#14
ー/ー>>Iris:Two Weeks Later
その後、統括局の指示のもとでギルド支部の再編と惑星ペレジスでの後始末が始まった。
ギルドは管理官補の資格を持つアリサを支部長を失ったペレジス支部の暫定的な支部長に任命。再建のために統括局からの全面的な支援が行われることになった。ウォルターさんは監察官としての任務を全うしたあと、統括局に辞表を提出し一職員としてアリサの補佐に専念する道を選んだ。ベルンハルトの支配下で利権を握っていたギルド職員や評議員たちの排除も順調に進み、評議会は未だぎこちなさは残るものの正当な合議制を取り戻しつつあるそうだ。
私はアリサの支部立て直しに手を貸す傍ら、平行してウォルターさんと共にベルンハルトの配下やシンパに対する取り調べにも参加した。もちろん、興味本位ではなく共犯者に対しても罪の追及を行う必要があるからだ。
どうやらベルンハルトは四大名家のうち、アリサ実家であるシノノメ家と対立する間柄にあったクジョウ家の支援を取り付けていたらしい。取り調べを通じて、私は支部長交代劇の背後には対立する四大名家がシノノメ家の勢いを削ぐために張り巡らした陰謀の影響もあったように思えてならなかった。
ただクジョウ家はギルドと血縁関係を結び、ギルド内へと入ったシノノメ家とは違い、ギルドと直接的な関係は無い上に、そもそもが星のオリジネーターに連なる家柄だ。彼らが星の運営権を――1/4とはいえ――持つ以上、私達にはクジョウ家の行いを追求することはできなかった。このことがいずれアリサの前途に再び影を落とさないか心配だけど……私にできることは後をウォルターさんに託すことだけだ。
そしてベルンハルトが惑星中に自らが内政干渉を行っている証拠を放映した愚行についても、取り調べの中で明らかになった。ベルンハルトは元々慎重……というよりも神経質な質で、支部長に座についてすぐの頃はギルド統括局から監察官が送られてくるのではないかとビクビクしていたそうだ。だが一年経ち、二年達……何年経っても監察官は現れなかった。
もしベルンハルトが小物であれば、何年経っても影に隠れていつか訪れる監察官に怯え続けることになっただろう。実際、奴がアリサを拷問してでも服従させようとしていたのは、どうやら監察官がいつ来るのかを予知させるつもりだったらしいし。
だけどベルンハルトはギルド支部長の座を簒奪し、ペレジスの統治者である評議員の1人になってしまった。表舞台に出ざるを得ない以上、怯えて過ごす訳にもいかず……何時の頃からかベルンハルトは監察官は来ないと自らに言い聞かせ、徐々に傲慢な支配者へと変貌していったらしい。そして今回の中継は星の経済がガタガタになった事を踏まえ、自らの権威を示し綱紀粛正を図る目的で、初めて評議会の模様をリアルタイム配信したのだそうだ。
……まぁ、間の悪いことにそのタイミングでペレジスに監察官と、さらに上位者である二等管理官がいたのがベルンハルトの運の尽きだった、という訳なんだけど。
リアルタイム中継というえば、私の思惑通りアリサに対する人々の印象が変わったことも重要なポイントだ。これまでアリサは罪人であるというイメージで見られていたけど、件の中継で痛ましい傷を晒したことで、彼女がベルンハルトによる被害者であることを示すことができた。ベルンハルトこそが罪人であり、アリサはその共犯では無いということも……。
ともあれ、そのような形でギルド支部と惑星ペレジスの統治機構は徐々に秩序と安定を取り戻し始めたとはいえ、一度打撃を受けた経済はすぐには立ち直らない。華やかな表通りでは解放を喜ぶ人々の歓声が響いているけど、その喜びの声は裏通りのスラムにはただ空しく反響するだけ。ペレジスが本当の再生を遂げるには、まだ長い道のりが必要だろう。
だけど私達がこれ以上その道のりに関わることはない。私達は、ここを通り過ぎる旅人にすぎないから。
騒動の後、支部長代理に就任したアリサから私とトワに今回の件についての謝礼を支払いたいと申し出があった。私は管理官としての責務を果たしただけなので当然その申し出を辞退したけど、何故かトワが「C3の欠片を希望、なるべく質の高いやつ」と希望を出していた。ちゃっかりしているよね、トワ。
後で何に使うのか聞いたところ、フォトン・イグナイトの改良に使いたかったらしい。私が支部がらみで飛び回っている間の暇つぶしに改良でもするのだろう。ただ、馬鹿威力のイグナイトがさらに強化されるのはさすがに問題なので、釘は刺しておいたけど。
そして無事に鋼の獣を格納しているコンテナも取り戻すことができた。今にして思えばこれを取り戻すことが目的でペレジスに降り立ったのに、ずいぶんと遠回をしたものだ……。
これで本来の目的地であるクレリスへ旅立つ事ができる。そう思っていた私は、乗り継ぎを予定していた旅客航宙船が既にペレジスを出港していた事を知って愕然とした。
いや、それもそうか。遅くても数日で旅立つ予定だったのに、私達は既に二週間以上もペレジスに滞在しているのだから。手近な惑星への航路ならそれほど問題ではなく次の便を待てば良かったのだけど……乗船予定だったクレリス行き客船の次便が出るのは、なんと3年後と聞いて私は愕然とした。
3年――もちろんそんな長時間を待つことはできない。アリサを手助けし、支部を立て直すために時間を割いたのは正しい選択だったと信じているけれど、これ以上ここで足止めを食うわけにはいかない。テロマーであるアリサと違って、私達の乙女としての時間は短いのだから。
……あと、評議会での一件が惑星中に生配信されていたせいで、私は一躍時の人になっていた。街を歩くと声をかけられたり、サインを求められたり、ホロを撮られたり、挙げ句の果てには交際申し込みやら、いきなりプロポーズされた事もあった。私を描いた肖像画が人気になっているという話も聞いたけど……たぶん、あのときに出会った老画家の仕業だろう。それを聞いたトワは気楽に笑っていたけど……こんなところで3年も過ごせる訳がないでしょ!
そういうことで出発を決めた。ただ、問題もある。代替手段として検討した、現実的な待ち日数で乗れる客船はどれもかなりの遠回りでいくつもの中継地点を経由して移動しなければならなかったんだ。そして比較的距離の短い乗り継ぎで移動できる航路には下等航行……すなわち冷凍睡眠が前提となる貨物船しか運行予定がなかった。冷凍睡眠は一定の死亡リスクがある「危険を伴う移動手段」だ。幸いにも私もトワも若くて健康なので、冷凍事故による死亡リスクは最低限に抑えられるはずだけど……。
「別にそれでいい」「危険です!」
移動手段について説明したところ、トワとアリサから同時にまったく反対の答えが返ってきた。トワに想いを寄せているらしいアリサが反対するのは当然だし、赤子の頃に超長期間冷凍されていた経験を持つトワ冷凍睡眠を何とも思っていないのも無理はない。
心配してくれるアリサの気持ちはありがたいけれど、結局旅をするのは私達だ。私とトワが納得しているなら、他の選択肢はない。かくして、3日後に出発する貨物船に乗り、途中ヴェリザンという惑星を経由して目的地のクレリスへ向かうことが決まった。
そして出発の前夜。アリサがトワを呼び出した。……アリサの気持ちを知っているだけに、少し悪いことをしているような気もするけれど、心配でもあった。なので、私は物陰から二人の様子をそっとうかがうことにした。何故かウォルターさんも一緒だが、もちろん覗きなんかじゃない。ただ見守っているだけだ。
やましい気持ちは欠片もない。そうですよね、ウォルターさん?
「トワ様……あなたのことを、お慕い申しております。愛しています」
アリサが精一杯の勇気を出して、はっきりとトワに告白する。いや、青春だね。でもね、アリサ。トワにはもっと直接的でないと……たぶん伝わらない。
「ありがとう、アリサ。でも、私は『帰らないといけない』から」
「……」
「だから。いつかまた、大宇宙のどこかで」
それは星々を旅する者にとって定番の別れの言葉だ。刻の流れという壁に阻まれ、普通に考えれば二度と再会できない事を覚悟した上で、なお再会を願う祈りの言葉。だがテロマーであるアリサにとって、その言葉はまた別の意味合いを持つ。
トワ、その言葉は少し残酷だよ。アリサはこれからの長い人生、ずっとあなたの帰りを待ち続けることになる。
「……はい」
目尻に涙を浮かべ、微笑みながら答えるアリサの表情が、いつまでも待ち続けると語っていた。
「いつか……再び、お会いできるでしょうか?」
「うん。その時まで、ここで待ってて欲しい」
アリサは涙を流しながら頷いている。……そうか、トワはここへ戻ってくるつもりなんだ。そうだね、私達の旅はあてのない旅。再びここへ戻ってくることもあるだろう。なにせ、ここは私達の故郷のお隣の星なんだから。
そんなことを考えていると、今度はトワがアリサに語りかけていた。
「アリサ、私からも話がある」
「……なんでしょう」
「足、見せて欲しい」
アリサの視線が、ドレスの長いスカートに隠された自らの左足に落ちる。支部長代理として治療を受けられるようになったことで、アリサが負っていたひどい傷跡の多くは目立たなくなっている。だが、左足は神経が損傷していて動かすことができないままで、医者もその傷ばかりは回復は難しいと診断していた。
「トワ様が……望まれるのであれば」
恥ずかしそうに、しかしトワを信じているのかアリサは静かに頷いた。やはり自分の好きな人に、傷跡を見られるのは気が引けるだろう。けれども、彼女は覚悟を決めてトワに脚を預けた。
「少し試したい事がある」
「試したい……こと、ですか?」
「絶対に傷つけたりしない。信じてくれる?」
「もちろん。トワ様のことを信じています」
その返事を聞いて、トワはイグナイトを取り出した。微かに見える色は……碧?アリサは一瞬、不思議そうにトワの手元を見つめていた。
「目を閉じて、じっとしてて」
トワはイグナイトを起動するとそれをアリサの左足にそっと添え、数歩下がった。5秒のタイムラグの後、鮮やかな碧の光が辺りを満たし、二人を柔らかく包み込む。
「……今のは……?」
アリサが戸惑ったように自分の足を見下ろす。ウォルターさんも何が起きたのか分からず、私に視線を向けるが、私にもトワの意図がわからない。なにせ「碧」は効果が不明なのだから。
「アリサ、歩いてみて」
「はい。……あっ」
トワの言葉にぎこちなく数歩歩いたアリサは何かに気づいたように歩みを止め、トワを見つめる。
「少しだけですが……左足、が」
「うん」
「……動きます」
「うん」
効果不明だとずっとトワが悩んでいた「碧」。疲労回復でもなく、体力回復でもなく、傷の治癒でもない。だけど、かすみ目は解消される。トワは神経系に作用するのかも、と言っていたけど……。
「でも、どうしてこんな事が……」
「これはアリサがくれたSランクのC3」
「報酬でお渡しした?」
「アリサの足が治りますように。そう祈りながら調律した」
碧に神経系を修復する効果があるのか、トワの能力がC3に特殊な効果――キャメル067の時と同じような――を与えたのか。どちらかはわからない。でも、どちらでも良かった。
「「アリサっ!」」
「えっ、アイリスさん?ウォルターおじさま……?」
私も、ウォルターさんも、思わず飛び出していた。アリサが突然現れた私たちの方を振り返り、少し戸惑った後……真っ赤になった。告白を覗き見していたのがばれたらしい。トワの方は少し照れくさそうに視線をそらしながら、ぼそりと付け加えた。
「……実験成功」
「トワ様。ありがとうございます、本当に。それで……アイリスさん、ウォルターおじさま?少しお話がありますので、後で執務室へ来てください」
ちなみにいつの間にかアリサはウォルターさんの事を「ウォルターおじさま」と呼ぶようになっていて、ウォルターさんがたいそう喜んでいたのだが……それは今はどうでも良い話だ。いや、現実逃避していないで、少しアリサに叱られてくるとしよう。
翌朝、軌道エレベータ乗り場の前までアリサとウォルターさんが見送りに来てくれた。コンテナと手荷物を先に積み込み、二人と最後の別れを交わす。
いつかまた、大宇宙のどこかで。
私とウォルターさんにとっては、おそらく永遠の離別の言葉。だが、アリサとトワにとっては、再会を誓う言葉だ。
別れの後、アリサが記念写真を撮って欲しいと言い出した。
「ウォルターおじさま、写真を撮っていただいていいですか?」
「もちろん、お安いご用です」
自然に「ウォルターおじさま」と呼ぶようになったアリサの様子に、ウォルターさんはやはり満面の笑みだった。彼女のことをこれからも守ってあげてね、ウォルターおじさま。アリサは私とトワと彼女の3人で、と言ったがここは少し気を利かせておこう。
「ごめん、少し髪を直したいから先に2人で撮ってもらって?あとで私も入るから」
「わかった」「はいっ!」
どちらがアリサの返事かは言うまでもないだろう。トワは相変わらずの表情で、アリサは本当に嬉しそうに表情を変えながらポーズを決め、二人は何枚も写真を撮っている。あの写真も、マリエルさんの肖像画と同じくアリサがこれからの長い年月を生きるための、かけがえのない肖像になることだろう。
「もうすぐエレベータが出発する時間」
「アイリスさん早く!3人での写真がまだです!」
そんなことを考えていたら、2人に呼ばれた。振り返ると朝日に煌めくクリスタンティアの街並みが目に入った。初めて見たときは虚栄に満ちた醜い街だと思ったけど。
光景そのものはそれほど変わっていないのに、少しだけこの街の事が好きになれた気がした。
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