗員や乗客の遺体を見つける度に心の中で謝る。ごめんなさい、私のせいじゃないけど、ごめんなさい。謝って許してもらえる類いの事ではないけど謝ることしかできなかった。
 いくつかの船を回り、ブリッジで破損していないC3を探す。大抵は砕けたりひび割れたりしていたけど、いくつか無傷のC3が回収できた。正直なところどれが航路情報なのかは、私には判別が出来ない。アルカンシェルに読み込ませて一つずつ確認するしかないだろう。
 どれか一つぐらいは当たりが入っていて欲しいんだけど……。まさか全部が娯楽用ホロムービーって事はないよね?でも、可能性はありうる。だから当選確率を高くするためにも、もう少しC3を回収しよう。
 いくつ目かの船に近づき、そのシルエットが判別できた瞬間、私の心臓が激しく跳ねた。これ……キャメル型!私が初めて乗った航宙船キャメル067と同じ型の航宙船だ!オットー船長やボースンさん、アドバーグさん。あと新人の……えっと……そう、ジョウ。4人の顔が脳裏に浮かぶ。
 確か船尾の方に船の番号が書かれているはず……。キャメル067はペレジスと私の故郷を往復する定期貨物船だから、こんな所にいるはずがない。……いや、でも私は今、自分がどこにいるのかも判らない。もしかしたらここはペレジス近郊の宙域の可能性も……そんな不安で頭がいっぱいになる。
「違うよね……067じゃないよね……」
 はやる気持ちをおさえ、船首から船尾へと回る。あった!キャメル……06……!最初の二文字が私の恐れている数字と一致したことで、冷や汗が流れる。最後の文字は――瓦礫に埋もれて見えない。お願い、7は……7だけはやめて……!そう思って必死に瓦礫をどける。表れた数字は――。
 「0」だった。キャメル060。オットー船長の船じゃなかった。安堵のため息と共に、私はその場にへたり込んだ。
 そういえば副長のアドバーグさんが言っていたっけ。キャメルトレーダー所属の船も何隻か航行中に消息を絶っているって。全てがこの星に墜ちている訳ではないと思うけど、私達が遭遇したような突然の亜光航行機関の故障みたいな事態もありえない訳じゃない。そう考えると、航宙船の船員さん達はいつも命がけなんだって。そんな当たり前のことを再認識した。
 他の船の残骸には何も考えずに入ることが出来たけど、キャメル060の中に入るには少し勇気がいった。だって、この型の船は2ヶ月間を過ごした、私の家ともいえる場所と同じ構造に違いないから。
 そして……この中で亡くなったであろう船員さん達は、きっとオットー船長達の同僚だ。私がここを無事に離れられるかどうかはまだ判らないけど、もし脱出できたら……060の乗員の最後について、キャメルトレーダーの人に報告しないといけない。いや、私が報告したいと思った。だから、私に二つ目の目的地が出来た。
 見慣れたエアロックを抜け、クルーレストを通る。2ヶ月の航行中に寝泊まりした私の「個室」。ブースのシールドは割れているけど中に人影は無い。無人のラウンジを通過し、ブリッジへ。見慣れた光景にあの2ヶ月の船旅が脳裏をよぎる。退屈だけど、平和で楽しかった船旅。
 ……でもおかしい。どこにも人影が無い……?コンソールは半壊していたけど、いくつかのC3は無事だった。アドバーグさんが教えてくれた航法用のC3は確か……あった、これだ。
 私の記憶が正しければ、たぶんこれが「当たり」で航路情報が記憶されたC3の筈だ。060で回収したいくつかのC3は他のC3とは別のポケットにしまっておく。いつかこれをキャメルトレーダーの人に返せる日が来ることを信じて。
 結局、船倉も含めて船内をくまなく探したけど誰の遺体も見つからなかった。キャメル060は比較的損傷が少なかったから、上手く着陸して皆脱出できたのかもしれない。そして……私が見つけた脱出ポッドで上手く逃げられたのかもしれない。
 うん、そうだ。そう信じよう。だって、私にはそう信じること以外に出来ることはなかったから。
 「当たり」を見つけることが出来たのでアルカンシェルの所へ戻ることにした。当然、施設の入り口に置いたままにしていたアイリスのトランクも回収する。これは私にとって唯一の財産で、大切な人の思い出だからね。
 それに中には何食分かの|スラリー《どろどろ》も入っている。サバイバルキットを見つけた時は生きることを諦めかけていたけど……今は、アルカンシェルのおかげで少しだけ前を向けた気がする。
 大丈夫、私は旅を続けられる。そう思いながら通路を進んでいると……急にふわりと体が浮いた。気分が軽くなったから?いや、そんな筈がない。これはまるで航宙船の内部みたいに重力が急に弱く……もしかして重力制御が切れた?でも、どうして急に?
「G15、聞こえる?」
 応答は無い。彼女が最初に声をかけてきたエリアはもう少し先だ。多分ここは制御外か、通信システムが故障しているエリアなんだろう。そう考えた私は、壁や天井を蹴って反動を付け、低重力となった施設の中を急ぐ。
 これまで静まりかえっていた施設内に私が移動する音と……そして遠くから重く響くような音が聞こえる。
『――スティエル、緊急事態発生――セレスティエル、緊急事態発生』
 管制室に通じる広い通路へ入ると、G15が私を呼んでいる声が聞こえてきた。緊急事態の言葉に全身に緊張が走り、壁に手をついて一度勢いを殺してG15の話に集中する。
 ああ、こんなに頭がクリアになっている感覚は久しぶりだ。心の奥底の澱みはまだ消えないけど、それでも今の私は、私の心と体は、まだ動くことが出来ている。
「どうしたの?」
『モスボール処理解除の余波で施設管理システムにサージ電流による障害が発生。重力制御装置に異常。地上部セクターC10からD13にかけて大規模崩落が進行中。ドックへの影響が推定360秒以内に発生』
 長く止まっていた時を動かしたから、均衡が崩れた……?
 遠くに響いていた音が少しずつ近づいているような気がする。低重力だから崩壊速度は緩やかだと思うけど、崩れた壁や天井が一斉になだれ落ちてくることを考えるとぞっとする。
 巻き込まれたら大変……いや、大変なのは私じゃなくてアルカンシェルか。たぶん私は潰されてもいつかリブートするんだろうけど……アルカンシェルはそういう訳にはいかないからね。せっかく相棒ができたのに、旅に出る前に失うなんてありえない!
「アルカンシェルは?出られる?」
『緊急発進プロトコル、作動……まもなく発進可能』
「航路情報とか最適化は?」
『発進後に処理を継続可能。ただし当ユニットによる支援は不能。推定残り時間340秒』
 つまり「あなた」には頼れないから、自分でやれって事だね。
「わかった、340秒以内にたどり着――」
 そう言いかけた途端、直上から鈍い音が響いた。ここが崩れる……!?
 落下軌道が目で追える程ゆっくりと崩落する瓦礫。一見すると回避しやすく見えるけど、無数の瓦礫がバラバラな軌道で墜ちてくるから安全なルートを見極めるのは難しい。それに低重力じゃ私も急な移動や方向転換ができない。闇雲に飛び出しても瓦礫の落着までにここを通り抜けられる保証がない。そして一度勢いを付けた方向が間違いだったら……崩落に巻き込まれると、貴重な時間を失う……!
 落下物の軌道を見据え、慎重に回避方向とタイミングを見定める。……今だ!
 まるでスローモーションのように瓦礫がなだれ落ちる。不思議なものだよね。少し前まで、私は何も考えられなかったのに。今はこんなに……生き生きしてる。今の私は「死」そのものは怖くない。でも、安易な「死」はだめだ。
 自分で旅を終わらせてしまったら……アイリスとの約束を破ることになる。私は旅を続けないといけないんだ。もし、不可避の事故で命を落としたならそれは旅の終着点として、仕方のない事だったって、あの世とやらでアイリスに笑って報告できる。
 でも、足掻けば生き延びられる場面で、悲しみに飲まれたまま何もせずに黙って諦めるのは……絶対にダメだ。だから私は飛ぶ。|トランク《アイリスの思い出》を抱きしめ、|通路の奥《未来》を目指して。
 その後も何度か崩落の危機に巻き込まれそうになりながら、アルカンシェルのドック前にたどり着いた。G15がカウントする残り時間は37秒……間に合う。そう思ったのに。
 ――ドックの入り口が崩落した構造材なような、金属質の瓦礫で塞がれている。
「G15、入り口が崩れてる!中は大丈夫?」
『ドック内の損傷は軽微、アルカンシェル発進準備完了』
 あとは私が乗れば出発できるのに……!
 こんなとき、どうすればいい?アイリスなら、どうした?故郷での、そしてペレジスでの――アイリスの姿が脳裏に浮かぶ。そうか!……ありがとう、アイリス。どうすべきか、判ったよ。
 私はベルトに挟んだままだった、アイリスのブラスター、Xthを引き抜き、貴重な10秒を掛けて――
[MAXIMUM CHARGE]
 ――チャージした一撃を、瓦礫にたたき込む!
 エネルギー弾が瓦礫に直撃した瞬間、朱の閃光が散り爆音が響いた。破片が空中を舞い、目を焼くほどの光が通路を照らし出す。結果を確認する時間を惜しんで、私は舞い上がった瓦礫の中へ飛び込んだ。瓦礫の破片が体中を叩くけど、今はここを通ることが最優先だ。破砕によって出来た隙間に強引に体とトランクを押し込む。……抜けた!
 そう思った瞬間、気がついた。私、ブラスターを握ってない……。振り向くと、壁の向こう側に……通路の奥の暗闇へと漂っていくアイリスのブラスターが目に入った。取りに戻らないと……!
『セレスティエル、ドック崩落開始まで推定10秒……9……8……7……』
 そんな私の思いを断ち切るようなG15の声。私は――。
「ごめん、アイリス!」
 ――アルカンシェルへ向かって、跳んだ。
 一筋の涙を、その場に置き去りにして。
 私が後部ハッチから船倉に飛び込むと同時に扉が閉まった。既にドック内の崩落が始まっているから、まだ一息付けない。発進のためにブリッジに急がないと……。気が焦る私に、いつも通りの平坦な声でG15が語りかけてきた。
『セレスティエル、乗船確認。こちらでリモート発進させます』
「ありがとう」
『メインゲート開放、グラビティドライブ始動。アルカンシェル、急速発進』
 私がブリッジに向かっている間に、G15が遠隔操作で私を送り出してくれる。本当は「彼女」ともう少しゆっくりと話をしたかったんだけど。途中、ラウンジのソファにトランクをそっと置いて上階のブリッジへと急ぐ。
 いつ発進したのかも判らない程滑らかな機動でアルカンシェルは宇宙へと滑り出していた。ブリッジの窓越しに、星々がゆっくりと流れてゆくのが見える。
 後ろを振り返ると、船体のむこうにドックが崩落しているのが見えた。なんとか、無事に脱出できたようだ。ほっとした私はブリッジのシートに体を預けてぐったりとした。
「G15、まだ聞こえる?」
『肯定。セレスティエル、航行の無事を祈ります』
「色々とありがとう。また、会える?」
『否定。当衛星は重力アンカーを喪失し、現在漂流中。また機密保持のため|隠蔽装置《クローキングデバイス》は解除不能。よって次回の遭遇は事実上不可能』
「そっか……残念」
『……セレスティエル。あなたが、我々の……人類の希望です』
「だから、それはいい。人類はもう、平和」
 私の言葉にG15は答えない。機械である彼女は、人類に与えられた使命以外の事は考えられないのかもしれない。でも、私は伝えたかった。私が生きている世界は……悲しいこともあるけど、それでも平和だよって。
 そして彼女の言葉には、少しだけ使命とは違う何かが含まれていたように感じられた。きっとそれは、気のせいじゃないはず。
 もう通信圏外かと思いつつ、頭の片隅に残っていた疑問を口にする。
「あなたの正式な名前、聞いてなかった」
『……私の正式名称は「グリーフ15型」です。これは開発者であるDr.エレオノーラ・グリーフの名にちなむものですが……管理AIの名称として適切ではないという指摘が寄せられたため、通常は短縮形でG15と呼称されています』
 得意げに技術情報を話していたときと同じような、流暢な回答。でも少しニュアンスが違う。きっと、これまでにも何度も同じ質問をされて、同じ回答をしていたんだろうな。そう思うと感情のこもらないはずの機械的な応答の中に「彼女」の辟易した気持ちが込められているような気がして、少し愉快な気分になった。
 あと、Dr.グリーフって録音の中で痴話喧嘩してた女の人だよね?もしかしてG15の性格って面白みが無いって言われてたあの人に似たのかもしれないね。そんな事を思った。
 アルカンシェルが加速を開始したのを感じつつ、私はもう二度と会うことの無い|彼女《G15》へ、最後の言葉を贈った。
「じゃあ……さようなら、|悲しみ《グリーフ》」