#13
ー/ー>>Towa:Today -Peregis-
煌めくフォトンフラッグを背負ったアイリスの姿は、まるで女王そのものだった。
「それで、ベルンハルト三等管理官?あなたの流儀では、上位者には跪いて忠誠を誓うのが礼儀でしたよね?どうして今も高いところから、上位者である私を見下ろしているのですか?」
アイリスは淡々とベルンハルトの上位者論を、そのまま静かに返す。その言葉には感情も嫌味も含まれていない。事実をただ確認するような口調が、かえって強烈な皮肉になっていた。
「ぐっ……」
ベルンハルトの顔が苦々しく歪む。彼はやむなく高座を降りたものの、跪く気配は無い。目を逸らし不満そうに眉をひそめる様子から、彼のプライドがまだ抵抗しているのがわかる。だがアイリスは一切気にせず続けた。
「私はあなたに平伏を求めるつもりはありません。しかし、代わりに自らの罪を認めることを求めます。告発された罪を受け入れ、統括局の裁定に従う覚悟はありますか?」
その言葉に、ベルンハルトは硬直したままアイリスを睨み続けたけど、何も口にしない。その沈黙は服従を拒絶する意思の表れだけど、今やそれも空しい抵抗に過ぎなかった。
アイリスはそんなベルンハルトを一瞥すると、今もまだ呆然と跪いている評議員達に向き直り、穏やかに声をかける。
「皆さん、どうかお立ちください。私は新たな支配者ではありません。モーリオンギルドはギルド憲章で惑星統治への介入を禁じています。ギルドはこの星の住民を支配する存在ではありませんから、私にも、ベルンハルト管理官にも頭を垂れる必要はないのです」
ベルンハルトに怯え、今また新たな支配者が登場したのかと恐れていた評議員達はアイリスの言葉に一瞬、戸惑いを見せた。ギルドの影響力が強いこの星において、彼らもギルド憲章の存在を知らないわけではないだろうけど……長年にわたるベルンハルトの圧政の中でその規範がただの建前に過ぎないと諦めていたんだろう。
しかしアイリスの言葉には何の偽りもないことが伝わると、一人、また一人と、評議員達はゆっくりと立ち上がり始めた。互いに目を合わせながら、長い屈辱から解放されたかのように、希望に満ちた表情を浮かべる者、まだ戸惑いを隠せない者――それぞれが様々な思いを胸に、やがて全員が立ち上がった。
評議員達が立ち上がる様子を確認すると、アイリスは再びゆっくりとベルンハルトに視線を向け直した。ベルンハルトは彼の支配を離れた評議員達を忌々しげに睨んでいたが、アイリスの視線を感じると一瞬ひるんだように身を引いた。
「さて、ベルンハルト三等管理官」
アイリスは「三等」の部分を、静かだが確かな響きで強調する。その冷ややかで軽蔑を含んだ声にベルンハルトは顔を歪めた。
「告発された数々の罪状について、認否を聞かせていただけますか?」
しばしの沈黙の後、ベルンハルトは低く、うなるような声で応えた。
「……認めない。こんな告発……認めるものか!」
怒りを抑えたかのような声。だが、その声には焦りと動揺が混じっていた。彼の姿にアイリスは小さくため息をつくと、冷ややかに言い放つ。
「そうですか。では、ベルンハルト三等管理官に対する最後の告発です」
アイリスは静かな怒りを秘めたまま、ベルンハルトに向かって手を伸ばす。彼女のコートがその動作に合わせてゆっくりと翻り、彼女の指先がベルンハルトを指し示す。アイリスが言葉を発する前から、既に彼女の放つ威圧感に全員が息を飲んだのがわかった。
「あなたはギルドの優位的地位を悪用し、惑星ペレジスの統治機構に干渉、これを私物化しました。それは、ギルド憲章第1条第1項、最優先事項である内政干渉禁止原則への完全な違反――すなわち、ギルドへの反逆行為です」
静かに、だが一言一言が鋭利な刃のように突き刺さるその言葉。アイリスの眼差しは冷酷で、ベルンハルトの体はさらに強張る。
「証拠の提示は――必要ありませんね?」
その言葉にベルンハルトは憤怒の表情を浮かべた。いかに自己正当化しようとも、その罪が覆い隠せないものだということは彼の表情からと見て取れた。
なにせ、この評議会の場こそが言い逃れのしようがない、彼の罪の証なんだから。ベルンハルトは自らの口で自分がこの星の支配者だと宣言した。それはつまり内政干渉行為の自白でしかなく、いくら証拠を隠滅しようとしても、すでにその光景は惑星中に中継されているんだから。
最後の告発にベルンハルトはどう反応するつもりなんだろう。私がそう思っていると、アイリスが再び声を上げた。
「それは、抜かない方がいいよ?」
これまでの堅い管理官としての口調では無く、普段と変わらない少し砕けた口調。でも、そこには冷ややかな警告が含まれていた。視線の先には、ブラスターのグリップに手をかけようとしているベルンハルトの姿。
「うるさい!」
ベルンハルトは叫んだ。顔を紅潮させ、逆上した表情で言葉を吐き捨てる。
「こんな……こんな小娘が、ギルド高位幹部な訳がない……そんな事があってたまるか!ギルド幹部を詐称する小娘など、仮に万が一、本物であったとしても……こ、殺してしまえばすべて無かった事になる……!」
ベルンハルトの叫びが室内に響き渡った瞬間。次に起こった光景が、私の目には一瞬一瞬が切り取られたように映り込んだ。
――叫んだベルンハルトは
――ブラスターを引き抜き
――アイリスに銃口を向け
――引き金を
――引く
まもなく
――赤い光弾に胸を打ち抜かれ
――そのまま背後の玉座に叩き付けられ
崩れ落ちた。
衝撃のせいか、それともベルンハルトの生体反応が消失したせいか……彼の虚栄を示していたフォトンフラッグが、一瞬の瞬きの後に消滅した。
「だから、抜かない方がいいって言ったのに」
胸板に穴を開け息絶えた……ギルド伯を名乗っていたモノを少し寂しげな目で見やりながら、アイリスはそう呟くと自らのブラスターを腰のホルスターに戻した。
いつの間にか評議室の前には騒動を聞きつけたのか、議事堂の外に待機していた保安部の職員や一部のギルド関係者、さらには中継を見ていたとおぼしき住民達までもがざわめきながら集まっていた。その視線の先には、凛とした佇まいで堂々と立つアイリスの姿があった。
アイリスは冷ややかな視線で集まった者たちを見渡し、静かに口を開いた。
「ベルンハルト三等管理官はギルドの優位的地位を悪用し、この惑星の統治に介入するという最大の罪を犯した。よって、私、アイリス・ブースタリアはギルド憲章に基づき、司法権及び執行権を持つ二等管理官としてこの場において『0号処分』を執行した。ギルドの名誉と秩序を守るため、異議のある者はこの場にて申し出よ!」
広間が静寂に包まれる。周囲には困惑と驚きの色を浮かべた支部の職員や保安部の人達、評議員達の姿があった。まさか自分たちの支配者がこの場で断罪され、処刑されるとは誰もが想像していなかっただろう。
「0号処分」それはギルド内で最も重い刑罰であり最終的な処分、命で罪を償わせる断罪だ。本来であればベルンハルトがアイリスに銃口を向けた時点でアイリスには正当防衛の名目で反撃する正当性があった。だけど、あえてアイリスは自衛のための殺人ではなく、ギルド憲章による断罪だと宣言した。
それは当然だ。アイリスの腕前であればあの状況でも殺さずにベルンハルトを無力化する事など容易だったろうし、なんなら相手のブラスターのみを破壊して無傷で取り押さえることも出来たんだから。
だけど、アイリスがフオンフラッグを掲げギルドの「二等管理官」だと名乗った以上、ギルドの秩序を守るための行動を起こさざるを得なかった。
失われたギルドの信頼と規律を回復し、再びギルドを私物化しようと企む愚か者が現れることを抑止するために。
ベルンハルトに追従し悪事を働いていた腐敗した部下たちに対しても、この断罪は強烈なメッセージとなる。
……そして何よりも、ギルドがアリサに背負わせた苦しみに対する償いとして。
アイリスは、聡明な私の姉は。一時の激情ではなく、冷静な確信を持ってこの0号処分を執行したんだ。だけど……それでも。私は姉の表情に、ほんの少しだけ残る影を見てしまった。
集まった者たちは誰も動かず、誰も声を上げなかった。評議員の中にはベルンハルトから利益を得ていた者や、彼のシンパであった者もいるはず。それでも誰一人、アイリスの告発や処分に異を唱える者はいなかった。彼女の威厳ある姿と、その正当性に抗弁できるものなんて、一人もいるはずがなかったから。
アイリスは異議を唱える者がいないことを確認すると、ようやく軽く息を吐いた。その瞬間、わずかに肩の力が抜けるのが見えた。私は後ろからそっとアイリスを抱きしめ、小さく囁いた。
「……少しだけ、異議あり」
「どんな異議?」
「妹として、お姉ちゃんにこういう事はして欲しくない。って言う異議」
「……こういうときだけ姉呼びするの、ずるくない?」
そう言って笑ったアイリスの体は、少し震えていた。私はその震えを少しでも抑える事ができればと願い、アイリスの小さな体を強く抱きしめる。
アイリスはいつも冷静で強いけれど、その心は誰よりも優しい。悪党とはいえ、人命を奪ったという事実は彼女にとって消えない傷になってしまうだろう。
人々の平和とギルドの秩序を守るために自らの手を汚し、心に深い傷を負いながらも微笑もうとする姉の姿が、愛おしかった。私の手の温もりが少しでもアイリスに届けばいい。私の腕の中でだけは、無理に強くあろうとしなくてもいい。そう願いながら私はアイリスを抱きしめ続けた。
……本当ならヒトとしての感情が薄い、異物である私が引き受けるべきだったのに。そんな事を思いながら。
>>Iris
管理官としての断罪を終えた私は、ただひたすらに疲弊していた。トワに抱きしめられながら、このまま泣き出してしまうのではないか、あるいは気を失ってしまうのではないかと、内心で少しだけ怯えていた。
でも、なんとか踏みとどまった。ここで泣き崩れたらすべてが台無しになってしまう。そう自分に言い聞かせて。
「アイリスさん……。本当に、なんとお礼を言ったら良いか……」
アリサが涙を浮かべ、頭を下げる。そうだ、私は彼女の尊厳を取り戻すためにここへ来たんだ。私がベルンハルトを討ったことで、少しは彼女にギルドという組織の罪を償うことが出来ただろうか?
いや、これで仕事は終わりじゃない。失われた信用を取り戻しギルドを立て直す為の手配もあるし、まずは執行権を行使した報告を統括局にしなくては。まだなすべきことは多い。私はトワの抱擁をやんわりと解きほどき、事後処理を行うべく身を翻した。
「ブースタリア管理官、よろしいでしょうか」
と、今度はウォルターさんが声をかけてきた。いつものアイリスさん、ではなくよそ行きの管理官呼びだ。なにかかしこまった用事なのだろう。
「はい、なんでしょうか」
「統括局のメラニー・スゥ局長からのメッセージです」
メラニー・スゥ局長。それは、私が二等管理官試験を受けた際の面接官であり、この星域に展開するギルド組織を統べる統括局の長だ。彼女がわざわざ、しかもこのタイミングで連絡を?
戸惑う私にウォルターさんが彼のフォトンタブを私に向けてくれた。映像に映るのは、見覚えのある老齢の女性。そう、確かにスゥ局長だ。亜光速で航行可能な拠点、機動要塞「オラクルXVIII」に本部を置く統括局はこの周辺宙域にはいないはずだけど……って、まさかこれ、恒星間リアルタイム通信?
恒星間超光速通信、とくにリアルタイムの映像通信にはとてつもないコストがかかるため、ギルド内でも緊急時以外は文字メッセージか音声のみ、よくて静止ホログラム映像で行うのが普通だ。リアルタイムでの映像通信なんて、ギルド幹部会議でもないと行わないのに……!
「お久しぶりですね、アイリス……いや、ブースタリア管理官」
「ご無沙汰しております、スゥ局長」
映像の中でスゥ局長が微笑みながら声をかけてくれた。私は平静を装って応えたけど、緊張で思わず背筋が伸びる。映像の中のスゥ局長はどこか慈愛に満ちた眼差しをこちらに向け、私の硬さをほぐすように笑みを浮かべている。
「もうあなたも立派な二等管理官なのですから、そんなに構えなくていいのよ?」
「は、はい……!」
そう言われても、構えてしまうのが本音だ。今でこそ資格的には同格とはいえ、経験も人徳も能力も、私より遙かに格上の先達が相手なんだから。映像に映る局長の顔を見ていると緊張のせいか頭がぼんやりしてきて、間の抜けた返事しかできない。もっと気の利いた返事ができればいいのに、どうしてこうなった……。
「時間が限られているので、本題に入りますね」
スゥ局長は少し真剣な表情に戻り、静かに続けた。
「クレマン監察官から一連の件について報告を受けました。さらに議事堂での出来事もリアルタイムで確認させてもらっています」
……ウォルターさん、恒星間通信で生配信してたの!?惑星上で中継されている事は知っていたけど、まさか統括局にまで中継されていたとは思いもよらなかった。
背筋に冷や汗が流れる。リアルタイム中継していたと言うことは、私の稚拙な追求もスゥ局長に全部見られていた……!
「結論から伝えます。統括局として、あなたの裁定を全面的に支持します。0号処分についても同様です。局長として今回の処分は妥当だと認めますし、万が一責任問題となった場合、その責任は統括局局長である私が負います」
淡々と語る局長の声にはどこか優しさが滲んでいる。その言葉が示す内容は、今回私が行った判断を彼女が全面的に支持してくれるという事に他ならない。
「アイリス、私の監督不行き届きのせいで若いあなたに辛い役目を押しつけてしまったわね……本当にごめんなさい」
そう言って、スゥ局長は映像越しに頭を下げた。さらに、隣で呆然とした表情で映像を見ていたアリサに視線を向け、優しい目を向ける。
「ペレジス支部、アリサ・シノノメ管理官補……いいえ、アリサさん。あなたにもお詫びします。シノノメ支部長の件は、ギルドとして誠意をもって対応し、必ず彼の名誉を回復します。それに、あなた自身の尊厳も」
スゥ局長の真摯な言葉に、アリサは目を見開き、何度も頷いていた。信じられないといった表情が、少しずつ希望に満ちたものに変わっていく。
「事後処理についてはクレマン監察官に後ほど私から指示を行います。あなたの報告義務もすべて彼に任せてかまいません。アイリス、今日は妹さんとゆっくり休んでちょうだいね」
「……ありがとう、ございます」
それだけしか返事はできなかったが、少しだけ……ほんの少しだけ、肩の荷が下ろせた気がした。
通信が終わるとウォルターさんは統括局からの伝達を周囲のギルド職員に告げるため、その場を離れた。去り際に私に一瞬視線を向けた彼の顔には優しい微笑みが浮かんでいたような気がしたが、たぶん気のせいだろう。
「アイリス」
「……うん」
スゥ局長とのやりとりの間、離れたところで独りぼーっと立って評議室の様子を眺めていたトワが声をかけて来た。映像は見えなくても音声は聞こえていただろうし、スゥ局長が私の負担を軽くしてくれた事をトワも喜んでくれているのだろう。
「今の人、誰?知ってる人?」
……違った。
「この星域を管理する、ギルド統括局の局長だよ。メラー・スゥ局長」
「ほほう」
「とっても偉い人なのよ?」
「超偉い人?」
いや、反応が薄すぎでしょ?局長と面識があったらしいウォルターさんはともかく、アリサや、周りにいて通信が聞こえていたギルド職員はみんな卒倒しそうな勢いだったのに。
「まぁ、どうでもいい。アイリスはゆっくり『ご休憩』するのが最優先。あの超おばちゃんもそう言ってた」
「局長をどうでもいいとか、超おばあちゃん呼びとか!?大体『超おばあちゃん』ってそれもはや悪口だよね?それだけはやめてね?他の人に聞かれたら大問題になるからね!?」
「『ご休憩』発言よりも?」
「当たり前でしょ!?」
少しだけ、いつもの調子が戻ってきた気がする。スゥ局長とトワに感謝しないと。
……あと、周囲にいた人に、トワの暴言について管理官権限で口止めしておかないと。
議事堂を去ろうとしたとき、倒れたベルンハルトの方へ視線を向けていたアリサが、小さく呟いた。
「……魂の輝きが、永遠に水晶に宿りますように」
それはギルドに伝わる弔いの言葉。自分を傷つけ、父を奪った相手にさえ弔いを捧げるアリサの心には、どれほどの葛藤があっただろうか。彼女の優しさが傷となって、また彼女自身を苦しめてしまうのではないか――そんな思いが胸をよぎる。
どうか、アリサの心が安らぎに満ちますように。私はただ、そう祈るしかなかった。
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