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第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星

>>Towa

 ――遠くで誰かが名前を呼んでいる気がする。
 ぼんやりとした響きが頭の中でこだましていて、言葉の意味を掴むことができない。まるで、水の底に沈んでいるみたいな感覚だ。

 次第に体が冷たい重石のように感じられるようになって、手足の先からじんわりと痛みが広がってきた。……いや、違う。これは痛みじゃなくて痺れだ。身体が動かないのに、それでもなんとか動こうとするたびに痺れた感覚がじわりじわりと戻ってくる。
 目を開けようとしたけど、まぶたが鉛みたいに重い。目を開かないといけない気がして、力を込めて無理矢理にまぶたを開くと、何かがゆっくりと引き剥がされるような違和感を覚えた。やがてまぶたがゆっくりと持ち上がり、視界が薄暗い光に包まれる。まだ焦点は合わないけど……ここは、倉庫……?
 ぼんやりと見つめていると、少しずつ記憶が戻ってきた。そうだ、私は航宙船にのって……冷凍睡眠で……ぼんやりと、思い出してきた。

 視覚の次は聴覚が戻ってきた。どこからか低く機械音が鳴り響いている。これはレゾナンスドライブの駆動音だ……そう思っていると、冷たい空気が頬を撫でた。霧のような白い息が視界に漂っている。私の吐いた息が白くなっている。
 視界が徐々にクリアになると、目の前には少し薄汚れた感のある無機質な銀色の壁が見えた。パネルのライトがぼんやりと光っている。それに、無造作に置かれたコンテナ。私たちの貨物もこの部屋のどこかにあるはずだけど、体が動かせないから探すどころじゃない。

「ア……アイ……リス……?」

 思わず姉の名を呼んだ。声は出たけど、妙にかすれていて、喉がひりひりする。喉はシンガーの商売道具なのに。
 私が覚醒したことを関知したのか、ポッドのカバーがスライドし、私は外気にさらされた。航宙船内の空気が暖かく感じる。
 ゆっくりと身を起こし、そっと首を動かしてみると隣の冷凍ポッドが目に入った。青白い光の中に人影がうっすら見える……アイリスだ。まだ眠っているのか、まぶたを閉じたまま静かに横たわっている。私もこんなふうに、眠ってたんだろうか?

 少しずつ体が言うことを聞くようになってきた。指先をこすり合わせると、徐々に痺れが抜けていくのを感じる。肺の中にたまっていた冷たい空気を吐き出し、暖かい空気を体の中に取り込む。どうやら「目覚めた」みたいだ。まだぼんやりとした意識の中で自分の身体に流れる血液の冷たさを感じながら、視線をゆっくりと周囲に巡らせる。

「おはよう、私」

 そう呟くと、身体中に残った痺れが少し和らいだ気がした。


>>Iris

 薄暗い何かに包まれているような感覚が徐々に薄れてゆく。遠くから響く機械音。そしてかすかに聞き慣れた誰かの声。朦朧とした意識の中で、その声を頼りに意識を浮かび上がらせようとする。ゆっくりとまぶたが重く持ち上がり、視界がようやくぼんやりと明るくなった。
 かすむ視界の中、目の前のガラス越しに最初に見えたのは虹色の瞳。そして柔らかく光を反射する銀色の髪。これは……大切な妹――トワの顔だ。目の前にいるのに、何だか遠い感じがする。
 そうか、私は冷凍睡眠についていたんだ。その事実には気づけたけど、目覚めたばかりのせいか思考がゆっくりとしか動かない。

「……ト、ワ?……」

 なんとか声を出してみたものの、自分の声が妙にかすれて聞こえる。トワは私が目覚めた事に気づき、心配そうに顔を覗き込んでいた瞳に金色の輝きがまじる。冷凍ポッドのカバーがスライドし、外気が流れ込む。

「アイリス、大丈夫?」

 トワの声が届く。私より先に覚醒していたらしく、普段通りのような顔に見える。

「うん、なんとか……」

 上体を起こそうとするがまだ思うように体が動かない。ゆっくりと手足を動かし始めると、少しずつ感覚が戻ってくる。身体が冷たい。まだ完全には目覚めきっていないのか、細かい震えが手足に残っている。
 そうか、冷凍睡眠ってこんな感じになるのか……。まるで一度死んで、生き返ったような不思議な感覚だ。いや、冷凍睡眠中は仮死状態になるから、実際に私は死んでいて、今蘇ったんだ。
 そんなことを考えながら、時間をかけて私が体を起こすと安心したのかトワが抱きついてきた。トワの体の温もりで全身のしびれが溶けてゆくように思えた。

「トワ、私の体……まだ冷たくない?」
「大丈夫。私も冷たい」

 そんな事を言いながら、互いの温もりを感じ合う。私が着ているのは冷凍睡眠専用スーツで、コスモスーツと良く似たデザインのもの。トワはスーツ着用を嫌がり、普段通りのTシャツ姿で眠りについていたはず。互いの服装を見ながらそんなことをぼんやりと考えていると、トワが不安そうな声で告げた。

「あのね、アイリス。大変な事になってる」
「どうしたの?」

 ここはまだ航宙船の中のようだし、一見すると何かが起きているようにも見えない。寝起きで状況が把握できない私は、困惑しながらトワに状況を尋ねる。

「ヴェリザンが、大変な事になってる」
「ヴェリザン……?どういうこと?」

 ヴェリザンはこの航宙船の目的地であり、私達が向かっているクレリスへの中継地でもある。冷凍睡眠が解除されたということはヴェリザンの軌道ステーションに到着したか、少なくともその近くまでは来ているはず。一体なにが?完全には覚醒していない頭がトワの言葉の意味を捉えようとするが、うまく繋がらない。
 そんな私の様子にトワは視線を外し、しばらく言葉を探しているように見えた。その微妙な表情が、言葉以上に不安を感じさせる。

「……ヴェリザン、全滅してるかも」

 一瞬、再び心臓が凍りついたような感覚に襲われた。血の気が引いていくのがわかるが、逆に思考はクリアになってゆく。

「全滅……?惑星が?」

 トワが小さく頷いた。彼女の目にも混乱と不安が映っている。トワは冗談を言うのが好きだが、こういうシリアスな事に関して嘘や冗談は言わない。

「さっき船員さんが、そう言ってた。まだ詳しいことはわからない。でも通信も完全に沈黙して、まるで死んだ星だって」

 完全な通信途絶と言うのはかなり深刻な状況だ。言葉の一つ一つが頭の中でひどく鈍く響き、重くのしかかってくる。目覚めたばかりのせいか、状況の深刻さが頭の中で理解しきれていない。

「……とにかく、状況を確認しないと。ここにいても何もわからないから、船員さんたちのいるところへ行こう」
「うん。ラウンジに来てほしいって」

 先に目覚めて不穏な状況を知ったトワは不安だったのだろう。私がそう言うと少しだけ安心したような顔で、ポッドから立ち上がろうとした私の手を引いてくれた。私はポッドから抜けだし……これから何を見て、何を知ることになるのか、嫌な予感を覚えながら手早く着替えをすませ、船内へ向かうことにした。


 ラウンジにはすでに船員さん達と他の乗客が集まっていた。 今回の船「バジャー1」は、前回乗せてもらった航宙船キャメル067より二回りほど大きく、乗員は11名。その他に私達と同じように、ペレジスから下等航行で乗った他の乗客が二人いる。少し不健康そうな若い男性と、体格の良い老齢の男性。
  乗船時にも思ったんだけど、老齢の男性の方はどこかで見たことがある気がする。けど……ペレジスで知り合いは少ないし、彼がうちの星の人であるわけでもない。単なる気のせいかもしれない。記憶がはっきりしないのは冷凍睡眠の影響だろうか?

 ちなみにこの船の船長さんは豪快な船乗り風だったキャメル067のオットー船長とは違い、知的なエリート風の男性だ。船乗りというよりも、ビジネスマンと言った方がしっくりくる感じで、少し意外に思えた。
 冷凍睡眠から覚醒したのは私が最後だったらしく、私とトワがラウンジに入ったことを確認した船長さんが状況の説明を始めた。

 説明を要約するとこうだ。 現在位置はヴェリザンの1光日手前の宇宙空間。入港前の慣習となっている寄港申請の通信を行ったところヴェリザン側からの応答が無く、異常事態と判断してレゾナンスドライブを停止。 こちらからの交信要請には応答が無いが、定期的に自動発信される通信波がヴェリザン方面から届いている。そしてその信号を解析した結果、疫病発生の警告(コードレッド)を示していたことが判明しているそうだ。

「……状況から考えると、急激な疫病の拡大(パンデミック)が発生してヴェリザンが壊滅した可能性が高いと考えられます。実際、惑星固有の病気による壊滅的な被害は過去にもいくつかの惑星で例がありますから」

 あまり航宙船(ふな)乗りらしくない口調で船長さんが語る言葉には冷静さが感じられるけど、どこか重々しい響きもあった。
 たしかに惑星固有の未知の風土病が原因で住民が全滅する事態は過去にも報告されている。だが、その多くはまだ惑星探査が不十分な時期、開拓初期の惑星において起こるケースだ。
 ヴェリザンはこの星域でも有数の歴史ある惑星で、惑星上の探索はほぼ完了しているはずだし、医療体制だって万全だと聞いている。今更新たに風土病が猛威を振るって惑星全体を飲み込む可能性は低いと思うけど……。
 そんな事を考えていると、船長さんが私達に声をかけてきた。

「船の事は本来船長である私に決定権がありますが、今回は状況が状況です。乗客である皆さんの意見も伺いたいのですが」

 船長さんの言葉に私達は顔を見合わせる。民主的ではあるが、本来であれば船のことは船長が決めるべきことで、乗客が口出しをすべきものではない。この船長さん……確かプレストンと言ったと思うけど、この人の考え方が特に民主的なのか、それとも意見を聞く必要があるほど判断に困る事態なのか。
 ……たぶん、後者だろうな。そんな事を考えていると、他の乗客が答え始めた。

「僕はただのパン職人で、病気治療のためにヴェリザンへ行きたかっただけなので……。人がいなくて治療できないなら帰りたいな、と。正直、状況もよくわかりませんし」

 不健康そうな男性は申し訳なさそうに答えた。見た目通り何らかの病気を抱えているそうだけど、病人が冷凍睡眠するのはかなりリスキーだよね?でも、そんなリスクを負ってでも乗船したと言うことは、ヴェリザンはそれほど医療技術に優れているってことなんだろうか。そのことが、余計にパンデミックによる惑星壊滅という状況に対する疑念を感じさせる。

「儂は特に意見はない。船長殿の判断がどのようなものでも従おう」

 こちらは老齢の男性。口調と発言内容から推測すると、元軍人さんとかかな……?上官の指示であれば、不合理なものでも受け入れるとでもいいたげな姿勢から、そんな風に思えた。でも、この年齢ならむしろ指示を受ける兵卒というより、無理な指示を出す側の指揮官っぽいけどね。

「ではそちらのお嬢さん方……確かお二人ともギルドの方ですよね?」

 船長さんが私達に話を振ってきた。トワの方を見ると、私の方を信頼のまなざしで見つめていた。……丸投げする気だね、この子。まぁ、トワが話すと事態がややこしくなる可能性があるし、もし私の意見に不服ならそう言ってくるだろう。なら、私の考えをまず述べてみよう。

「私は……現状について少し疑問があります。コードレッドのアラートが出ているのは事実としても、パンデミックで住民が全滅しているというのは現状では事実であるかどうか不明ではないでしょうか」
「ほう、そう考える理由を伺ってもよろしいですか?」
「まず一つ目は、ヴェリザンは歴史のある惑星で医療体制も充実していると言うこと。先ほどの方が言う様に、少なくともペレジスよりも医療は発達している筈ですよね?それに、新規に開拓されたとは異なり、未知の風土病が発生する可能性は低いと考えます」
「なるほど、では二つ目の理由は?」

 船長さんは私の意見に反論するでもなく、先を促す。やはりこの人、航宙船(ふな)乗りらしくないな……。そう思いながら、私は話を続ける。

「二つ目は理由と言うより、可能性の指摘です。ヴェリザンの通信インフラが壊滅している可能性は考えられないでしょうか?住民は生存しているけど、星外への連絡手段を失っている、という可能性です」
「確かに、言われてみればその可能性は否定できませんね」
「問題は通信インフラが壊滅するような状況というのは、明らかに惑星上の秩序が崩壊している状況で、到底惑星に降りられるような状態ではないことを意味しています。なので、結論としてはヴェリザンが疫病による壊滅状態かどうかを確認するために接近する必要はあると思いますが、寄港や地表へ降下するのは好ましくない、と言うのが私の意見です」
「なるほど、わかりました」

 私の指摘に船長さんは軽く頷き、同意してくれた。そう。パンデミックの状況そのものよりも、通信が繋がらない事の方が問題なんだ。おそらく船長さんもその事は判っているはず。それでもあえて私達に意見を聞くと言うことは、もっと別の差し迫った理由があるはずだ。例えば――。

「ただ……寄港しないと言う選択肢は、ないんですよね?」
「……はい、貴女のおっしゃる通りです」

 パン屋の人が驚いたような目で、元軍人さんは目を細めて面白いものでもみるかのような目で私を見ている。パン屋さんはともかく、元軍人さんは私が言いたいことに気付いていたようだ。判ってて口を出さないのは、何か理由があるのだろうか?

「物資が、足りません。無寄港で最寄りの他惑星へ到達するにはフォトンエネルギーも、水も食料も、そして酸素も」
「私達乗客全員と、余剰クルーを冷凍睡眠させても?」
「しっかりした消費量計算はまだですが、それでもギリギリ可能かどうか……という結構なギャンブルになりますね」
「……同じギャンブルなら、まだ分のある寄港の方がましというこどだな」

 これまで無言だった元軍人さんが、低く想い言葉でそう告げた。うん、私もそれに同意するよ。

「寄港するにしても、軌道ステーション限定でしょうね。無人である可能性も視野に、最小限の物資補給を迅速に行う方法を考えるべきかと」

 私の意見に船長さんはうなずき、同意してくれた。

「疫病に接触する機会が減るのは賛成です。乗員と乗客の皆さんを守るのも私の使命ですからね。ただ、無人のステーションに何かが残っていたとして、回収の手段が問題ですが……」
「私達全員がコスモスーツを着用して防疫対策を行うのはどうでしょうか?その上で最低限の人員でステーション内を探索し、物資と生存者を探します。ただし、ステーションは無人という前提で考えた方が良いとは思いますが……」
「慎重を期すならそれがベストですね。では物資を発見した場合、人員を増加させて人力で搬入作業を行いましょう。その際は乗客の方にもお手伝い願うかもしれませんが、よろしいですか?」

 船長の言葉に、元軍人さんは無言で頷いた。パン屋の男性は……無理そうだね。まぁ病人らしいし、肉体労働は無理だろう。私も、一応参加する心づもりはしておこう。トワ?この子に肉体労働は……細身だけどトワは運動神経もいいし体力もあるから意外と似合うんだけど、まあ本人のやる気次第だね。

「あと、異常事態に備えて、緊急離脱の準備もしておいた方が良いかもしれませんね」
「はい、船から交代で監視を行い、何かあれば即座に離脱できる態勢を整えます」

 これでおおよその方針は決まったのだろう。船長さんは軽く息をつき、全員に宣言した。

「では、この方針で進めることにします。幸運を祈るしかありませんが、できるだけ安全にことを運びましょう」


>>Towa

 なんだかすごいことになった。目覚めてすぐに惑星が壊滅状態だと聞かされ、不安でアイリスが起きるのを待っていたら、起きてすぐのアイリスが状況をまとめて仕切ってくれた。……いや、知ってたよ、私のお姉ちゃんは無敵で完璧超人なんだって。
 前の船(キャメル067)と同じようにラウンジに設置されたホロディスプレイで、軌道ステーションへ船が接舷する様子を見つめながら、そんなことを考えていた。

 方針が決まった後、私もアイリスも探索チームに立候補した。船長さんは一瞬驚いたみたいだけど、最初の探索メンバーは4人と決めていたらしく、結局乗客はアイリス一人だけが選ばれる事になった。
 冷静に考えれば当然なんだけど、理解はしてもアイリスだけが危険な場所に行くなんて納得できない。だから小型のC3通信機を借りて、ラウンジからでもアイリスと連絡を取り合えるようにしてもらった。わがままだけど、それぐらいの事は許して欲しい。

 それでも、なんだか自分にがっかりしている。自分の目的のために旅に出たはずなのに、こうしていつもアイリスに頼りっぱなしだ。ペレジスでのことも、結局ベルンハルトを止めたのはアイリスで、私はただ見ていただけだった。最初にベルンハルトを倒すと決めたのは私だったのに、結果としてアイリスに手を汚させてしまった。

 私がアイリスを「お姉ちゃん」と呼びたくないのは、気恥ずかしいからだけじゃなくて、姉と呼ぶことでますます甘えてしまいそうで怖いというのもある。いや、むしろそちらの方が大きいかもしれない。大好きなお姉ちゃん。
 本当は、もっとベタベタして甘えたい。でも、宇宙を旅するなら……私も自立しないといけないから。でも、アイリスと離れるなんて考えるのも嫌だという矛盾した気持ちもある。
 成人したと言っても、結局私は姉離れできてないんだな……と自己嫌悪することしか、今はできない。

『こちらアイリス。トワ、聞こえる?』
「聞こえる。出発?」
『うん。行ってくるね』
「お土産期待してる」
『トワの好きなスラリー(どろどろ)探してくるよ』
グラット(満足)を希望」
『あははは……じゃあ、行ってくるね』
「気をつけてね」

 アイリスはいつも優しい。これから危険があるかもしれない探索へ赴くというのに、私のことを気にかけてくれる。そんなお姉ちゃんに、私はどうやったら報いることができるんだろうか。いや、私が報いるなんて考えること自体が烏滸がましいのかな……。

 他の探索チームの報告はホロディスプレイから音声が流れている。ラウンジでそれを聞いているの私と、アイリスが軍人さんと呼んでいたおじいさんだけ。病人さんは気分が悪いと冷凍ポッドで横になっているけど……あのポッド、寝にくい気がするんだけど。

 ホロディスプレイ越しに交信が聞こえてきた。どうやら探索が始まったようだ。探索チームの少し緊張した無線のやり取りに耳を澄ませる。

『こちらアンダーソン、旅客フロアに到着。照明がところどころ落ちているが、前方の様子は確認できる。人工重力もドッキングポートあたりと同じ0.6Gで安定してるな。聞こえるか?』
『こちらブリッジ、了解。旅客フロアの探索を続けてください。売店等に食料が残っていないか確認をお願いします』
『了解。……見たところ、食い物はなさそうだが……』

 誰かが息を呑む音がわずかに聞こえた。無線越しの呼吸音が微かに耳に響くたび、ステーション内の不気味な静寂が際立っている気がする。

『ランスです、貨物集積エリアに入った。こちらは照明が
半分落ちてるな。人影は……見えない』」

 しばらくの沈黙が続いた。空港のようなステーションの内部には、本来なら行き交っているはずの人影が全く見えないそうだ。映像がないので想像するしかないけど、考えただけでも不気味な光景だと思う。そして、そんなところにアイリスがいる。そう思った時、少し低めのトーンで報告するアイリスの声が聞こえた。

『正面奥まで視界クリア。ブリッジ、照明の落ちた区画に入ります。ランスさん、バックアップお願いします』
『ああ、任せろ』
『ブリッジ、了解。アイリスさん、無理はしないように』

 耳元に、探索チームの足音や呼吸の音が無線から漏れ伝わる。それ以外の音が何も聞こえないのが不気味だ。ホロディスプレイの向こうではきっと、アイリスも慎重に周囲を警戒しながら進んでいるのだろう。私は椅子を握りしめ、ただ無言で彼らの通信を聞いていた。

『こちらアンダーソン、旅客エリアの階下で物資倉庫らしき場所を発見。扉が……閉まってるが、開けられると思う。入ってみる』
『甲板長、慎重に頼みますよ』

 ブリッジが指示を出す。再び静寂。扉の開く金属音が響き、その先はまたしばらく音が途絶えた。張り詰めた静けさに、まるでこちらの息さえ音になるように感じる。

『……内部確認……おい、こいつは……既に誰かが物資を持ち出してるぞ』
『……こちらブリッジ、倉庫は空か?』
『いや、食料のコンテナは発見、必要な分量はありそうだ。水も……ああ、必要最小限だが、あるようだ。酸素触媒のコンテナらしきものも見える』
『進入ルートの情報を送ってくください。回収班をそちらに送ります』
『了解、おいフランク、お前はフィルターカートリッジを探しとけ』
『了解、甲板長』

 誰かに先をこされていたと聞いて驚いたけど、最低限の物資は手に入りそうだ。緊張の中に少し安堵の色が混じった声が無線から伝わり、私はようやく肩の力を抜いた。

『こちらランス、フォトン充填の設備を発見……だが、電源が落ちているようだ。……動きそうかい?』
『システムが落ちてますが、再起動してみますね……』

 アイリス達の声も聞こえる。アイリスが機械を操作しているのだろうか。ほんと、何でもできるな、私のお姉ちゃん。

『……再起動確認。大丈夫、壊れたりはしてないみたい』
『おお、アイリスさん、助かったよ』

 ブリッジ要員の声も弾んでいる。フォトンバッテリーはフォトンセルを大型化したもので、航宙船の動力源になるものだ。地上でもフォトンエネルギーの蓄積は可能だけど、宇宙空間で行う方が効率が良いらしくて軌道ステーションにはフォトンの充填施設が必ず用意されている……ってアイリスが言ってた。でも、これで地表に降りずに済みそうだ。そう思ったときだった。

『アンダーソンだ。面倒なことになった。物資倉庫を隅から隅まで探したが、フィルターカートリッジが見当たらない』




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第1部4章『「あなた」の代替可能性』ヴェリザン-再輝の惑星
>>Towa
 ――遠くで誰かが名前を呼んでいる気がする。
 ぼんやりとした響きが頭の中でこだましていて、言葉の意味を掴むことができない。まるで、水の底に沈んでいるみたいな感覚だ。
 次第に体が冷たい重石のように感じられるようになって、手足の先からじんわりと痛みが広がってきた。……いや、違う。これは痛みじゃなくて痺れだ。身体が動かないのに、それでもなんとか動こうとするたびに痺れた感覚がじわりじわりと戻ってくる。
 目を開けようとしたけど、まぶたが鉛みたいに重い。目を開かないといけない気がして、力を込めて無理矢理にまぶたを開くと、何かがゆっくりと引き剥がされるような違和感を覚えた。やがてまぶたがゆっくりと持ち上がり、視界が薄暗い光に包まれる。まだ焦点は合わないけど……ここは、倉庫……?
 ぼんやりと見つめていると、少しずつ記憶が戻ってきた。そうだ、私は航宙船にのって……冷凍睡眠で……ぼんやりと、思い出してきた。
 視覚の次は聴覚が戻ってきた。どこからか低く機械音が鳴り響いている。これはレゾナンスドライブの駆動音だ……そう思っていると、冷たい空気が頬を撫でた。霧のような白い息が視界に漂っている。私の吐いた息が白くなっている。
 視界が徐々にクリアになると、目の前には少し薄汚れた感のある無機質な銀色の壁が見えた。パネルのライトがぼんやりと光っている。それに、無造作に置かれたコンテナ。私たちの貨物もこの部屋のどこかにあるはずだけど、体が動かせないから探すどころじゃない。
「ア……アイ……リス……?」
 思わず姉の名を呼んだ。声は出たけど、妙にかすれていて、喉がひりひりする。喉はシンガーの商売道具なのに。
 私が覚醒したことを関知したのか、ポッドのカバーがスライドし、私は外気にさらされた。航宙船内の空気が暖かく感じる。
 ゆっくりと身を起こし、そっと首を動かしてみると隣の冷凍ポッドが目に入った。青白い光の中に人影がうっすら見える……アイリスだ。まだ眠っているのか、まぶたを閉じたまま静かに横たわっている。私もこんなふうに、眠ってたんだろうか?
 少しずつ体が言うことを聞くようになってきた。指先をこすり合わせると、徐々に痺れが抜けていくのを感じる。肺の中にたまっていた冷たい空気を吐き出し、暖かい空気を体の中に取り込む。どうやら「目覚めた」みたいだ。まだぼんやりとした意識の中で自分の身体に流れる血液の冷たさを感じながら、視線をゆっくりと周囲に巡らせる。
「おはよう、私」
 そう呟くと、身体中に残った痺れが少し和らいだ気がした。
>>Iris
 薄暗い何かに包まれているような感覚が徐々に薄れてゆく。遠くから響く機械音。そしてかすかに聞き慣れた誰かの声。朦朧とした意識の中で、その声を頼りに意識を浮かび上がらせようとする。ゆっくりとまぶたが重く持ち上がり、視界がようやくぼんやりと明るくなった。
 かすむ視界の中、目の前のガラス越しに最初に見えたのは虹色の瞳。そして柔らかく光を反射する銀色の髪。これは……大切な妹――トワの顔だ。目の前にいるのに、何だか遠い感じがする。
 そうか、私は冷凍睡眠についていたんだ。その事実には気づけたけど、目覚めたばかりのせいか思考がゆっくりとしか動かない。
「……ト、ワ?……」
 なんとか声を出してみたものの、自分の声が妙にかすれて聞こえる。トワは私が目覚めた事に気づき、心配そうに顔を覗き込んでいた瞳に金色の輝きがまじる。冷凍ポッドのカバーがスライドし、外気が流れ込む。
「アイリス、大丈夫?」
 トワの声が届く。私より先に覚醒していたらしく、普段通りのような顔に見える。
「うん、なんとか……」
 上体を起こそうとするがまだ思うように体が動かない。ゆっくりと手足を動かし始めると、少しずつ感覚が戻ってくる。身体が冷たい。まだ完全には目覚めきっていないのか、細かい震えが手足に残っている。
 そうか、冷凍睡眠ってこんな感じになるのか……。まるで一度死んで、生き返ったような不思議な感覚だ。いや、冷凍睡眠中は仮死状態になるから、実際に私は死んでいて、今蘇ったんだ。
 そんなことを考えながら、時間をかけて私が体を起こすと安心したのかトワが抱きついてきた。トワの体の温もりで全身のしびれが溶けてゆくように思えた。
「トワ、私の体……まだ冷たくない?」
「大丈夫。私も冷たい」
 そんな事を言いながら、互いの温もりを感じ合う。私が着ているのは冷凍睡眠専用スーツで、コスモスーツと良く似たデザインのもの。トワはスーツ着用を嫌がり、普段通りのTシャツ姿で眠りについていたはず。互いの服装を見ながらそんなことをぼんやりと考えていると、トワが不安そうな声で告げた。
「あのね、アイリス。大変な事になってる」
「どうしたの?」
 ここはまだ航宙船の中のようだし、一見すると何かが起きているようにも見えない。寝起きで状況が把握できない私は、困惑しながらトワに状況を尋ねる。
「ヴェリザンが、大変な事になってる」
「ヴェリザン……?どういうこと?」
 ヴェリザンはこの航宙船の目的地であり、私達が向かっているクレリスへの中継地でもある。冷凍睡眠が解除されたということはヴェリザンの軌道ステーションに到着したか、少なくともその近くまでは来ているはず。一体なにが?完全には覚醒していない頭がトワの言葉の意味を捉えようとするが、うまく繋がらない。
 そんな私の様子にトワは視線を外し、しばらく言葉を探しているように見えた。その微妙な表情が、言葉以上に不安を感じさせる。
「……ヴェリザン、全滅してるかも」
 一瞬、再び心臓が凍りついたような感覚に襲われた。血の気が引いていくのがわかるが、逆に思考はクリアになってゆく。
「全滅……?惑星が?」
 トワが小さく頷いた。彼女の目にも混乱と不安が映っている。トワは冗談を言うのが好きだが、こういうシリアスな事に関して嘘や冗談は言わない。
「さっき船員さんが、そう言ってた。まだ詳しいことはわからない。でも通信も完全に沈黙して、まるで死んだ星だって」
 完全な通信途絶と言うのはかなり深刻な状況だ。言葉の一つ一つが頭の中でひどく鈍く響き、重くのしかかってくる。目覚めたばかりのせいか、状況の深刻さが頭の中で理解しきれていない。
「……とにかく、状況を確認しないと。ここにいても何もわからないから、船員さんたちのいるところへ行こう」
「うん。ラウンジに来てほしいって」
 先に目覚めて不穏な状況を知ったトワは不安だったのだろう。私がそう言うと少しだけ安心したような顔で、ポッドから立ち上がろうとした私の手を引いてくれた。私はポッドから抜けだし……これから何を見て、何を知ることになるのか、嫌な予感を覚えながら手早く着替えをすませ、船内へ向かうことにした。
 ラウンジにはすでに船員さん達と他の乗客が集まっていた。 今回の船「バジャー1」は、前回乗せてもらった航宙船キャメル067より二回りほど大きく、乗員は11名。その他に私達と同じように、ペレジスから下等航行で乗った他の乗客が二人いる。少し不健康そうな若い男性と、体格の良い老齢の男性。
  乗船時にも思ったんだけど、老齢の男性の方はどこかで見たことがある気がする。けど……ペレジスで知り合いは少ないし、彼がうちの星の人であるわけでもない。単なる気のせいかもしれない。記憶がはっきりしないのは冷凍睡眠の影響だろうか?
 ちなみにこの船の船長さんは豪快な船乗り風だったキャメル067のオットー船長とは違い、知的なエリート風の男性だ。船乗りというよりも、ビジネスマンと言った方がしっくりくる感じで、少し意外に思えた。
 冷凍睡眠から覚醒したのは私が最後だったらしく、私とトワがラウンジに入ったことを確認した船長さんが状況の説明を始めた。
 説明を要約するとこうだ。 現在位置はヴェリザンの1光日手前の宇宙空間。入港前の慣習となっている寄港申請の通信を行ったところヴェリザン側からの応答が無く、異常事態と判断してレゾナンスドライブを停止。 こちらからの交信要請には応答が無いが、定期的に自動発信される通信波がヴェリザン方面から届いている。そしてその信号を解析した結果、|疫病発生の警告《コードレッド》を示していたことが判明しているそうだ。
「……状況から考えると、|急激な疫病の拡大《パンデミック》が発生してヴェリザンが壊滅した可能性が高いと考えられます。実際、惑星固有の病気による壊滅的な被害は過去にもいくつかの惑星で例がありますから」
 あまり|航宙船《ふな》乗りらしくない口調で船長さんが語る言葉には冷静さが感じられるけど、どこか重々しい響きもあった。
 たしかに惑星固有の未知の風土病が原因で住民が全滅する事態は過去にも報告されている。だが、その多くはまだ惑星探査が不十分な時期、開拓初期の惑星において起こるケースだ。
 ヴェリザンはこの星域でも有数の歴史ある惑星で、惑星上の探索はほぼ完了しているはずだし、医療体制だって万全だと聞いている。今更新たに風土病が猛威を振るって惑星全体を飲み込む可能性は低いと思うけど……。
 そんな事を考えていると、船長さんが私達に声をかけてきた。
「船の事は本来船長である私に決定権がありますが、今回は状況が状況です。乗客である皆さんの意見も伺いたいのですが」
 船長さんの言葉に私達は顔を見合わせる。民主的ではあるが、本来であれば船のことは船長が決めるべきことで、乗客が口出しをすべきものではない。この船長さん……確かプレストンと言ったと思うけど、この人の考え方が特に民主的なのか、それとも意見を聞く必要があるほど判断に困る事態なのか。
 ……たぶん、後者だろうな。そんな事を考えていると、他の乗客が答え始めた。
「僕はただのパン職人で、病気治療のためにヴェリザンへ行きたかっただけなので……。人がいなくて治療できないなら帰りたいな、と。正直、状況もよくわかりませんし」
 不健康そうな男性は申し訳なさそうに答えた。見た目通り何らかの病気を抱えているそうだけど、病人が冷凍睡眠するのはかなりリスキーだよね?でも、そんなリスクを負ってでも乗船したと言うことは、ヴェリザンはそれほど医療技術に優れているってことなんだろうか。そのことが、余計にパンデミックによる惑星壊滅という状況に対する疑念を感じさせる。
「儂は特に意見はない。船長殿の判断がどのようなものでも従おう」
 こちらは老齢の男性。口調と発言内容から推測すると、元軍人さんとかかな……?上官の指示であれば、不合理なものでも受け入れるとでもいいたげな姿勢から、そんな風に思えた。でも、この年齢ならむしろ指示を受ける兵卒というより、無理な指示を出す側の指揮官っぽいけどね。
「ではそちらのお嬢さん方……確かお二人ともギルドの方ですよね?」
 船長さんが私達に話を振ってきた。トワの方を見ると、私の方を信頼のまなざしで見つめていた。……丸投げする気だね、この子。まぁ、トワが話すと事態がややこしくなる可能性があるし、もし私の意見に不服ならそう言ってくるだろう。なら、私の考えをまず述べてみよう。
「私は……現状について少し疑問があります。コードレッドのアラートが出ているのは事実としても、パンデミックで住民が全滅しているというのは現状では事実であるかどうか不明ではないでしょうか」
「ほう、そう考える理由を伺ってもよろしいですか?」
「まず一つ目は、ヴェリザンは歴史のある惑星で医療体制も充実していると言うこと。先ほどの方が言う様に、少なくともペレジスよりも医療は発達している筈ですよね?それに、新規に開拓されたとは異なり、未知の風土病が発生する可能性は低いと考えます」
「なるほど、では二つ目の理由は?」
 船長さんは私の意見に反論するでもなく、先を促す。やはりこの人、|航宙船《ふな》乗りらしくないな……。そう思いながら、私は話を続ける。
「二つ目は理由と言うより、可能性の指摘です。ヴェリザンの通信インフラが壊滅している可能性は考えられないでしょうか?住民は生存しているけど、星外への連絡手段を失っている、という可能性です」
「確かに、言われてみればその可能性は否定できませんね」
「問題は通信インフラが壊滅するような状況というのは、明らかに惑星上の秩序が崩壊している状況で、到底惑星に降りられるような状態ではないことを意味しています。なので、結論としてはヴェリザンが疫病による壊滅状態かどうかを確認するために接近する必要はあると思いますが、寄港や地表へ降下するのは好ましくない、と言うのが私の意見です」
「なるほど、わかりました」
 私の指摘に船長さんは軽く頷き、同意してくれた。そう。パンデミックの状況そのものよりも、通信が繋がらない事の方が問題なんだ。おそらく船長さんもその事は判っているはず。それでもあえて私達に意見を聞くと言うことは、もっと別の差し迫った理由があるはずだ。例えば――。
「ただ……寄港しないと言う選択肢は、ないんですよね?」
「……はい、貴女のおっしゃる通りです」
 パン屋の人が驚いたような目で、元軍人さんは目を細めて面白いものでもみるかのような目で私を見ている。パン屋さんはともかく、元軍人さんは私が言いたいことに気付いていたようだ。判ってて口を出さないのは、何か理由があるのだろうか?
「物資が、足りません。無寄港で最寄りの他惑星へ到達するにはフォトンエネルギーも、水も食料も、そして酸素も」
「私達乗客全員と、余剰クルーを冷凍睡眠させても?」
「しっかりした消費量計算はまだですが、それでもギリギリ可能かどうか……という結構なギャンブルになりますね」
「……同じギャンブルなら、まだ分のある寄港の方がましというこどだな」
 これまで無言だった元軍人さんが、低く想い言葉でそう告げた。うん、私もそれに同意するよ。
「寄港するにしても、軌道ステーション限定でしょうね。無人である可能性も視野に、最小限の物資補給を迅速に行う方法を考えるべきかと」
 私の意見に船長さんはうなずき、同意してくれた。
「疫病に接触する機会が減るのは賛成です。乗員と乗客の皆さんを守るのも私の使命ですからね。ただ、無人のステーションに何かが残っていたとして、回収の手段が問題ですが……」
「私達全員がコスモスーツを着用して防疫対策を行うのはどうでしょうか?その上で最低限の人員でステーション内を探索し、物資と生存者を探します。ただし、ステーションは無人という前提で考えた方が良いとは思いますが……」
「慎重を期すならそれがベストですね。では物資を発見した場合、人員を増加させて人力で搬入作業を行いましょう。その際は乗客の方にもお手伝い願うかもしれませんが、よろしいですか?」
 船長の言葉に、元軍人さんは無言で頷いた。パン屋の男性は……無理そうだね。まぁ病人らしいし、肉体労働は無理だろう。私も、一応参加する心づもりはしておこう。トワ?この子に肉体労働は……細身だけどトワは運動神経もいいし体力もあるから意外と似合うんだけど、まあ本人のやる気次第だね。
「あと、異常事態に備えて、緊急離脱の準備もしておいた方が良いかもしれませんね」
「はい、船から交代で監視を行い、何かあれば即座に離脱できる態勢を整えます」
 これでおおよその方針は決まったのだろう。船長さんは軽く息をつき、全員に宣言した。
「では、この方針で進めることにします。幸運を祈るしかありませんが、できるだけ安全にことを運びましょう」
>>Towa
 なんだかすごいことになった。目覚めてすぐに惑星が壊滅状態だと聞かされ、不安でアイリスが起きるのを待っていたら、起きてすぐのアイリスが状況をまとめて仕切ってくれた。……いや、知ってたよ、私のお姉ちゃんは無敵で完璧超人なんだって。
 |前の船《キャメル067》と同じようにラウンジに設置されたホロディスプレイで、軌道ステーションへ船が接舷する様子を見つめながら、そんなことを考えていた。
 方針が決まった後、私もアイリスも探索チームに立候補した。船長さんは一瞬驚いたみたいだけど、最初の探索メンバーは4人と決めていたらしく、結局乗客はアイリス一人だけが選ばれる事になった。
 冷静に考えれば当然なんだけど、理解はしてもアイリスだけが危険な場所に行くなんて納得できない。だから小型のC3通信機を借りて、ラウンジからでもアイリスと連絡を取り合えるようにしてもらった。わがままだけど、それぐらいの事は許して欲しい。
 それでも、なんだか自分にがっかりしている。自分の目的のために旅に出たはずなのに、こうしていつもアイリスに頼りっぱなしだ。ペレジスでのことも、結局ベルンハルトを止めたのはアイリスで、私はただ見ていただけだった。最初にベルンハルトを倒すと決めたのは私だったのに、結果としてアイリスに手を汚させてしまった。
 私がアイリスを「お姉ちゃん」と呼びたくないのは、気恥ずかしいからだけじゃなくて、姉と呼ぶことでますます甘えてしまいそうで怖いというのもある。いや、むしろそちらの方が大きいかもしれない。大好きなお姉ちゃん。
 本当は、もっとベタベタして甘えたい。でも、宇宙を旅するなら……私も自立しないといけないから。でも、アイリスと離れるなんて考えるのも嫌だという矛盾した気持ちもある。
 成人したと言っても、結局私は姉離れできてないんだな……と自己嫌悪することしか、今はできない。
『こちらアイリス。トワ、聞こえる?』
「聞こえる。出発?」
『うん。行ってくるね』
「お土産期待してる」
『トワの好きな|スラリー《どろどろ》探してくるよ』
「|グラット《満足》を希望」
『あははは……じゃあ、行ってくるね』
「気をつけてね」
 アイリスはいつも優しい。これから危険があるかもしれない探索へ赴くというのに、私のことを気にかけてくれる。そんなお姉ちゃんに、私はどうやったら報いることができるんだろうか。いや、私が報いるなんて考えること自体が烏滸がましいのかな……。
 他の探索チームの報告はホロディスプレイから音声が流れている。ラウンジでそれを聞いているの私と、アイリスが軍人さんと呼んでいたおじいさんだけ。病人さんは気分が悪いと冷凍ポッドで横になっているけど……あのポッド、寝にくい気がするんだけど。
 ホロディスプレイ越しに交信が聞こえてきた。どうやら探索が始まったようだ。探索チームの少し緊張した無線のやり取りに耳を澄ませる。
『こちらアンダーソン、旅客フロアに到着。照明がところどころ落ちているが、前方の様子は確認できる。人工重力もドッキングポートあたりと同じ0.6Gで安定してるな。聞こえるか?』
『こちらブリッジ、了解。旅客フロアの探索を続けてください。売店等に食料が残っていないか確認をお願いします』
『了解。……見たところ、食い物はなさそうだが……』
 誰かが息を呑む音がわずかに聞こえた。無線越しの呼吸音が微かに耳に響くたび、ステーション内の不気味な静寂が際立っている気がする。
『ランスです、貨物集積エリアに入った。こちらは照明が
半分落ちてるな。人影は……見えない』」
 しばらくの沈黙が続いた。空港のようなステーションの内部には、本来なら行き交っているはずの人影が全く見えないそうだ。映像がないので想像するしかないけど、考えただけでも不気味な光景だと思う。そして、そんなところにアイリスがいる。そう思った時、少し低めのトーンで報告するアイリスの声が聞こえた。
『正面奥まで視界クリア。ブリッジ、照明の落ちた区画に入ります。ランスさん、バックアップお願いします』
『ああ、任せろ』
『ブリッジ、了解。アイリスさん、無理はしないように』
 耳元に、探索チームの足音や呼吸の音が無線から漏れ伝わる。それ以外の音が何も聞こえないのが不気味だ。ホロディスプレイの向こうではきっと、アイリスも慎重に周囲を警戒しながら進んでいるのだろう。私は椅子を握りしめ、ただ無言で彼らの通信を聞いていた。
『こちらアンダーソン、旅客エリアの階下で物資倉庫らしき場所を発見。扉が……閉まってるが、開けられると思う。入ってみる』
『甲板長、慎重に頼みますよ』
 ブリッジが指示を出す。再び静寂。扉の開く金属音が響き、その先はまたしばらく音が途絶えた。張り詰めた静けさに、まるでこちらの息さえ音になるように感じる。
『……内部確認……おい、こいつは……既に誰かが物資を持ち出してるぞ』
『……こちらブリッジ、倉庫は空か?』
『いや、食料のコンテナは発見、必要な分量はありそうだ。水も……ああ、必要最小限だが、あるようだ。酸素触媒のコンテナらしきものも見える』
『進入ルートの情報を送ってくください。回収班をそちらに送ります』
『了解、おいフランク、お前はフィルターカートリッジを探しとけ』
『了解、甲板長』
 誰かに先をこされていたと聞いて驚いたけど、最低限の物資は手に入りそうだ。緊張の中に少し安堵の色が混じった声が無線から伝わり、私はようやく肩の力を抜いた。
『こちらランス、フォトン充填の設備を発見……だが、電源が落ちているようだ。……動きそうかい?』
『システムが落ちてますが、再起動してみますね……』
 アイリス達の声も聞こえる。アイリスが機械を操作しているのだろうか。ほんと、何でもできるな、私のお姉ちゃん。
『……再起動確認。大丈夫、壊れたりはしてないみたい』
『おお、アイリスさん、助かったよ』
 ブリッジ要員の声も弾んでいる。フォトンバッテリーはフォトンセルを大型化したもので、航宙船の動力源になるものだ。地上でもフォトンエネルギーの蓄積は可能だけど、宇宙空間で行う方が効率が良いらしくて軌道ステーションにはフォトンの充填施設が必ず用意されている……ってアイリスが言ってた。でも、これで地表に降りずに済みそうだ。そう思ったときだった。
『アンダーソンだ。面倒なことになった。物資倉庫を隅から隅まで探したが、フィルターカートリッジが見当たらない』