#2
ー/ー>>Iris
ここまでは順調だったのに。フォトン充填作業の進捗を見守りながら無線を確認していた際にアンダーソンさんから寄せられた報告に思わず歯がみした。食料、水、酸素、エネルギー源までは手に入ったというのに、まさか浄化フィルターが無いなんて。
航宙船に積める物資の量には限界がある。特に水や酸素といったかさばる物については積載可能な分量だけでは生命維持には到底足りず、濾過フィルターを使ったリサイクルが必須になる。つまり、水や酸素の現物があったとしてもフィルターカートリッジが無ければ焼け石に水……ってことだ。
『正確には見当たらないんじゃなくて、開封したパッケージが転がってる。……先に来た誰かか、もしくはここを退去する連中が持って行ったようだな』
見当たらないならまだ見つかる可能性があるけど、開封されたパッケージが残っているとということは、既に持ち去られていてここには存在していないと考えるべきだろう。航宙船ほどではないにしても、軌道ステーションにも積載量の限界はあるからね。
となると可能性としては低めだけど、地表に降りてフィルターパックを探す必要がある、か……。
「船長、アイリスです。船の積み荷にフィルターパックはありませんか?」
『今回の荷物はギルドの依頼で運んでいるC3、あとはC3を使った日用品ですね。フィルターに代用できそうなものは無かったと思います。あとは……ビークルが何台かありますが』
「C3の配送予定……?」
ペレジスでそんな話は聞いた覚えは無いし、アリサはなにも言ってなかった。もっとも支部再建で多忙なあの子が、輸出する貨物の中身を一つ一つ確認しているなんてことは普通に考えれば有り得ないんだけど……。
『ここの大音楽堂に据え付ける予定の大型のC3だと聞いています。長く納品が遅れていたものらしいですが……』
船長さんのその話を聞いて、理解した。おそらくそのC3はベルンハルトが横領していた物資の一つなんだ。確かに大型のC3は高価で希少なものだから、おおかた普通に売るよりも高値で引き取るところへ横流しをしようとでも考えていたのだろう。そして奴が倒れ、横領されていた品が正規の取引先に送られた……と言うことだろう。
「なるほど、理解しました。ではステーション内をもう少し探索して、フィルターが見当たらない場合は……」
『はい、地表へ降りざるを得ない、ということになります』
「地表の観測は……」
『既に開始しています。現在、昼側なので船のセンサーではあまり詳しい事はわかりませんが、夜になれば照明の具合で人が残っているかどうかは判断できるでしょう』
「わかりました。こちらはフォトンバッテリーの充填が終わり次第連絡をいれますので、回収班の手配をお願いします」
船長さんとの通信が終わり、私は一息ついた。横領されていたC3か……それはやはり、正規の届け先である大音楽堂に届けないといけないだろう。たとえ届け先が無人の荒野であったとしても、受けた仕事は完遂するというのがギルドの理念だ。
ベルンハルトのやらかしをギルドの一員として少しでも原状回復する必要があるだろうし、出荷はしたけど届きませんでしたなんて事になったら支部長代理になったアリサの顔に泥を塗ることにもなりかねない。……アリサならそんな事は気にしなくていいと言うとは思うけど。
それでも友達の評判を傷つけるような事になるのはダメだ。うん、他の誰でもない、私が気にするんだ。
とは言え地表に降りるのは問題が多い。トワを巻き込むのは気がかりでしかないから、あの子を危険な場所に連れて行くのは避けたいけど……。でも、大型で高品位のC3に対する調律と設置にはシンガーであるトワの力がどうしても必要になるだろう。なによりトワが留守番を受け入れるとも思えないし。
あとは……今回フィルターパックを探す必要がある以上、探索と納品をまとめて行えば危険な地表に降りる人数が最低限で済むという合理的な理由もある。
いろんな考えが頭を巡るが、どうにも落ち着かない。冷凍睡眠の後遺症がまだ残っているのだろうか。
『アイリス』
「聞こえてるよ。今の話、聞いた?」
『次は私も行く』
「即決なんだね?」
『いい女は悩まない』
「聞いたこと無いよ、そんな話。どこ情報?」
『私調べ。アイリスは悩まない』
「いや、今まさに悩んでるところだよ……」
まぁ、そうなるとは思っていた。船長さんとの会話を聞いていたトワが自分が参加する事をためらう訳がないからね。さっきだって船長さんの裁定が下るまでずっと私と一緒に軌道ステーションの探索に参加するって主張してたし。
地表へ降りること、それもトワと一緒に行くことが避けられないなら、もう少しここで情報を集めておく必要あるだろう。私はこの場をランスさんに任せ、ステーション内で情報を探ることにした。目的地は軌道ステーション側の中央コントロールセンター。情報を集めるならそこしかない。
しばらく後、物資の回収作業が概ね完了したとの連絡があり、私もコントロールセンターを離れ船のエアロック前まで帰還した。感染対策のため、ステーションへ出た人員はまだ船内には入らず、無線で報告を行っている最中だ。
船外班の中で一番上位者なのは甲板長のアンダーソンさんらしく、彼が代表して船長さんに状況報告を行っている。この後、エアロックを使って除染を試みる話になったところで、私は口を挟んだ。
「船長さん、少しよろしいですか?」
『アイリスさんですか?ええ、なんでしょうか』
「実は除染の件、必要が無いと思います」
『それは……どういう理由ですか?確実な根拠でも?』
うん、さすが冷静な船長さんだ。ギルドの人間の進言とはいえ、はいそうですか、と納得する訳がないよね。
「はい、先ほどステーションの中央コントロールでいくつかのログを確認しました」
『中央コントロール?そんなところにどうやって入って……ああ、アイリスさんは管理官でしたね。確かに支部長クラスの権限があれば、ギルドの管轄下にある施設はアクセスフリーになってもおかしくはない』
「はい、そうです」
……実は支部長クラスじゃなくて、統括局長クラスなんだけど、まぁそれはこの場でひけらかす話でもないだろう。
「そこで得た情報が二つあります。まず最初に確認したのがステーションへの来場者数推移とヘルスモニタの記録です」
『なるほど、読めてきました』
……優秀だなぁ、プレストン船長。ウォルターさんと同じく、こういう人が味方だととてもやりやすい。
「このステーションに最後に来場者があったのは7年2ヶ月前でした。そしてヘルスモニタに異常が感知された始めたのは8年程前。最後の来場者が訪れるまでヘルスモニタの異常検出数は増減していますが、来場者が途絶えた以降は全く検知されていないまま7年以上経過しています」
『……ヘルスモニタの設置位置はわかりますか?』
「軌道エレベータの乗降口と、私達がいまいる乗船ゲート周辺。あとは旅客ターミナル内にも数カ所設置されているようです」
『なるほど、それならこのステーション内には感染源となるものが存在しないと判断して良さそうですね。もしかしたら、この疫病というのは空気感染しないのかもしれませんね』
そう、それは私も考えたことだ。少なくとも7年前の時点では接触感染だった可能性が高い。その後、地表でエアロゾル型に変異している可能性は十分考えられるので、降下する際には慎重に行動する必要はあるだろうけど。
「ですので、除染を試みて航宙船のエアフィルターに負荷をかけるのではなく、エアロックを通常解放してこの後の活動はステーション側へ拠点を一時的に移すことを提案します」
『交換用のフィルターが手に入らない可能性を考えると、その提案は妥当ですね。ステーションを拠点にすれば、消耗品の節約にもなりますし。……副長、甲板長、どう思いますか?』
『自分は賛成です』
「オレもそれが妥当だと思う」
『ではアイリスさんの提案を採用します』
船長さんのその発言を聞いて、私はコスモスーツの酸素供給フィールドを停止して軌道ステーションの空気を初めて吸い込んだ。ヘルメットじゃないから不快感や閉塞感は無いとはいえ、キャメル067でのEVAを思い出すとなんとなく嫌だったんだよね、このフィールド……。
「では二つ目の報告です」
そう切り出そうとした瞬間、船のエアロックが開いた。思わず振り返るとそこにはこちらに向かって飛びついてきたトワの姿があった。
>>Towa
船外カメラに映るアイリスが酸素供給フィールドを止めた瞬間、気づけば私はエアロックに向かって駆け出していた。感染防止のためだと船外にとどまっていたアイリス。私は、一秒でも早く姉のそばに行きたかった。もしフィールドを解除したことで万が一、アイリスが感染することになったとしても……私も一緒にいたいと思ったからだ。
で、気づいたら目を白黒させたアイリスに抱きついていた。
船長さんたちも私の様子を船外カメラで見ていたのか、みんな揃ってエアロックの外に出てきている。
「無線でやりとりするより、直接の方が良いですからね」
「すみません、妹がご迷惑を……」
「迷惑じゃない」
「いや、トワに迷惑かけたわけじゃなくて、トワが迷惑かけたんだからね?」
つい船長さんとの会話に割り込んでしまった。我ながら感情のコントロールができていない。コントロールできていないという自覚はあるんだけど。そんな私の気持ちを察してくれたのか、口ではお小言のような事を言いながらもアイリスは私の頭をなでてくれた。
「それで、二つ目の報告ですが」
アイリスが真面目な話を続けようとするので、名残惜しいけど、抱きつくのはやめて一歩下がる。
「ステーションへの来場者数が突然途絶えているのが気になって、軌道エレベーターの稼働状況を調べてみたんです。すると、7年2ヶ月前に緊急停止して以降、再稼働していないようなんです」
「なるほど、軌道エレベーターが止まれば当然、地上との行き来も完全に途絶えるわけですね。何か事故でもあったのでしょうか?」
「当時の映像は残っていなかったのですが、現状の様子なら」
アイリスがフォトンタブに映像を映し出す。そこに映っていたのは……。え、なにこれ?エレベーターの搭乗口に荷物運搬用のカートが挟まってるんだけど。慌てて逃げる時に引っかかった?でも、カートは転倒もしていないし、押すなり引くなりすればすぐに動かせそうな位置だよね、これ。
「ご覧の通りの状況で、確かにこのままだとエレベータは動かすことができません」
船長さんが眉をひそめる。たぶん、私も同じように眉をひそめていると思う。
「……状況は把握しましたが、これは……何かの意図で扉を閉じられない状態にしているようにも見えますね。そして、扉が閉まらない限り、軌道エレベーターは動きません」
「現状では真相は不明です。ただ、カートをどかせば再稼働はできそうなので……。それで、地表の状況はいかがでした?」
「それは航海長から説明を」
アイリスが船長さんにそう訪ねると、船長さんは航海長さんに説明を求めた。
「観測の結果、夜の都市部に明かりが点在しているのがわかりました。自動点灯ならもっと整然としているはずなのですが、この不規則な点灯パターンでは……たぶん外灯の類いは全滅してますね。灯っているのは建物の窓から漏れる最低限の明かりぐらいでしょうか。あとは……他にも郊外と思われる場所にも不規則に灯っています」
航海長さんは、私たちが状況を理解できるよう、一呼吸置いてから続けた。
「動く明かりがほとんど無いので交通インフラもダウンしていると思われます。ただ明かりの付き方を見ると、誰かが地上で生活しているか、そこを拠点にしている可能性が高いと考えられます」
航海長さんの言葉に一同は顔を見合わせる。惑星上に生存者がいる?それも、かなりの数の。
「……どのエリアに照明があるか、わかるか?」
その時、それまで黙っていた元軍人ぽいおじいさん――ヴァルトさんという名前だと聞いた――が低い声で口を開いた。
「え、ええ。軌道エレベータ地上駅近くのこのあたりに比較的大きなな不規則点灯群、そして150Kmぐらい西に離れた地域にも小規模な点灯群が見えます」
「大きい方は星都アルディナ、小さい方はノヴァーラ……芸術都市だな」
地図も見ずに断言するヴァルトさん。この星の人だったんだろうか?思わず彼の顔を見つめてしまう。
「……若い頃にな、この星に住んでいた。死ぬ前にもう一度ノヴァーラの大音楽堂の音を聴きたくてな」
「大音楽堂?それ、確か船に積まれているC3の配送先じゃ……」
アイリスが不意に顔を上げ、ヴァルトさんに尋ねると彼は無言で頷いた。偶然にしては出来すぎた話だと思ったけれど、船員さん達によれば大音楽堂のクリスタルオルガンはこの星での一大観光スポットで、近隣の星々にも有名らしいと聞いて腑に落ちた。星外からもその音を聴き来にくる人が多いとかで、軌道エレベータから大音楽堂のあるノヴァーラまでの交通インフラもかなり整備されているそうだ。
なにそれ、ちょっと聴いてみたい。でも、オルガンの音色を聴くためには……私がC3を設置しないとだめなんだよね、きっと。
「それで……ここからは、提案というかモーリオンギルドとしての要請なのですが」
アイリスが少し緊張した顔でそう切り出す。真剣な表情に、私も思わず姿勢を正した。
「私たちはギルドの職責として、C3を指定の場所へ届ける義務があります。私とトワで、その運搬を行わせていただきたいのです。そして……」
「そして?」
「……運搬の際に、フィルターパックの探索も並行して行います。いかがでしょうか」
アイリスの「要請」は、私と二人で地表に降りるという内容だった。うん、まぁアイリスならそう言うよね。私が留守番でなければ、特に異論は無い。船長さんは少し顔を曇らせ、低い声でアイリスに答える。
「地表に降りるのは危険です。生存者がいるにしても状況が不明ですし、インフラも……。危険回避を最優先するならC3はこの軌道ステーションに残置し、多少のリスクは承知でこのまま出航する方がベターでしょう。回収できた物資は万全とは言えませんが、それでも無寄港を覚悟していた時よりも状況はかなり改善されていますし」
「でも、フィルターパックが見つかれば、もっと安全に航行できますよ?」
「確かにそれはそうですが……。仮に探索が必要だとしても、護衛をつけるべきだと考えます」
アイリスはすぐに軽く首を振った。
「お気持ちはありがたいですが、ギルドの業務には守秘義務が課せられていますす。外部の方に同行いただくわけにはいきません」
「だとしても……地表には何があるかわからないんですよ?どうしても誰かを護衛に」
アイリスは否定するが船長さんは引き下がらない。心配してくれてるのはわかるから、私は口を挟むことができない。なので、じっとアイリスの顔を見つめる。どうするんだろう?アイリスは軽く息を吐いてから、ふとヴァルトさんに視線を向けた。
「……なら、ヴァルトさんに同行していただくというのは?それなら問題ないでしょう」
その言葉に、船長さんもヴァルトさんも驚いた顔でアイリスを見る。アイリス、守秘義務があるから部外者は同行できないって言ったよね?私も一瞬何のことかわからなかったけど、アイリスの目がきらりと光ってウィンクするのが見えた。
「ペレジス支部保安部の元大隊長さん、ですよね?」
えっ、そうなの?私が急な話に驚いていると、ヴァルトさんが少し目を細めたかと思うと、短く鼻を鳴らした。どうやら隠していたつもりだったみたいだ。船長さんも驚いた表情でヴァルトさんを見ている。
「……元職ではあるが、な。まぁ行き先がノヴァーラの大音楽堂なら、それは儂の目的地でもある」
アイリスが少し笑みを浮かべてうなずく。
話がまとまったあと、コンテナに搭載されたC3やビークルの搬出作業が始まった。うん、地上での移動距離が長いから積み荷のビークルを使わせてもらうことになったんだ。
でも搬出作業は素人の私達にお手伝い出来ることがないから、今は旅客スペースでアイリスとおしゃべり中なんだけどね。
「アイリス、ヴァルトさんと知り合い?」
「知り合いってほどでも無いけど、顔見知り、かな?向こうも私達の事覚えてたみたいだしね。トワも会ったことあるよ?」
「記憶にない」
「ほら、評議会へ乱入するときに……アリサの事を信じてくれた人」
主観では二週間ほど前、ペレジスの時間では15年ぐらい前になる出来事の記憶をたどる。保安部の人がいたのは評議会のところだよね?あの時にいた人のなら……。
『シノノメ管理官補殿。勝算は、おありか』
ああ、思い出した。
「勝算は、の人?」
「そう、それ……ってもう少し違う覚え方をしてあげて?」
「シノノメ管理官補殿?」
「いや、それアリサの事だよね?」
そんな事を言っているとシノノメ管理官補殿……じゃなくてヴァルトさんがやって来た。
「二等管理官殿、いつから気づいておられた?」
「お顔を拝見したときに見覚えがあるな、と。声を聞いた時点で思い出しました。あと、私のことはアイリスと呼んでください、ヴァルトさん」
すごいなぁ、アイリス。私はアイリスに言われても気づかなかったのに。
「承知した。しかしアイリス殿は……トラブルに巻き込まれやすい体質のようだ」
「あはははは……それは否定しようがないかな……。まぁ、この子と一緒にいると退屈はしませんけど」
私のせい?……いや、概ね私のせいか。
「そちらは確かシンガー殿でしたな」
「トワ。よろしく」
「こちらこそ、トワ殿。なら今回の設置はトワ殿の役目ですな」
うん、それは確かに。シンガーの仕事の一つだからね、C3の設置も。でもこれ依頼主が生きてるかどうかもわからない状況だよね?完了報告とか、依頼料支払いとかどうなってるんだろう。無報酬で働いたらダメなんだよね、確か。
「……この任務、お手当でる?」
「出ないんじゃないかなぁ……。今回はベルンハルトの尻拭いだからね、たぶんペレジスの支部にはもう前払いの報酬は支払われてるだろうし。まぁ、上手くいったらいつかペレジスに戻ったときにアリサに請求してみたら?」
「アリサに会うのが楽しみ」
「会ってすぐにお金の話しちゃダメよ?そんなことしたらあの子、絶対泣き崩れるから」
アイリスはそう言って笑うけど、さすがの私もそこまで非常識じゃない。ちゃんと再会の挨拶をしてから、報酬を要求する予定だ。
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