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#11

ー/ー



>>Iris

 少々……いや、かなり不味い状況になってしまった。出口に見張り、奥に二人。おそらく奥に向かった二人はそこから手前方向に向かってクリアリングを進めるつもりだろう。そうすれば挟み撃ちが出来るからね。やはりあれは単なる警備兵ではなく、傭兵か何かなのだろう。軽口を叩いている割には随分と手慣れている様子だし。
 見張りをなんとかしない限りいずれ見つかってしまう。しかし迂闊に音を立てて気づかれると奥の二人に挟撃されてしまう。どうする、アイリス?考えろ!

 焦る気持ちを抑え、私は周囲に使えそうなものがないか視線を巡らせた。未開封のコンテナに何か使えるものが入っている可能性はあるけど、山積みされているコンテナを開けて中を探る時間も余裕もない。展示された装飾品や高級品も、今はまったくの無用の長物。アリサの母の絵は大切な証拠だから、絶対に守らなければならない。奥の美術エリアには……待て、ここからエレベータが見える?
 目をこらすと先ほど仕掛けたフォトン・イグナイトが小さく見えた。あれを狙撃して起動することができれば……!

 目標のサイズは幅10cm程度。距離は約100m。幸いなことにブラスターは今、精密射撃用の蒼だけど……狙撃の難易度はかなり高い。これが射的なら何射か試せば当てられる自信はある。だけど今回は一度きりのチャンスだ。外せば気づかれ、すべてが水の泡になってしまう。でも――やれる。ううん、やらないといけない。
 私はそう判断すると、フォトンタブを起動し文字を入力した。

『エレベータの閃光手榴弾を起動、奥の二人をなんとかする。入り口の見張りが動いたら合図をするので、その隙に外へ。ウォルターさん、アリサをお願い。あと車の運転も。トワは絵を』

 文章を推敲する時間がないから雑な言葉になったけど、まあ何が言いたいかは伝わるだろう。3人がフォトンタブに表示された文字を読んでいる間に私はスカートをたくし上げ、サイホルスターからブラスターを引き抜く。
 私がブラスターを手にしたことで「起動」の意味に気づいた3人だけど、ウォルターさんとアリサはエレベータと私のブラスターを見比べ驚愕の表情を浮かべた。うん、わかる。私だってアレを撃つと言われたらにわかには信用できないよ。
 でもトワは違った。黙って頷くとアリサから絵画を受け取り、いつでも走り出せるように準備を整えている。何も言わず信じてくれる妹の期待を裏切らないために。

 フォトンタブのモード変更。望遠モード。私が独自にXthキャリバーに施した改造、フォトンタブとの照準リンク……完了。

 フォトンタブをスコープ代わりに、静かに立て膝で狙撃体勢をとる。あとは周囲を伺いながら慎重に進む奥の二人がエレベータに近づけば……。
 指先が軽く震えそうになるのを抑え、集中を極限まで高める。肉眼での視界にはフォトン・イグナイトが小さな点のように、フォトンタブ(簡易スコープ)には小指ほどの大きさに映っている。

 ――ゆっくり息を吸う。息を止める。ゆっくり息を吐く。息を止める。

 周囲を警戒しながらじりじりと進む二人を視野に入れ、呼吸を整える。あともう少し。私は息を止める。もうあと3歩……2歩……1歩……今だ!

 細く圧縮された蒼い光線は、引き金を絞った瞬間にイグナイトに着弾した。

 閃光と轟音、そして衝撃波が男達をはじき飛ばす。離れたこの場所にいても一瞬、目がくらんだ。

「ど、どうしたっす!?」

 突然の事態に慌てた新人が持ち場を離れて奥へ走り出す。狙い通りだ。経験の浅そうな見張りが奥の異常に気をとられ、こちらの動きを察知できなくなる距離まで……離れた!

 私は身振りで3人に出口を示す。絵画を抱きしめて走り出すトワ。ウォルターさんはアリサを抱き抱えて走り出した。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。非常時だというのに、心なしかアリサが嬉しそうにしているように思えた。

 ……それにしてもトワ、閃光手榴弾(フラッシュバン)ってああいうものじゃないよ?なんで閃光手榴弾(フラッシュバン)なのに男達が思いっきり吹き飛ばされてるのよ。町中で暴徒鎮圧のつもりで使ったら思いっきり怪我させるじゃない、アレ。そんな事を考えながら、私も2人の後を追って走り出した。


 最後に扉を通った私は後ろ手に扉を閉め、輸送用ビークルの荷台に飛び乗った。鍵をかけられたらいいんだけど、生憎とそんな気の利いたものはない。無い物ねだりをしても仕方ないだろう。
 荷台にはすでにアリサとトワがいる。ウォルターさんは指示通り運転席に回ってくれている。幸いなことにこちらはキーが付いたままだったようで、すぐにフォトンドライブの起動音が地下駐車場に響く。

 だが、これで完全に私達の存在に気づかれた。一刻も早くここを脱出しなければ……!

「ウォルターさん、お願い!」
「わかりました!飛ばします、どこかに掴まってください!」

 鈍重なビークルがゆっくりと動き出すと同時に保管庫の扉が開き、ブラスターを手にした3人の傭兵が飛び出してきた。新人らしき1人は元気だが、あとの2人は少々ふらついている。いくらトワ特製とはいえさすがに屈強な男達を完全にノックダウンする事はできなかったか……!制止の声も無く、いきなり発砲する男達。
 荷台に身を伏せ、私も応射しようとしたが……しまった、単射のスナイプでは分が悪い。となれば……。

「トワっ」「アイリスっ」

 目を合わせた瞬間、互いの名を同時に呼んでいた。互いに自分のブラスターを差し出しながら。

 さすが私の相棒(バディ)、同じ事を考えていたようだ。応射なら間違いなくトワのラピッドの方が適しているからね。

 ずしりと重いトワのブラスター、「ガーディアン」を受け取った私は両手でそれを構えると3人に向けて碧の光弾をばらまくように射撃する。揺れるビークル上からの射撃に手元が大きくぶれ、ほとんど命中しない。だが、それでいい。殺すために撃っている訳ではなく、これは牽制なんだから。ビークルが加速すれは徒歩の彼らに追いつくす術はない。
 そう考えながら牽制を続ける私の後ろでトワが歌い始めた。視界の端に朱い輝きが灯る。……ありがたい、ブラスターのモードを変更してくれてるんだね。本当に気が利くんだ、私の自慢の妹は。

 やがでビークルは加速をつけ、男達との距離が開く。これならもう一安心だろう。

「アイリス、これ」
「ありがと、助かったよ」

 互いのブラスターを再び交換する。トワのブラスターは亡くなったこの子の父、アルフレッドおじさんの形見だ。普段は口には出さないけど、トワは父親のことを今でもずいぶんと慕っている。間違ってもその形見を傷つけないよう、丁寧にトワに返却した。
 ……本人はあまり気にしていなのか、いつも通り無造作にジャケットのポケットに突っ込んでいたけどね。

「もっと褒めて」
「無事に宿まで帰り着いたらね。アリサ、怪我はない?」
「はい、大丈夫です……。ですが、トワ様?さっきのは一体……」
「アイリスのブラスターを蒼から朱に戻した」
「えっ……?ブラスターって、そんな事……できるんですか?」
「できないよね、普通は」
「できる」
「それ、トワだけでしょ」

 武器には詳しくなくともアリサもギルド所属だ。C3の再調律(リチューン)がいかに非常識な事であるかは当然わかっているだろう。

「トワ様、素敵です……」

 目を丸くしたアリサは熱っぽい視線をトワに向け、頬を赤らめている。いや、驚くのはわかるけどそこは赤面する場面じゃないよね?どうして視線にそんなに熱が籠もってるのよ……。


>>Towa

 アイリスの機転で何とか脱出の一歩を踏み出した私達だったけど、そのまま逃げきれると思ったのは甘かったみたいだ。ビークルが地下通路を抜け、正面ゲートが視界に入った瞬間、状況が一変したんだ。
 ゲートは閉じられ、そこには待ち構えている数人の警備兵たち。ゲート前に陣取った彼らは全員ブラスターを構え、まさに迎撃態勢だ。周囲には障害物として使えそうな遮蔽物も並べられていて、待ち伏せるには完璧な配置。まるで来るのがわかっていたかのような布陣。準備が早すぎない?
 ……いや、そうか地下にいた3人は保管庫に入る前に異常に気付いていた。あの時点で連絡を入れていたなら、あり得ない展開速度じゃないのかな?

「ゲートが!」

 ウォルターさんが運転席から緊迫した声で叫ぶ。

「ブラスターを構えてるし、これ完全に迎撃態勢だよね」
「体当たり?」
「うーん、こういうゲートは突破されないようにできてるからね。正面から突っ込んだら、車体が持たないかも」
「ブラスターは?」
「車が通れるだけの穴を開けるのは無理、かな」

 私の提案にアイリスはあくまで軽い口調を保っているけれど、きっと頭の中では状況を打破する策を必死に巡らせている。私も焦りながら考えを巡らせるけど、次の瞬間—――

「ウォルターさん、そこを左に曲がって!細い道があります!」

 揺れる荷台で車体に掴まっていたアリサが声を張り上げた。

「……わかりました!」

 ウォルターさんはアリサの言葉に応え、ハンドルをきって車体を急旋回させた。瞬間、車体が大きく傾き荷台にいた私達は右へ一気に押し倒されそうになる。

「きゃっ!」
「わっ!」
「ぐぇっ!」

 三者三様の悲鳴が車内に響く。ちなみに叫んだ順は、アリサ、アイリス、そして私。……いいんだ、誰も私に女子力なんて期待してないだろうし。

 急な方向転換に気づいた警備員たちが一斉に銃撃を開始した。まだ距離があるから命中弾は少ないけれど、ブラスターの光がビークルをかすめて周囲の木々を焼いていく。アイリスほどではないけど、それなりに腕の良いのが混じっているらしい。
 ウォルターさんは必死にハンドルを握りしめ、細い獣道のような木々の間をすり抜けていく。ろくに舗装なんてされていないただの荒れた地面みたいな道だからビークルはひどく揺れていて、口を開けば舌を噛みそうだ。

「アリサ、この先は!?」
「昔……のっ……ゲートがっ」

 アリサも体を支えながら声を張り上げる。そうだ、侵入前にアリサが言っていた迎賓館時代の脱出用ゲート。そこに辿り着けば、正面ゲートほどの防備はされてないんだろう。けど、このままで突破できるのかな?
 ビークルの先に見えてきたのは確かに無人のゲートだった。しかし古びた鉄柵は正面ゲートに比べると貧相な造りではあるけど、ビークルをぶつけて破壊できるほど脆いようには見えない。ゲートを開放するにしても多少時間が掛かりそうだし、何より、私達を追う銃声が少しずつ迫ってくるのを背中に感じる。ここで一度、応戦しないと突破は難しそうかな……。

「ウォルターさん、止めて!」

 私が覚悟を決めかけたその時、アイリスが制止の声を上げた。ウォルターさんがブレーキを踏み込むと、車体が揺れながら急停止する。アイリスはビークルが完全に止まるのも待たずにスカートの裾をたくし上げながら荷台から飛び降りた。

「トワ、お守り……使わせてもらうねっ!」

 そう言ってアイリスが投げた「お守り(朱のイグナイト)」が、ゲートに向かって一直線に飛んでいく。次の瞬間、轟音とともに朱の光が爆裂し、老朽化したゲートは吹き飛んで半壊した。

「す、すごい……」
「びっくりだ」
「いえ、あれもトワ様の、ですよね?」
「うん。前に裏庭に大穴開けて、お義父さんに叱られたときより、すごい」
「そんな事してたんですか……」
「もちろん、私も叱ったよ?ウォルターさん、ゲートを半分ぐらい抜けたところまで進めて、そこで止めて」
「わ、わかりました!」

 アリサが私の研究成果を褒めてくれている間にアイリスが戻ってきた。荷台に飛び乗ったアイリスは、突然の爆発に硬直していたウォルターさんに声をかけ、ビークルは再び動き始める。しかし距離があったとはいえイグナイトを投げた瞬間にちゃんとビークルの陰に退避していたのはさすがだよね、アイリス。
 突然の爆破に警戒しているのか、後ろから追ってきているであろう連中からの銃撃は途絶えている。その隙にビークルがゲートの崩壊した部分をゆっくりと進んでいく。
 穴は少し小さく見えたけど、ゲート自体が爆発の影響でもろくなっているらしくて、車体が押し通るたびに崩れていった。半ば強引に押し進み、車が半分ゲートの外に出た時点でウォルターさんがビークルを停車させた。

「ここで降りて、後は徒歩で。この近くに隠してあったでしょ、車!」

 アイリスの言葉に頷く。短い付き合いだったけど、ありがとう奪ったビークル君。君のことは忘れない。今後はバリケード君として第二の人生を歩んでね。


 しばらく森の中を進んだけど、追っ手の気配は無かった。バリケード君が役目を果たしてくれているんだろうね。ちなみに、アイリスは無情にもバリケード君を撃って、フォトンドライブを破壊していた。こういう所は容赦ないんだよね、私のお姉ちゃんは。

「やはりトワ様はすごいです!私、感動しました!」
「すごいのはC3とアイリス」
「謙虚なのですね、トワ様は」

 隣でアリサが真っ直ぐな瞳を向けてくる。褒められるのは嬉しいけど、こうも熱心に見つめられると少し照れてしまう。

「そういえば裏庭の穴って……出発するまで埋め戻ししてなかったけど……さすがにもう埋めてるよね、父さん」
「今頃雨水がたまって、釣り堀になってる」
「いや、CM41F3C(うち)はそんなに雨降らないし。そもそも水たまりに魚とか勝手に湧かないし」
「お二人は本当に仲が良いのですね。うらやましいです」

 アイリスといつものようにじゃれていると、アリサが少し寂しげに声をかけてきた。いけない、ガールズトークの仲間はずれにするところだった。ウォルターさん?男子はいいんだよ、別に。

「これからはアリサも仲良し」
「えっ……いいん……ですか?」
「もちろん。アリサの事、好きだし」
「……!!!」

 アリサが驚いたような表情を浮かべて、私を見つめている。真っ赤になってるけど、そんなにびっくりすること?私
 は当然のつもりで頷いたけど、アリサはそのまま黙り込み、頬を染めたままうつむいてしまった。なんだか熱でもあるのかな?

「トワ……そんなに人誑しだったっけ?」
「なんのこと?」
「自覚無し、か。……余計にたち悪いよね、それ」

 失礼な事を言われた気がするけど、何の話だろう。


>>Iris

 どうにか無事に地下保管庫から物証となる絵画と手帳を回収して宿に戻ることができた。ここでふと、まだ時計を現地時間に合わせていなかったことに気がついた。確かこの惑星は私たちの故郷よりも自転が少し長く1日が26時間だったはずだ。
 私の時計は航宙船の標準時である24時間制のままだったからあとで直しておかないと。そんなことを思いながら確認した今の現地時間は……どうやら宵の口あたりのようだ。

 保管庫での騒ぎでは顔をしっかり見られたわけではないけれど、あれだけ派手に暴れたのだからこのまま街中で潜伏し続けるのは無謀だろう。
 本来なら手帳に記された手がかりを辿って、さらに証拠を固めるべきなのかもしれないけど、それだとベルンハルトに備えられてしまう。ここは一気に攻勢に出るべきかもしれないね。だけど告発に適した場が思いつかない。私邸へ正面から乗り込むわけにもいかないし。

「アイリスさん、これを見てください」

 そんな事を考えていると、ウォルターさんが自分のフォトンタブを差し出し、画面に映し出された映像を指差す。そこには荘厳な内装が施された部屋が映し出されていた。これは……。

「評議会の様子がリアルタイム中継されています」
「警備が手薄だったのは、こちらに人手を割いていたから?」
「そのようですね」
「場所はわかる?」
「ええ、町の中心にある議事堂で……ここからだと1ブロック先ですね。……しかし、昔みた議事堂とずいぶんと内装が違うな……」

 私達は画面に集中した。映し出されているのは「議事堂」だというけど、違和感がある。元々この星の議事堂は合議制の精神を尊重して評議員たちが円卓を囲んで議論を行うと聞いていた。ギルドネットの情報によれば、評議員全員が対等な立場で意見を交わすのがこの星の統治のありかたのはずだった。

 しかし、今画面に映っているのは「円卓」ではなく、まるで「謁見の間」だ。一段高い台座に座っているのがベルンハルトだろう。
 ギルドの標準制服ではない、無駄に飾り立てられた衣装を身に纏った酷薄そうな壮年の男。その椅子は黄金と宝石で飾られ、明らかに君主の王座を意識したものだ。他の評議員たちは全員、彼の前に立ったままで、背筋を伸ばしてベルンハルトの言葉を待っている。

「……これで評議会なんて、笑わせてくれるよね」

 口ではそう言ったけど、呆れて笑うこともできない。映像の中では、ベルンハルトが威圧感を漂わせながら話しているが、その言葉には一切の意見を求める様子がない。一方的に宣言し、指示を下しているだけだ。
 彼は意見を聞くでもなく、評議員たちの視線も気にすることなく自らの指示が当然であるかのように話を進めている。

「……合議制なんて、建前に過ぎないということですか」

 ウォルターさんはが淡々と言うが、その声にはわずかに怒りが滲んでいる。この光景こそ、ベルンハルトがこの星を支配している象徴であり、何よりの証拠だ。
 ベルンハルトが何を思ってこの映像を中継しているのかはわからないけど、私にはそれがどうしようも無く愚かな行為に思えて仕方なかった。なせならこの映像は……。いや、その前にすべきことがある。

「ウォルターさん、この映像保存できる?」
「やってます」

 さすが監察官、抜かりないね。できるだけ保存してもらって、あとで私達の端末にも転送しておいてもらおう。もちろん別に二度見するためじゃないけど。

「評議会はまだ続きそう?」
「議事の様子をみると、先ほど始まったところのようですから、最低でも2時間は続くかと」
「じゃあ、今から乗り込めば間に合いそうだね?」
「今から、ですか?」
「ええ、ベルンハルトを追求するなら皆が観ている前の方が良いでしょ?それに、時間をかけても事態は好転しなさそうだし」
「……わかりました」

 ウォルターさんは私の決断を信じてくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
 その後、告発の手順や相手の言動への対応について確認を行った。あとは出発の前にやっておきたいことがある。さすがにさっきまで走り回って汗まみれのままネット中継に映るのは、乙女としてはちょっと……いや、かなり抵抗があるからね。メディアの前に出るんだから、シャワーを浴びて髪ぐらいは整えておかないと。


 装備や衣装の準備をしながら私はアリサに一つ提案をした。強制する気は全くない。彼女が自分の意志で決めてくれれば、それでいいと告げて。アリサは一瞬考えて、決意に満ちた瞳で答えてくれた。

「それが……ベルンハルトを追い詰める手助けになるのですね?」
「ええ、私はそう信じてる。それに、結果的に貴女を救うことになるとも」
「それなら、私には拒む理由はありません」

 知り合ってまだほんの一日なのに、彼女はもうずいぶんと変わった。いや、本当は最初からこういう強さを秘めていたのだろう。長く封じ込められ、錆び付いたその心が、殻を破って本来の輝きを取り戻しつつあるだけなのだろう。
 私達にできるのは、その輝きが二度と曇らないよう、輝きを曇らせた「原因」を排除する事だけだ。


 シャワーを浴びたあと、先に入浴を済ませていたアリサに戯れで化粧を施してみた私は、ものすごくすごく後悔した。
 アリサはすっぴんでもものすごい美人だったけど、化粧をするととんでもなく化けた。絶世の美女?いや、これはそんなレベルじゃない。傾国の――もしくは傾星の美女だ。
 私だってまだ16歳だから肌艶には自信がある。しかしアリサ白い肌は――確かに傷はあるけれど、それでも――絹のようになめらかで、全女性の憧れと言っても過言ではないレベルのきめ細やかさだった。私は、恐る恐るアリサに実年齢を聞いてみた。

「私ですか?今年で43歳になりました」
「テロマーは恐ろしい化け物だ……!」

 衝撃のあまり思わず口にしてしまったが、それが侮辱では無く驚きによるものだと理解してくれたのか、アリサはただ笑っていた。
 もしかしたら街の女性がアリサを避けていたのって、嫉妬が理由だったんじゃないの……?呆然としていると、速攻でシャワーを終えたトワが出てきた。ウォルターさんもいるのに、全裸で。平然として。

「アリサ、すごい綺麗」
「トワ様、ありが」「その前に、服っ!」

 いつものやり取りだけど、今日はいつもより厳しめにトワにお説教をした。

 その後、私達は身だしなみを整えた。トワはいつも通りの格好。すでにトワがギルド章持ちだという事がばれている可能性があるので、公然とギルド章を首から提げてもらっている。
 アリサには身長差があっても着られる私の服を貸し、上からいつもの外套を羽織ってもらった。
 私とウォルターさんはギルドの制服。これからギルドの一員として告発に向かうからね。

「アイリス、その服格好良い。何の服?」
「でしょ……って、これギルドの制服だよ?」
「初めて見た」

 トワもギルドの一員なのに、と思ったけどよく考えたらうちの故郷で制服を着てる人なんて一人もいなかったっけ。何せ全員ギルド所属だったから制服で区別する必要なんてなかったし。
 15歳で成人して正規のギルドメンバーになった時点でトワにも制服は支給されてるはずだけど、この子の事だから試着どころか開封もせずに放置してるだろうし、当然のことながら、旅立ちの荷物にその制服は入ってないだろう。

「うん、まぁ何というかトワらしいよね」

 そう結論づけながら私は背面に装着したヒップホルスターにブラスターを収納する。
派手な銃撃戦になったらその時点で私達の負けなので、今回は予備カートリッジは無し。さすがに議事堂へ入るのにこれ見よがしにブラスターを身につけているのはまずいから、制服の上からギルド支給品のロングコートを羽織ることにした。

「アイリス、イグナイトはいる?」
「今回はなしでいいよ。っていうかトワ、さっきの閃光手榴弾(フラッシュバン)!あれ、一体何だったの?」
「どこにでもある、普通の閃光手榴弾(フラッシュバン)?」
「いやアレ、喰らったやつら思いっきり吹っ飛んでたよね?普通のやつだと数秒ふらつかせるぐらいだからね?」
「あいつらは根性が無かった」
「根性論じゃないよね?そういえば研究中にトワが自爆したとき、夜まで帰ってこなかったのって……」
「あれは寝不足のせい」

 馬鹿威力のトワ謹製閃光手榴弾(フラッシュバン)は結果的にはとても役に立ったんだけど、過剰威力すぎるので一応クレームを入れておく。すると横で話を聞いていたアリサが何故か熱い視線をトワに向けながら譫言のように口走った。

「トワ様、素敵です……」
「もっと褒めて」
「今の話、素敵な要素なんてまったく無かったよね!?」

 私のツッコミにもアリサは動じた様子をみせない。もしかしたらアリサ、天然系の恋愛脳だったの……?

「いや、青春ですな」
「今の話、青春的な要素も無かったよね!?」

 ウォルターさんまで訳のわからないことを言い出した。いや、本当はわかってる。私の緊張をほぐすためにわざとそう言ってくれてる事は。……ただしトワとアリサは除くけど。


 準備が整ったので議事堂へ向かう。ウォルターさんに中継の様子を確認してもらったが、まだ「合議」は続いているようだ。

 議事堂の前には当然のように警備員がいた。ギルドの制服を着ているところを見ると、保安部所属のギルド職員なのだろう。さすがに公の場に傭兵崩れを配置する訳にもいかないだろうしね。
 見渡すだけで視界に入る警備員は8人ほど。おそらく視界に入らない場所にも配置されているはずだ。地下が手薄だったのも納得の人員配置だね。

 私達が議事堂の正面へ近づくと、警備員たちはこちらに鋭い視線を向け、全員が一斉に動きを止めて私達を警戒した。だが、ウォルターさんと私がギルドの制服を着ていることがわかると、警戒の色がわずかに和らいだ。

 とはいえ彼らも服装だけで信用するほど甘くはない。ブラスターの銃口をこちらに向けてこそいないものの、全員がさりげなく入り口の前で位置を変え、自然な形で立ち塞がる陣形を取っている。つまらない人間の下にいるわりに仕事は出来るようだ。
 そして、一人が前に出て、公式な警告を告げた。

「議事堂内では現在、評議会が行われております。ギルド関係者であっても、立ち入りは許可されません」

 警備員の声には微かな緊張が滲んでいる。こちらがギルドの制服を着ているだけに、完全に排除するには一応の理由が必要だからだろう。だが、その眼差しには、私達が無理に入ろうとすれば捕縛、あるいは射殺も辞さないという暗黙の意志が見て取れた。
 だが、こちらもこんなところで油を売っている時間は無い。私はウォルターさんに軽く頷いた。

「ウォルター・クレマン。ギルド統括局から派遣された監察官だ」

 そう言いながらウォルターさんは自らのギルド章を掲げた。ギルド章、そして監察官という名乗りに警備員の間に動揺が走る。おそらく彼等は監察官の来訪がもたらす結果がどの様なものかを理解しているのだろう。

「ベルンハルト支部長の不正疑惑を告発するために来た。通らせてもらう」

 その言葉が告げられた途端、警備員たちは目を見交わしながら静かに道を開け始めた。平時なら支部長命令が最優先だけど、監察官の調査や告発が絡む場合には話が別だ。しかし、入り口の前にひとりだけ立ちふさがったままの人物がいた。それは、白髪交じりの髪を持つ初老の警備員だった。
 彼はウォルターさんの方には目を向けず、後ろに控えていたアリサに視線を向け低く静かな声で問いかける。

「シノノメ管理官補殿。勝算は、おありか」

 短くも重いその問いかけに、アリサは一瞬驚いたように彼を見つめたが、すぐに真剣な表情で頷いた。

「……はい」

 その一言に、老警備員は微かに目を細め、険しい顔のまま無言で道を譲ってくれた。彼の硬い表情には何か深いものが込められているように見える。あえてアリサを名指ししたところを見ると、警備員としての職務だけではなくアリサ本人を案じてくれているのだろうか。


 評議室へと続く通路を進みながら、私はアリサに声をかける。

「さっきの人は?」
「……以前は保安部の大隊長を務めていたヴァルトさんという方です。父と長い付き合いで……。でも、父の一件があった後、ベルンハルトに降格されて」
「そっか、他にも降格された人が?」
「はい、父と関係の深かった人達は皆……。降格された人はましな方で、追放されたり投獄されてしまった方もいます。皆、父や私のことを案じてくれただけなのに」

 表情を取り戻しつつあるアリサの顔に浮かぶのは悔しさと憤り。

「……みんなを助けるためにも、がんばらないとね」
「はい」

 力強く頷くアリサを伴い、私達は足早に評議室への通路を進む。やがて目の前に現れたのは、豪華さを通り越して悪趣味なほどに装飾が施された、大きな扉。

「ここです」

 ウォルターさんに言われるまでもなく、これが評議室であることは一目で分かる。
 私は深呼吸をし、扉に手をかけ、ためらいなく一気に開け放った。




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 閃光と轟音、そして衝撃波が男達をはじき飛ばす。離れたこの場所にいても一瞬、目がくらんだ。
「ど、どうしたっす!?」
 突然の事態に慌てた新人が持ち場を離れて奥へ走り出す。狙い通りだ。経験の浅そうな見張りが奥の異常に気をとられ、こちらの動きを察知できなくなる距離まで……離れた!
 私は身振りで3人に出口を示す。絵画を抱きしめて走り出すトワ。ウォルターさんはアリサを抱き抱えて走り出した。いわゆるお姫様抱っこというやつだ。非常時だというのに、心なしかアリサが嬉しそうにしているように思えた。
 ……それにしてもトワ、|閃光手榴弾《フラッシュバン》ってああいうものじゃないよ?なんで|閃光手榴弾《フラッシュバン》なのに男達が思いっきり吹き飛ばされてるのよ。町中で暴徒鎮圧のつもりで使ったら思いっきり怪我させるじゃない、アレ。そんな事を考えながら、私も2人の後を追って走り出した。
 最後に扉を通った私は後ろ手に扉を閉め、輸送用ビークルの荷台に飛び乗った。鍵をかけられたらいいんだけど、生憎とそんな気の利いたものはない。無い物ねだりをしても仕方ないだろう。
 荷台にはすでにアリサとトワがいる。ウォルターさんは指示通り運転席に回ってくれている。幸いなことにこちらはキーが付いたままだったようで、すぐにフォトンドライブの起動音が地下駐車場に響く。
 だが、これで完全に私達の存在に気づかれた。一刻も早くここを脱出しなければ……!
「ウォルターさん、お願い!」
「わかりました!飛ばします、どこかに掴まってください!」
 鈍重なビークルがゆっくりと動き出すと同時に保管庫の扉が開き、ブラスターを手にした3人の傭兵が飛び出してきた。新人らしき1人は元気だが、あとの2人は少々ふらついている。いくらトワ特製とはいえさすがに屈強な男達を完全にノックダウンする事はできなかったか……!制止の声も無く、いきなり発砲する男達。
 荷台に身を伏せ、私も応射しようとしたが……しまった、単射のスナイプでは分が悪い。となれば……。
「トワっ」「アイリスっ」
 目を合わせた瞬間、互いの名を同時に呼んでいた。互いに自分のブラスターを差し出しながら。
 さすが私の|相棒《バディ》、同じ事を考えていたようだ。応射なら間違いなくトワのラピッドの方が適しているからね。
 ずしりと重いトワのブラスター、「ガーディアン」を受け取った私は両手でそれを構えると3人に向けて碧の光弾をばらまくように射撃する。揺れるビークル上からの射撃に手元が大きくぶれ、ほとんど命中しない。だが、それでいい。殺すために撃っている訳ではなく、これは牽制なんだから。ビークルが加速すれは徒歩の彼らに追いつくす術はない。
 そう考えながら牽制を続ける私の後ろでトワが歌い始めた。視界の端に朱い輝きが灯る。……ありがたい、ブラスターのモードを変更してくれてるんだね。本当に気が利くんだ、私の自慢の妹は。
 やがでビークルは加速をつけ、男達との距離が開く。これならもう一安心だろう。
「アイリス、これ」
「ありがと、助かったよ」
 互いのブラスターを再び交換する。トワのブラスターは亡くなったこの子の父、アルフレッドおじさんの形見だ。普段は口には出さないけど、トワは父親のことを今でもずいぶんと慕っている。間違ってもその形見を傷つけないよう、丁寧にトワに返却した。
 ……本人はあまり気にしていなのか、いつも通り無造作にジャケットのポケットに突っ込んでいたけどね。
「もっと褒めて」
「無事に宿まで帰り着いたらね。アリサ、怪我はない?」
「はい、大丈夫です……。ですが、トワ様?さっきのは一体……」
「アイリスのブラスターを蒼から朱に戻した」
「えっ……?ブラスターって、そんな事……できるんですか?」
「できないよね、普通は」
「できる」
「それ、トワだけでしょ」
 武器には詳しくなくともアリサもギルド所属だ。C3の|再調律《リチューン》がいかに非常識な事であるかは当然わかっているだろう。
「トワ様、素敵です……」
 目を丸くしたアリサは熱っぽい視線をトワに向け、頬を赤らめている。いや、驚くのはわかるけどそこは赤面する場面じゃないよね?どうして視線にそんなに熱が籠もってるのよ……。
>>Towa
 アイリスの機転で何とか脱出の一歩を踏み出した私達だったけど、そのまま逃げきれると思ったのは甘かったみたいだ。ビークルが地下通路を抜け、正面ゲートが視界に入った瞬間、状況が一変したんだ。
 ゲートは閉じられ、そこには待ち構えている数人の警備兵たち。ゲート前に陣取った彼らは全員ブラスターを構え、まさに迎撃態勢だ。周囲には障害物として使えそうな遮蔽物も並べられていて、待ち伏せるには完璧な配置。まるで来るのがわかっていたかのような布陣。準備が早すぎない?
 ……いや、そうか地下にいた3人は保管庫に入る前に異常に気付いていた。あの時点で連絡を入れていたなら、あり得ない展開速度じゃないのかな?
「ゲートが!」
 ウォルターさんが運転席から緊迫した声で叫ぶ。
「ブラスターを構えてるし、これ完全に迎撃態勢だよね」
「体当たり?」
「うーん、こういうゲートは突破されないようにできてるからね。正面から突っ込んだら、車体が持たないかも」
「ブラスターは?」
「車が通れるだけの穴を開けるのは無理、かな」
 私の提案にアイリスはあくまで軽い口調を保っているけれど、きっと頭の中では状況を打破する策を必死に巡らせている。私も焦りながら考えを巡らせるけど、次の瞬間—――
「ウォルターさん、そこを左に曲がって!細い道があります!」
 揺れる荷台で車体に掴まっていたアリサが声を張り上げた。
「……わかりました!」
 ウォルターさんはアリサの言葉に応え、ハンドルをきって車体を急旋回させた。瞬間、車体が大きく傾き荷台にいた私達は右へ一気に押し倒されそうになる。
「きゃっ!」
「わっ!」
「ぐぇっ!」
 三者三様の悲鳴が車内に響く。ちなみに叫んだ順は、アリサ、アイリス、そして私。……いいんだ、誰も私に女子力なんて期待してないだろうし。
 急な方向転換に気づいた警備員たちが一斉に銃撃を開始した。まだ距離があるから命中弾は少ないけれど、ブラスターの光がビークルをかすめて周囲の木々を焼いていく。アイリスほどではないけど、それなりに腕の良いのが混じっているらしい。
 ウォルターさんは必死にハンドルを握りしめ、細い獣道のような木々の間をすり抜けていく。ろくに舗装なんてされていないただの荒れた地面みたいな道だからビークルはひどく揺れていて、口を開けば舌を噛みそうだ。
「アリサ、この先は!?」
「昔……のっ……ゲートがっ」
 アリサも体を支えながら声を張り上げる。そうだ、侵入前にアリサが言っていた迎賓館時代の脱出用ゲート。そこに辿り着けば、正面ゲートほどの防備はされてないんだろう。けど、このままで突破できるのかな?
 ビークルの先に見えてきたのは確かに無人のゲートだった。しかし古びた鉄柵は正面ゲートに比べると貧相な造りではあるけど、ビークルをぶつけて破壊できるほど脆いようには見えない。ゲートを開放するにしても多少時間が掛かりそうだし、何より、私達を追う銃声が少しずつ迫ってくるのを背中に感じる。ここで一度、応戦しないと突破は難しそうかな……。
「ウォルターさん、止めて!」
 私が覚悟を決めかけたその時、アイリスが制止の声を上げた。ウォルターさんがブレーキを踏み込むと、車体が揺れながら急停止する。アイリスはビークルが完全に止まるのも待たずにスカートの裾をたくし上げながら荷台から飛び降りた。
「トワ、お守り……使わせてもらうねっ!」
 そう言ってアイリスが投げた「|お守り《朱のイグナイト》」が、ゲートに向かって一直線に飛んでいく。次の瞬間、轟音とともに朱の光が爆裂し、老朽化したゲートは吹き飛んで半壊した。
「す、すごい……」
「びっくりだ」
「いえ、あれもトワ様の、ですよね?」
「うん。前に裏庭に大穴開けて、お義父さんに叱られたときより、すごい」
「そんな事してたんですか……」
「もちろん、私も叱ったよ?ウォルターさん、ゲートを半分ぐらい抜けたところまで進めて、そこで止めて」
「わ、わかりました!」
 アリサが私の研究成果を褒めてくれている間にアイリスが戻ってきた。荷台に飛び乗ったアイリスは、突然の爆発に硬直していたウォルターさんに声をかけ、ビークルは再び動き始める。しかし距離があったとはいえイグナイトを投げた瞬間にちゃんとビークルの陰に退避していたのはさすがだよね、アイリス。
 突然の爆破に警戒しているのか、後ろから追ってきているであろう連中からの銃撃は途絶えている。その隙にビークルがゲートの崩壊した部分をゆっくりと進んでいく。
 穴は少し小さく見えたけど、ゲート自体が爆発の影響でもろくなっているらしくて、車体が押し通るたびに崩れていった。半ば強引に押し進み、車が半分ゲートの外に出た時点でウォルターさんがビークルを停車させた。
「ここで降りて、後は徒歩で。この近くに隠してあったでしょ、車!」
 アイリスの言葉に頷く。短い付き合いだったけど、ありがとう奪ったビークル君。君のことは忘れない。今後はバリケード君として第二の人生を歩んでね。
 しばらく森の中を進んだけど、追っ手の気配は無かった。バリケード君が役目を果たしてくれているんだろうね。ちなみに、アイリスは無情にもバリケード君を撃って、フォトンドライブを破壊していた。こういう所は容赦ないんだよね、私のお姉ちゃんは。
「やはりトワ様はすごいです!私、感動しました!」
「すごいのはC3とアイリス」
「謙虚なのですね、トワ様は」
 隣でアリサが真っ直ぐな瞳を向けてくる。褒められるのは嬉しいけど、こうも熱心に見つめられると少し照れてしまう。
「そういえば裏庭の穴って……出発するまで埋め戻ししてなかったけど……さすがにもう埋めてるよね、父さん」
「今頃雨水がたまって、釣り堀になってる」
「いや、|CM41F3C《うち》はそんなに雨降らないし。そもそも水たまりに魚とか勝手に湧かないし」
「お二人は本当に仲が良いのですね。うらやましいです」
 アイリスといつものようにじゃれていると、アリサが少し寂しげに声をかけてきた。いけない、ガールズトークの仲間はずれにするところだった。ウォルターさん?男子はいいんだよ、別に。
「これからはアリサも仲良し」
「えっ……いいん……ですか?」
「もちろん。アリサの事、好きだし」
「……!!!」
 アリサが驚いたような表情を浮かべて、私を見つめている。真っ赤になってるけど、そんなにびっくりすること?私
 は当然のつもりで頷いたけど、アリサはそのまま黙り込み、頬を染めたままうつむいてしまった。なんだか熱でもあるのかな?
「トワ……そんなに人誑しだったっけ?」
「なんのこと?」
「自覚無し、か。……余計にたち悪いよね、それ」
 失礼な事を言われた気がするけど、何の話だろう。
>>Iris
 どうにか無事に地下保管庫から物証となる絵画と手帳を回収して宿に戻ることができた。ここでふと、まだ時計を現地時間に合わせていなかったことに気がついた。確かこの惑星は私たちの故郷よりも自転が少し長く1日が26時間だったはずだ。
 私の時計は航宙船の標準時である24時間制のままだったからあとで直しておかないと。そんなことを思いながら確認した今の現地時間は……どうやら宵の口あたりのようだ。
 保管庫での騒ぎでは顔をしっかり見られたわけではないけれど、あれだけ派手に暴れたのだからこのまま街中で潜伏し続けるのは無謀だろう。
 本来なら手帳に記された手がかりを辿って、さらに証拠を固めるべきなのかもしれないけど、それだとベルンハルトに備えられてしまう。ここは一気に攻勢に出るべきかもしれないね。だけど告発に適した場が思いつかない。私邸へ正面から乗り込むわけにもいかないし。
「アイリスさん、これを見てください」
 そんな事を考えていると、ウォルターさんが自分のフォトンタブを差し出し、画面に映し出された映像を指差す。そこには荘厳な内装が施された部屋が映し出されていた。これは……。
「評議会の様子がリアルタイム中継されています」
「警備が手薄だったのは、こちらに人手を割いていたから?」
「そのようですね」
「場所はわかる?」
「ええ、町の中心にある議事堂で……ここからだと1ブロック先ですね。……しかし、昔みた議事堂とずいぶんと内装が違うな……」
 私達は画面に集中した。映し出されているのは「議事堂」だというけど、違和感がある。元々この星の議事堂は合議制の精神を尊重して評議員たちが円卓を囲んで議論を行うと聞いていた。ギルドネットの情報によれば、評議員全員が対等な立場で意見を交わすのがこの星の統治のありかたのはずだった。
 しかし、今画面に映っているのは「円卓」ではなく、まるで「謁見の間」だ。一段高い台座に座っているのがベルンハルトだろう。
 ギルドの標準制服ではない、無駄に飾り立てられた衣装を身に纏った酷薄そうな壮年の男。その椅子は黄金と宝石で飾られ、明らかに君主の王座を意識したものだ。他の評議員たちは全員、彼の前に立ったままで、背筋を伸ばしてベルンハルトの言葉を待っている。
「……これで評議会なんて、笑わせてくれるよね」
 口ではそう言ったけど、呆れて笑うこともできない。映像の中では、ベルンハルトが威圧感を漂わせながら話しているが、その言葉には一切の意見を求める様子がない。一方的に宣言し、指示を下しているだけだ。
 彼は意見を聞くでもなく、評議員たちの視線も気にすることなく自らの指示が当然であるかのように話を進めている。
「……合議制なんて、建前に過ぎないということですか」
 ウォルターさんはが淡々と言うが、その声にはわずかに怒りが滲んでいる。この光景こそ、ベルンハルトがこの星を支配している象徴であり、何よりの証拠だ。
 ベルンハルトが何を思ってこの映像を中継しているのかはわからないけど、私にはそれがどうしようも無く愚かな行為に思えて仕方なかった。なせならこの映像は……。いや、その前にすべきことがある。
「ウォルターさん、この映像保存できる?」
「やってます」
 さすが監察官、抜かりないね。できるだけ保存してもらって、あとで私達の端末にも転送しておいてもらおう。もちろん別に二度見するためじゃないけど。
「評議会はまだ続きそう?」
「議事の様子をみると、先ほど始まったところのようですから、最低でも2時間は続くかと」
「じゃあ、今から乗り込めば間に合いそうだね?」
「今から、ですか?」
「ええ、ベルンハルトを追求するなら皆が観ている前の方が良いでしょ?それに、時間をかけても事態は好転しなさそうだし」
「……わかりました」
 ウォルターさんは私の決断を信じてくれたのか、それ以上は何も言わなかった。
 その後、告発の手順や相手の言動への対応について確認を行った。あとは出発の前にやっておきたいことがある。さすがにさっきまで走り回って汗まみれのままネット中継に映るのは、乙女としてはちょっと……いや、かなり抵抗があるからね。メディアの前に出るんだから、シャワーを浴びて髪ぐらいは整えておかないと。
 装備や衣装の準備をしながら私はアリサに一つ提案をした。強制する気は全くない。彼女が自分の意志で決めてくれれば、それでいいと告げて。アリサは一瞬考えて、決意に満ちた瞳で答えてくれた。
「それが……ベルンハルトを追い詰める手助けになるのですね?」
「ええ、私はそう信じてる。それに、結果的に貴女を救うことになるとも」
「それなら、私には拒む理由はありません」
 知り合ってまだほんの一日なのに、彼女はもうずいぶんと変わった。いや、本当は最初からこういう強さを秘めていたのだろう。長く封じ込められ、錆び付いたその心が、殻を破って本来の輝きを取り戻しつつあるだけなのだろう。
 私達にできるのは、その輝きが二度と曇らないよう、輝きを曇らせた「原因」を排除する事だけだ。
 シャワーを浴びたあと、先に入浴を済ませていたアリサに戯れで化粧を施してみた私は、ものすごくすごく後悔した。
 アリサはすっぴんでもものすごい美人だったけど、化粧をするととんでもなく化けた。絶世の美女?いや、これはそんなレベルじゃない。傾国の――もしくは傾星の美女だ。
 私だってまだ16歳だから肌艶には自信がある。しかしアリサ白い肌は――確かに傷はあるけれど、それでも――絹のようになめらかで、全女性の憧れと言っても過言ではないレベルのきめ細やかさだった。私は、恐る恐るアリサに実年齢を聞いてみた。
「私ですか?今年で43歳になりました」
「テロマーは恐ろしい化け物だ……!」
 衝撃のあまり思わず口にしてしまったが、それが侮辱では無く驚きによるものだと理解してくれたのか、アリサはただ笑っていた。
 もしかしたら街の女性がアリサを避けていたのって、嫉妬が理由だったんじゃないの……?呆然としていると、速攻でシャワーを終えたトワが出てきた。ウォルターさんもいるのに、全裸で。平然として。
「アリサ、すごい綺麗」
「トワ様、ありが」「その前に、服っ!」
 いつものやり取りだけど、今日はいつもより厳しめにトワにお説教をした。
 その後、私達は身だしなみを整えた。トワはいつも通りの格好。すでにトワがギルド章持ちだという事がばれている可能性があるので、公然とギルド章を首から提げてもらっている。
 アリサには身長差があっても着られる私の服を貸し、上からいつもの外套を羽織ってもらった。
 私とウォルターさんはギルドの制服。これからギルドの一員として告発に向かうからね。
「アイリス、その服格好良い。何の服?」
「でしょ……って、これギルドの制服だよ?」
「初めて見た」
 トワもギルドの一員なのに、と思ったけどよく考えたらうちの故郷で制服を着てる人なんて一人もいなかったっけ。何せ全員ギルド所属だったから制服で区別する必要なんてなかったし。
 15歳で成人して正規のギルドメンバーになった時点でトワにも制服は支給されてるはずだけど、この子の事だから試着どころか開封もせずに放置してるだろうし、当然のことながら、旅立ちの荷物にその制服は入ってないだろう。
「うん、まぁ何というかトワらしいよね」
 そう結論づけながら私は背面に装着したヒップホルスターにブラスターを収納する。
派手な銃撃戦になったらその時点で私達の負けなので、今回は予備カートリッジは無し。さすがに議事堂へ入るのにこれ見よがしにブラスターを身につけているのはまずいから、制服の上からギルド支給品のロングコートを羽織ることにした。
「アイリス、イグナイトはいる?」
「今回はなしでいいよ。っていうかトワ、さっきの|閃光手榴弾《フラッシュバン》!あれ、一体何だったの?」
「どこにでもある、普通の|閃光手榴弾《フラッシュバン》?」
「いやアレ、喰らったやつら思いっきり吹っ飛んでたよね?普通のやつだと数秒ふらつかせるぐらいだからね?」
「あいつらは根性が無かった」
「根性論じゃないよね?そういえば研究中にトワが自爆したとき、夜まで帰ってこなかったのって……」
「あれは寝不足のせい」
 馬鹿威力のトワ謹製|閃光手榴弾《フラッシュバン》は結果的にはとても役に立ったんだけど、過剰威力すぎるので一応クレームを入れておく。すると横で話を聞いていたアリサが何故か熱い視線をトワに向けながら譫言のように口走った。
「トワ様、素敵です……」
「もっと褒めて」
「今の話、素敵な要素なんてまったく無かったよね!?」
 私のツッコミにもアリサは動じた様子をみせない。もしかしたらアリサ、天然系の恋愛脳だったの……?
「いや、青春ですな」
「今の話、青春的な要素も無かったよね!?」
 ウォルターさんまで訳のわからないことを言い出した。いや、本当はわかってる。私の緊張をほぐすためにわざとそう言ってくれてる事は。……ただしトワとアリサは除くけど。
 準備が整ったので議事堂へ向かう。ウォルターさんに中継の様子を確認してもらったが、まだ「合議」は続いているようだ。
 議事堂の前には当然のように警備員がいた。ギルドの制服を着ているところを見ると、保安部所属のギルド職員なのだろう。さすがに公の場に傭兵崩れを配置する訳にもいかないだろうしね。
 見渡すだけで視界に入る警備員は8人ほど。おそらく視界に入らない場所にも配置されているはずだ。地下が手薄だったのも納得の人員配置だね。
 私達が議事堂の正面へ近づくと、警備員たちはこちらに鋭い視線を向け、全員が一斉に動きを止めて私達を警戒した。だが、ウォルターさんと私がギルドの制服を着ていることがわかると、警戒の色がわずかに和らいだ。
 とはいえ彼らも服装だけで信用するほど甘くはない。ブラスターの銃口をこちらに向けてこそいないものの、全員がさりげなく入り口の前で位置を変え、自然な形で立ち塞がる陣形を取っている。つまらない人間の下にいるわりに仕事は出来るようだ。
 そして、一人が前に出て、公式な警告を告げた。
「議事堂内では現在、評議会が行われております。ギルド関係者であっても、立ち入りは許可されません」
 警備員の声には微かな緊張が滲んでいる。こちらがギルドの制服を着ているだけに、完全に排除するには一応の理由が必要だからだろう。だが、その眼差しには、私達が無理に入ろうとすれば捕縛、あるいは射殺も辞さないという暗黙の意志が見て取れた。
 だが、こちらもこんなところで油を売っている時間は無い。私はウォルターさんに軽く頷いた。
「ウォルター・クレマン。ギルド統括局から派遣された監察官だ」
 そう言いながらウォルターさんは自らのギルド章を掲げた。ギルド章、そして監察官という名乗りに警備員の間に動揺が走る。おそらく彼等は監察官の来訪がもたらす結果がどの様なものかを理解しているのだろう。
「ベルンハルト支部長の不正疑惑を告発するために来た。通らせてもらう」
 その言葉が告げられた途端、警備員たちは目を見交わしながら静かに道を開け始めた。平時なら支部長命令が最優先だけど、監察官の調査や告発が絡む場合には話が別だ。しかし、入り口の前にひとりだけ立ちふさがったままの人物がいた。それは、白髪交じりの髪を持つ初老の警備員だった。
 彼はウォルターさんの方には目を向けず、後ろに控えていたアリサに視線を向け低く静かな声で問いかける。
「シノノメ管理官補殿。勝算は、おありか」
 短くも重いその問いかけに、アリサは一瞬驚いたように彼を見つめたが、すぐに真剣な表情で頷いた。
「……はい」
 その一言に、老警備員は微かに目を細め、険しい顔のまま無言で道を譲ってくれた。彼の硬い表情には何か深いものが込められているように見える。あえてアリサを名指ししたところを見ると、警備員としての職務だけではなくアリサ本人を案じてくれているのだろうか。
 評議室へと続く通路を進みながら、私はアリサに声をかける。
「さっきの人は?」
「……以前は保安部の大隊長を務めていたヴァルトさんという方です。父と長い付き合いで……。でも、父の一件があった後、ベルンハルトに降格されて」
「そっか、他にも降格された人が?」
「はい、父と関係の深かった人達は皆……。降格された人はましな方で、追放されたり投獄されてしまった方もいます。皆、父や私のことを案じてくれただけなのに」
 表情を取り戻しつつあるアリサの顔に浮かぶのは悔しさと憤り。
「……みんなを助けるためにも、がんばらないとね」
「はい」
 力強く頷くアリサを伴い、私達は足早に評議室への通路を進む。やがて目の前に現れたのは、豪華さを通り越して悪趣味なほどに装飾が施された、大きな扉。
「ここです」
 ウォルターさんに言われるまでもなく、これが評議室であることは一目で分かる。
 私は深呼吸をし、扉に手をかけ、ためらいなく一気に開け放った。