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#8

ー/ー



 外灯に照らされた外とは対照的に、建物内は照明が復旧しておらず暗闇が支配していた。なまじ外が明るくなったせいで日が落ちた今となっては建物の中は真っ暗闇に見える。このままではトワを探すどころか移動すらままならない。

「タブ、照明(ライト)モード!」
[Ready.]

 だけど明かりを取りに戻る余裕はないから、フォトンタブに音声コマンドで簡易照明を点灯させる。薄暗い光だが、何も見えないよりはましだ。外観から目星をつけていた通信制御室の方向へ私は走り出した。

 メナ達と対峙してから1時間以上が経っているけど、まだ再調律(リチューン)は終わっていないはず。なのに、トワの歌声が全く聞こえてこない。まさか、あの子……!

 走りながらトワの身を案じる。目的の通信制御室は……ここだ!

 錆び付いた大扉に体重を掛けて強引に押し開けようとするけど、何かが引っかかっているのか扉は頑なにきしむばかりなかなか開かない。隙間から漏れる淡い光に、内心の不安がかき立てられる。やはり中からも歌声も聞こえない……。

 扉をブラスターで撃ち破ろうかと考えたその時、急に抵抗が無くなり、扉がゆっくりと開いた。

「トワッ!」

 体勢を崩しながらもなんとか踏みとどまり、室内に目を走らせる。だが、名前を呼んでも返事がない。焦燥感が胸の中で膨れ上がっていく。

 ――いた。

 薄暗いホールの最奥、C3が設置された通信装置の手前、床の上に儀式服の白がぼんやりと浮かび上がって見えた。トワだ。あの子が地面に倒れ込んでいるのが見え、胸の奥が凍りつく。

「トワっ!!」

 駆け寄りながら再び彼女の名を呼ぶが、返事はない。倒れたトワを抱き起こしても、反応がない。……でも、息はしている。

 これは……やっぱり、急速(プレスト)の影響か……!

 トワは長い時間をかける必要がある高品質のC3に対する調律過程を強制的に「圧縮」することができる。それがあの子が急速(プレスト)と呼んでいる彼女だけの特別な調律方法だ。
 でも、それには体力を急激に消耗するという致命的な問題がある。トワはもともと調律を行うたびに体力を消耗してしまう特殊な体質だ。私たち普通のシンガーも調律の歌唱で息が上がることはあるけれど、トワの場合は違う。歌えば歌うほど、C3のランクが高ければ高いほど、文字通り「体力そのもの」が削られていくんだ。
 父さんの話では、トワの独特な調律方法がその原因らしいけど……。

 そのトワがSランクのC3に対して急速(プレスト)を使うなんて。調律の負荷にさらに圧縮の負担が加わり、トワにとっての負荷が激増することになる。
 そしてそれの負担は想像を絶するものになる。小さい頃、プレストを使って倒れたトワを見たことがあるけれど……あれ以来父さんも私も、絶対に急速(プレスト)を使っちゃダメだって何度も言い聞かせてきた。

 それでも、トワは今回プレストを使ったんだろう。私が暴徒と対峙する可能性を減らすために。少しでも早く通信を回復できるように。一刻も早く再調律(リチューン)を終わらせるために。
 抱き抱えたトワがうっすらと目を開けた。

「……ア……イ……リス……」
「トワッ!ダメって言ったのに!」
「……ごめ……ん」
「こっちは無事に終わったよ」
「……よ……か……」

 言いたい事は山ほどあったけど、メナとの対峙が無事に終わったことだけは先に伝えておく。それを聞いて安心したのか、トワは再び目を閉じた。目を覚ましたら、たっぷりとお小言を言わないと。
 いや、お礼の方が先かな?でも先にお礼を言うとこの子、調子にのるからなぁ。無茶をした妹を抱きしめながら、そんな事を考えた。私の頬を伝う涙が、トワの顔を濡らしている。それでも、トワは目覚めなかった。

 しばらくしてヴァルトさんとエルドさん、そしてレイラちゃんが通信制御室へやってきた。焦って駆け込んだ私を心配してくれたのだろう。

「トワ、どうしたの?」

 レイラちゃんが気を失ったトワを見て心配そうに声を掛けてきた。

「トワはね、ちょっと無理しちゃったみたい。でも大丈夫、きっと明日には元気になってるよ」
「ほんと?」
「ええ、ほんと。トワのお姉ちゃんが言うんだから、信じてくれる?」
「うん!」

 レイラちゃんににっこりと微笑んでみせる。私はトワの寝顔に目をやりながら、エルドさんに声を掛けた。

「エルドさん、この建物に休めそうなところ、あります?」
「確か……通信員用の宿直室があるはずだ」
「じゃあすみませんけど、トワを運ぶの手伝っていただけませんか」
「もちろんだ」
「儂も手伝おう」

 二人に手伝ってもらってトワを宿直室へ運んだ。室内は荒らされていたけど、幸いな事に原型を留めたベッドが一台だけ残っていた。ゆっくりとトワを寝台に寝かせ、一息つく。
 エルドさんは施設内の照明を復旧させると言って部屋を出て行った。残ったのは私とヴァルトさん、そして眠るトワ。

「管理官殿、彼女の容態は?」
「無理な調律による急激な衰弱と昏倒。以前にも同じ事があったので……たぶん明日には目が覚めると思います」
「では調律は……」
「この子が仕事を途中放棄するとでも?」

 少し険のある声になってしまったけど、仕方ない。私の大事な妹はどんな時でも自分で決めた事は必ずやり通す。たとえ、倒れるような事になっても。

「……失礼した」
「いえ、こちらこそ……すみません」

 気詰まりな沈黙が続く。何か声を掛けた方が良いのかもしれないけど、そんな気にはなれない。と、そのとき部屋の電気が付いた。暗がりでは気付かなかったけど、結構室内は荒れている。これなら暗いままの方がまだ精神衛生上良かったかもしれない。
 そして、室内の様子以外にもう一つ気付いた事があった。……レイラちゃんが、いない?

「レイラちゃんは……?」
「……エルド殿の後を追ったか?いや、この部屋で見かけた記憶が無いが……」
「……様子を見てきます。ヴァルトさん、トワをお願いします」
「承知した」

 トワの事は心配だけど、あの子は休ませる以外に打つ手は無い。それに人様の娘を連れ出して、行方不明にさせるのは……たとえ相手がメナであっても寝覚めが悪い。なので私はトワをヴァルトさんに託し、レイラちゃんを探しに行くことにした。
 途中ではぐれたのではないとしたら、通信制御室へ戻った可能性が高いだろう。私の予想に違わず、通信制御室への扉は開きっぱなしになっていて、中から薄い明かりが漏れている。

「――でね、トワが直してくれたの」

 レイラちゃんが話してる?誰かいるのか……?メナが戻ってきている?今、トワは動けない。もしメナやシンパが現れたら……今回ばかりは手加減は出来ない。
 私は覚悟を決め、ブラスターを抜いて扉の影に身を潜めると室内の様子をうかがう。

『そ……で、トワさ……は……!』

 ……途切れ途切れに聞こえるこの声は……アリサ!?
 声の主と、途切れ途切れの音声から事情が理解できた瞬間、私は反射的に部屋の中へ飛び込むと大声で叫んだ。

「アリサっ!10-78、繰り返す、10-78!」
『……ア……リス……ん……10……7……8』

 途切れ途切れの応答だったが、私の呼びかけに反応している。確かにアリサだ。不安定に明滅していた通信装置の光が、一瞬強く輝いたかと思うと、すぐに沈黙した。

「あれ、アイリスどうしたの?」

 レイラちゃんがこちらを振り返ってびっくしりた顔をしている。まぁ、いきなり現れて大声で叫んだからね……。で、問題はこの子が何をしてたか、だ。まぁおおよそ見当は付くけど……。

「レイラちゃん、何してたのかな?」
「えっとね、オルガンさんがあったから、音が鳴るかとおもったんだけど……音じゃなくて声が聞こえてきたの!」

 ……ああ、見た目だけならクリスタルオルガンに見えなくも無いよね、この通信装置のコンソールは。それでつい触っちゃったか……。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。あとは念のため通信相手も確認しておいた方が良いだろう。

「そうなんだ……それで、誰とお話してたのかな?」
「うーん、知らない人!でもトワのこと知ってたよ?」

 トワはペレジスに繋がるように調律すると言っていたから、交信先はペレジスのギルド支部。そしてトワの名前を知っている、あの声の主は……やはり先ほどの通信相手はアリサで間違いない。

「そっか、ありがとう、レイラちゃん。でも一人でこんな所にいると危ないよ?」
「そうだね、ごめんねー」

 私はほっと息をつきつつ、頭の中で素早く状況を整理する。相手がアリサならこちらの意図は伝わっただろう。聡いからね、彼女は。仮にギルドのテンコードを知らなかったとしても適切な人(ウォルターおじさま)に聞くだろうし。
 しかし、まさかレイラちゃんが勝手に通信装置を起動してペレジスと交信していたとは……。通信状況からエネルギー切れが近いと踏んでギルドの短縮コードで緊急援助要請(10-78)を叫んだけど、ギリギリだったようだ。

 見たところ通信装置は壊れてはいないようだから、エネルギーが供給されればまた使えるようになるだろう。なら、レイラちゃんを叱る必要は無いし、仮にテンコードが伝わっていなくても数日程度のロスだ。8年待ったというメナの言葉を思えば、数日程度なら測定誤差にもならないだろう。
 なんだか一気に疲れた気がする。トワの所へ戻って、私も仮眠を取ろう……。


>>Towa

 ……目が覚めた。なのに、まぶたが開かない。頭が痛い。体が鉛のように重くて、指先すら動かない。全身が疲れきっていて、自分の体じゃないみたいだ。どうしてこんなに言うことをきかないんだろう。

 確か……私は……。C3を調律して……そのあと倒れて……。アイリスが……アイリスがいて……。
 そうだ、思い出した。覚悟はしていたけど、やっぱりSランクの急速(プレスト)、それも再調律(リチューン)なんて無理がありすぎたんだ。そういえば気絶する前にアイリスに「ダメって言ったのに」と言われた気がする。うん、これは言い訳のしようもない。
 体中が鉛どころか石みたいに固まって動かない。頭痛はましになったけど、まだぼんやりして物事を考えることすら億劫だ。

 でも、確かアイリスが「終わったよ」って言っていた気がする。……なら、もう少しこうしてても大丈夫だよね。

 深く息を吐き出す。起き上がろうとする努力を放棄して、全身をベッドに沈み込ませた。

 ……静かだ。とても静かだ。外にいた群衆はどうなったんだろう。アイリス、うまく説得できたんだろうか?

 いや、私がこうやって寝ていられるってことは、アイリスがきっと全部片付けてくれたんだよね。だから、私が心配したり、無理したりする必要なんてなかったんだろうな。

 虚ろな思考がぼんやりと漂う。調律だけが取り柄なのに、その調律ですら役に立たなかったのかもしれない。なんだか無性に情けなくなってきて、目尻が熱くなる。涙が少しだけこぼれたのが自分でもわかった。

「トワっ!大丈夫!?苦しいの?どこか痛いところある?」

 すごく焦ったアイリスの声が耳元で聞こえた。ああ、そばに付いててくれたんだ……。

「だ……いじょ……う……ぶ……」

 自分の声だとは思えないくらい、しゃがれた声が出た。

「無理にしゃべらなくていいよ。ちょっと待ってね、水を飲ませてあげるから」

 アイリスがそう言うと、私の唇に水を含ませてくれた。そうか、口の中がカラカラだったんだ……。

「でも……本当に……よかったよ……なかなか、目が覚めないから……心配で……」

 アイリスの声が涙混じりになっているのが分かる。私は本当にダメだな。アイリスを助けたくて頑張ったのに、結局また泣かせちゃってるじゃない。何をしてるんだろう、私。

「ごめ……んね」

 まだちゃんと声は出せないけど、それでも、どうしてもアイリスに謝りたかった。

「謝るのは私の方だよ……トワが無茶するのが判ってたのに行かせたんだから。私のために頑張ってくれたんだよね、トワ。……ありがとう」
「……でも……役に……たって……ない」
「そんな事ないよ!トワが再調律してくれたおかげで通信設備はちゃんと直ってるよ!……あ、でも……」
「不具合……あった?」
「あはは……違うの、実はね……」

 アイリスは苦笑交じりの笑い声の後、レイラがオルガンと間違えて通信機を作動させたという事を教えてくれた。……通信装置、オルガンに似てたっけ……?そしてよりによって通信相手がアリサだったとか、どんな偶然なんだろう、それ。

「――それでね、とりあえず緊急支援要請は伝えられたと思うんだけど、そこでパワーダウンしちゃったんだよ」
「……もう、使えない?」

 少しずつ声が出るようになってきた。せっかく再調律したけど、もう使えなくなっていたとしたら、ちょっと残念だ。私もアリサと話したかったな……。

「ううん、装置にチャージされていたエネルギーを使い切っただけだから再チャージすれば大丈夫だって。部品が足りない!ってぼやきながらエルドさんが丸一日かけて屋上の充填装置を通信装置に再接続してくれたから、少しずつエネルギーもたまってきてると思うよ」
「一日がかり……?」
「トワ、あなたね……丸二日間昏睡状態だったんだよ?今ね、トワが倒れた翌々日の夕方だよ」
「……びっくりだ」

 思ったより長い時間眠っていたようだ。どうりで体は動かないし、声も出ないはずだ。……そしてなにより、アイリスがあんなに心配するはずだ。悪いことをした。

 その後もしばらくアイリスと話をした。一番驚いたのは、メナや群衆を退かせたのがアイリスではなくレイラだったと言うことだ。いくらメナの実の娘とはいえ、私のお姉ちゃんを差し置いて活躍するとか……ちょっとすごすぎない?
 でもまぁ……たぶん、またメナとは顔を合わすことになるんじゃないかと思う。こういう話って、悪役との決着がついて初めて終わりになるのがホロムービーのお約束だからね。いや、追い詰めるとかそんな大げさな話じゃなくて、レイラを送っていけば帰宅したメナと鉢合わせすると思うんだ。だって二人は親子なんだから。

 話をしながらしばらく休んでいたおかげで体を起こせるようになった。お腹が空いたと訴えた所、アイリスは申し訳なさそうな顔でスラリー(どろどろ)を差し出してきた。そうだ、疫病の危険性があるからここの食べ物はダメなんだった。
 でもまぁ、この宇宙食の味にもずいぶん慣れてきた。オットー船長の言葉を借りれば「一人前の航宙船(ふな)乗り」になったって事だろう。アイリスも早く一人前の航宙船(ふな)乗りになって欲しいものだ。

「疫病の件もあるけど、丸一日何も食べてないから流動食以外は食べちゃダメでしょ?あと、私は航宙船(ふな)乗りになる気はないからね?」
「解せぬ」

 そんな事を言っているとエルドさんが私の様子を見に来てくれた。

「トワさん!目が覚めたのですね、良かった。星を代表してあなたにお礼を言わせて欲しい」
「私、役に立ってない」
「何を言って……あなたはこの星の皆が諦めていた通信装置の復旧を成し遂げてくれた。私達に助かる希望を与えてくれたのだ」
「でも……フォトンも切れてる」
「フォトンの充填を再開したから惑星上や周辺宙域との通信ならすぐにでも可能だ。フォトン消費量の大きい恒星間通信には数日かかるが……。なに、8年も待ったのだから、これくらいは大した事はない」

 そう言ってエルドさんは笑った。……なんだ、私……ちゃんと役に立ててたんだ。心に刺さっていたトゲが抜けたような、そんな気がした。


 心が軽くなったせいか、体も少しずつ動くようになってきた。さっきまで鉛のように重かった手足が、今は指先からじわじわと力を取り戻している気がする。現金だよね、私の体。まぁ、動かないよりはずっとマシだけどね。
 とはいえまだ少しふらつくのでアイリスに付き添ってもらいながら、通信制御室の様子を見に行くことにした。私が頑張った結果を、私はまだ見ていないからね。

 ……そういえば日が落ちているのに建物内に明かりが付いていることに今さらながらに気がついた。アイリスに聞くと、私が倒れた後すぐにエルドさんが復旧してくれたらしい。
 インフラ技術者ってこういう状況だと救世主になりうるよね。

「エルドさんの活躍はすごいけど、トワも十分救世主扱いされてるよ?」
「ほほう。アイリス、褒めて?」
「褒めてあげたいけど、先に無茶したこと叱らないとね?」
「じゃあ、褒めなくてもいい」

 そんな事を言っているうちに通信制御室に到着した。室内にもちゃんと明かりが灯っていた。明るいところで改めて見ると、荘厳な装飾が施されていることがわかった。ヴェリザンはさすが芸術の星というところか……まあ機能に関係ないところにまで凝るのは少しやりすぎな気もするけど。
 でも大音楽堂は別だよ?あそこは芸術のための場所だから。ここは通信が目的なんだから、もう少し実用性を重視してもいいと思う。

「管理官殿、シンガー殿はお目覚めか!」

 そんなどうでもいい事を考えているとホールの奥から声を掛けられた。あれは……たしか農場プラントにいた中尉さんだっけ。後ろでは中尉さんとは違う制服を着た男女二人組が通信装置を操作している。

「ええ、お寝坊さんがようやく起きてくれました」
「ずいぶん心配しておられたからな……いや、ご無事で良かった」

 そう言うと中尉さんは私の前まで進み、改まった表情で言った。

「シンガー殿、この星を代表して、心から感謝を申し上げます――」
「……さっきエルドさんも『星を代表して』た。代表が複数いるということは……もしかして、権力争い?」

 中尉さんの言葉に新たな暴動の火種を感じる。この星には政府の偉い人がいないそうだし、権力争いが起きても不思議じゃないはず。思っていたよりも危険かもしれないね。

「違うからね?」

 アイリスが即座に突っ込んできた。何故か少し呆れた声で続ける。

「『この星を代表して』っていうのは、ただのお決まりの挨拶だからね?お礼を言うときの枕詞だからね?」
「先に『この星を代表』した者が勝ち?」
「何その椅子取りゲームみたいな代表戦」

 私とアイリスのじゃれ合いにミラー中尉は苦笑しながら軽く頭を下げる。

「ご安心ください。ただあなた方にお礼を言いたい人間が多いというだけです」
「代表が多いと、船が山に登ると聞いた」
「それも微妙に違うからね?」

 うーん、何故か今日はアイリスの突っ込みが激しい気がする。そんなことを言っていると、中尉さんが軽く咳払いをして話を続けた。

「……ともあれ、我々はあなたに感謝します、シンガー殿。星を救ってくれたこと、希望を与えてくれたこと、どれだけ言葉を尽くしても足りません」
「役に立てたなら、良かった」

 うん、本当に良かった。アイリスも私のことを優しい目で見てくれている。……お姉ちゃんが少しは私のことを誇りに思ってくれていたら嬉しいな。

「それで中尉さん、星都周辺に散らばっていた他の部隊の人とは連絡が取れましたか?」

 アイリスの問いに中尉さんが軽くうなずきながら答えた。

「ああ、いくつかの部隊とは連絡が取れた。ただ、やはり連絡の付かない部隊も多いな……」

 そう言って後ろにいた女性オペレータに声を掛ける。

「おい、今どれくらいと連絡が取れている?」
「ホルス少尉が率いる防衛隊第2小隊と、ネルソン警部が代表を務めている所轄署から応答がありました。あとは北方の工業プラントで民間人が反応して――」

 オペレータさんが報告をしていたその時だった。突然、通信制御室に涼やかなチャイムが響き渡る。

「何の音だ?」
「コールサインです!」

 慌ててオペレータさんが装置を確認する。

「……これは……惑星外からの交信です!すぐに星外通信モードに切り替えます!」

 その言葉に全員が注目する中、オペレーターが装置を操作し始める。だが、こちらからの送信準備が整う前に、相手側の音声がスピーカーから流れ始めた。

『……やはり反応無しか?』
『船長、もう無理ですって……これだけ連絡しても応答が無いんだ。全滅してるに決まってますよ。それにもう、規定より2週間も長居してるんですよ?我々の物資もエネルギーも限界です』
『分かっている。約束通り、これが最後の交信だ』
『……本当に最後にしてくださいよ?我々がトリリオンへ帰り着けるかどうかも微妙なんですから』
『……惑星ヴェリザン、応答せよ!こちらは惑星トリリオン所属、救援艦オーロラ4だ。頼む、応答してくれ……!』
「救援艦……!?」

 私はアイリスと目を見合わせた。だけど――最後の交信?帰投?まさか、応答が間に合わなければ、この船はこのまま帰ってしまうんじゃないの!?

「オペレーター!急げ!まだ繋がらないのか!?」

 中尉さんが焦燥を隠しきれない声を上げる。

「もう少し……!あと少しで……!」

 オペレーターさんは必死に通信装置の調整を続けている。だが時間は無情にも過ぎていき、やがてスピーカーから落胆したような声が響き始めた。

『……やはり今日も応答無し、か。残念だがヴェリザンは全滅したと見なし、帰投する。取り舵いっぱい、回頭――』
「繋がりました!」
「待ってくれ!こちらヴェリザン!我々は生存している!」

 オペレーターさんの報告にかぶせるように、中尉さんの絶叫が室内に響き渡る。

『……なっ!回頭中止!中止しろ!おい、混線じゃないだろうな?』
『確認しました!ヴェリザン中央通信局からの信号です!』
『……生きてた……本当に生きてたんだな!』
「こちらはヴェリザンの星都アルディナから交信している!ヴェリザン治安当局のミラー中尉だ!」
『航海士、フォトンアンカー抜錨!総員、発進準備!目標――ヴェリザン!全速前進(フルアヘッド)!おい、中尉さんよ、どうして3週間もだんまりだったか……後でしっかり聞かせてもらうからな!』

 全滅したと思っていた惑星からの応答に、通信相手の声が歓喜に満ちていく。

 通信制御室内も同じだった。オペレーターさんは安堵のあまり椅子に崩れ落ち、もう一人の職員は中尉さんと抱き合って涙を流している。その様子を見ながら、私もやっと肩の力が抜けた。うん、私達は間に合ったんだ!

「ねぇ、トワ?私の『妹』は、良い仕事をするでしょ?」
「うん。きっと優秀な『姉』に似た」

 その後――
 感極まった中尉さんがアイリスに抱きつこうとしたので、そこは私がしっかりブロックしておいた。




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 外灯に照らされた外とは対照的に、建物内は照明が復旧しておらず暗闇が支配していた。なまじ外が明るくなったせいで日が落ちた今となっては建物の中は真っ暗闇に見える。このままではトワを探すどころか移動すらままならない。
「タブ、|照明《ライト》モード!」
[Ready.]
 だけど明かりを取りに戻る余裕はないから、フォトンタブに音声コマンドで簡易照明を点灯させる。薄暗い光だが、何も見えないよりはましだ。外観から目星をつけていた通信制御室の方向へ私は走り出した。
 メナ達と対峙してから1時間以上が経っているけど、まだ|再調律《リチューン》は終わっていないはず。なのに、トワの歌声が全く聞こえてこない。まさか、あの子……!
 走りながらトワの身を案じる。目的の通信制御室は……ここだ!
 錆び付いた大扉に体重を掛けて強引に押し開けようとするけど、何かが引っかかっているのか扉は頑なにきしむばかりなかなか開かない。隙間から漏れる淡い光に、内心の不安がかき立てられる。やはり中からも歌声も聞こえない……。
 扉をブラスターで撃ち破ろうかと考えたその時、急に抵抗が無くなり、扉がゆっくりと開いた。
「トワッ!」
 体勢を崩しながらもなんとか踏みとどまり、室内に目を走らせる。だが、名前を呼んでも返事がない。焦燥感が胸の中で膨れ上がっていく。
 ――いた。
 薄暗いホールの最奥、C3が設置された通信装置の手前、床の上に儀式服の白がぼんやりと浮かび上がって見えた。トワだ。あの子が地面に倒れ込んでいるのが見え、胸の奥が凍りつく。
「トワっ!!」
 駆け寄りながら再び彼女の名を呼ぶが、返事はない。倒れたトワを抱き起こしても、反応がない。……でも、息はしている。
 これは……やっぱり、|急速《プレスト》の影響か……!
 トワは長い時間をかける必要がある高品質のC3に対する調律過程を強制的に「圧縮」することができる。それがあの子が|急速《プレスト》と呼んでいる彼女だけの特別な調律方法だ。
 でも、それには体力を急激に消耗するという致命的な問題がある。トワはもともと調律を行うたびに体力を消耗してしまう特殊な体質だ。私たち普通のシンガーも調律の歌唱で息が上がることはあるけれど、トワの場合は違う。歌えば歌うほど、C3のランクが高ければ高いほど、文字通り「体力そのもの」が削られていくんだ。
 父さんの話では、トワの独特な調律方法がその原因らしいけど……。
 そのトワがSランクのC3に対して|急速《プレスト》を使うなんて。調律の負荷にさらに圧縮の負担が加わり、トワにとっての負荷が激増することになる。
 そしてそれの負担は想像を絶するものになる。小さい頃、プレストを使って倒れたトワを見たことがあるけれど……あれ以来父さんも私も、絶対に|急速《プレスト》を使っちゃダメだって何度も言い聞かせてきた。
 それでも、トワは今回プレストを使ったんだろう。私が暴徒と対峙する可能性を減らすために。少しでも早く通信を回復できるように。一刻も早く|再調律《リチューン》を終わらせるために。
 抱き抱えたトワがうっすらと目を開けた。
「……ア……イ……リス……」
「トワッ!ダメって言ったのに!」
「……ごめ……ん」
「こっちは無事に終わったよ」
「……よ……か……」
 言いたい事は山ほどあったけど、メナとの対峙が無事に終わったことだけは先に伝えておく。それを聞いて安心したのか、トワは再び目を閉じた。目を覚ましたら、たっぷりとお小言を言わないと。
 いや、お礼の方が先かな?でも先にお礼を言うとこの子、調子にのるからなぁ。無茶をした妹を抱きしめながら、そんな事を考えた。私の頬を伝う涙が、トワの顔を濡らしている。それでも、トワは目覚めなかった。
 しばらくしてヴァルトさんとエルドさん、そしてレイラちゃんが通信制御室へやってきた。焦って駆け込んだ私を心配してくれたのだろう。
「トワ、どうしたの?」
 レイラちゃんが気を失ったトワを見て心配そうに声を掛けてきた。
「トワはね、ちょっと無理しちゃったみたい。でも大丈夫、きっと明日には元気になってるよ」
「ほんと?」
「ええ、ほんと。トワのお姉ちゃんが言うんだから、信じてくれる?」
「うん!」
 レイラちゃんににっこりと微笑んでみせる。私はトワの寝顔に目をやりながら、エルドさんに声を掛けた。
「エルドさん、この建物に休めそうなところ、あります?」
「確か……通信員用の宿直室があるはずだ」
「じゃあすみませんけど、トワを運ぶの手伝っていただけませんか」
「もちろんだ」
「儂も手伝おう」
 二人に手伝ってもらってトワを宿直室へ運んだ。室内は荒らされていたけど、幸いな事に原型を留めたベッドが一台だけ残っていた。ゆっくりとトワを寝台に寝かせ、一息つく。
 エルドさんは施設内の照明を復旧させると言って部屋を出て行った。残ったのは私とヴァルトさん、そして眠るトワ。
「管理官殿、彼女の容態は?」
「無理な調律による急激な衰弱と昏倒。以前にも同じ事があったので……たぶん明日には目が覚めると思います」
「では調律は……」
「この子が仕事を途中放棄するとでも?」
 少し険のある声になってしまったけど、仕方ない。私の大事な妹はどんな時でも自分で決めた事は必ずやり通す。たとえ、倒れるような事になっても。
「……失礼した」
「いえ、こちらこそ……すみません」
 気詰まりな沈黙が続く。何か声を掛けた方が良いのかもしれないけど、そんな気にはなれない。と、そのとき部屋の電気が付いた。暗がりでは気付かなかったけど、結構室内は荒れている。これなら暗いままの方がまだ精神衛生上良かったかもしれない。
 そして、室内の様子以外にもう一つ気付いた事があった。……レイラちゃんが、いない?
「レイラちゃんは……?」
「……エルド殿の後を追ったか?いや、この部屋で見かけた記憶が無いが……」
「……様子を見てきます。ヴァルトさん、トワをお願いします」
「承知した」
 トワの事は心配だけど、あの子は休ませる以外に打つ手は無い。それに人様の娘を連れ出して、行方不明にさせるのは……たとえ相手がメナであっても寝覚めが悪い。なので私はトワをヴァルトさんに託し、レイラちゃんを探しに行くことにした。
 途中ではぐれたのではないとしたら、通信制御室へ戻った可能性が高いだろう。私の予想に違わず、通信制御室への扉は開きっぱなしになっていて、中から薄い明かりが漏れている。
「――でね、トワが直してくれたの」
 レイラちゃんが話してる?誰かいるのか……?メナが戻ってきている?今、トワは動けない。もしメナやシンパが現れたら……今回ばかりは手加減は出来ない。
 私は覚悟を決め、ブラスターを抜いて扉の影に身を潜めると室内の様子をうかがう。
『そ……で、トワさ……は……!』
 ……途切れ途切れに聞こえるこの声は……アリサ!?
 声の主と、途切れ途切れの音声から事情が理解できた瞬間、私は反射的に部屋の中へ飛び込むと大声で叫んだ。
「アリサっ!10-78、繰り返す、10-78!」
『……ア……リス……ん……10……7……8』
 途切れ途切れの応答だったが、私の呼びかけに反応している。確かにアリサだ。不安定に明滅していた通信装置の光が、一瞬強く輝いたかと思うと、すぐに沈黙した。
「あれ、アイリスどうしたの?」
 レイラちゃんがこちらを振り返ってびっくしりた顔をしている。まぁ、いきなり現れて大声で叫んだからね……。で、問題はこの子が何をしてたか、だ。まぁおおよそ見当は付くけど……。
「レイラちゃん、何してたのかな?」
「えっとね、オルガンさんがあったから、音が鳴るかとおもったんだけど……音じゃなくて声が聞こえてきたの!」
 ……ああ、見た目だけならクリスタルオルガンに見えなくも無いよね、この通信装置のコンソールは。それでつい触っちゃったか……。まぁ、仕方ないと言えば仕方ない。あとは念のため通信相手も確認しておいた方が良いだろう。
「そうなんだ……それで、誰とお話してたのかな?」
「うーん、知らない人!でもトワのこと知ってたよ?」
 トワはペレジスに繋がるように調律すると言っていたから、交信先はペレジスのギルド支部。そしてトワの名前を知っている、あの声の主は……やはり先ほどの通信相手はアリサで間違いない。
「そっか、ありがとう、レイラちゃん。でも一人でこんな所にいると危ないよ?」
「そうだね、ごめんねー」
 私はほっと息をつきつつ、頭の中で素早く状況を整理する。相手がアリサならこちらの意図は伝わっただろう。聡いからね、彼女は。仮にギルドのテンコードを知らなかったとしても|適切な人《ウォルターおじさま》に聞くだろうし。
 しかし、まさかレイラちゃんが勝手に通信装置を起動してペレジスと交信していたとは……。通信状況からエネルギー切れが近いと踏んでギルドの短縮コードで|緊急援助要請《10-78》を叫んだけど、ギリギリだったようだ。
 見たところ通信装置は壊れてはいないようだから、エネルギーが供給されればまた使えるようになるだろう。なら、レイラちゃんを叱る必要は無いし、仮にテンコードが伝わっていなくても数日程度のロスだ。8年待ったというメナの言葉を思えば、数日程度なら測定誤差にもならないだろう。
 なんだか一気に疲れた気がする。トワの所へ戻って、私も仮眠を取ろう……。
>>Towa
 ……目が覚めた。なのに、まぶたが開かない。頭が痛い。体が鉛のように重くて、指先すら動かない。全身が疲れきっていて、自分の体じゃないみたいだ。どうしてこんなに言うことをきかないんだろう。
 確か……私は……。C3を調律して……そのあと倒れて……。アイリスが……アイリスがいて……。
 そうだ、思い出した。覚悟はしていたけど、やっぱりSランクの|急速《プレスト》|、それも再調律《リチューン》なんて無理がありすぎたんだ。そういえば気絶する前にアイリスに「ダメって言ったのに」と言われた気がする。うん、これは言い訳のしようもない。
 体中が鉛どころか石みたいに固まって動かない。頭痛はましになったけど、まだぼんやりして物事を考えることすら億劫だ。
 でも、確かアイリスが「終わったよ」って言っていた気がする。……なら、もう少しこうしてても大丈夫だよね。
 深く息を吐き出す。起き上がろうとする努力を放棄して、全身をベッドに沈み込ませた。
 ……静かだ。とても静かだ。外にいた群衆はどうなったんだろう。アイリス、うまく説得できたんだろうか?
 いや、私がこうやって寝ていられるってことは、アイリスがきっと全部片付けてくれたんだよね。だから、私が心配したり、無理したりする必要なんてなかったんだろうな。
 虚ろな思考がぼんやりと漂う。調律だけが取り柄なのに、その調律ですら役に立たなかったのかもしれない。なんだか無性に情けなくなってきて、目尻が熱くなる。涙が少しだけこぼれたのが自分でもわかった。
「トワっ!大丈夫!?苦しいの?どこか痛いところある?」
 すごく焦ったアイリスの声が耳元で聞こえた。ああ、そばに付いててくれたんだ……。
「だ……いじょ……う……ぶ……」
 自分の声だとは思えないくらい、しゃがれた声が出た。
「無理にしゃべらなくていいよ。ちょっと待ってね、水を飲ませてあげるから」
 アイリスがそう言うと、私の唇に水を含ませてくれた。そうか、口の中がカラカラだったんだ……。
「でも……本当に……よかったよ……なかなか、目が覚めないから……心配で……」
 アイリスの声が涙混じりになっているのが分かる。私は本当にダメだな。アイリスを助けたくて頑張ったのに、結局また泣かせちゃってるじゃない。何をしてるんだろう、私。
「ごめ……んね」
 まだちゃんと声は出せないけど、それでも、どうしてもアイリスに謝りたかった。
「謝るのは私の方だよ……トワが無茶するのが判ってたのに行かせたんだから。私のために頑張ってくれたんだよね、トワ。……ありがとう」
「……でも……役に……たって……ない」
「そんな事ないよ!トワが再調律してくれたおかげで通信設備はちゃんと直ってるよ!……あ、でも……」
「不具合……あった?」
「あはは……違うの、実はね……」
 アイリスは苦笑交じりの笑い声の後、レイラがオルガンと間違えて通信機を作動させたという事を教えてくれた。……通信装置、オルガンに似てたっけ……?そしてよりによって通信相手がアリサだったとか、どんな偶然なんだろう、それ。
「――それでね、とりあえず緊急支援要請は伝えられたと思うんだけど、そこでパワーダウンしちゃったんだよ」
「……もう、使えない?」
 少しずつ声が出るようになってきた。せっかく再調律したけど、もう使えなくなっていたとしたら、ちょっと残念だ。私もアリサと話したかったな……。
「ううん、装置にチャージされていたエネルギーを使い切っただけだから再チャージすれば大丈夫だって。部品が足りない!ってぼやきながらエルドさんが丸一日かけて屋上の充填装置を通信装置に再接続してくれたから、少しずつエネルギーもたまってきてると思うよ」
「一日がかり……?」
「トワ、あなたね……丸二日間昏睡状態だったんだよ?今ね、トワが倒れた翌々日の夕方だよ」
「……びっくりだ」
 思ったより長い時間眠っていたようだ。どうりで体は動かないし、声も出ないはずだ。……そしてなにより、アイリスがあんなに心配するはずだ。悪いことをした。
 その後もしばらくアイリスと話をした。一番驚いたのは、メナや群衆を退かせたのがアイリスではなくレイラだったと言うことだ。いくらメナの実の娘とはいえ、私のお姉ちゃんを差し置いて活躍するとか……ちょっとすごすぎない?
 でもまぁ……たぶん、またメナとは顔を合わすことになるんじゃないかと思う。こういう話って、悪役との決着がついて初めて終わりになるのがホロムービーのお約束だからね。いや、追い詰めるとかそんな大げさな話じゃなくて、レイラを送っていけば帰宅したメナと鉢合わせすると思うんだ。だって二人は親子なんだから。
 話をしながらしばらく休んでいたおかげで体を起こせるようになった。お腹が空いたと訴えた所、アイリスは申し訳なさそうな顔で|スラリー《どろどろ》を差し出してきた。そうだ、疫病の危険性があるからここの食べ物はダメなんだった。
 でもまぁ、この宇宙食の味にもずいぶん慣れてきた。オットー船長の言葉を借りれば「一人前の|航宙船《ふな》乗り」になったって事だろう。アイリスも早く一人前の|航宙船《ふな》乗りになって欲しいものだ。
「疫病の件もあるけど、丸一日何も食べてないから流動食以外は食べちゃダメでしょ?あと、私は|航宙船《ふな》乗りになる気はないからね?」
「解せぬ」
 そんな事を言っているとエルドさんが私の様子を見に来てくれた。
「トワさん!目が覚めたのですね、良かった。星を代表してあなたにお礼を言わせて欲しい」
「私、役に立ってない」
「何を言って……あなたはこの星の皆が諦めていた通信装置の復旧を成し遂げてくれた。私達に助かる希望を与えてくれたのだ」
「でも……フォトンも切れてる」
「フォトンの充填を再開したから惑星上や周辺宙域との通信ならすぐにでも可能だ。フォトン消費量の大きい恒星間通信には数日かかるが……。なに、8年も待ったのだから、これくらいは大した事はない」
 そう言ってエルドさんは笑った。……なんだ、私……ちゃんと役に立ててたんだ。心に刺さっていたトゲが抜けたような、そんな気がした。
 心が軽くなったせいか、体も少しずつ動くようになってきた。さっきまで鉛のように重かった手足が、今は指先からじわじわと力を取り戻している気がする。現金だよね、私の体。まぁ、動かないよりはずっとマシだけどね。
 とはいえまだ少しふらつくのでアイリスに付き添ってもらいながら、通信制御室の様子を見に行くことにした。私が頑張った結果を、私はまだ見ていないからね。
 ……そういえば日が落ちているのに建物内に明かりが付いていることに今さらながらに気がついた。アイリスに聞くと、私が倒れた後すぐにエルドさんが復旧してくれたらしい。
 インフラ技術者ってこういう状況だと救世主になりうるよね。
「エルドさんの活躍はすごいけど、トワも十分救世主扱いされてるよ?」
「ほほう。アイリス、褒めて?」
「褒めてあげたいけど、先に無茶したこと叱らないとね?」
「じゃあ、褒めなくてもいい」
 そんな事を言っているうちに通信制御室に到着した。室内にもちゃんと明かりが灯っていた。明るいところで改めて見ると、荘厳な装飾が施されていることがわかった。ヴェリザンはさすが芸術の星というところか……まあ機能に関係ないところにまで凝るのは少しやりすぎな気もするけど。
 でも大音楽堂は別だよ?あそこは芸術のための場所だから。ここは通信が目的なんだから、もう少し実用性を重視してもいいと思う。
「管理官殿、シンガー殿はお目覚めか!」
 そんなどうでもいい事を考えているとホールの奥から声を掛けられた。あれは……たしか農場プラントにいた中尉さんだっけ。後ろでは中尉さんとは違う制服を着た男女二人組が通信装置を操作している。
「ええ、お寝坊さんがようやく起きてくれました」
「ずいぶん心配しておられたからな……いや、ご無事で良かった」
 そう言うと中尉さんは私の前まで進み、改まった表情で言った。
「シンガー殿、この星を代表して、心から感謝を申し上げます――」
「……さっきエルドさんも『星を代表して』た。代表が複数いるということは……もしかして、権力争い?」
 中尉さんの言葉に新たな暴動の火種を感じる。この星には政府の偉い人がいないそうだし、権力争いが起きても不思議じゃないはず。思っていたよりも危険かもしれないね。
「違うからね?」
 アイリスが即座に突っ込んできた。何故か少し呆れた声で続ける。
「『この星を代表して』っていうのは、ただのお決まりの挨拶だからね?お礼を言うときの枕詞だからね?」
「先に『この星を代表』した者が勝ち?」
「何その椅子取りゲームみたいな代表戦」
 私とアイリスのじゃれ合いにミラー中尉は苦笑しながら軽く頭を下げる。
「ご安心ください。ただあなた方にお礼を言いたい人間が多いというだけです」
「代表が多いと、船が山に登ると聞いた」
「それも微妙に違うからね?」
 うーん、何故か今日はアイリスの突っ込みが激しい気がする。そんなことを言っていると、中尉さんが軽く咳払いをして話を続けた。
「……ともあれ、我々はあなたに感謝します、シンガー殿。星を救ってくれたこと、希望を与えてくれたこと、どれだけ言葉を尽くしても足りません」
「役に立てたなら、良かった」
 うん、本当に良かった。アイリスも私のことを優しい目で見てくれている。……お姉ちゃんが少しは私のことを誇りに思ってくれていたら嬉しいな。
「それで中尉さん、星都周辺に散らばっていた他の部隊の人とは連絡が取れましたか?」
 アイリスの問いに中尉さんが軽くうなずきながら答えた。
「ああ、いくつかの部隊とは連絡が取れた。ただ、やはり連絡の付かない部隊も多いな……」
 そう言って後ろにいた女性オペレータに声を掛ける。
「おい、今どれくらいと連絡が取れている?」
「ホルス少尉が率いる防衛隊第2小隊と、ネルソン警部が代表を務めている所轄署から応答がありました。あとは北方の工業プラントで民間人が反応して――」
 オペレータさんが報告をしていたその時だった。突然、通信制御室に涼やかなチャイムが響き渡る。
「何の音だ?」
「コールサインです!」
 慌ててオペレータさんが装置を確認する。
「……これは……惑星外からの交信です!すぐに星外通信モードに切り替えます!」
 その言葉に全員が注目する中、オペレーターが装置を操作し始める。だが、こちらからの送信準備が整う前に、相手側の音声がスピーカーから流れ始めた。
『……やはり反応無しか?』
『船長、もう無理ですって……これだけ連絡しても応答が無いんだ。全滅してるに決まってますよ。それにもう、規定より2週間も長居してるんですよ?我々の物資もエネルギーも限界です』
『分かっている。約束通り、これが最後の交信だ』
『……本当に最後にしてくださいよ?我々がトリリオンへ帰り着けるかどうかも微妙なんですから』
『……惑星ヴェリザン、応答せよ!こちらは惑星トリリオン所属、救援艦オーロラ4だ。頼む、応答してくれ……!』
「救援艦……!?」
 私はアイリスと目を見合わせた。だけど――最後の交信?帰投?まさか、応答が間に合わなければ、この船はこのまま帰ってしまうんじゃないの!?
「オペレーター!急げ!まだ繋がらないのか!?」
 中尉さんが焦燥を隠しきれない声を上げる。
「もう少し……!あと少しで……!」
 オペレーターさんは必死に通信装置の調整を続けている。だが時間は無情にも過ぎていき、やがてスピーカーから落胆したような声が響き始めた。
『……やはり今日も応答無し、か。残念だがヴェリザンは全滅したと見なし、帰投する。取り舵いっぱい、回頭――』
「繋がりました!」
「待ってくれ!こちらヴェリザン!我々は生存している!」
 オペレーターさんの報告にかぶせるように、中尉さんの絶叫が室内に響き渡る。
『……なっ!回頭中止!中止しろ!おい、混線じゃないだろうな?』
『確認しました!ヴェリザン中央通信局からの信号です!』
『……生きてた……本当に生きてたんだな!』
「こちらはヴェリザンの星都アルディナから交信している!ヴェリザン治安当局のミラー中尉だ!」
『航海士、フォトンアンカー抜錨!総員、発進準備!目標――ヴェリザン!|全速前進《フルアヘッド》!おい、中尉さんよ、どうして3週間もだんまりだったか……後でしっかり聞かせてもらうからな!』
 全滅したと思っていた惑星からの応答に、通信相手の声が歓喜に満ちていく。
 通信制御室内も同じだった。オペレーターさんは安堵のあまり椅子に崩れ落ち、もう一人の職員は中尉さんと抱き合って涙を流している。その様子を見ながら、私もやっと肩の力が抜けた。うん、私達は間に合ったんだ!
「ねぇ、トワ?私の『妹』は、良い仕事をするでしょ?」
「うん。きっと優秀な『姉』に似た」
 その後――
 感極まった中尉さんがアイリスに抱きつこうとしたので、そこは私がしっかりブロックしておいた。