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#3

ー/ー



 ……お腹が空いた。
 いったいどれだけ座ったまま放心していたんだろうか。頭の中は絶望で一杯なのに、お腹の中は空っぽ。船で見つけたサバイバルパックは……そうか、施設の入り口に置いてきてしまった。もう、取りに戻る気力もわかない。
 ここで……旅を終わらせても、いいかな。そんな考えが頭をよぎり、大きくため息をついた。その呼吸音が引き金になったのかG15が声を掛けてきた。

『セレスティエル、他に質問が無ければアルカンシェルの起動を』
「起動?私が?」
『肯定。この船はセレスティエルのための船です。そして起動はエトワールにのみ可能』

 G15はずっとこの時を待ってたんだっけ。そっか、じゃあ最後に誰かの役に立つ事ぐらいはしてもいいかな。少し投げやりな気持ちを抱えたまま、私はよろよろと立ち上がった。

「どうするの?」
『アルカンシェル船内の中枢クリスタルに共鳴波を注いで下さい』
「共鳴波?」
『あなたの認識では「歌」と呼ばれるものです』

 歌……よりによって、歌か。私、もう歌えないのに。最後まで役に立てないのか。ずっと待ってたG15に私が役に立てないことをちゃんと謝らないと

「ごめん、G15。私、歌えない」

 口にした瞬間、違和感を感じた。あれ?私……また言葉がちゃんと出なくなってる……?そういえばさっきも私の口は思い通りの言葉を紡げていなかったような……?

『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』
「よく分からない。けど、私は歌える?」
『肯定』
「わかった。なら試す。失敗したら、ごめん」
『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』

 G15は同じ台詞を繰り返す。エトワールとは私のことだろうけど、私自身が歌ってこと?確かに歌は私には大事なものだけど……。G15が何を根拠にそういっているのか判らなかった。  何か抽象的な言葉のようにも思えるけど、私が人ではない存在だと知った今なら……その言葉には何か特別な意味があるようにも思えた。
 ともあれ歌えるかどうか試してみること自体には異存がなかった。まぁ、機械相手なら失敗して失望されることもないだろうしね。

「ところでモニターにある『ARC-EN-CIEL』がアルカンシェル?」
『肯定。これは実験船の船名です』」
「空に掛かる橋、って言う意味?」
『肯定。ARC-EN-CIELは空に掛かる橋、すなわち虹を示す言葉。類義語はレインボウ、アルコバレーノ、アイリス……』
「アイ……リス……」

 不意打ちのようにG15が告げた名前に私の胸が痛んだ。それは偶然なんだろうか。それとも、私を造った人が仕組んだ宿命なんだろうか。アイリスを失った私が、眠った(アイリス)を起こすことになるなんて。
 でも、この子が起きれば……私はまた、(アイリス)と旅を続けられるんだろうか。

 偽物の人間である私と、偽物のアイリスとで。
 お似合いの二人で、いつまでも、ずっと。


>>Towa:few minutes later

 G15の音声案内に導かれ、私はアルカンシェルが停泊するドックへ続く階段を降りる。

『入室前に船体保護機能を解除します。扉の前でしばらくお待ち下さい』
「保護?どんな技術?」
『停滞フィールドと呼ばれる技術です』

 G15の説明を聞いた私は驚きで足が止まった。停滞(ステイシス)フィールド?いや、確かに可能性は考えたけど……あのサイズの船体を、いつからなのかも判らない長期間?あり得ない。
 私のイグナイトなんて数メートルの範囲を十数秒停滞させるのがやっとなのに。エネルギーの規模が大きいのか、私たちの技術とは根本的に違うのか……。

「いつから保存してるの?」
『[CRITICAL ERROR] ChronoSystem.TimeOverflowDetected:
 時間計測システムに異常検知。回答不能』

 ああ、時間は聞いても無駄だったっけ。でも、古代の人達の技術は今の私たちの技術とは比較にならないほど高度だったと言う事は理解できた。
 再び足を進め、階段を下りきると透明な素材で造られた扉が現れた。ガラスか何かに見えるけど……この素材ももしかしたら私たちの知らない素材なんだろうか。そんな事を考えていると、扉の向こうに見えるアルカンシェルを覆っていた揺らぎのようなものが上部からゆっりと霧散していく様子が見えた。
 それを見て、私はどことなく故郷の夜明けを……朝霧が晴れてゆく光景を思い出した。

『モスボール処理、解除完了。入室可能』

 G15の言葉と同時に施設が軽く振動し、目の前のドアがスライドして開放された。さぁ、夜は明けた。お寝坊さんの(アルカンシェル)を起こしに行こうか。


 私がドック内に足を踏み入れると室内の照明が一斉に点灯された。目の前にはまばゆく輝く白い船体が、ドックの床にランディングギアで駐機している。明るいところで改めて見るとアルカンシェルの船体は新品同様……いや、新品そのものにしか見えなかった。たぶん、見た目通りなんだろうけどね。
 見慣れない流線型の船体は全長50mぐらいだろうか?私の知っている貨物用の航宙船と比べると二回りぐらい小さい。船尾に当たる部分がカーゴベイになっているのか、開放されて床に向かうスロープになっている。そこから搭乗するのかと思ったけど、よく見ると船体の中央部分に移動式のタラップが架けられていた。船体を見ていてふと、気になったことをG15聞いてみる。

「この船レゾナンスドライブは?」
『推定、否定。データ中に含まれていない事項です』
「実験艦じゃなかったの?」
『本船はレゾナンスフィールドの実験艦です』

 航宙船に詳しくない私にはドライブとフィールドの違いが良くわからなかった。ランドルフとかいう人の録音音声が実験途中で起動できないといっていた気がするから、レゾナンスドライブの開発中、部分的に実装できたのがレゾナンスフィールドってことなのかな?
 それにしても小さな船だ。ホロムービーだとこのサイズの船は小型ヨットとかクルーザーとかって呼ばれてるような気もするけど……。

「この船、小さいけど恒星間航行できる?」
『肯定』
「じゃあ起動前に中を見る。いい?」
『肯定。警告:船体管理システム起動前のため、船内での通信はできません』
「わかった」

 まぁ、何かあったら外に出てG15に聞けばいいだろう。私は恐る恐るタラップに足を掛ける。幸いにもしっかりとした感触で、施設の外にあった朽ちた機材のように朽ちてはいなそうだ。踏んだ瞬間に崩れ落ちる事心配はなさそうだけど、それもそうか、この部屋全体がステイシスフィールドの範囲内にあったようだし。

 タラップを上り、船内に足を踏み入れる。G15は管理システムが起動していないと言っていたけど、内部の照明は点灯していた。どこにC3が設置されているのか聞くのを忘れたのでとりあえず船内を歩いてみる。
 エアロックを兼ねた搭乗口の横手には割と手狭な倉庫スペースがあり、その先には船倉が見えた。さらに先はスロープのようになっていてドックの床が見える。さっき外から見えた船尾部分だろう。
 引き返して通路を進むと、通路脇にいくつかの小部屋が並んでいる。中を覗いてみたけど、就航前で何も搬入されていないのか空っぽの部屋ばかりだ。
 手前には作り付けのトイレとシャワーブースもあったけど、これ使えるのかな?さらにその先にはラウンジとおぼしき部屋。ここには見慣れないデザインだけど、心地よさそうなソファやテーブルが置かれている。

 ラウンジには上階へと続く階段があった。上階の船尾方向には広めのスペースがあり、いろいろな機材が積まれている。実験艦だと言っていたから、観測機器とかかな?
 反対側に位置する船首方向には二段になったブリッジとおぼしき場所があった。私が居るのが上段、たぶん艦長か指揮官が座るような大きめのシートがある。階段を降りた下にパイロット達が座るような操縦席がいくつか狭いスペースに集約されている。そして、艦長用らしいフロアの中央に、鈍色をした大きめのC3が据え付けられている。

 これがアルカンシェルのコアということだろう。目的の場所を見つけたので、一度外へ出て確認しよう。G15にはどうしても聞きたいことが出来たから。私はエアロックから顔を出してG15に呼びかける。

「ねぇG15」
『なんでしょうか、セレスティエル』
「この船、おかしいよね」
『質問内容が不明』
「恒星間航行する船じゃないよね」
『質問内容が不明』
「本当に、恒星間航行できる?」
『肯定』

 そうか。そういうことか……。なら、こう聞くしかないかな。

「この船は、FTL船?」
『肯定』

 ――全てが、腑に落ちた。


 私は最初、この船が私達の世界で使われている亜光速航行技術を生み出すための実験船なんだと思っていた。不完全なレゾナンスドライブを搭載した、旧型船なんだって。
 でも、違和感はあった。亜光速航行に必要なレゾナンスドライブではなく、単なるフィールド発生装置として搭載されている実験用のレゾナンスシステム。亜光速航行手段を持たないこの船は恒星間航行できないはずなのに、G15はそれが出来ると断言した。

 それだけじゃない。恒星間航行をするにはあまりにも少ない物資貯蔵スペース。冷凍睡眠装置もなく、どう見ても数日間の旅しか想定していなような船内装備。それらはこの船が、恒星間航行を行う船だというのに長期間の航行を前提としていないということの証だった。
 そこから導き出される答えは一つ。この船は長距離を短時間で跳ぶことが出来る。

 私達人類が超えられないはずの、光速を超えて。

 FTLーーFaster Than Light。それは人類が銀河へ版図を広げるために必須だったと考えられている、超光速航行の別称だ。

「人類がこれだけ銀河に広がってるのは、きっと大空白以前の人類には超光速航行技術があったんだよ!」

 幼い日のアイリスが目を輝かせてそう言っていた事を思い出した。現在の亜光速航行でも恒星間を旅することはできる。
 でも、成功率の低い居住可能惑星の新規探索に亜光速で挑むのは時間と労力のリスクが大きすぎる。一方でもし超光速航行が可能なら?目的地がどれだけ離れていても短時間で到達できるし、危険だと思ったら即時に撤退できる。
 むしろそんな航行手段があったからこそ、人類は銀河に版図を広げられたんだと、アイリスはそう言っていた。今の私達にとってFTLはただの夢物語。
 だけど、その夢がここに――目の前にある。

 ねぇアイリス。あなたの考えていた事は正しかったよ。ここに光の早さを越えて旅ができる船があるよ。あなたと一緒に、この船を見つけたかったよ。

 現在の人類が求めてやまない夢の船を目の前にしながら、私の心には悲しみしかなかった。
 この船がもう少し早く見つけられていたら。冷凍睡眠をする必要なんて無くて、アイリスも命を落とさずに済んだのに。過ぎたことなのに、そんな考えが頭に浮かんでしまう。

『――アルカンシェルに搭載されているFTL航法ユニットは通常より小型のジャンプドライブですが、小型にもかかわらず高効率のため1度で最大で75パーセクまでのジャンプを連続実行可能です。ただし恒星の重力圏外でのジャンプが推奨されるため、実際にはジャンプ前後に約1光日の移動が必要とされます。結果として75パーセクの移動には48時間が必要に――』

 これまでの単調な応答が嘘のように流暢なG15の説明が続いていた。一瞬、録音再生が始まったのかと思ったけど、声はG15のままだ。まるで人が変わったように、アルカンシェルの性能を誇っているように、まるで自慢話をしているかのように思える変化だ。

 もしかしたら「彼女」には感情があるんだろうか?そんな事も一瞬脳裏に浮かんだけど、G15が話す説明の内容があまりにも強烈で、すぐにそんな考えは霧散した。G15の語る説明は私には理解できない……いや、理解はできるが納得の出来ない言葉ばかりだ。

「75パーセクを2日で?亜光速だと200年以上かかる」

 G15の説明に、そんな独り言が漏れた。だが、G15は私の言葉が聞こえないかのように話を続けている。もしかして、暴走状態になっているんじゃないだろうか。そんな心配すら脳裏に浮かぶ。

『――なおアルカンシェルの通常推進は汎用的な重力制御式で、船内重力は常に1Gを維持しています。またアルカンシェルに搭載されたグラビティドライブには当研究所による独自改良が施されており、航宙、航空の双方で従来型よりも27%の高効率化が実現されて――』

 G15の説明はなおも続いている。ああ、やはりそっちもか……。FLT以外にも違和感はあった。航宙船とは宇宙空間で運用するものなのに、アルカンシェルにはエアロプレーンのようなランディングギアや船尾ハッチがあった。そして船内に設置されていた、無重力や低重力での使用に適さない応接セットやシャワー、そしてトイレも。
 そもそも流線型のボディ自体、空力を考慮する必要のない航宙船には不要なものだ。無重力であるはずの船内に階段があるというのも普通に考えればあり得ない話だし。

 つまりこの船は、現代では大型の機動要塞でも擬似的にしかできない重力制御をごく当たり前に行えている。それも、こんな小さな船体で!おそらくその技術があれば大気圏内飛行や……大気圏突入や離脱すらもこなせるのだろう。
 これがロストテクノロジーというやつなんだろうか。まったく、ありえない事だらけだ。今の技術レベルから見ればこの船はまさに――化け物だ。

 そう思った瞬間、全てのピースが収まるところに収まった気がした。ああ、そうか。G15はこの船がセレスティエルのための船だと言った。つまり、化け物(セレスティエル)のために用意された化け物の船(アルカンシェル)。そういうことなのか。全くもってお似合いじゃない、私とこの子(アルカンシェル)は。

 なら私がする事は一つだ。この子を目覚めさせるのは、私自身のためでもある。まるで知識とアルカンシェルを自慢するように早口で再生するような解説を終え、満足したかのように沈黙したG15に声を掛けた。

「歌は、私の好きに歌っていい?」
『肯定。共鳴波によりアルカンシェルはエトワールと絆を結ぶ』
「えらく詩的だね。わかった、やってみる」


 船内に戻り、ブリッジに移動した私はコスモスーツを脱ぎ、上半身を露わにした。大きさ的にはヴェリザンで調律したオルガン用C3より遙かに小さいけど、古代の航宙船に搭載されたC3だ。念のため、私に出来る最大の方法で調律(チューン)を行うための準備を整える。
 軽く息を吸って、調律のための基本歌唱を軽く口ずさんでみた。……大丈夫だ、ちゃんと歌えている。少し前まで歌えなかったことが嘘みたいに、歌は私の中に戻ってきていた。

 改めて鈍色のC3を抱擁しようとした時、C3に映った私の顔が目に入った。虹色の瞳で見つめ返す、いつも通り――でもずいぶんとやつれた、無表情な私。……瞳の色が、戻っている?言葉の自由を失った代わりに私はまた「歌」を歌えるようになったのかな……。そんな事を思いながら、アルカンシェルの(C3)をそっと抱きしめる。C3の冷たい感触が心地良く感じる。

 大きく息を吸い、私は歌い始める。祈りを込めて。

 ――ねぇ、起きて、アルカンシェル
 ――私ね、大事な人と一緒にいられなくなっちゃったよ
 ――でも、あなたとなら一緒に旅ができるかもしれない
 ――だから、起きて、アルカンシェル
 ――私を、ひとりにしないで
 ――お願い、アルカンシェル

 歌声が船内を満たし、虹色の光に包まれていく。ああ、私は……確かに歌えている。


>>Towa:2 hours later

 アルカンシェルの起動は成功した。といっても船内の様子が何か変わったようには見えず、単にC3が鈍色から……何故か不思議な虹色に変わっただけだったけど。
 G15が言うには、絆を結んだ私に合わせて船の最適化が行われるらしく、その作業が完了するまでは目立った変化は出ないとの事だった。
 久しぶりに歌ったせいか、どっと疲れが出た私は船外に出てドックの床に大の字になって寝そべっているところだ。我ながら現金なもので、歌った事で心の中に溜まっていた何かが少し軽くなった。G15は「エトワールとは歌」って言ってたけど、その意味がちょっとわかったような気がした。

 歌う前に感じていた空腹は……アルカンシェルの船内にあった良くわからないブロック状のものが食べられるとG15に聞いたので、それを食べてしのいだ。何千年も前のものが食べられるのか不安だったけど、思ったよりずっと美味しかった。
 どうしてこれが現代には存在しないんだろう、と思うぐらいに美味しかった。そして休憩しながら、私はG15にセレスティエルについて色々と聞いた。

 メモリ破損の影響もあって断片的なG15の説明は難解だったけど、判る部分をつなぎ合わせて私に理解できた内容は――セレスティエルとは人類の「敵」と相対する為に造られた、人類にとっての希望となる存在だということ。

「私が人類の希望。照れる」
『質問内容が不明』
「……質問じゃない」

 セレスティエルやエトワールは個人の名前ではなく種としての名前に近いということ。そしてセレスティエルにはいくつか人間と異なる特徴があると言うこと。
 例えば、冷凍睡眠や病、薬品や毒物などの状態異常から生命を守る、完全に近い耐性。そして……信じられないこたに蘇生の力まであるらしい。どうやら私、頭がもげたり体に大穴が空いたりしないかぎり、死んでもリブート(蘇生)するらしいんだ。なにそれ怖い。

「じゃあ全身致命傷、出血多量でも?」
『傷の修復に相応の時間を要しますが、蘇生は可能』

 ……ということは。この星に墜ちた時……私は一度死んでたのかもしれないね。服の様子を見れば、どうみても致命傷だったし。そして、時間が経過して……死んだはずの私はリブートした。
 旅を続けるという私の目標を果たすには好都合だけど、人前で死んで生き返ったら化け物扱いされてしまう。いや、化け物以外のなにものでもないけど……いざとなったらアルカンシェルと逃げればいいかな、と思えるようになった。あと、これは驚いたというかなんというか……。

『セレスティエルは不老。最適な年齢で老化を停めることが可能。不死ではないが、不老不死に限りなく近い』
「……テロマーよりも?」
『セレスティエルの遺伝子はテロマーを参考に造られた。実測値データは不明ながら、同等の寿命を持つ可能性』

 どうやら私、アリサと同じぐらい長く生きられるらしい。しかもたぶんアリサには無いリブート能力付きで。
 ペレジスでアリサと出会った夜、私じゃアリサを長く支えられない……と思ったけど、実は平気で支えられたようだ。アリサの助けになれないと悩んだ、あの夜の逡巡はなんだったんだろう。
 後は何を聞いておけばいいだろうか。アルカンシェルのメンテナンス法とか……?そんな事をぼーっと考えていると、G15の方から声を掛けてきた。

『セレスティエル、貴女に感謝を』
「いいよ、別に。それより、この船もらっていい?」
『否定』
「くれないの?そこは肯定すべき」
『否定。この船はセレスティエルの為の船。貴女自身の所有物は譲渡不能』
「ああ、そういうこと……」

 真面目なのか、冗談を言っているのか……G15という存在の事は良くわからないけど、私はなんとなく「彼女」の事が好きになりかけていた。なにせ、この星で話が出来るのはG15だけだからね。

「それで、アルカンシェルはすぐに飛び立てる?」
『肯定。ただし乗員のための各種物資が必要』
「各種物資って何?」
『食料、水、娯楽』
「最後のは必要ない」
『記録音声#000024再生開始』
『――だから言ってるだろ!人生には娯楽がないと生きていけないんだよ!Dr.グリーフ、そんなだからおまえは面白みが無いって言われるんだ!』
『余計なお世話です、Dr.ランドルフ。だいたいあなたはいつも――ちょっとG15、何を録音してるの?プライベートの録音は禁止です!』
『再生終了』
「いや、再生終了じゃなくて」

 なんで痴話喧嘩の録音を聞かされたんだろう、私。まぁ娯楽はともかく、水と食料を補給すれば旅を続けられる事は判った。でも、どこに行けばいいんだろう。これまでは目に付いた船に乗れば、船は勝手にどこかへ連れて行ってくれた。でも……アルカンシェルに乗ったら、私は自分で行き先を決める必要がある。
 私は……どこへ行きたいんだろうか。身を起こすと胸元で三つのペンダントが揺れて小さな音を立てた。

 アイリスのギルド章。

 そうだ、これを……お義父さんに返しに行かないと。そして、謝らないと。私がすべきこと、行くべき場所が決まった。




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 ここで……旅を終わらせても、いいかな。そんな考えが頭をよぎり、大きくため息をついた。その呼吸音が引き金になったのかG15が声を掛けてきた。
『セレスティエル、他に質問が無ければアルカンシェルの起動を』
「起動?私が?」
『肯定。この船はセレスティエルのための船です。そして起動はエトワールにのみ可能』
 G15はずっとこの時を待ってたんだっけ。そっか、じゃあ最後に誰かの役に立つ事ぐらいはしてもいいかな。少し投げやりな気持ちを抱えたまま、私はよろよろと立ち上がった。
「どうするの?」
『アルカンシェル船内の中枢クリスタルに共鳴波を注いで下さい』
「共鳴波?」
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 歌……よりによって、歌か。私、もう歌えないのに。最後まで役に立てないのか。ずっと待ってたG15に私が役に立てないことをちゃんと謝らないと
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 口にした瞬間、違和感を感じた。あれ?私……また言葉がちゃんと出なくなってる……?そういえばさっきも私の口は思い通りの言葉を紡げていなかったような……?
『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』
「よく分からない。けど、私は歌える?」
『肯定』
「わかった。なら試す。失敗したら、ごめん」
『状況不明。エトワールとは歌。エトワールが存在する限り、歌は不滅』
 G15は同じ台詞を繰り返す。エトワールとは私のことだろうけど、私自身が歌ってこと?確かに歌は私には大事なものだけど……。G15が何を根拠にそういっているのか判らなかった。  何か抽象的な言葉のようにも思えるけど、私が人ではない存在だと知った今なら……その言葉には何か特別な意味があるようにも思えた。
 ともあれ歌えるかどうか試してみること自体には異存がなかった。まぁ、機械相手なら失敗して失望されることもないだろうしね。
「ところでモニターにある『ARC-EN-CIEL』がアルカンシェル?」
『肯定。これは実験船の船名です』」
「空に掛かる橋、って言う意味?」
『肯定。ARC-EN-CIELは空に掛かる橋、すなわち虹を示す言葉。類義語はレインボウ、アルコバレーノ、アイリス……』
「アイ……リス……」
 不意打ちのようにG15が告げた名前に私の胸が痛んだ。それは偶然なんだろうか。それとも、私を造った人が仕組んだ宿命なんだろうか。アイリスを失った私が、眠った|虹《アイリス》を起こすことになるなんて。
 でも、この子が起きれば……私はまた、|虹《アイリス》と旅を続けられるんだろうか。
 偽物の人間である私と、偽物のアイリスとで。
 お似合いの二人で、いつまでも、ずっと。
>>Towa:few minutes later
 G15の音声案内に導かれ、私はアルカンシェルが停泊するドックへ続く階段を降りる。
『入室前に船体保護機能を解除します。扉の前でしばらくお待ち下さい』
「保護?どんな技術?」
『停滞フィールドと呼ばれる技術です』
 G15の説明を聞いた私は驚きで足が止まった。|停滞《ステイシス》フィールド?いや、確かに可能性は考えたけど……あのサイズの船体を、いつからなのかも判らない長期間?あり得ない。
 私のイグナイトなんて数メートルの範囲を十数秒停滞させるのがやっとなのに。エネルギーの規模が大きいのか、私たちの技術とは根本的に違うのか……。
「いつから保存してるの?」
『[CRITICAL ERROR] ChronoSystem.TimeOverflowDetected:
 時間計測システムに異常検知。回答不能』
 ああ、時間は聞いても無駄だったっけ。でも、古代の人達の技術は今の私たちの技術とは比較にならないほど高度だったと言う事は理解できた。
 再び足を進め、階段を下りきると透明な素材で造られた扉が現れた。ガラスか何かに見えるけど……この素材ももしかしたら私たちの知らない素材なんだろうか。そんな事を考えていると、扉の向こうに見えるアルカンシェルを覆っていた揺らぎのようなものが上部からゆっりと霧散していく様子が見えた。
 それを見て、私はどことなく故郷の夜明けを……朝霧が晴れてゆく光景を思い出した。
『モスボール処理、解除完了。入室可能』
 G15の言葉と同時に施設が軽く振動し、目の前のドアがスライドして開放された。さぁ、夜は明けた。お寝坊さんの|虹《アルカンシェル》を起こしに行こうか。
 私がドック内に足を踏み入れると室内の照明が一斉に点灯された。目の前にはまばゆく輝く白い船体が、ドックの床にランディングギアで駐機している。明るいところで改めて見るとアルカンシェルの船体は新品同様……いや、新品そのものにしか見えなかった。たぶん、見た目通りなんだろうけどね。
 見慣れない流線型の船体は全長50mぐらいだろうか?私の知っている貨物用の航宙船と比べると二回りぐらい小さい。船尾に当たる部分がカーゴベイになっているのか、開放されて床に向かうスロープになっている。そこから搭乗するのかと思ったけど、よく見ると船体の中央部分に移動式のタラップが架けられていた。船体を見ていてふと、気になったことをG15聞いてみる。
「この船レゾナンスドライブは?」
『推定、否定。データ中に含まれていない事項です』
「実験艦じゃなかったの?」
『本船はレゾナンスフィールドの実験艦です』
 航宙船に詳しくない私にはドライブとフィールドの違いが良くわからなかった。ランドルフとかいう人の録音音声が実験途中で起動できないといっていた気がするから、レゾナンスドライブの開発中、部分的に実装できたのがレゾナンスフィールドってことなのかな?
 それにしても小さな船だ。ホロムービーだとこのサイズの船は小型ヨットとかクルーザーとかって呼ばれてるような気もするけど……。
「この船、小さいけど恒星間航行できる?」
『肯定』
「じゃあ起動前に中を見る。いい?」
『肯定。警告:船体管理システム起動前のため、船内での通信はできません』
「わかった」
 まぁ、何かあったら外に出てG15に聞けばいいだろう。私は恐る恐るタラップに足を掛ける。幸いにもしっかりとした感触で、施設の外にあった朽ちた機材のように朽ちてはいなそうだ。踏んだ瞬間に崩れ落ちる事心配はなさそうだけど、それもそうか、この部屋全体がステイシスフィールドの範囲内にあったようだし。
 タラップを上り、船内に足を踏み入れる。G15は管理システムが起動していないと言っていたけど、内部の照明は点灯していた。どこにC3が設置されているのか聞くのを忘れたのでとりあえず船内を歩いてみる。
 エアロックを兼ねた搭乗口の横手には割と手狭な倉庫スペースがあり、その先には船倉が見えた。さらに先はスロープのようになっていてドックの床が見える。さっき外から見えた船尾部分だろう。
 引き返して通路を進むと、通路脇にいくつかの小部屋が並んでいる。中を覗いてみたけど、就航前で何も搬入されていないのか空っぽの部屋ばかりだ。
 手前には作り付けのトイレとシャワーブースもあったけど、これ使えるのかな?さらにその先にはラウンジとおぼしき部屋。ここには見慣れないデザインだけど、心地よさそうなソファやテーブルが置かれている。
 ラウンジには上階へと続く階段があった。上階の船尾方向には広めのスペースがあり、いろいろな機材が積まれている。実験艦だと言っていたから、観測機器とかかな?
 反対側に位置する船首方向には二段になったブリッジとおぼしき場所があった。私が居るのが上段、たぶん艦長か指揮官が座るような大きめのシートがある。階段を降りた下にパイロット達が座るような操縦席がいくつか狭いスペースに集約されている。そして、艦長用らしいフロアの中央に、鈍色をした大きめのC3が据え付けられている。
 これがアルカンシェルのコアということだろう。目的の場所を見つけたので、一度外へ出て確認しよう。G15にはどうしても聞きたいことが出来たから。私はエアロックから顔を出してG15に呼びかける。
「ねぇG15」
『なんでしょうか、セレスティエル』
「この船、おかしいよね」
『質問内容が不明』
「恒星間航行する船じゃないよね」
『質問内容が不明』
「本当に、恒星間航行できる?」
『肯定』
 そうか。そういうことか……。なら、こう聞くしかないかな。
「この船は、FTL船?」
『肯定』
 ――全てが、腑に落ちた。
 私は最初、この船が私達の世界で使われている亜光速航行技術を生み出すための実験船なんだと思っていた。不完全なレゾナンスドライブを搭載した、旧型船なんだって。
 でも、違和感はあった。亜光速航行に必要なレゾナンスドライブではなく、単なるフィールド発生装置として搭載されている実験用のレゾナンスシステム。亜光速航行手段を持たないこの船は恒星間航行できないはずなのに、G15はそれが出来ると断言した。
 それだけじゃない。恒星間航行をするにはあまりにも少ない物資貯蔵スペース。冷凍睡眠装置もなく、どう見ても数日間の旅しか想定していなような船内装備。それらはこの船が、恒星間航行を行う船だというのに長期間の航行を前提としていないということの証だった。
 そこから導き出される答えは一つ。この船は長距離を短時間で跳ぶことが出来る。
 私達人類が超えられないはずの、光速を超えて。
 FTLーーFaster Than Light。それは人類が銀河へ版図を広げるために必須だったと考えられている、超光速航行の別称だ。
「人類がこれだけ銀河に広がってるのは、きっと大空白以前の人類には超光速航行技術があったんだよ!」
 幼い日のアイリスが目を輝かせてそう言っていた事を思い出した。現在の亜光速航行でも恒星間を旅することはできる。
 でも、成功率の低い居住可能惑星の新規探索に亜光速で挑むのは時間と労力のリスクが大きすぎる。一方でもし超光速航行が可能なら?目的地がどれだけ離れていても短時間で到達できるし、危険だと思ったら即時に撤退できる。
 むしろそんな航行手段があったからこそ、人類は銀河に版図を広げられたんだと、アイリスはそう言っていた。今の私達にとってFTLはただの夢物語。
 だけど、その夢がここに――目の前にある。
 ねぇアイリス。あなたの考えていた事は正しかったよ。ここに光の早さを越えて旅ができる船があるよ。あなたと一緒に、この船を見つけたかったよ。
 現在の人類が求めてやまない夢の船を目の前にしながら、私の心には悲しみしかなかった。
 この船がもう少し早く見つけられていたら。冷凍睡眠をする必要なんて無くて、アイリスも命を落とさずに済んだのに。過ぎたことなのに、そんな考えが頭に浮かんでしまう。
『――アルカンシェルに搭載されているFTL航法ユニットは通常より小型のジャンプドライブですが、小型にもかかわらず高効率のため1度で最大で75パーセクまでのジャンプを連続実行可能です。ただし恒星の重力圏外でのジャンプが推奨されるため、実際にはジャンプ前後に約1光日の移動が必要とされます。結果として75パーセクの移動には48時間が必要に――』
 これまでの単調な応答が嘘のように流暢なG15の説明が続いていた。一瞬、録音再生が始まったのかと思ったけど、声はG15のままだ。まるで人が変わったように、アルカンシェルの性能を誇っているように、まるで自慢話をしているかのように思える変化だ。
 もしかしたら「彼女」には感情があるんだろうか?そんな事も一瞬脳裏に浮かんだけど、G15が話す説明の内容があまりにも強烈で、すぐにそんな考えは霧散した。G15の語る説明は私には理解できない……いや、理解はできるが納得の出来ない言葉ばかりだ。
「75パーセクを2日で?亜光速だと200年以上かかる」
 G15の説明に、そんな独り言が漏れた。だが、G15は私の言葉が聞こえないかのように話を続けている。もしかして、暴走状態になっているんじゃないだろうか。そんな心配すら脳裏に浮かぶ。
『――なおアルカンシェルの通常推進は汎用的な重力制御式で、船内重力は常に1Gを維持しています。またアルカンシェルに搭載されたグラビティドライブには当研究所による独自改良が施されており、航宙、航空の双方で従来型よりも27%の高効率化が実現されて――』
 G15の説明はなおも続いている。ああ、やはりそっちもか……。FLT以外にも違和感はあった。航宙船とは宇宙空間で運用するものなのに、アルカンシェルにはエアロプレーンのようなランディングギアや船尾ハッチがあった。そして船内に設置されていた、無重力や低重力での使用に適さない応接セットやシャワー、そしてトイレも。
 そもそも流線型のボディ自体、空力を考慮する必要のない航宙船には不要なものだ。無重力であるはずの船内に階段があるというのも普通に考えればあり得ない話だし。
 つまりこの船は、現代では大型の機動要塞でも擬似的にしかできない重力制御をごく当たり前に行えている。それも、こんな小さな船体で!おそらくその技術があれば大気圏内飛行や……大気圏突入や離脱すらもこなせるのだろう。
 これがロストテクノロジーというやつなんだろうか。まったく、ありえない事だらけだ。今の技術レベルから見ればこの船はまさに――化け物だ。
 そう思った瞬間、全てのピースが収まるところに収まった気がした。ああ、そうか。G15はこの船がセレスティエルのための船だと言った。つまり、|化け物《セレスティエル》のために用意された|化け物の船《アルカンシェル》。そういうことなのか。全くもってお似合いじゃない、私と|この子《アルカンシェル》は。
 なら私がする事は一つだ。この子を目覚めさせるのは、私自身のためでもある。まるで知識とアルカンシェルを自慢するように早口で再生するような解説を終え、満足したかのように沈黙したG15に声を掛けた。
「歌は、私の好きに歌っていい?」
『肯定。共鳴波によりアルカンシェルはエトワールと絆を結ぶ』
「えらく詩的だね。わかった、やってみる」
 船内に戻り、ブリッジに移動した私はコスモスーツを脱ぎ、上半身を露わにした。大きさ的にはヴェリザンで調律したオルガン用C3より遙かに小さいけど、古代の航宙船に搭載されたC3だ。念のため、私に出来る最大の方法で|調律《チューン》を行うための準備を整える。
 軽く息を吸って、調律のための基本歌唱を軽く口ずさんでみた。……大丈夫だ、ちゃんと歌えている。少し前まで歌えなかったことが嘘みたいに、歌は私の中に戻ってきていた。
 改めて鈍色のC3を抱擁しようとした時、C3に映った私の顔が目に入った。虹色の瞳で見つめ返す、いつも通り――でもずいぶんとやつれた、無表情な私。……瞳の色が、戻っている?言葉の自由を失った代わりに私はまた「歌」を歌えるようになったのかな……。そんな事を思いながら、アルカンシェルの|魂《C3》をそっと抱きしめる。C3の冷たい感触が心地良く感じる。
 大きく息を吸い、私は歌い始める。祈りを込めて。
 ――ねぇ、起きて、アルカンシェル
 ――私ね、大事な人と一緒にいられなくなっちゃったよ
 ――でも、あなたとなら一緒に旅ができるかもしれない
 ――だから、起きて、アルカンシェル
 ――私を、ひとりにしないで
 ――お願い、アルカンシェル
 歌声が船内を満たし、虹色の光に包まれていく。ああ、私は……確かに歌えている。
>>Towa:2 hours later
 アルカンシェルの起動は成功した。といっても船内の様子が何か変わったようには見えず、単にC3が鈍色から……何故か不思議な虹色に変わっただけだったけど。
 G15が言うには、絆を結んだ私に合わせて船の最適化が行われるらしく、その作業が完了するまでは目立った変化は出ないとの事だった。
 久しぶりに歌ったせいか、どっと疲れが出た私は船外に出てドックの床に大の字になって寝そべっているところだ。我ながら現金なもので、歌った事で心の中に溜まっていた何かが少し軽くなった。G15は「エトワールとは歌」って言ってたけど、その意味がちょっとわかったような気がした。
 歌う前に感じていた空腹は……アルカンシェルの船内にあった良くわからないブロック状のものが食べられるとG15に聞いたので、それを食べてしのいだ。何千年も前のものが食べられるのか不安だったけど、思ったよりずっと美味しかった。
 どうしてこれが現代には存在しないんだろう、と思うぐらいに美味しかった。そして休憩しながら、私はG15にセレスティエルについて色々と聞いた。
 メモリ破損の影響もあって断片的なG15の説明は難解だったけど、判る部分をつなぎ合わせて私に理解できた内容は――セレスティエルとは人類の「敵」と相対する為に造られた、人類にとっての希望となる存在だということ。
「私が人類の希望。照れる」
『質問内容が不明』
「……質問じゃない」
 セレスティエルやエトワールは個人の名前ではなく種としての名前に近いということ。そしてセレスティエルにはいくつか人間と異なる特徴があると言うこと。
 例えば、冷凍睡眠や病、薬品や毒物などの状態異常から生命を守る、完全に近い耐性。そして……信じられないこたに蘇生の力まであるらしい。どうやら私、頭がもげたり体に大穴が空いたりしないかぎり、死んでも|リブート《蘇生》するらしいんだ。なにそれ怖い。
「じゃあ全身致命傷、出血多量でも?」
『傷の修復に相応の時間を要しますが、蘇生は可能』
 ……ということは。この星に墜ちた時……私は一度死んでたのかもしれないね。服の様子を見れば、どうみても致命傷だったし。そして、時間が経過して……死んだはずの私はリブートした。
 旅を続けるという私の目標を果たすには好都合だけど、人前で死んで生き返ったら化け物扱いされてしまう。いや、化け物以外のなにものでもないけど……いざとなったらアルカンシェルと逃げればいいかな、と思えるようになった。あと、これは驚いたというかなんというか……。
『セレスティエルは不老。最適な年齢で老化を停めることが可能。不死ではないが、不老不死に限りなく近い』
「……テロマーよりも?」
『セレスティエルの遺伝子はテロマーを参考に造られた。実測値データは不明ながら、同等の寿命を持つ可能性』
 どうやら私、アリサと同じぐらい長く生きられるらしい。しかもたぶんアリサには無いリブート能力付きで。
 ペレジスでアリサと出会った夜、私じゃアリサを長く支えられない……と思ったけど、実は平気で支えられたようだ。アリサの助けになれないと悩んだ、あの夜の逡巡はなんだったんだろう。
 後は何を聞いておけばいいだろうか。アルカンシェルのメンテナンス法とか……?そんな事をぼーっと考えていると、G15の方から声を掛けてきた。
『セレスティエル、貴女に感謝を』
「いいよ、別に。それより、この船もらっていい?」
『否定』
「くれないの?そこは肯定すべき」
『否定。この船はセレスティエルの為の船。貴女自身の所有物は譲渡不能』
「ああ、そういうこと……」
 真面目なのか、冗談を言っているのか……G15という存在の事は良くわからないけど、私はなんとなく「彼女」の事が好きになりかけていた。なにせ、この星で話が出来るのはG15だけだからね。
「それで、アルカンシェルはすぐに飛び立てる?」
『肯定。ただし乗員のための各種物資が必要』
「各種物資って何?」
『食料、水、娯楽』
「最後のは必要ない」
『記録音声#000024再生開始』
『――だから言ってるだろ!人生には娯楽がないと生きていけないんだよ!Dr.グリーフ、そんなだからおまえは面白みが無いって言われるんだ!』
『余計なお世話です、Dr.ランドルフ。だいたいあなたはいつも――ちょっとG15、何を録音してるの?プライベートの録音は禁止です!』
『再生終了』
「いや、再生終了じゃなくて」
 なんで痴話喧嘩の録音を聞かされたんだろう、私。まぁ娯楽はともかく、水と食料を補給すれば旅を続けられる事は判った。でも、どこに行けばいいんだろう。これまでは目に付いた船に乗れば、船は勝手にどこかへ連れて行ってくれた。でも……アルカンシェルに乗ったら、私は自分で行き先を決める必要がある。
 私は……どこへ行きたいんだろうか。身を起こすと胸元で三つのペンダントが揺れて小さな音を立てた。
 アイリスのギルド章。
 そうだ、これを……お義父さんに返しに行かないと。そして、謝らないと。私がすべきこと、行くべき場所が決まった。