#4
ー/ー>>Iris
「すみません。この星の近代史について勉強しに来たんですが……。有名な出来事とか、調べるきっかけになりそうなことを教えていただけませんか?資料が多すぎてどこから手を付ければ良いか迷っていて」
公文書館の書架エリアで、私は歴史資料を調べている初老の女性に声をかけてみた。すると女性は少し驚いたように私を見てから、にっこりと微笑んだ。
「あら、学生さんかしら?最近で有名な出来事というと、やっぱり9年前にあったギルド支部長の代替わりかしらね。ほら、この星の産業ってギルドに依存しているところがあるでしょう?それでシノノメさんという前支部長さんが、突然不正を告発されたことが大きな騒動になったのよ」
「シノノメさん……資料にもありましたが、どんな評判の方だったんですか?」
「私の知る限り、シノノメさんはギルドの方としてとても誠実で堅実な方だったわよ。この星の基礎を作ったシノノメ家に連なるご当主でしたからね。あの方が支部長さんだった間は街はとても平穏だったから、ギルド支部の人達もみんな礼儀正しくてきちんとしていたし、住民も安心して暮らしていたの」
女性はそういうと懐かしそうにため息をつき、続ける。その様子には少し陰りが見えるように思える。
「だからね、不正の告発があった時は本当にみんな驚いたものよ。誰もシノノメさんがそんなことをするとは思わなかったから。でもね、告発の直後に彼が姿を消してしまったでしょう?それでやっぱり疑いは本当だったのかしらって、皆が信じるようになったのよ」
「そうだったんですね……。その後、街の雰囲気は変わりましたか?」
「そうねぇ……新しい支部長さんに代わってから、街は以前よりも少し息苦しい感じがするわ。私には、なんとなく自由が失われていくような……あらいけない、今のは聞かなかったことにしておいてね」
老婦人は少し眉をひそめ、どこか寂しげな表情でそう付け加えると調べ物に戻った。私は彼女に礼を言い、今の話を反芻する。今の話が本当なら、シノノメと言う名の前支部長は評判が良かったはず。それなのにある時突然変質したことになるのだろうか?そして街の人達からの評価もまた、彼が姿を眩ませた事を契機に一変した。
これは……少し不自然な気がする。何か切っ掛けがあったのか。それとも、偽装が行われているのか。
その後、話ができそうな人を探して何人かに同じような話を振ってみた。その結果、シノノメという人物に対して多少の評価のぶれ幅こそあったものの概ね同じような話を聞くことができた。不正の発覚と彼の失踪。この二つが同時に起こった事こそがシノノメ前支部長の評価を、そして運命を変えた鍵に違いない。
私は考えを整理しつつ推理を巡らせた。人々の話を聞けば聞くほど、シノノメと言う人物が悪事に手を染めていたという印象は薄れていった。
支部長としての評判は高く、長年にわたって人々に信頼されていた人物。しかも長く続く星の名家の当主でもあり、もともと何不自由ない生活をしていたはずのエリート。それがなぜ突然不正を犯し、その後弁明もせずに逃亡……もしくは失踪する必要があったのか。
不正が発覚したことで彼は失踪することが不可避になった?それとも、誰かが彼を失脚させるためにわざと不正を発覚させた?
いや、どちらも違和感がある。もしかすると、不正自体がシノノメを貶めるための罠として仕組まれていた?当時副支部長だったベルンハルトがギルド伯として君臨し、強権的な支配を行っている今の状況を考えれば、むしろ罠があったと考える方が自然だ。
シノノメが消えたことで、その座を引き継いだ現支部長が得をする構図。だけど、あからさまに怪しいというのにメディアも含めて誰一人としてそれを追求した形跡がなかった。そう、記録が無いことが逆に不審さを増すポイントになっている。
そこから導き出される、私の推論はこうだ。シノノメは罠に掛けられ、真実を知る時間も弁明の予知も与えられず、何者かによって消されてしまった。おそらくは、その事実を探ろうとした者も含めて。
シノノメ前支部長の不正と失踪。その裏に潜む陰謀があったとして、そこに街で噂される「娘」はどう関わっているのだろう。前支部長の娘。不老の存在、忌み嫌われる罪人と噂される「少女」。住民たちの話によれば、彼女はまるで影のようにギルド伯の後ろに控え、ただ従順に従っているだけだという。だが、父である前支部長が不名誉な形で死を遂げた今、彼女は何故ギルドに、それもギルド伯の傍らに留まっているのだろうか?
表向きは物静かで、ただ目立たぬように暮らしているその姿こそが逆に不気味に思える。街の人がは彼女の存在を遠巻きにし、忌み嫌っているというのは単なる不老の噂話が原因と片付けてしまっていいのだろうか?
私が推測する彼女の正体が正しければ。「あの能力」を持つ存在なのだとすれば。彼女の立ち位置には腑に落ちない点が多い。
支部長交代の裏で、彼女は何を見て、何を行っていたのだろう。父であるシノノメの罪が偽りで、彼が嵌められたのだとしたら……彼女は一連の出来事でどのような役割を演じていたのだろう。そしてギルド伯が彼女を手元に留め置いている理由は?
――ただの慈悲か、それとも監視か。利用価値がある事を知っているのか。
わからないことばかりだ。まずはギルド伯本人についての聞き込み。その次は彼女についても調べてみる必要があるだろう。
>>Towa
子供達に道を教えてもらい、なんとか表通りに戻ってくることが出来た。危うく見知らぬ星でスラムの住人になってしまうところだった。でも、この街の表通りより、裏通りの方が私には住みやすそうな気もした。まぁ、食べるものがあれば……だけど。
辺りを見回すと夕暮れが近づいていて、少しずつ日が陰り始めていた。思った以上に歩き回っていたようで、少し疲れも感じるし、「ご休憩」が必要だね。
ウォルターさんとは連絡を取れてないけど、アイリスと合流するために一度宿に戻ろう。そう思いながらメインストリートを歩いていると、ふと目に入ったのは小さな雑貨屋。どうやらC3を使った日用品を扱っている店のようだった。
ショーウィンドウ越しに見える照明器具や冷蔵庫の中にC3の存在を感じて懐かしさがこみ上げてきた。この手の日用品は故郷の資材部にもあった。こういう実用的な佇まいはオシャレリーダーのアイリスには似合わないけど……私好みではある。つい心引かれて、気づけば店内へと足を踏み入れていた。
店内にはC3を使った生活道具が所狭しと並んでいる。照明器具は優しく光を放ち、蒼のC3による冷却効果を使った冷蔵庫は開くとひんやりとした空気が流れ出した。キッチン周りの調理器具にも小さなC3が埋め込まれ、効率よく熱を伝える工夫がされている。人々の暮らしを支えるために、C3がこんなにもあちこちで息づいているのを改めて目の当たりにすると少し嬉しくなる。
……私は、C3の産出と流通に携わるギルドの一員で、シンガーという仕事に就いていることをそれなりに誇りに思っていた。ずっとギルドに関わることで人々の生活が豊かになると信じていた。でも……今日この街で見た現実が、その誇りに少し影を落とした気がする。
そんなことを考えながら品物を眺めていると、視界の端に通りを歩く小柄な少女の姿が映り込んだ。黒っぽい地味な外套を纏い、フードを目深に被って顔を隠すように歩く人影。最初は性別も分からなかったけど、フードの隙間からこぼれた鈍い色の金髪が私にその姿を「少女」であると認識させていた。
彼女はうつむき加減で肩をすぼめ、細く華奢な体をできるだけ縮こめるようにして周囲に溶け込もうとしているかのようだった。
通り過ぎる後ろ姿を目で追っていると、片足を軽く引きずるような歩き方をしているのが気になった。怪我をしているのかと思ったけど、むしろ痛みがあるというよりも無意識にその足をかばっているというか、足が思い通りに動いていないというか、そんな風な歩き方に見えた。
その癖のある歩き方は今負傷しているというよりは、古傷によって身についた習慣的なものに見える。日常の一部になったような、その微妙な足の運びに彼女の過去がわずかに滲み出ている気がした。
「あの子……シノノメ家の娘よね?まだ若く見えるけど、実際は私らとそんなに年が変わらないとかって話じゃない」
私と同じように外を歩く彼女の姿に気付いた店主のおばさんが、隣で買い物をしていた常連らしきおじさんに小声で話しかけていた。
「ああ、なんか不気味だよなあ。何十年も前から、全然歳を取ってないって噂だろ?ギルド伯様のところで働かされてるって聞くが、いったい何なんだろうなぁ」
同意するかの様なおじさんの返答に、店主はさらに声をひそめて続ける。今の話からすると、彼女がカフェで耳にした、前支部長の娘ってこと?なら、シノノメって言うのは、前の支部長の名前なのかな?
「見るたびにぞっとするよ。あまり関わり合いになりたくないね」
「ギルド伯様に見張られて働かされてるんだろ?見張りついでに慰みものにされてるって話も聞くが……まぁ罪人だしな。ともあれ、ギルドがしっかり管理してくれてるなら少しは安心できるってもんだが」
「そういや、見張られてるのに、なんでふらふら街中を出歩いてるんだろうねぇ?」
「聞いた話しだと、母親を探してるらしいぜ?でも、シノノメの奥方っていえばもうずいぶん前に……」
「ああプランタジネット家のマリエルさんだろ?綺麗な人だったけど、もう30年以上前だよね、亡くなったの」
「死んだ母親を探してるとか、余計に気味悪いわなぁ」
「そうだねぇ……。そういや、あの娘はなんて名前だっけ?」
「確かアリサとか言ったと思うぜ。そうだ、アリサ・シノノメ……」
見知らぬ少女に対する暴言に苛立たしい気持ちを感じていた私だけど、その名前を耳にした瞬間、無意識に店を飛び出していた。
彼女が、子供達の言っていた優しいお姉さん……アリサだ!そう確信した私は、すでに店の前を通り過ぎていたアリサの姿を探す。
……いたっ!
アリサは、少し離れたところで男達に囲まれていた。男達はチンピラというには小綺麗で、よく見ると腕には揃いの腕章を付けている。自警団か何かかな? それなら、一体何の理由で彼女を取り囲んでるんだろう?
事態が把握できず、私が足を止めて逡巡していると、彼らの罵声が耳に飛び込んできた。
「だから言ってるだろ、お前みたいなバケモノが街をうろつくんじゃねぇ!」
「表通りを歩かれると、住民が迷惑するんだよ、分かってんのか?」
「何か言えよ、この忌み子がっ!」
そのあまりの悪意と侮蔑に背筋が凍るような不快感がこみ上げてくる。私には向けられていない言葉なのに、胸の奥が焼けつくように痛む。周囲の人々も一瞥するだけで、誰一人アリサを助けようとしない。それどころか、関わりたくないとばかりに目を逸らし、足早に通り過ぎていく。
おそらく、この光景はこの街の人達にとって日常的なものなんだろう。アリサはただ、うつむいて彼らの罵声を黙って受け入れているようだった。まるでそれが当然の報いだとでも思っているかのように。
「何をしてる!」
我慢できなかった。たとえ彼女にどんな噂があるにせよ、こんな仕打ちを見過ごすことなんてできない。過去に何かがあったとしても、今の彼女はただ……街を歩いているだけ。それなのに、どうしてここまで貶められる必要があるんだ!
私のあげた声に、男たちは不機嫌そうにこちらを振り返りると嘲るように鼻で笑った。
「なんだ? こいつ。ガキがしゃしゃり出てきやがって」
「この腕章が見えねぇのか?俺たちはクリスタンティアの自警団だぞ?」
やはり自警団か。街の治安を守るための人間がか弱い女の子にに向かってこんなことをしているなんて!チンピラならまだ判る。それを、自警団を名乗る連中が……胸の中に怒りがふつふつと沸き上がってくる。
「自警団が、何故こんなことを!」
「はぁ? 知らねぇのかよ。このバケモノは表通りに出てきちゃいけないんだよ」
「ギルドのお達しだ。さっさと引っ込んでろ、ガキ!」
ギルドのお達し、か。奴らがギルドの名を勝手に使っているのか、ギルドに馬鹿がいるのかはわからない。だけどこいつらがギルドの名を口にするなら、好都合だ。私がすることは一つだ。
私は胸元からギルド章を掴み出し、男たちに向かって突きつける。
「私はギルドのシンガー。アリサ・シノノメを侮辱する行為は、ギルドへの侮辱。私が許さない!」
今感じている憤りを欠片しか伝えられない、ままならない私の言葉と、突きつけられた黒水晶に男たちの顔が一瞬青ざめ、互いに目を見合わせた。
「おい、あれ……」
「黒水晶持ちだと?」
「なんでそんな大物がここにいるんだよ……」
ギルドの名を出すだけあってギルド章が持つ重みは理解してるようだ。その動揺を見逃さず、私はさらに畳みかける。
「アリサは私の同行者。私は彼女とギルドの調査を行ってる。この通りを歩くことに問題があるなら、理由を説明してみせろ」
「そ、そりゃ……その……」
「お前たちはギルドの名を出した。それは本当に、ギルドの正式な意思か?ギルドのシンガーに、正当性を証明できるか?」
男たちは明らかに困惑し、しどろもどろになって黙り込んでしまった。当たり前だ。ギルドの正式な命令で、こんな低俗な嫌がらせを行うことなんてあるはずがない。いや、あっていいはずがない。
そもそもギルドは高い自己完結性を持つ組織だから、外部の自警団ごときに何かを頼むことなどあるはずがないんだから。ギルドが街を巡回する必要があると判断するなら、安部の人間がそれを行っているはずだから。
アリサの方に視線をやると、野暮ったい眼鏡越しに彼女が青い瞳を大きく見開いているのがわかった。恐怖?驚き?いや……何か、少し違う感情を抱いているような気がする。だが確かめるのは後でいい。
「アリサ、行こう」
「……は……い」
唖然とする自警団をその場に残し、私はアリサの手を引いて歩き出した。街中でギルド章を出したのはあまり褒められた事ではないのはわかってる。だけど、この場にいたのが私ではなくアイリスだったとしても、きっと姉もこうしたと思うから。だから私は、首からギルド章を堂々と下げ、アリサを連れてその場を去った。
>>Iris
ふと窓の外を見るとずいぶんと陽が落ちてきている事に気がついた。閉館時間まではまだ少し余裕があるけど、トワを待たせているだろうから……ギルド伯について誰かに話を聞いたら今日は引き上げるとしよう。そう考えて、私は隣の席でニュースペーパーを呼んでいた若い男性に何気なく話しかけた。
「すみません、少しお聞きしてもいいですか?こちの星ではギルド伯という方がいらっしゃるそうですが、どんな方なんでしょうか?」
それまでは特段変わった様子の無かった男性の顔が一瞬こわばり、疑念に満ちた目で私をじっと見つめた。
「……あんた、よそ者か?どうしてギルド伯に興味がある?」
その問いかけは冷たく、明らかにこちらを怪しんでいた。この反応はよろしくない。油断していた……やはりこの話題はタブーだったか?私がどう答えても、彼の疑念を晴らすのは簡単ではないだろう。だが、何か言い訳をしないと、事態は悪化しそうだった。
「えっと、興味というか、街の歴史を調べていたらお名前があったので……。有名な方みたいなので、どんな方なのかな、と」
できるだけ自然な口調で答えたつもりだけど、内心の動揺を見抜かれてしまったのだろうか。男性はさらに疑いを強めた様子で、席から立ちこちらへ距離を詰めてきた。自然と太ももに巻いたホルスターの感触に意識が行くが、さすがにここでブラスターを抜くわけにもいかない。
「観光客がいきなりギルド伯に興味を持つものかね?あんた、どこから来たんだ?どこかの星のスパイか、それとも……」
失敗した。場合によっては物理的な制圧も選択肢にいれながら、対応を検討する。だが、彼が問い詰めるようにそう言いかけたそのとき、不意に背後から別の声が割り込んだ。
「おや、これは先ほどのお嬢さんじゃないですか。こんなところでまたお会いできるとは奇遇ですね」
振り返ると、そこには軌道エレベーターで同席した自称トレーダーのウォルターさんが立っていた。彼は友好的な笑みを浮かべながら、私と男性の間にさりげなく立つと、場の空気を和らげるように振る舞った。
「いやぁ、この子は私の知り合いなんですけど好奇心旺盛でしてね。私がギルド伯のことを教えたせいで気になったようです。だってほら、ギルドの噂話って面白いでしょう?」
彼は親しげな口調で男性に話しかけ、場を取りなすように肩をすくめてみせた。その態度に、男性も少し戸惑った様子で、口ごもりながら視線を逸らす。
「……そうか。まぁ、そういうことならいいんだが……余所の人間がギルド伯のことを気安く話題にするもんじゃないぞ」
男性は一応の納得を見せたものの、まだ少し不信感が残っているようだった。それほどギルド伯に関する話題は星外に公言することが憚られるということか。ウォルターさんはそれを感じ取ったのか、軽く笑って私の肩を叩く。
「さぁお嬢さん、そろそろ閉館時間ですよ。妹さんが待ってるでしょうから、そろそろ帰った方がいい」
「……はい、わかりました」
私はウォルターさんに促されるまま、その場を離れた。彼が場を取りなしてくれなければ、思わぬトラブルに発展するところだった。切り抜けられない事態では無かったけど、余計な注目をされるのは好ましくない。そういう意味では、彼の介入はありがたいが……。廊下に出た後、彼が小声で私に囁いた。
「危なかったですね。この星の住人を相手にギルド伯のことを話題にするのはやめておいた方がいいと思いますよ」
先ほどの男性の反応を見れば、ウォルターさんの言葉はもっともだ。だが、同時に思うところもある。なら、どうしてそのタブーとなっている話題を、彼は私達に話した?
それ以前に……どうして彼はここにいたんだろう?トワに聞いたから?いや、トワにも公文書館へ来ることは伝えていない。
軌道エレベータの中での出来事を踏まえると、彼の接触タイミングにはやや不自然さを感じる。彼の正体に思い当たるふしがない訳ではないが……彼に対する警戒レベルを少し上げておく必要があるかもしれない。
「ご忠告、感謝します」
「いえいえ、美しいお嬢さんが困っていたなら、助けるのは当然ですよ」
「お世辞がお上手ですね。でも、どうしてここへ?ずいぶんとタイミングが良かったように思いましたが」
自分でも固い声だとは思うが、仕方ない。私の言葉にウォルターさんはかすかな微笑みを浮かべると、そっと近寄りある言葉を耳打ちしてきた。
「……第14条第2項。深部での探索は己のみならず仲間の帰還もまた成し遂げるべし」
「……わかりました。あなたを信じます」
……やはりか。
彼が囁いた言葉は、ギルド憲章の一節。C3採掘作業時の心構えについて書かれた部分だ。だがしかし、その文言にはもう一つの隠された意味がある。
ギルド内部、特に監察官や管理官といった秘匿任務に就く人間が必要に迫られて同じ立場の相手に自らの身分を伝える際に用いる秘密の符丁。つまりこの言葉は、彼がただの商人ではなくギルド内部で重要な任務を負っている人物であることを示しているんだ。
そしてその一節に即座に反応した私を見て、彼の目がわずかに光る。私が理解したことを確認したのだろう。おそらく彼は早い段階で私達がギルドの一員であることは気付いていたと思う。だが、今のやりとりで私が彼の符丁を理解出来る立場の人間だと伝わったということだ。
そういうことなら、隠し事はなしにして情報交換を行っても問題はないだろう。私はウォルターさんを宿に案内してそこて話をすることにした。今日私が手に入れた情報も、ギルドネットから得た情報も。全て開示すれば、状況把握も進むだろう。もちろん、情報収集にはまだまだ時間が掛かりそうではあるが。
……と思っていた。宿に到着して客室のドアを開けるまでは。
ウォルターさんを連れて宿の部屋に戻ると、トワが見知らぬ少女を連れ込んでいた。青い瞳に襟元で二つに結んだ長いアッシュブロンドの髪。無骨な眼鏡を掛けていてなお、人形のような美しさを誇る少女。
瞳には少し怯えたような色こそ見えるけど、彼女の顔には表情というものがほとんど浮かんでいない。トワも表情が読めないタイプだけど……その少女とトワは根本的に違うように思えた。この少女は、感情が欠落しているような、人として少し壊れているような印象すら受けた。そして、その事がより一層彼女を人形のように見せているのではないかと思えた。
そして少女が纏う薄汚れた黒い外套もまた、その容姿には似つかわしくない。服装からして何かの事情……いや、有り体に言えばトラブルを抱えているであろうことが見て取れる。
そんないわくありげな少女がトワと並んでベッドに座っている。なんだ、この状況は。ウォルターさんも状況が理解出来ないのか、鋭い目で見知らぬ少女を見つめている。心なしか動揺しているようにも思えるが……大丈夫、私も理解が追いつかない。
「アイリス、おかえり。ウォルターさんを連れ込み?」
「見知らぬ女の子を連れ込んでるトワに言われたくないよ」
「この子はアリサ。アリサ、これはアイリス。私の親友で幼馴染み、お姉ちゃん」
「……あっ、はい。あの、アリサ……と、申します」
トワの紹介に、アリサという少女は少し怯えた様子で自らの名を名乗る。
「これはどうも。で、そのアリサさんはどういう知り合い?どうしてここへ連れてきたの?」
「アリサは、シノノメ」
「!?」
トワの雑な説明に私の目が点になった。シノノメといえば、前支部長の姓。ということは……彼女が?
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